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【伏見Side】片岡君がしゃべらない。
◇2-3◇ 片岡君は奢られたくない。
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「まぁ、お客様に迷惑がかからないなら良いけど……」
しかし、かれこれ2週間、何だかんだと昼食を一緒にとっているのに、片岡君は一言もしゃべらないのだ。お客様に迷惑はかけていないが、一番身近な上司が迷惑を被っている。まさにいま。ナウ。
何だよ。
毎日毎日そっちから誘って来るくせに。
そう思わないでもないが。
上司としての権力を振りかざし、「ちゃんと口でしゃべりなさい」と命令するのも違うと思うのだ。そもそも、その『ちゃんと』って何だ。
きっと片岡君には片岡君の事情があるのだろう。それに課長も、中西主任も何も言わないのである。ということは、その2人にはその何かしらの事情を話しているのかもしれない。課長はまだしも、あの中西主任が指摘しないわけだから。
まぁ、お客様からクレームが来るわけでもないから、良いけどさ。
食事を終え、2人分の会計をする。
こういう場合はやはり上司が払うものだ。
――と思うのだが。
「――え? ちょ、何? 何?」
店を出た後で無言で差し出される千円札。
「何? いらないよ。だからさ、こういう時は上司が払うに決まってるんだって」
と返すと、やはり無言で『PenTalk 3.0』が差し出される。
そこに表示されているのは、明朝体で変換されている『自分で食べた分は自分で払います。』という文章である。片岡君が明朝体表示にしている時は、黙って聞くのがベターだ。これはちょっと怒っているというサインなのだ。
だからその千円を大人しく受け取り、ジャケットの胸ポケットに入れた。いちいち財布を出すのが面倒だからだ。
これも毎日のこと。
片岡君は断固として奢らせてくれないのである。
一度だけたまたま会社に財布を忘れてきたとかで奢ることに成功したのだが、戻るなり、鬼のような顔でやはり千円札を渡されたのだ。
そういえば片岡君は毎回きっちりと自分が食べた分の代金を払っている。釣り銭のやり取りなんてしたことがないし、そもそも釣り銭も出ないように渡して来る。というか、千円とか、ワンコイン、とか、そういうのがほとんどなのだ。
もしかしてそこまで調べて用意しているのだろうか。
あるいは、値段ありきでメニューを決めているとか?
果たしてそこまでするだろうか、と考えたが、仕事も細部までこだわるタイプだし、下調べも入念に行う片岡君なのである。可能性は大いにある。
それにまぁ、いちいち財布を取り出して「えーとお釣りがいくらで……」なんていうのは正直面倒だ。だから、そうなれば自分の性格上、面倒だから、というのを大義名分にして全額出してしまうだろう。もしかしたら、そういうところまで読んでいるのかもしれない。
いや、普通そこまで気を遣うか?
いくら片岡君でも。
とはいえ、一応こっちにも上司としての面子ってのがあるんだけど。
と、最初にそう反論したのだが、片岡君のその鬼のような顔が怖く、つい受け取ってしまったのである。
で、次からは一か八かで全額払うものの、結局キャッシュバックされる、という、この流れが定着してしまったのだった。
相手が片岡君だと、どうにも押しが弱くなってしまうようだ。
調子狂うなぁ、まったく。
しかし、かれこれ2週間、何だかんだと昼食を一緒にとっているのに、片岡君は一言もしゃべらないのだ。お客様に迷惑はかけていないが、一番身近な上司が迷惑を被っている。まさにいま。ナウ。
何だよ。
毎日毎日そっちから誘って来るくせに。
そう思わないでもないが。
上司としての権力を振りかざし、「ちゃんと口でしゃべりなさい」と命令するのも違うと思うのだ。そもそも、その『ちゃんと』って何だ。
きっと片岡君には片岡君の事情があるのだろう。それに課長も、中西主任も何も言わないのである。ということは、その2人にはその何かしらの事情を話しているのかもしれない。課長はまだしも、あの中西主任が指摘しないわけだから。
まぁ、お客様からクレームが来るわけでもないから、良いけどさ。
食事を終え、2人分の会計をする。
こういう場合はやはり上司が払うものだ。
――と思うのだが。
「――え? ちょ、何? 何?」
店を出た後で無言で差し出される千円札。
「何? いらないよ。だからさ、こういう時は上司が払うに決まってるんだって」
と返すと、やはり無言で『PenTalk 3.0』が差し出される。
そこに表示されているのは、明朝体で変換されている『自分で食べた分は自分で払います。』という文章である。片岡君が明朝体表示にしている時は、黙って聞くのがベターだ。これはちょっと怒っているというサインなのだ。
だからその千円を大人しく受け取り、ジャケットの胸ポケットに入れた。いちいち財布を出すのが面倒だからだ。
これも毎日のこと。
片岡君は断固として奢らせてくれないのである。
一度だけたまたま会社に財布を忘れてきたとかで奢ることに成功したのだが、戻るなり、鬼のような顔でやはり千円札を渡されたのだ。
そういえば片岡君は毎回きっちりと自分が食べた分の代金を払っている。釣り銭のやり取りなんてしたことがないし、そもそも釣り銭も出ないように渡して来る。というか、千円とか、ワンコイン、とか、そういうのがほとんどなのだ。
もしかしてそこまで調べて用意しているのだろうか。
あるいは、値段ありきでメニューを決めているとか?
果たしてそこまでするだろうか、と考えたが、仕事も細部までこだわるタイプだし、下調べも入念に行う片岡君なのである。可能性は大いにある。
それにまぁ、いちいち財布を取り出して「えーとお釣りがいくらで……」なんていうのは正直面倒だ。だから、そうなれば自分の性格上、面倒だから、というのを大義名分にして全額出してしまうだろう。もしかしたら、そういうところまで読んでいるのかもしれない。
いや、普通そこまで気を遣うか?
いくら片岡君でも。
とはいえ、一応こっちにも上司としての面子ってのがあるんだけど。
と、最初にそう反論したのだが、片岡君のその鬼のような顔が怖く、つい受け取ってしまったのである。
で、次からは一か八かで全額払うものの、結局キャッシュバックされる、という、この流れが定着してしまったのだった。
相手が片岡君だと、どうにも押しが弱くなってしまうようだ。
調子狂うなぁ、まったく。
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