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限界

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特訓が始まって一ヶ月が経った。
毎日の訓練で体は疲れ果てているのに、目に見える進歩がない。
今日も、訓練場に向かう足取りが重い。

「おはようございます、父上、セリーナ先生」

「おはよう、アリストン。今日も頑張るんだぞ」

父上の声に、何か諦めのようなものを感じる。

「はい、アリストン様。では、昨日の続きから始めましょう」

セリーナ先生が杖を構える。
僕も杖を持ち上げるが、手が少し震えている。

「魔法エネルギーを感じ取り、それを杖の先端に集中させてください」

目を閉じ、エネルギーを感じ取ろうとする。
かすかな温かさは感じるが、それを操ることができない。

「もう少しです、アリストン様。集中してください」

セリーナ先生の声が遠くに聞こえる。
汗が滲み、額から伝い落ちる。

「ダメだ!」

思わず叫んでしまった。
杖を落とし、その場にへたり込む。

「アリストン!」

父上が駆け寄ってくる。

「申し訳ありません、父上。僕には……僕にはできないんです」

言葉を詰まらせながら、顔を上げる。
父上の表情に、失望の色が見える。

「そうか……」

父上は深いため息をついた。

「セリーナ、今日はここまでにしよう」

「はい、ロレンス様」

セリーナ先生は僕を心配そうに見つめている。

訓練場を出ると、廊下でエドガー兄さんと出くわした。

「どうだ、アリストン。進歩はあるか?」

「兄さん、僕は……」

言葉に詰まる。
エドガー兄さんは僕の肩に手を置いた。

「焦るな。時間はまだある」

優しい言葉だが、その目に期待が薄れていくのが分かる。

部屋に戻り、窓辺に座る。
外では、ヴィクター兄さんが剣の練習をしている。
その姿は力強く、輝いて見える。

「なぜ、なぜ僕だけが……」

呟きながら、目を閉じる。
すると、ふと誰かの気配を感じた。

「辛そうね、アリストン」

目を開けると、オリヴィアが目の前に浮かんでいた。

「オリヴィア……僕は、もうダメかもしれない」

「そんなことないわ。あなたには特別な力があるのよ」

「でも、その力じゃ役に立たないんだ!誰も認めてくれない……」

オリヴィアは悲しそうな顔をした。

「アリストン、あなたの力は素晴らしいものよ。それを信じて」

「どうすればいいんだ?僕には何もできない……」

そのとき、ノックの音がした。

「失礼します、アリストン様」

リリーが入ってきた。

「家族会議が開かれるそうです。アリストン様にも来ていただきたいとのことです」

「家族会議……?」

胸が締め付けられる。
きっと、僕のことが議題なんだ。

「分かりました。すぐに行きます」

オリヴィアに別れを告げ、会議室へ向かう。
扉の前で深呼吸をし、ゆっくりと開ける。

「来たか、アリストン」

父上の声が響く。
部屋には両親、エドガー兄さん、ヴィクター兄さん、そしてセリーナ先生がいた。

「座りなさい」

セリーナ先生が優しく声をかけてくれる。
椅子に座ると、父上が口を開いた。

「アリストン、お前の訓練の進捗について話し合うために集まった」

「はい……」

小さな声で答える。

「正直に言おう。現状では、成人の儀を無事に終えられる見込みは薄い」

父上の言葉に、胸が痛む。

「しかし」

エドガー兄さんが口を挟む。

「まだ時間はある。何か別の才能を見出せるかもしれない」

「そうだな」

ヴィクター兄さんも頷く。

「アリストン、お前にはどう思う?」

父上の問いに、言葉が出てこない。
霊を見る能力のことを話すべきだろうか。
でも、それを言えば……。

「僕は……まだ、頑張ります……」

そう言うのが精一杯だった。

「そうか」

父上は深いため息をついた。

「では、もう少し様子を見よう。だが、このままでは厳しいことを覚悟しておけ」

「はい……」

会議は終わり、僕は自室に戻った。
窓の外を見ると、夕日が沈もうとしていた。

成人の儀まで、あと2ヶ月。
このままでは、僕の未来は……。

オリヴィアの言葉が頭をよぎる。
霊を見る能力。
それは本当に価値のないものなのだろうか。

深呼吸をして、決意を固める。
今こそ、自分の能力を父上に理解してもらうチャンスかもしれない。

勇気を振り絞って、父上の書斎へと向かう。
ノックをして、中に入る。

「アリストン?どうした」

「父上、お話があります」

震える声を押し殺して、話し始める。

「実は、僕には特別な能力があるんです。霊を……見ることができるんです」

父上の表情が曇る。

「何を言っているんだ、アリストン。そんな戯言を……」

「本当なんです!」

思わず声を荒げてしまう。

「オリヴィアという霊と話すことができるんです。彼女は……」

「もういい!」

父上の怒鳴り声に、僕は言葉を失う。

「そんな妄想で現実から逃げるな。お前に必要なのは、正当な魔法の鍛錬だ」

「でも、父上……!」

「聞きたくない。お前の才能のなさを言い訳するためにそんな話をでっち上げるとは……」

父上の言葉に、胸が痛む。

「違います!僕は逃げてなんかいません!」

思わず叫んでしまった。

「この能力は本物なんです。今、この部屋にも……」

その瞬間、僕の目に映ったものに息を呑む。
オリヴィアが部屋の隅に立っていた。
彼女は悲しそうな表情で僕を見ている。

「オリヴィア……」

父上は眉をひそめる。

「誰に話しかけているんだ?」

「オリヴィアです。霊なんです。彼女が……」

オリヴィアが僕に向かってゆっくりと歩み寄ってくる。

「アリストン、もういいの。無理に理解してもらおうとしなくても……」

彼女の声は僕にしか聞こえない。

「でも、オリヴィア。このままじゃ……」

父上は呆れた表情を浮かべる。

「もういい加減にしなさい……アリストン、部屋に戻るんだ」

「待ってください、父上!」

必死に訴える。

「この能力は本物なんです。僕にはできることがあるはずです!」

その時、オリヴィアが僕の肩に手を置いた。
突然、部屋中の空気が変わる。

「!!」

父上が驚いた様子で周りを見回す。

「な、何だ? この感覚は……⁉」

オリヴィアが静かに頷く。

「アリストン、あなたの力を示す時よ。でも、本当にいいのね?」

僕は震える声で答えた。

「うん……」

その瞬間、部屋の中で信じられない光景が広がり始めた。
薄い霧のようなものが部屋中に漂い、父上の目の前で、オリヴィアの姿がぼんやりと浮かび上がる。

父上は目を見開いて立ち尽くしている。

「こ、これは……」

僕は震える声で言った。

「父上、これが僕の見ている世界なんです――」
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