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大好きな幼馴染が勇者になったので

アン(8)

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「なあ、いい加減俺と結婚しようって」

 家の手伝いで市場に来ると、早速八百屋の息子のテルーに話しかけられた。

「何度も言ってるけど嫌だってば。もうやめてよ」

「何だよ、ヒューゴのことまだ忘れられないのか?あんなやつ早く忘れて、次行こうぜ!ほら、俺とかちょうどいいじゃん!」

「今は結婚とか考えたくないの。じゃ、またね」

 話を切り上げて早々に立ち去る。
 何度断っても、毎回そんなことを言ってくるテルーの気持ちが理解できない。結構本気で嫌がってるのに、本当に気付いていないのだろうか。しかも、ちょうどいいってなんだ。私とテルーのどこがどうちょうどいいのか教えてほしい。いや、やっぱり教えて欲しくない。絶対に聞かなきゃよかったって思うやつだ、これ。

 歩きながら大きすぎるため息が漏れた。

 早く村を出よう。
 そう、強く強く、心に決めた。

 家に着くと居間から誰かと話すお母さんの声が聞こえてきた。
 誰だろうと思いそっと覗き、ヒュッと息を呑んだ。

 うそ、なんで、どうして、ここに?

 ここに絶対いるはずのない、いてはいけない人物がいる。

「よう」

「あっ、アン。おかえり。ほら、ヒューゴ君来てくれたわよ。じゃ、お母さん婦人会の集まりがあるから行くわね。お二人とも、ごゆっくり」

 母がニヤニヤと意味深な視線を送ってくるも、私はそれどころではない。
 なんで我が家のダイニングテーブルに、2ヶ月前と何ら変わった様子のないヒューゴが、当然のように寛いでいるのか。

 身体が固まって、足どころか指一本動かせない。目の前にいる人物から、目が離せない。
 ポコポコと湧き出る疑問が頭の中でぐるぐると回っている。

「…………………えっ、……な、なんで?」

「なんでって、俺がいちゃいけない?それより、なんで黙って帰ったんだよ。一言言えよ」

 ヒューゴが不機嫌そうに眉を顰める。
 そんなもの、一言では済まなそうだったから直接言うことはもちろん、手紙を書くのも止め、黙って出てきたのだ。
 もしかして急にいなくなった私をヒューゴなりに心配して、わざわざ様子を見に来てくれたのだろうか。ヒューゴはそういう責任感の強い所があるから。

「それは………ごめん。でも、もう私は必要なくなったんだし、一応ライオスには伝えたんだけど」

「なんだよそれ。ちっ、あの野郎。もっとぶん殴ればよかった」

「ていうか、何でいるの?こんなとこにいていいの?」

 お姫様はどうしたの?
 晩餐会は?パレードは?

「はあ?自分の村にいてなんでいけないんだよ。それより、アン。テルーのやつから求婚されてるみたいじゃねーか。ちゃんと断ってんのか?そうやっていっつもヘラヘラしてっから、脈があると思われんだよ。バシッと断れ、バシッと。たくっ、しょうがねーからテルーには俺が断ってやるけど、ちゃんと自分で言えるようにしろよ。本当にアンは俺がいねえと何もできないやつだな」

「……ちゃんと断ってるよ。なのに諦めてくれなくて」

 今までヒューゴに何を言われても、うんうん聞いてきた。全部、全部受け入れてきた。ヒューゴのことが好きだったから。ヒューゴの言うことが正しいと信じていたから。

 でも、今は違う。

 何で私がそんなこと言われなきゃいけないの?どうして私がヒューゴに怒られなくちゃいけないの?私がどうしようと私の勝手でしょ?私のことなんて、ヒューゴには何も関係ないじゃない!お姫様と結婚して、これから一生お城で暮らすヒューゴには!!

 フツフツと怒りがこみ上げてくる。

「大体アンはいつも俺の後ばっかついてきて、他の男とまともに喋れんのか?もっと周りとコミュニケーション取れるようにしねえと、これから先どうすんだよ。まあ、どうしてもっていうなら俺が貰ってーー」
「うるさいな!ヒューゴには関係ないでしょ!早くお城に帰りなよ!勇者様がこんな村にいる暇ないでしょ?王女様とどうぞお幸せに!さようなら!」

 ムカついてムカつきすぎて、ヒューゴの話の途中だというのに遮るようにピシャリと言い放つ。
 驚いたヒューゴは目を真ん丸にして私を凝視したまま、固まっている。

 それはそうだろう。
 私がヒューゴに逆らうなんて、伝説の剣を抜いた時以来2回目だ。

「もうヒューゴに付きまとわないから安心して。私のことは放っておいて!よかったね、お荷物がいなくなって精々したでしょ?」

「はっ?何だよそれ。俺から離れる気か?」

 ヒューゴが私の手首をギュッと掴み、上から睨み付けてくる。それでも負けじと私もキッと睨み返す。

「そうよ。私もいい加減周りを見ようと思って。もう、ヒューゴのこと好きでいるの止めたの。早くこの村から出てって、これからは一人で生きてくんだから!っつ!!」

 さらに強い力で腕を掴まれる。あまりの痛みに顔が歪んだ。

「い、痛い、離して」

「……だめだ。好きでいるの止めたなんて、許さない」

 嫌悪感を剥き出しにした鋭い視線を向けられ、プツンと頭の中で何が切れた。

「許さないって!私のことなんだと思ってるのよ!私にだって感情があるの!ヒューゴが結婚した後も、今のままなんて出来るはずないよ。そこまで私、図太くない。そこまで強くなんてなれないんだよ……もう、ヒューゴなんて嫌い。嫌い!手、離してよ!王女様のとこに早く帰ってよ!!」

 ふっと掴まれた腕が解かれ、そのままギュッと抱き締められた。2年の間に鍛えらた筋肉質で大きな身体に、すっぽりと覆われる。

「……っ!!っやめてよ!離して!」

 全力でもがいて抵抗するも、さらに強く抱き締められ身動きが取れなくなる。力ではどうやったって敵うはずがない。

「……ヒューゴなんて、もう好きじゃない」

「だめ。許さない」

 私が抵抗を止めると抱き締める腕の力が弱くなり、優しく包み込んでくれた。
 押し付けられた胸からヒューゴの心臓の音が聞こえる。ヒューゴの温もりが、匂いが私を包む。

「……もう、疲れたの。もう、止めたい」

「だめ。他は?何でも思ってること言って。…………怒らないから」

 ヒューゴが子供を宥めるように背中をポンポンと叩きながら、耳元で囁く。声が、甘い。耳が、熱い。

「……ヒューゴなんて意地悪だし口も悪いし。私にもっと優しくしてほしい」

「うん、わかった」

「……頭叩かれるのも嫌。怒鳴られるのも嫌」

「うん、もうしない」

「……ヒューゴが傷付くところは、もう見たくない。危険な所になんて、行かないで欲しい」

「行かないよ」

 ヒューゴが私の言葉一つ一つに答えてくれる。耳を傾けてくれてる。私のことを、ちゃんと考えてくれてる。
 じんわりと胸が熱くなって、涙が溢れた。

「王女様と、結婚なんてしないでほしい」

「しないよ」

「……もう、私ばっかりは嫌。ヒューゴにも!私のこと好きになって欲しいっ!」

 意地悪されたって、頭叩かれたって、別にいい。
  本当はずっとずっと、私のことを好きになって欲しかった。私のことを、見て欲しかった。

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