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♠︎全ての原因は俺にある

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 カプリ島の青の洞窟、サン・ピエトロ大聖堂、ギザのピラミッド、富士山から見る御来光、夜空を覆い尽くすオーロラ。
 自然物でも人工物でも、この世界には思わず息を呑み見る者全てを魅了するような光景がたくさんある。

 しかし、今俺の目の前にはそのどれにも引けを取らない、いやその全てを凌駕するほどの美しい光景が広がっている。

 なだらかな曲線を描く身体のライン、まろやかな膨らみ、しっとりと吸い付くような肌、白とも薄桃とも表現しがたいその色。

 身体のつくりは男の俺と大部分では同じはずなのに、何もかもが違っているという不思議。
 未だそのほとんどが解明されていないとされる宇宙よりも、深海よりも、遺伝子ゲノムよりも、脳よりも。
 女体は、いや川村の裸体は、どんなものよりも謎が深く、魅力に満ち溢れ、俺の目を釘付けにした。

 そして、男女を決定的に分けるその部分。
 そこを初めて目にした時、俺の中のスイッチが切り替わった。

 川村がよく口にしていた好奇心と似たような、でもそんな生温いものではない感情。
 いうなれば、探求心。知識欲。

 その構造、色、匂い、分泌物、そしてメカニズム。
 その一つ一つを確かめ、女体の神秘を暴き、全てを知りたいという欲望で、頭の中が一杯になった。

「あっ、しじまくっ、ああっ」

 何よりも俺の指で川村を翻弄し、そして快楽を与えることに喜びを感じていた。
 川村が気持ちよくなればなるほど、俺も気持ちがいい。
 物理的な気持ちよさの、何倍も何十倍もの快感物質が放出されているようだ。

 十分に濡れた川村の膣に、一本一本順番に指を差し入れ、その周囲を探る。
 もっと粘着質だと思っていた分泌物は存外水っぽく、だというのに大事な部分を守るかのように必要最低限のとろみを有していた。
 不思議だ。不思議しかない。
 そのことが俺の知的好奇心をさらに刺激する。

 川村の声の出し方、大きさ、高さ、そして身体の揺れ方、表情、膣内の締め付け。その全てを事細かくチェックし頭の中でデータ化し、総合的な判断を下す。

「あっ、んんー。そこっ、やあ!」

 川村が最も快感を得られているだろう中指を差し入れ、川村が最も快感を得られているだろうお腹の裏側をぐりぐりすると、川村のお尻がのけぞる様に浮き、ビクビクと膣内が収縮を始めた。
 川村が「やあ」と言う時は、気持ちいい時だというデータがすでに取れている。そして、膣内が指を締め付け始めるのが絶頂の前触れだということも実証済みだ。
 刺激している膣内のちょうど上あたりにあるクリトリスを同時に刺激すると更に快感を得られ絶頂しやすくなる、ということも事前のマーケティングで把握している。

「ああっやあ!もう、イク、しじまくんん、イクっ、あ、あああー」

 さっき触れた時よりも幾分か大きくなったクリトリスを親指で優しく押しつぶすと、川村の喘ぎ声が激しさを増した。
 やはり、同時に刺激すると快感が増すようだ。脳内メモにすかさず書き込む。
 イクと宣言した通り、そのすぐ後に川村の膣内は大きく収縮し、俺の中指をぎゅうぎゅうと何回も締め付けた。

 絶頂だ。
 男の射精とは違う、しかし男と同様に快感のボルテージが上がった時に起こる現象。
 それが、絶頂。オーガズム。ゴートゥーヘブン。
 なんて神秘的かつ妖艶的かつ魅惑的な生理現象なんだ。

「……はあっはあっ」

 絶頂すると疲れるのか、川村は肩で息をしながらくたりと身体をベッドに預けた。
 折り立てた膝がかくかくと小さく震え、涙を含んだ目は蕩け、頬は熟れた桃の様に色づいている。

 美しい。

 胸に熱いものがこみ上げてきて、そして満たされる。

 愛しい女性が自分の手によって絶頂する姿をこの目で見る日が来るなんて。
 神様、本当にありがとう。
 そして、川村。本当に、本当にありがとう。感謝の言葉しか出てこない。

「し、じまくん!もう、い―」

 川村がこの世に生を受け俺の前に現れてくれたこと諸々に対する多大なる感謝の気持ちに引っ張られるかのように、射精感も一緒に湧き上がり。
 マズい、と思った時にはすでに遅かった。

「……う、くぅっ」

 抵抗を試みるも襲いくる波に為すすべもなく、川村の太腿めがけて勢いよく射精した。してしまった。

 高揚感と多幸感で満たされていた頭が、一気に現実に引き戻される。
 ぶつかると思ってからブレーキを踏んでも遅いのだ。
 一瞬の気の緩みが一生の後悔に繋がると、散々教習所で習ったのにこの始末。
 前方の車に突っ込んでしまったドライバーは、皆こんな心境なのかもしれない。

「……ス、スマン」

 とにかく、川村の穢れを知らない白魚のような太腿に、解放されたてホヤホヤの塊を必死に拭う。
 そして謝る。ひたすら謝る。誠心誠意謝る。

 物理的な刺激もなしで感極まって射精とか、お前は童貞の男子高校生か。いや、精通したばかりの男子中学生か。発情期の雌に当てられた雄だって、挿入するまでは我慢できるぞ。
 この年で童貞なのは最早仕方ないと諦めている。声を大にして言うようなことではないが、隠そうとは思っていない。(川村に対してだけだが)

 しかし、これは駄目だ。
 アラサー童貞に加え極度の早漏だなんて、恥でしかない。川村の前では高貴な童貞を演じていたかったのに、これではただの憐れで惨めなおっさん童貞じゃないか。

 川村が鈴のなる様な可愛らしい声で何かを喋っているが、脳みそで一時停止することなく右から左へと受け流されていく。
 おっさん童貞の俺に、もはや天使と会話する資格はない。

「――でさ、次は、私の、中に―」
「川村」

 しかし聞こえてきた川村の言葉にハッとなり、慌ててそれを遮った。
 川村が次にを言おうとしているのか、何故かわかってしまった。

 それだけは受け流せなかった。
 おっさん童貞の俺が天使の言葉を遮るなど、身の程を弁えていないにも程がある畏れ多い行為だが、それは絶対に川村に言わせてはいけない言葉だった。

「それは、好きな相手とするものだ」

 川村が口にしようとしていたことは、ただの同期と気持ちが昂ったからと言って、その場の勢いでしていい行為ではない。
 今は良くても、後で必ず後悔する。何であの時あんなこと言っちゃったんだろう、と。

「え、あ、そう、だよね」

「……ああ」

 川村は俺の言葉に我に返ったような顔をし、視線を落とした。
 自分の過ちに気付いてくれたようで良かった。

 川村にそれを言われてしまえば、多分俺は拒否できない。いや、したくない。
 理性も体裁も何かも投げ捨てて、大喜びして飛びついてしまうだろう。
 しかし、散々川村の好意と好奇心に甘えてきてしまった自覚もあれば罪悪感もある。川村が望んでいるからと言って、その一線だけは越えてはいけないとわかっていた。

 もし、俺と川村が付き合っていたら――

 それを想像すると心が躍る。
 しかし、そうなるためにはまず川村に俺のことを好きになってもらわなければならない。もちろん、恋愛対象として。

 あり得ない。あり得るはずがないんだ、そんなこと。

 恐れられることはあっても好意を寄せられることなんてこと、生まれてこの方一度もなかったこの俺が、誤って人の腹から生まれてしまった鬼の子であるこの俺が。
 女子に、しかも意中の女子に、世界遺産よりも尊く美しい天使である川村に、同じような感情を向けられるなんてこと。
 そんなことが起こったら、それこそが奇跡というものだ。
 
 期待なんてものはしてはいけない。それはそのままブーメランみたいに返ってくる。雪だるま方式に何倍にも大きくなって。

 だから、俺の口から川村に交際を申し込むことは出来ない。

 今のままで十分だ。こうしていられるだけで十分すぎる程奇跡的で幸せなんだ。
 いつまでこの関係が続くのかは分からない。多分、川村が飽きるまで、気が済むまでだろう。
 それに異を唱えるつもりはない。その日が来たら、今までの積もりに積もった川村への感謝を綴り一冊の本にまとめ、潔く身を引く所存でいる。
 そして、川村と過ごした夢の様な日々を大切に大切に胸に秘め、死ぬまで一人ひっそりと過ごしていくのだ。

 それでいいんだ。




『ごめん、今日は予定があるからナシでもいいかな?』

 月曜の朝一に届いた川村からのメッセージ。残念極まりないが、予定があるなら仕方ない。
 俺的にはものすごく残念だが、白髪も耳クソも手コキも、川村の予定を変更させてまでやるべきことではない。決して。
『分かった』と返事を返すとすぐに『ごめんね』と返ってきた。

 そして、それで終わった。

 代わりに明日、とか、この埋め合わせは、とか。そんな言葉が当然あると思っていたのに一切なかった。
 そのことにショックを受ける。
 川村なら絶対にそう言うだろうと思っていた。
 なんせ耳クソが取りたすぎて明日でも駄目だと言ったくらいなのだ。本人も、自分は我慢がきかない性格だと言っていた。なのに、それを言ってこないなんて。

 つまり、普通に考えて次回の予定は来週の月曜ということになる。
 今週は無し、まるまる一週間いかなる行為もしないと。
 しかし、その次回は本当に訪れるのか?

 さあーっと全身から血の気が引いていくのを感じた。

 思い当たる節は一つしかない。
 絶対に、俺のぶっかけ事故が原因だ。

 ついに、恐れていた日が来てしまった。
 ついに川村は俺(の白髪と耳クソと手コキ)への関心を失ってしまったのだ。しかも、俺のしでかしたことが原因で。
 心の中が後悔と絶望で吹き荒れる。

 あのぶっかけ事故がきっかけで川村は目を覚まし、俺を軽蔑したのだ。多分、いや絶対。

 アラサー童貞のくせに早漏とか、きっも。ちょ、私の太腿に汚いのかけるとか信じらんない。くっさ、ていうか、くっさ。あーもう最低。目が覚めたわ。つーか何で私、こんな臭くて汚いやつを必死に出そうとしてたんだろ。もしかして、この男が私に変な呪いかけてたんじゃない?そうだよ、絶対そう!普通に考えて好きでもないただの同期、しかもでかくて厳つい鬼みたいな男のアレをシコシコキュッキュッしたくなるとか、あり得ないでしょ!うわあ、恐ろしい!最悪!もう二度と耳かきしたくないし白髪も抜きたくない。顔を見るのも嫌!

 ――あり得る……あり得すぎて怖い。

 俺が川村に呪いをかけたなんてことはないが、もしかしたら無意識のうちにかけていた可能性はある。なんせ俺は川村のことが好きなのだ。好きで好きで好きすぎて、オナニーのおかずは川村オンリーだったのだ。
 俺の中の鬼パワーがそれに働きかけて、変なものが身体から出ていたとしても何ら不思議ではない。

 ああ、何てことだ。
 全ては、俺の責任か。
 俺のしでかしたことが、雪だるま方式で何倍にも膨れ上がり、そしてブーメランのように返ってきて、俺の胸に深く突き刺さった。
 死にたい。致命傷だ。もう立ち上がれない。
 川村との思い出を胸に今後の人生を生きていくなんて言ったけど、無理だ。とてもじゃないが生きていける自信がない。体力も気力もない。

 それでもなんとか表面上だけ業務をこなしていると、既にズタボロでフラフラな俺の心にさらに追い打ちをかけるような話が俺の耳に飛び込んできたのである。



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