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if集

【If】忘年会と上司 蛇男編②

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安元さん視点


先週の金曜日は忘年会があった。去年まではああいう酒の席だと、酔ったふりをしてあの子に絡みに行っていたのだが、今年はやめた。あの子が忘年会を早めに抜けるという話を、幹事から聞いてしまったからだ。

元々ああいう騒がしい場所が得意なやつじゃないが、いつも俺が引き止めたら何だかんだで長いこと付き合ってくれる。しかしこんなふうに、事前に幹事に話を通してまで早く帰ろうとしないやつだった。いや、忘年会だけじゃない。平日の仕事終りも普段の飲み会も、帰りの時間をやたら気にするようになった。

どうしてそんなことをしだしたのか。理由はわかりきっている。あの海坊主のもとに帰るためなのだろう。あの子はやけに海坊主を信頼し、懐いていた。俺にはよくびくびくしてるくせに、あいつには心を許している。それが凄く許せなかった。

だいたい、奴が現れてからというもの、手下の蛇を使ってあの子の日常生活を把握することだって難しくなっているのに。それ以外でも、彼と会える貴重な時間まで減っている。あいつのせいで癒やしの時間が減っているのだ。あいつのせいで。

海坊主に対抗するように、帰ろうとする彼を引き止めるようにした。でも、ようやく海坊主の元に帰れる、と思っているときのあの子の顔がやけに嬉しそうで───それをずっと見ていたら、胸のあたりが苦しくなった。

俺はもう、あの子を引き止めないことにした。海坊主を思って笑みを浮かべるあの子の姿など、見たくなかった。だから忘年会では、あの子の元にも行かず、二人の同期兼友人らとずっと話していた。気づけば彼の方に視線が向いてしまうのを、友人らに苦笑いされた。

そんなに気になるなら行けばいいじゃないか、と友人に面倒臭そうに言われたのをきっかけに、何かがぷつりと切れた。

できることなら既にそうしてるっての。お前に俺の気持ちがわかってたまるか。腹がたった俺は、その二人に現在の苦しい俺の恋愛事情について語ってやることにした。普段から話しているから二人にとっては聞き飽きていることだろう。存分に苦しんだらいいのだ。

その後酒をしこたま飲んで頭を馬鹿にさせて、いつまで経っても俺の気持ちに気づいてくれない鍵田裕也という男について永遠と愚痴ってやった。

どうして気づいてくれないんだ、とか。あの子は自分のことに対して鈍感すぎる、とか。俺の気も知らないで急に向こうから触ってくるのは何なんだ、好きだけど、とか。あの子の薄い唇が可愛くて仕方がない、とか。口元からたまにちらちら見える小さな舌に興奮する、とか。最後らへんになると、友人たちがドン引きの表情をしてた気がする。

とにかく俺は半ばヤケクソになって友人たちに愚痴っていたのだが、それ以降の記憶が何も思い出せなかった。あの子と何か話した気がするが、その内容は全く記憶に残っていない。

この歳にもなって、酒を飲む量を誤ってしまった。酒には強い方だから、相当飲んだはずだ。失敗した。きっと、これまでにない醜態を社員の前で晒しただろう。あの子も俺の醜い姿を見たのだろうか。ああ、最悪だ。

泥酔はしたが、ボロを出さなかったことだけは幸運か。これであの姿まで晒していたらと思うと吐き気がする。





今までで一二を争うくらい最悪な気分のまま、月曜日を迎える。忘年会やったらもう年末休みでいいんだが。と思ってしまうくらい、今日の出勤が嫌でたまらなかった。

会社に着いて社員に挨拶をすると、誰も彼も気まずそうな顔をしてくる。やっぱり俺は忘年会でやらかしているようだ。あの場に一番近くにいた友人に話しかけると、哀れみの目を向けられた。

いったい何があったんだ。困惑しながら廊下を歩いていると、愛しいあの子に出くわした。

「鍵田か。おはよう」
「ぁ……」

努めていつも通りの調子で話しかけると、鍵田が硬直した。そのまま立ち止まって俯くものだから、俺もその場に立ち止まるの

おい、忘年会で俺のどんな姿を見たのかは知らないけど、無視をするのだけは勘弁してくれ。流石に死にそうになる。

「……鍵田?」

返事をしてくれ、という思いで顔を覗き込もうとして、彼の様子がおかしいことに気づく。両手を胸の前でそわそわさせて、落ち着かない様子で足を止めている彼は。顔にかかっている髪の隙間から見える肌が、淡いピンクに色付いている。剥き出しの耳が赤い。

もう一度名前を呼ぶと、彼はびくりと肩を揺らした。そして赤くなったままの顔を俺に向けて、絞り出すように「おはようございます」と言い、足早にその場を去っていった。








「………………おい、田川」
「なんすか」
「あの子、俺を見て顔赤くしてたな……」
「明らかに動揺してましたね」
「今のは何だ」
「なんでしょうね」
「答えろよ」
「知りませんよもう……あんたが蒔いた種でしょ」
「……忘年会のとき、俺がやったことについて全て教えろ」
「え、あんた何も覚えてないんですか!?あれだけのことしでかしておいて!!??」








裕也視点

安元さんは俺のことが好きらしい。恋愛的な意味で。

ほんとに?という声を無意識に出したら、泥酔中の安元さんは不機嫌になり、本気だと証明してやると言って、俺の好きなところを次々とあげだした。職場の人達の前で。公開告白の次はこれかと意識が遠のいた。思わぬ追撃は俺の羞恥心をこれでもかというほど煽った。

は、恥ずかしすぎて死ぬかと思った。途中から聞きたくなくて自分の耳を塞いでいたし。アルコールで口が緩んでいる彼は、この世の何者よりも恐ろしいのだと学んだ。

そんな予期せぬ出来事が起きた忘年会は、安元さんが失恋したという湿っぽい雰囲気のまま終わった。その訳は、彼が「あいつのところに帰るんだろ?」と言ったせいだ。何をどう勘違いしたのか知らないが、彼は俺に彼氏がいると思っているらしい。

彼氏持ちの男に恋をしてしまった可哀想な男として友人に慰められる彼を、どうすればいいかわからなかった。というか、彼のせいで職場の人にも俺が彼氏持ちだって誤解されてしまったんだけど。違うと言ってもみんな謎に信じてくれないし。

とまあ、そんな波乱の宴会は終わったわけだが、仕事はまだ行かなければならない。問題はにも解決していないというのに。

月曜日の朝、いつも通り話しかけてくる彼に対し、意識せざるを得なかった。挙動不審になった自覚はある。彼が俺のことを好きだと知ってから、彼の行動一つ一つが意味ありげに見るようになってしまったのだ。

以前と違うように彼を見てしまっていることに気づいてはいるものの、それをどうすることもできなかった。






(この後。自分の思いが全部バレたことを知った安元は開き直って、裕也にめっちゃアプローチするようになる。上司の思いを知ってしまったからには何をされるにしてもいろいろ意識してしまう裕也が、最終的に落ちちゃう。)
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