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【片岡Side】伏見主任の気を引きたい。
◆7-2◆ 伏見主任は押しに弱い。
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デッキにディスクをセットして、ソファに戻る。リモコンは主任が持っているのだ。
自分が隣に座ると、「そういえば」と呟いて、主任は持っていたリモコンとビールをテーブルに置いた。
「どうしたんですか」
「いや、いまさらなんだけどさ。こういう場でも『主任』『片岡君』っていうのは、さすがに味気ないのかなって思って」
さすが主任だ。それ、いま気付きます? たぶんそれって、付き合った直後に気付くっていうか。まぁ指摘しなかった自分も悪いんですけど。
「それじゃ……名前で呼んでみますか? じゅ、潤さん……とか……」
「うわ、何か変な感じするなぁ」
そう言って、ぶるりと身震いする。
ええ、そんなレベルで?
「いや、飲みの時とか、たまに呼ばれてるじゃないですか。牧田さんとか川崎さんから」
「だってあの2人は年上だしさ。社歴も自分より長いから。最初は結構抵抗あったんだよ、上司ぶるの。課長が怒るから仕方なくさぁ」
「いまはもう結構板についてますよ、上司っぽいです」
「言うねぇ、片岡君」
と、言ってしまってから、主任――じゃなかった、潤さんは「ああそうか」と呟いた。
そして、言い出しっぺは自分の癖にちょっと恥ずかしそうに視線を逸らし――、
「藍ちゃん」
と言った。
その言葉に、何だかもうコントのようにずっこけてみせる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「何。名前で呼んだよ?」
「そうじゃなくて!」
「何、そっちも『さん付け』が良かった? いやぁ小橋君とはそう呼び合ってたからさ、『藍ちゃん』『光ちゃん』って。あれちょっと良いなぁ、って思って」
「あれは、半分ふざけて! 何かこう……幼馴染がじゃれてるみたいなノリっていうか……」
「何だ、ふざけてたのか」
「ま、まぁ最初はそんな感じで……。いまはもうすっかり定着しちゃいましたけど。でもやっぱり、ちょっと子どもっぽいっていうか……そうでなくても年下ですし……」
そう、光ちゃんがふざけて『藍ちゃん』なんて呼ぶから、こっちもつい乗っただけなのだ。
年齢の差はどうしたって埋められないけど、せめて、恋人の時くらいは、それを感じないようにしたい。
「だから、出来ればその……『ちゃん』っていうのは、ちょっと……」
「そうだね。それじゃ、『藍君』。これなら良い?」
ふわり、と笑うと、セットしていない髪がさらりと揺れた。――寝癖? もちろん跳ねてる。後ろの方がね。ぴょん、って。
コンタクトを外した眼鏡の奥の瞳は、いつもより優し気に見える。けれども、悔しいほど恰好良い。可愛らしい寝癖もついてる癖に。何でだよ。
その余裕のある笑みが悔しい。
ぜったいこっちばかりが好きなはずだ。
そう感じてしまうことも悔しい。
そんな拗ね方こそ子どもっぽいとわかっている。
だからそれを隠すように、精一杯強がって胸を張ってみる。
胸板の厚さだったら、負けないんだから。
自分が隣に座ると、「そういえば」と呟いて、主任は持っていたリモコンとビールをテーブルに置いた。
「どうしたんですか」
「いや、いまさらなんだけどさ。こういう場でも『主任』『片岡君』っていうのは、さすがに味気ないのかなって思って」
さすが主任だ。それ、いま気付きます? たぶんそれって、付き合った直後に気付くっていうか。まぁ指摘しなかった自分も悪いんですけど。
「それじゃ……名前で呼んでみますか? じゅ、潤さん……とか……」
「うわ、何か変な感じするなぁ」
そう言って、ぶるりと身震いする。
ええ、そんなレベルで?
「いや、飲みの時とか、たまに呼ばれてるじゃないですか。牧田さんとか川崎さんから」
「だってあの2人は年上だしさ。社歴も自分より長いから。最初は結構抵抗あったんだよ、上司ぶるの。課長が怒るから仕方なくさぁ」
「いまはもう結構板についてますよ、上司っぽいです」
「言うねぇ、片岡君」
と、言ってしまってから、主任――じゃなかった、潤さんは「ああそうか」と呟いた。
そして、言い出しっぺは自分の癖にちょっと恥ずかしそうに視線を逸らし――、
「藍ちゃん」
と言った。
その言葉に、何だかもうコントのようにずっこけてみせる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「何。名前で呼んだよ?」
「そうじゃなくて!」
「何、そっちも『さん付け』が良かった? いやぁ小橋君とはそう呼び合ってたからさ、『藍ちゃん』『光ちゃん』って。あれちょっと良いなぁ、って思って」
「あれは、半分ふざけて! 何かこう……幼馴染がじゃれてるみたいなノリっていうか……」
「何だ、ふざけてたのか」
「ま、まぁ最初はそんな感じで……。いまはもうすっかり定着しちゃいましたけど。でもやっぱり、ちょっと子どもっぽいっていうか……そうでなくても年下ですし……」
そう、光ちゃんがふざけて『藍ちゃん』なんて呼ぶから、こっちもつい乗っただけなのだ。
年齢の差はどうしたって埋められないけど、せめて、恋人の時くらいは、それを感じないようにしたい。
「だから、出来ればその……『ちゃん』っていうのは、ちょっと……」
「そうだね。それじゃ、『藍君』。これなら良い?」
ふわり、と笑うと、セットしていない髪がさらりと揺れた。――寝癖? もちろん跳ねてる。後ろの方がね。ぴょん、って。
コンタクトを外した眼鏡の奥の瞳は、いつもより優し気に見える。けれども、悔しいほど恰好良い。可愛らしい寝癖もついてる癖に。何でだよ。
その余裕のある笑みが悔しい。
ぜったいこっちばかりが好きなはずだ。
そう感じてしまうことも悔しい。
そんな拗ね方こそ子どもっぽいとわかっている。
だからそれを隠すように、精一杯強がって胸を張ってみる。
胸板の厚さだったら、負けないんだから。
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