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続 その後の話

48 鴨の番①

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「あ、番だ」

仕事の出先からの帰り、偶然立ち寄った橋の上から見える池で見かけた仲良さげな二羽のカモを見て、思わず呟いた。

一人きりで歩きながら、橋の上から池を見下ろす。池の静かな水面に泳ぐカモの群れが、風光明媚な光景を作り出している。実に仲が良さげだ。その穏やかな光景に目を奪われていると、もっと近くで見てみたいと思えてくる。

だが、その池自体が観光用のものではないようで、どこを見ても足場になるようなところはない。小さな公園くらいの広さしかないし手入れも殆されていないような池だから、わざわざ観光しに来る人も居ないのだろう。

普段こういった自然に触れることがない生活をしているから、なんだか新鮮だ。池の水はそこまで綺麗というわけじゃないが、綺麗すぎる水だと魚は生きられないというし、生き物にとってはちょうどいいくらいの環境であるかもしれない。昔話の河童でもでてきそうな雰囲気だ。

ここは街から少し離れた場所だから、人通りも少ない。少し歩けば忙しなく移動する車や人で溢れているのに、この場所だけ切り取られたかのように穏やかな風が流れていた。

その場に流れる不思議な空気感に思わず足を止め、橋の手すりに手をおいて池を泳ぐカモを眺めていると突然、予想外なところから声が聞こえてきた。

「その池で入水することはオススメできないね。来月中には水が抜かれて、埋め立て地になるんだ。水を抜くうちに遺体として上げられて、不特定の見知らぬ人間にぐちゃぐちゃの死に顔を晒したくなかったらやめときなよ」
「……はい?」

向かい側の橋からやってきた声の主は、俺より少し背が低いくらいの黒髪の青年だった。彼の視線は間違いなく俺に向けられている。つまり、先程の言葉は俺に向けられたものであるというわけだが、あまりにも場違いな言葉だったため、理解が追いつかない。というか、さらっととんでもないこと言わなかったかこの人。

彼の笑顔は軽妙で、歳の割に機知に富んでいるように見受けられた。見た目年齢にそぐわないその振る舞いに少し戸惑いつつも、口を開く。

「あの、話が見えないんですけど」
「…うん?あんた、自殺志願者じゃないの?」
「違います!」

とんでもない勘違いをされていたらしい。とっさに大声で否定すると、彼は面食らったようにぱちぱちを瞬きをした後、その笑みが安堵したときのものに変わる。

「びっくりした~。いや、この時期にそういう人がよくここに訪れに来るからさぁ、早とちりしちゃった。お兄さん、死にそうな顔して橋の上で立ってるから、入水自殺でも目論んでるのかと思ったよ」
「し、失礼な……」
「勘違いされたくなかったら、その間際らしい顔色やめてよね」

酷い言い様。ただ、俺の顔色が通常の人間より悪いことは否定できない。くそう。でも、俺は悪くないよな……?

ぐぬぬと言葉を飲み込んでいると、青年がこちらに向かってきながら話を続ける。

「ごめんねー。そういうの見ると口を出さずにいられない性分でさ。けっこういるんだよね、自殺を図ろうとする人。お兄さんも気をつけてね」

その言葉には裏が感じられず、優しさと同時に誠実さを感じる。ああ、本当にこの人は俺のことが心配で話しかけてきたんだな、ということが伝わってきて、胸のつかえが緩やかに下りていく感覚がした。

もしやここって、自殺スポットだったりするのだろうか。理由を聞いていると、彼が俺を見て話しかけてきた理由もわかる。

「いえ、そういう理由があったなら仕方ないです。むしろ、お礼を言うべきですね。ありがとうございます。……す、少し、ここの風景に目を奪われてしまって。こういった自然を感じられる場所に、普段来れませんから」
「なるほど」

青年は頷いて俺の隣に立つと、俺が先程見ていた池の景色を見つめながら、手すりに腕を置いた。


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