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神成

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 が、どこからともなくその手を掴まれ、あっという間に持っていたジョッキが奪われた。私の目の前で、傾いたジョッキの中身がみるみるうちに消えていく。減っていくビールの行き先を辿る様に、口元、頬、首へと視線を移し、その先にある男らしい喉仏へとたどり着いた。ゴクリゴクリとスローモーションのようにゆっくりと上下するその光景が、まるで映画のワンシーンみたいで。
 私は魅せられたかのように、そこから目が離せなくなっていた。

「うわー、まじい。なんか別のもん頼めよ」

「安田くん」

「ほら、神成。次何いく?」

 突然現れた安田に飲み放題のドリンクメニュー表をぽいっと渡され、咄嗟にそれを受け取った。そして安田は何の躊躇いもなく私の隣に腰を降ろし、間をつめる。

 トクンと、冷えて止まりかけていた心臓が、微かに動き始めた気がした。

「で、何の話で盛り上がってた?」

「それはもちろん、安田さんの作品が凄かったって話ですよ」

 ナミがニコニコと笑みを浮かべながら、向かいに座る安田の腕を軽く叩いた。
 ナミと安田この二人は仲がいい。
 先輩後輩の隔たりを感じさせない気さくさで、お互い接しているのが見て取れる。私からしたら、ちょっと常識の範囲を超えている気さえするのだけど。
 オサムは、気にはならないのだろうか。
 私の心配をよそに、オサムは何も気にしていないような普段通りの変わらない口調で、安田に話しかけていた。

「どうやったらあんなの思いつくのか教えてほしいよ」

「そんなもん口では言えねえよ。でも、オサムのも今回はいつもと違う感じで良かったじゃん」

「そうかな?安田くんにそう言われると、純粋に嬉しいな」

「あれだろ。心境の変化ってやつ?ナミちゃんと付き合って童貞卒業したから、今まで見えなかったもんが見えてきたんだろ」

「!!なっっ!!!安田くん!」
「!!安田さんっ!何変なこと言ってるんですかあ!」

 完全に揶揄っている安田の発言に、二人が一斉に声を荒げた。素直すぎるその反応は、安田を調子づかせるだけだ。

「ははははっ!二人とも慌てちゃって、図星い?」

「こんな、人が大勢いるとこでやめてよ安田くん!」

 オサムが慌てて周囲を見渡し、安田の口を封じようと両手を突き出す。恥ずかしさのあまりか、酒のせいで元々赤かった顔が一層朱に染まる。でも、そこに否定の言葉はない。
 そんな二人を見て安田は心底楽しそうに笑い、そして私はーー

「周りがうるさすぎて聞こえねえって。あ、神成は別か。ばっちり聞こえたよな?ま、オサムが童貞卒業したのなんて言われなくても見りゃわかるけどな。それはそうと、お二人さんおめでっとうー!」

「「安田さん・くん!!!」」

「……安田、いい加減にしなさいよ。困ってるじゃない」

 声を合わせて安田を咎める二人に続いて、私も重い口を開いた。
 これ以上何も聞きたくない。吐き気を伴うムカムカが大きくなって止まらない。
 未だ動揺冷めやらない二人のためにじゃなく、自分のために。
 私は安田にそう言い放った。

「ああ、そう?ごめんごめん。そういや、神成のも今回はいつもと違ったな。お前も何か心境の変化でもあった?」

「……うっ、るさい!そんなの何もーーっ!?」

 話の途中で下半身に違和感を覚え、私は咄嗟に口を噤んだ。

「ん?」

 隣に座る、愉快そうに目を三日月形した安田と目が合った瞬間、どこかのスイッチを押されたかのように、私の身体が全く別のものに塗り替えられたのがわかった。

 安田の手が私の太ももの上に置かれ、そして円を描くようにゆっくりとそこをなぞっている。そのじれったく優しすぎる刺激に、全身が痺れ、固まった。
 私の奥底でずっとくすぶり続けていた火種が大きくなり、あっという間に燃え広がって、私を支配する。

「……何でも、ない」

 そう呟くのが精一杯で、私は誤魔化す様に新しく来たレモンサワーを勢いよく呷った。摂取したばかりのアルコールが身体全体に染みわたって、脳をふやけさせる。下腹部がジンジンと痺れて、全身が異常に火照り、汗が噴き出して止まらない。
 視界の隅に映る安田の瞳が、楽し気に一層弧を描いた様な気がした。

「神成さんの作品、僕は良かったと思うよ。何て言うか、今までのはおごそかって感じだったんだけど、そこに危うさが加わったっていうか」

「なんだそれ。けなしてんじゃねえの?」

「そうだよ、オサム君。神成さんに失礼な」

「してないしてないっ!いい意味で言ってるよ!でも、嫌な気分にさせたら、ごめん」

 ナミがオサムを諌めるようにぷくっと頬を膨らまし、オサムが申し訳なさそうに手を合わせて私に謝罪した。その光景をぼんやりと視界に映しながら、私は一人必死に戦っていた。

 会話なんて、できるわけない。
 三人が話し続ける最中ずっと、安田の手が艶めかしく腿の上を這い、私から余裕を根こそぎ奪っているのだから。

 テーブルの一番隅に座った私はちょうど安田に隠される形になっていて、その不埒な手つきが皆の目に触れることはない。向いに座るオサムとナミからも、テーブルで遮られバレることはないだろう。だからと言って、こんな人が大勢いるところで、しかも全員知り合いの飲み会の席で、こんなことをされていい訳がない。立派なセクハラ行為だ。
 頭ではわかっている、必死に拒絶している。やめろと叫んでる!

 なのに、私は安田の手が与える刺激に、ただひたすら口を噤んで耐えることしかできなくて。心の悲痛な叫びを、身体が拒否しているようだった。

 安田の手が上に向かい、そのまま内側へと移動する。

「安田くんはもうどこに行くか決めたの?」

「いや、まだ」

「黒田先生のところはどうなったんですかー?」

 太ももにぎゅっと力を入れ侵入を拒めば、その手はすぐに上へと移動し、付け根の部分へと到達した。

(ーーんっ!)

 直接的に触れられたわけでもないのに、電気が流れたような痺れが全身に走り、咄嗟に私は身をかがめた。

「?神成さん、どうしたの?」

「酔いがまわりました?」

「……だ、いじょうぶ。何でもな、ああっ!」

 強引に閉じた太ももの間に手をねじ込まれ、ジーンズの上から突起を強く擦られ。ビリビリとさっきとは比べ物にならない位大きな痺れが下腹部に走り、私はとうとう声を荒げた。涙で霞む視界の先に、眉を顰める二人が映る。
 ーーこのままじゃ、やばい。
 そう思うのに、お腹の奥が熱くて、もどかしくて、たまらない。
 止めてほしくて脚を硬く閉じているはずなのに、安田の手が離れるのを拒んでいる様な気さえしてくる。それをわかっているのか、安田の手はピンポイントに私の突起を刺激し続け、私の身体を更に高めていく。

(……は、あっ。もうーー)

「神成さん?」

 お腹の一番奥がぎゅうっと引き絞られ、ビクッビクッと収縮した。
 こんな所で、こんなに呆気なく。

 未だ冷めやらない余韻に浸りながら、込み上げる涙をぐっと堪えた。
 オサムとナミはもちろん、安田の顔なんてとてもじゃないが見れるはずがない。

 私はふらつきながらも立ち上がり、力の入り切らない身体を自分自身で支えた。

「……ごめん、ちょっとお手洗い」

 そう早口で呟き、逃げるようにその場を後にした。




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