3 / 14
ひとり語り2
しおりを挟む
夜が明けても、やはりあっしは電柱の下にいました。
もちろんユミちゃんもおりません。
それでも、むくりと起き上がって、いつユミちゃんが迎えに来ても良いようにとお座りの姿勢をとりました。
あっしはね、ユミちゃんがいれば何もいらないって思ってたんですけど、それは、色んなものが満たされてるからそう思えるんだって気付きましたね。
あっしはその時初めて知ったんですよ、空腹っていうのを。
だってほら、ペットショップにいた時もしっかり食べさせてもらいましたしね。ユミちゃんに飼われてからも、そうそう腹を空かせることなんてないわけです。
ユミちゃんは家でお仕事をしていたんでね、いつだって一緒だったんです。
最後に食べたのは、散歩前のジャーキー。
それから何も食べてないんです。
最初はユミちゃんのためにって吠えるのを我慢してたんですけど、気付けば、あっしにはそんなことをする力もなくなっていました。
気を張って気を張って気を張って、それがぷつりと切れたんでしょう。
あっしはお座りを止めて、その場にうずくまりました。
腹が冷えると余計に弱ってしまいそうで。
腹を温かくしていれば、何とかしのげる気がしたんです。
「クゥン……」
ついそんな声が漏れました。
しまった! と思いましたが、こんな小さな声なので、誰にも届いていないようでした。
誰にも……。
きっと……ユミちゃんにも。
もしかして、とその時あっしは思いました。
もしかして、あっしは捨てられたんじゃないかって。
だって、「こいつ可愛くねぇな」って、ヒロヤさんが言ったんです。ユミちゃんが大好きなヒロヤさんが。
あっしだってね、自分が『恰好良い』や『可愛い』の括りに属してないことくらい自覚してます。ユミちゃんだっていつもあっしのことを『ぶちゃカワ』って言うんです。『ぶさいくで可愛い』だったり、『ぶさいくだけど可愛い』というような意味らしいです。ユミちゃんがどっちの意味で使っていた言葉なのかは結局わかりませんでしたが。
いつだったか、ユミちゃんとテレビを見ていた時でした。
四角い画面の中で、色んな種類の犬達がじゃれあっていました。
散歩でいつもすれ違うコーギーや、トイプードル、動物病院でちらりと見かけるレトリーバーなどの大型犬。それらが画面に映る度、ユミちゃんは「可愛ぃ~いっ!」と可愛らしい声を上げるのです。
別に、悔しくなんかありませんって。
だって、所詮は四角い画面の中の犬です。あっしのように触れたり、撫でてもらったり出来ないんですから。だから、あっしの方が断然有利なんです。
でも、もしかして、やっぱりユミちゃんもコーギーみたいにふわふわの犬が良かったんですかねぇ。トイプードルのこと、ぬいぐるみみたいっていつも言ってましたもんねぇ。
それとも、男らしくて恰好良い大型犬の方が良かったんですかねぇ。
でも、ウチは狭いから、大型犬は無理だわって言ってたじゃないですか。それとも、大型犬と暮らすためにお引っ越し……とか。
うずくまってそんなことを考えました。
どんどん悲しくなってきて、もう一度「クゥン……」と鳴きました。さっきより細い声でした。きっと誰にも届いてはおりませんでしょう。相変わらず、腹は空きっぱなしで、力も入りません。
自分はこのまま死ぬのかもしれない。
瞼を閉じれば浮かんでくるのはユミちゃんの笑顔です。
ああ、なぁんだ。
こうすればまた会えるじゃないか。
あっしの大好きなユミちゃんに。
もしこのまま死ぬんだとしても、ユミちゃんの顔を見ながらだったら、良いかもしれない。
本当はもう一度撫でてほしかったし、一緒にご飯も食べたかった。名前も呼んでもらいたかったし、散歩ももっとしたかった。だけど。
さようなら、本物のユミちゃん。
あっしは、思い出のユミちゃんと一緒にお空へ行くことにします。
瞼のユミちゃんも何だかぼやけて参りました。
あぁいよいよか、そう思っておりました。
その時、声が聞こえたんです。
「ちょっと、景さん! 見て、ワンちゃん!」
「ほんとだ。でも、何でまたこんなところに……? 飼い主はどこに行ったんだ?」
「おかしいわよねぇ、近くにお店もないし」
何だ? と瞼を持ち上げてみますと、ユミちゃんとそう変わらないくらいの女の人と男の人でした。2人はあっしの前にしゃがみ込み、心配そうな顔をして優しく背中を撫でてくれました。ユミちゃんに勝るとも劣らない優しい撫で方です。身も心も弱りきっていたあっしは、情けなくもスンスンと鼻を鳴らしました。
「景さん、もしかしてこの子、捨てられちゃったのかしら」
「かもしれないな。とりあえず、ここに繋いだままは可哀想だ。一旦ウチに連れて帰ろう」
「でも、もしかしたら、気が変わって戻って来るかも」
「それもそうだな。……よし俺が後でウチの店の電話番号をここに貼っておくよ。それなら良いだろ」
「そうね。それなら」
どうやら話はまとまったようで、女性の方があっしを抱きかかえ、その場所からそう遠くないところにある店屋へと連れて行ってくれたのです。
それがあっしの終の棲家となる『山海釣具店』でした。
あっしを拾って下さった男の人は、その店主である景章さん。抱きかかえて水と食べ物を下さったのはその奥方様の華織さん。まだお子さんはおらず、しばらくの間、あっしはお2人の子として大層可愛がられたものです。時折、ユミちゃんのことを思い出したりもしましたが、それであっしが鼻を鳴らすと、華織さんが飛んで来てあっしのことを優しく優しく撫でてくれるもんですから、つい、何でもない時にも何度か甘えてしまったりしました。いや、お恥ずかしい。
やがて、華織さんは身籠りました。
最初に可愛らしい女の赤ちゃんを、そして、その2年後に、元気な男の赤ちゃんを産みました。
こうして、山海家は5人家族となったのでございます。
もちろんユミちゃんもおりません。
それでも、むくりと起き上がって、いつユミちゃんが迎えに来ても良いようにとお座りの姿勢をとりました。
あっしはね、ユミちゃんがいれば何もいらないって思ってたんですけど、それは、色んなものが満たされてるからそう思えるんだって気付きましたね。
あっしはその時初めて知ったんですよ、空腹っていうのを。
だってほら、ペットショップにいた時もしっかり食べさせてもらいましたしね。ユミちゃんに飼われてからも、そうそう腹を空かせることなんてないわけです。
ユミちゃんは家でお仕事をしていたんでね、いつだって一緒だったんです。
最後に食べたのは、散歩前のジャーキー。
それから何も食べてないんです。
最初はユミちゃんのためにって吠えるのを我慢してたんですけど、気付けば、あっしにはそんなことをする力もなくなっていました。
気を張って気を張って気を張って、それがぷつりと切れたんでしょう。
あっしはお座りを止めて、その場にうずくまりました。
腹が冷えると余計に弱ってしまいそうで。
腹を温かくしていれば、何とかしのげる気がしたんです。
「クゥン……」
ついそんな声が漏れました。
しまった! と思いましたが、こんな小さな声なので、誰にも届いていないようでした。
誰にも……。
きっと……ユミちゃんにも。
もしかして、とその時あっしは思いました。
もしかして、あっしは捨てられたんじゃないかって。
だって、「こいつ可愛くねぇな」って、ヒロヤさんが言ったんです。ユミちゃんが大好きなヒロヤさんが。
あっしだってね、自分が『恰好良い』や『可愛い』の括りに属してないことくらい自覚してます。ユミちゃんだっていつもあっしのことを『ぶちゃカワ』って言うんです。『ぶさいくで可愛い』だったり、『ぶさいくだけど可愛い』というような意味らしいです。ユミちゃんがどっちの意味で使っていた言葉なのかは結局わかりませんでしたが。
いつだったか、ユミちゃんとテレビを見ていた時でした。
四角い画面の中で、色んな種類の犬達がじゃれあっていました。
散歩でいつもすれ違うコーギーや、トイプードル、動物病院でちらりと見かけるレトリーバーなどの大型犬。それらが画面に映る度、ユミちゃんは「可愛ぃ~いっ!」と可愛らしい声を上げるのです。
別に、悔しくなんかありませんって。
だって、所詮は四角い画面の中の犬です。あっしのように触れたり、撫でてもらったり出来ないんですから。だから、あっしの方が断然有利なんです。
でも、もしかして、やっぱりユミちゃんもコーギーみたいにふわふわの犬が良かったんですかねぇ。トイプードルのこと、ぬいぐるみみたいっていつも言ってましたもんねぇ。
それとも、男らしくて恰好良い大型犬の方が良かったんですかねぇ。
でも、ウチは狭いから、大型犬は無理だわって言ってたじゃないですか。それとも、大型犬と暮らすためにお引っ越し……とか。
うずくまってそんなことを考えました。
どんどん悲しくなってきて、もう一度「クゥン……」と鳴きました。さっきより細い声でした。きっと誰にも届いてはおりませんでしょう。相変わらず、腹は空きっぱなしで、力も入りません。
自分はこのまま死ぬのかもしれない。
瞼を閉じれば浮かんでくるのはユミちゃんの笑顔です。
ああ、なぁんだ。
こうすればまた会えるじゃないか。
あっしの大好きなユミちゃんに。
もしこのまま死ぬんだとしても、ユミちゃんの顔を見ながらだったら、良いかもしれない。
本当はもう一度撫でてほしかったし、一緒にご飯も食べたかった。名前も呼んでもらいたかったし、散歩ももっとしたかった。だけど。
さようなら、本物のユミちゃん。
あっしは、思い出のユミちゃんと一緒にお空へ行くことにします。
瞼のユミちゃんも何だかぼやけて参りました。
あぁいよいよか、そう思っておりました。
その時、声が聞こえたんです。
「ちょっと、景さん! 見て、ワンちゃん!」
「ほんとだ。でも、何でまたこんなところに……? 飼い主はどこに行ったんだ?」
「おかしいわよねぇ、近くにお店もないし」
何だ? と瞼を持ち上げてみますと、ユミちゃんとそう変わらないくらいの女の人と男の人でした。2人はあっしの前にしゃがみ込み、心配そうな顔をして優しく背中を撫でてくれました。ユミちゃんに勝るとも劣らない優しい撫で方です。身も心も弱りきっていたあっしは、情けなくもスンスンと鼻を鳴らしました。
「景さん、もしかしてこの子、捨てられちゃったのかしら」
「かもしれないな。とりあえず、ここに繋いだままは可哀想だ。一旦ウチに連れて帰ろう」
「でも、もしかしたら、気が変わって戻って来るかも」
「それもそうだな。……よし俺が後でウチの店の電話番号をここに貼っておくよ。それなら良いだろ」
「そうね。それなら」
どうやら話はまとまったようで、女性の方があっしを抱きかかえ、その場所からそう遠くないところにある店屋へと連れて行ってくれたのです。
それがあっしの終の棲家となる『山海釣具店』でした。
あっしを拾って下さった男の人は、その店主である景章さん。抱きかかえて水と食べ物を下さったのはその奥方様の華織さん。まだお子さんはおらず、しばらくの間、あっしはお2人の子として大層可愛がられたものです。時折、ユミちゃんのことを思い出したりもしましたが、それであっしが鼻を鳴らすと、華織さんが飛んで来てあっしのことを優しく優しく撫でてくれるもんですから、つい、何でもない時にも何度か甘えてしまったりしました。いや、お恥ずかしい。
やがて、華織さんは身籠りました。
最初に可愛らしい女の赤ちゃんを、そして、その2年後に、元気な男の赤ちゃんを産みました。
こうして、山海家は5人家族となったのでございます。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる