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続 その後の話
47 停電
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その日はやけに天気が悪い日だった。朝から振り続ける雨は夜になっても止まない。寧ろ、強くなっていくばかりだった。
午前はそこまで酷くなかったが、どんどん風も雨も強くなっていった。午後の職場では、帰りのことを心配して窓の外を見ている人が大半だった。
横風が強いから傘の意味なんてほぼ無かったし、あまりの風の強さで傘の骨組みが軋みだしたものだから、帰りは差さずに走って帰宅した。職場と家の往復ではスーツの殆どの範囲を濡らす羽目になった。
帰ってくるなり急いでタオルを取りに行き、カバンを拭く。中は無事なようでほっと息をついた。
肌に張り付く服が気持ち悪くて、ジャケットを脱ぎながら帰宅時からずっと視線を向けてきているコップの中の存在に声をかける。
「ただいま~」
黄色い目と目を合わせて、微笑む。自分を待ってくれる存在がいるというのは、心に安らぎを与えてくれる。
タオルで軽く体を拭いて、荷物が無事なことを確認すると、温かいコーヒーを淹れにキッチンに行った。体が冷えているから、温かいものが飲みたい。
ゆったり椅子に座ってコーヒーを飲みながら、傍らに寄り添ってくるクラゲさんを見つめる。本当は早く風呂に入るべきなんだろうけど、走ったせいで疲れてしまった。もっと体を休めたら、今日も一緒にお風呂に入ろうか。そのつぶらな目を見ながらそう話しかけた瞬間、一際大きい雷の音がした。近くに落ちていそうだな、と思っているうちに、部屋の電気がふっと消える。
「あ、停電」
最悪だ。懐中電灯、どこに閉まっておいたっけ。
鞄の中のスマホを探しても良いのだが、押し入れのほうが距離的に近い。側にあるテーブルに手を付きながら、早足に歩き出す。暗いのはあまり好きじゃない。できるだけ早く、灯りを手に入れたかった。懐中電灯は寝室のテーブルの上に置いていたはずだ。
足元に気をつけながら、なんとか寝室にたどり着く。懐中電灯をつけると、部屋に光が現れた。未だ電気は復旧していないが、これだけでもとても心強い。
ほっと息をつくと、先程いた部屋から切羽詰まったクラゲさんの声が聞こえてくる。
「ユーヤー」
「クラゲさーん。大丈夫?」
「ユーヤ、ユーヤ!」
いつになく名前を呼ぶクラゲさんに不安になって、急いでダイニングテーブルの方に戻る。クラゲさんがいた部屋に入った瞬間、大きい金色が真っ先に目に入る。コップから出てきたクラゲさんが、そこそこ大きさがあるテーブルに乗り切れないくらいに膨らんでいた。
透明な身体から、向こう側の暗闇が透けて見える。天井ぎりぎりまで大きくなっている、自分より高い位置にある彼の顔を見上げる。
「どうした?怖くなっちゃった?」
彼が暗闇に怯えるとは思えないけど。
クラゲさんの様子がいつもとちょっと違う気がする。何というか……海辺で俺を波に攫おうとしたときと同じ気迫を感じる、というか。
やっぱり、いきなり暗闇になって不安になったんだろうか。こういうときは、スキンシップをしてあげたらいい。日々のコミュニケーションでスキンシップを重視するクラゲさんは、息苦しいくらいの触れ合いが丁度良いようだった。
「大丈夫、怖くないよ」
手を伸ばそうとした瞬間、金色の目が一瞬大きくなった気がした。それがやけに不気味で、背筋がぞくりとする。本能的に何かを感じて、身体がピタリと止まった。
触れることに躊躇した俺に、クラゲさんの機嫌が悪くなってる気がする。これでは駄目だ。このままだと、お互いに良くない。
……もしかしてクラゲさん、停電が何なのかよくわかってないのかな。
この様子だと、暗いのが怖いというわけじゃないようだ。でも、クラゲさんは元々海で暮らしていたようだし、人間の暮らしにそんなに詳しくない節がある。慣れない非常事態に、パニックになっているのかもしれない。
そんな中、唯一の頼りである俺が側から居なくなってしまったら───しまった。クラゲさんを一人にするべきじゃなかったんだ。
「ごめん、急に居なくなってびっくりしたよね」
何事もなかったかのように手を伸ばし、今度こそその身体に腕を回す。あの目を見るのがちょっと怖かったから、胴体のあたりに顔を埋めて俯いたまま頬をくっつけた。
「今起こってるのはね、停電っていうんだ。電線……明かりをつけるために必要な電気っていうものがあって、それを送ってくれる装置に不具合が起きて、こうなってるんだよ」
何をどこまで知ってるのかわからないから、全てを説明することを心がける。
「たぶん、遅くても明日の昼には直ってるんじゃないかなぁ……」
体温を分け合いながら話していると、だんだんクラゲさんの雰囲気が和らいできてるのがわかった。心の中で安堵のため息をつく。とにかく、今のこの状況が怖くないものであるということが伝わってくれたなら、それでいい。停電しただけであんな深刻な状況になってたんだって思うと、ちょっと笑えるけど。自分が知らない状況に突然立たされたら、深刻にもなるか。
冷蔵庫、なにか腐るもの入れていたっけ。最近は料理をしてないから、特に何もないはずだけど。あーあ、早く電気復旧してくれないかな。そうしたら、こんなこと考えなくていいのに。……明日までに直らなかったら、牛乳と卵は捨てておかないとな。
……というか、風呂入れてないじゃん。今からでも入れるかな。
(急に目の前が真っ暗になったと思ったら裕也がどっかに行っちゃうから、「逃げられた!?」って焦ったクラゲさん。停電の意味がよくわかっておらず、裕也が自分から逃げるために何かしたんだと思いこんでいた)
午前はそこまで酷くなかったが、どんどん風も雨も強くなっていった。午後の職場では、帰りのことを心配して窓の外を見ている人が大半だった。
横風が強いから傘の意味なんてほぼ無かったし、あまりの風の強さで傘の骨組みが軋みだしたものだから、帰りは差さずに走って帰宅した。職場と家の往復ではスーツの殆どの範囲を濡らす羽目になった。
帰ってくるなり急いでタオルを取りに行き、カバンを拭く。中は無事なようでほっと息をついた。
肌に張り付く服が気持ち悪くて、ジャケットを脱ぎながら帰宅時からずっと視線を向けてきているコップの中の存在に声をかける。
「ただいま~」
黄色い目と目を合わせて、微笑む。自分を待ってくれる存在がいるというのは、心に安らぎを与えてくれる。
タオルで軽く体を拭いて、荷物が無事なことを確認すると、温かいコーヒーを淹れにキッチンに行った。体が冷えているから、温かいものが飲みたい。
ゆったり椅子に座ってコーヒーを飲みながら、傍らに寄り添ってくるクラゲさんを見つめる。本当は早く風呂に入るべきなんだろうけど、走ったせいで疲れてしまった。もっと体を休めたら、今日も一緒にお風呂に入ろうか。そのつぶらな目を見ながらそう話しかけた瞬間、一際大きい雷の音がした。近くに落ちていそうだな、と思っているうちに、部屋の電気がふっと消える。
「あ、停電」
最悪だ。懐中電灯、どこに閉まっておいたっけ。
鞄の中のスマホを探しても良いのだが、押し入れのほうが距離的に近い。側にあるテーブルに手を付きながら、早足に歩き出す。暗いのはあまり好きじゃない。できるだけ早く、灯りを手に入れたかった。懐中電灯は寝室のテーブルの上に置いていたはずだ。
足元に気をつけながら、なんとか寝室にたどり着く。懐中電灯をつけると、部屋に光が現れた。未だ電気は復旧していないが、これだけでもとても心強い。
ほっと息をつくと、先程いた部屋から切羽詰まったクラゲさんの声が聞こえてくる。
「ユーヤー」
「クラゲさーん。大丈夫?」
「ユーヤ、ユーヤ!」
いつになく名前を呼ぶクラゲさんに不安になって、急いでダイニングテーブルの方に戻る。クラゲさんがいた部屋に入った瞬間、大きい金色が真っ先に目に入る。コップから出てきたクラゲさんが、そこそこ大きさがあるテーブルに乗り切れないくらいに膨らんでいた。
透明な身体から、向こう側の暗闇が透けて見える。天井ぎりぎりまで大きくなっている、自分より高い位置にある彼の顔を見上げる。
「どうした?怖くなっちゃった?」
彼が暗闇に怯えるとは思えないけど。
クラゲさんの様子がいつもとちょっと違う気がする。何というか……海辺で俺を波に攫おうとしたときと同じ気迫を感じる、というか。
やっぱり、いきなり暗闇になって不安になったんだろうか。こういうときは、スキンシップをしてあげたらいい。日々のコミュニケーションでスキンシップを重視するクラゲさんは、息苦しいくらいの触れ合いが丁度良いようだった。
「大丈夫、怖くないよ」
手を伸ばそうとした瞬間、金色の目が一瞬大きくなった気がした。それがやけに不気味で、背筋がぞくりとする。本能的に何かを感じて、身体がピタリと止まった。
触れることに躊躇した俺に、クラゲさんの機嫌が悪くなってる気がする。これでは駄目だ。このままだと、お互いに良くない。
……もしかしてクラゲさん、停電が何なのかよくわかってないのかな。
この様子だと、暗いのが怖いというわけじゃないようだ。でも、クラゲさんは元々海で暮らしていたようだし、人間の暮らしにそんなに詳しくない節がある。慣れない非常事態に、パニックになっているのかもしれない。
そんな中、唯一の頼りである俺が側から居なくなってしまったら───しまった。クラゲさんを一人にするべきじゃなかったんだ。
「ごめん、急に居なくなってびっくりしたよね」
何事もなかったかのように手を伸ばし、今度こそその身体に腕を回す。あの目を見るのがちょっと怖かったから、胴体のあたりに顔を埋めて俯いたまま頬をくっつけた。
「今起こってるのはね、停電っていうんだ。電線……明かりをつけるために必要な電気っていうものがあって、それを送ってくれる装置に不具合が起きて、こうなってるんだよ」
何をどこまで知ってるのかわからないから、全てを説明することを心がける。
「たぶん、遅くても明日の昼には直ってるんじゃないかなぁ……」
体温を分け合いながら話していると、だんだんクラゲさんの雰囲気が和らいできてるのがわかった。心の中で安堵のため息をつく。とにかく、今のこの状況が怖くないものであるということが伝わってくれたなら、それでいい。停電しただけであんな深刻な状況になってたんだって思うと、ちょっと笑えるけど。自分が知らない状況に突然立たされたら、深刻にもなるか。
冷蔵庫、なにか腐るもの入れていたっけ。最近は料理をしてないから、特に何もないはずだけど。あーあ、早く電気復旧してくれないかな。そうしたら、こんなこと考えなくていいのに。……明日までに直らなかったら、牛乳と卵は捨てておかないとな。
……というか、風呂入れてないじゃん。今からでも入れるかな。
(急に目の前が真っ暗になったと思ったら裕也がどっかに行っちゃうから、「逃げられた!?」って焦ったクラゲさん。停電の意味がよくわかっておらず、裕也が自分から逃げるために何かしたんだと思いこんでいた)
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