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童貞は擬態する

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 俺の名前は小田島 康作 おだじま   こうさく。28歳。会社員。



 童貞であるーー




 ※ ※


「実は俺、彼女できたんです」


 金曜の夜。男だらけの課内の飲み会。
 一番下っ端である佐古田のカミングアウトに、衝撃が走った。

「おおお!まじか、佐古田!おめでとう」

「やったな、初か!?初彼女か!?」

「あ、ハイ。この歳になってようやくとか恥ずかしいんすけど」

 先輩社員にバシバシと背中や肩を叩かれながら、佐古田が照れ臭そうに頭を掻く。
 俺も同様におめでとうと口にしながら反面、心の中では死ね死ねと唱え続け、佐古田の肩をはたき続ける。精一杯、ありとあらゆる力と怨みと妬みと殺意を込めて。

 そんな俺の魂の鉄拳を浴びながらも佐古田は痛がりも嫌がりもせず、ついでに身体も微動だにしていない。俺の魂なぞ屁でもねえって言われてるようだ。そうか屁か。お前にとって俺は屁程度なのか。

「ついに佐古田も彼女できたか~」

「お前今年で25だっけ?いや、全然セーフだろ!」

「で、彼女は?どんな子?」

「それが……実は総務部の岩崎さんでして」

「お、おおおお!まじか!マジなのか!岩崎さんってお嬢様っぽい大人しそうな子だろ!」

「やったな、お前!上玉じゃねえか!」

 佐古田の口から飛び出した予想外の人物の名前に、またしても男臭い歓声が湧き上がる。衝撃、再び。

 総務部の岩崎さん。
 染めてないサラサラロングヘアに小柄な身体。性格は控えめで穏やか。口調や仕草が丁寧な所に育ちの良さが感じられる、今時女子にしては珍しい清楚で無垢で清純派な入社一年目の22歳、岩崎さん。

 俺が入社当時からずっと狙っていた、岩崎さん。

「ええー、俺岩崎さん目ぇつけてたのに。まさか佐古田に先越されるとは、はハハ」

 ひきつりそうになる顔を必死に堪え、余裕の笑み貼りつけて佐古田の肩に腕を回す。
 オラ佐古田、その屁ツラ崩してやんよ。とばかりにギリリと首を締め付けるも、佐古田の顔は幸せオーラで緩みきったままだ。屁ほどのダメージも与えられていない。屁以下か。屁にも劣るというのか俺は。

 ……クソ。

「どーせ佐古田が押しまくって頼みまくって拝み倒して、それで岩崎さんがしょーがなく折れたんだろ」

 絶対そうだ。それ以外のはずがない。

「は、はは。それが、岩崎さんから告白されまして」

 ……は?今なんて?

「マジで!マジで!?」

「すげえじゃねえか、佐古田!」

「…え、ええ、岩崎さん視力大丈夫!?つーか騙されてんだよ、お前。散々貢がせてポイ捨てされんじゃねえの?」

 絶対そうだ。それ以外のはずがない……!!

「え、い、いや」

「だって岩崎さんだろ?清楚で無垢で清純派で誰の誘いにも一切なびかなかった、あの岩崎さんだろ!?」

 俺がほぼ毎日大した用事もないのに総務部に顔出してその度にありとあらゆる誘い文句で口説いてきたのに毎度食い気味に「門限があるから」ってはっきりきっぱり断ってきた、あの岩崎さんだろ!?

「ああ、でもそーだよなあ。確かになんで佐古田なんだ?」

「お前、岩崎さんと接点あったっけ?お前が岩崎さんに一目惚れっつーのはわかるけど、逆はなあ」

「そうっすよね!皆さんそう思いますよね!」

 さっきまでの、佐古田すげぇ!っていう空気から、佐古田やべぇ…っていう空気に風向きが変わり、内心ニヤリとほくそ笑む。

 そうだよ。普通に考えてありえないだろ。
 顔も大して良くねえオシャレでもねえ愛想もねえ無口で会話も盛り上がらねえ、ねえねえだらけでかつ見るからに童貞で正真正銘童貞の佐古田なんかを、あの岩崎さんが好きになるはずがねえ。俺には一切見向きもしなかったのに、全てにおいて俺より劣っている佐古田なんかを好きになるなんて、別の目論見があるに決まってる。

 絶対そうだ。それ以外のハズがない!!
 
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