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母親 3
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「心配なのよ」という母親の切実な声に、ニールが息を呑んでいるのを横目に見た。実の親の真剣な言葉は、子供の心に深く刺さる。ニールの心のゆらぎが見て取れた。
順当に考えれば、ニール自身のためにも彼はここで学園を去ったほうが良いだろう。この先苦労することしか予想できないし。
だけど、この先の展開を知っているものとしては、彼が学園を辞めることは避けたい事態だった。
このままの状態でニールが別の学校に転校したところで、彼に属性は現れないだろう。そうなれば、彼は一生魔法に関して落ちこぼれのまま、人生を歩むことになる。
ニールは今後ヤドリギの泉に行って、何らかの真実を知る必要がある。
(何を知るのかはわからないけど!)
でも、それを知ることで彼は攻略対象にちやほやされるルートに突入するのだ。すなわち、彼の未来の恋人と出会うということ。
(いじめられるのは辛いだろうけど、学園に通い続ける方が幸せルートに一番近づけるんだよなぁ)
それに、ニールの学園生活を支えるって決めたのは俺だし。
そう考えた俺は、ニールの援護をするようにスマホの方に顔を近づけた。
「はじめまして、御婦人。ニールくんの友達の、レオン=フェレオルと申します」
「あら?ニールだけじゃなかったのね。ごめんなさい、変なところを見せちゃいましたね」
急な第三者の声に戸惑いつつも、女性は平静な声で返してくれる。
「もうお友達ができていたのね。母親としてうれしいわ。ニールと仲良くしてくれてありがとう」
「入学初日に緊張している私に、ニールくんが話しかけてくれたんですよ。ニールくんは優しい子なので、これからの学園生活で友だちができていくと思います。ニールくんは確かに、一連の出来事で目立ってしまいましたが…いずれみんな、彼の魅力に気づいて、受け入れてくれるようになりますよ」
最初は厳しいかもしれないけど、と締めくくる。嘘は言っていない。
女性に話す隙を与えないように言うと、隣から視線を感じたが、それに気づかないふりをした。ニールはどんな表情をしているのだろうか。と思っていたところで、ニールが小さく拳を握りながら追撃してくれた。
「う、うん。僕も、この学校で頑張ってみたいと思ってるんだ。だから…、退学はしないよ」
それを後押しに、女性が息を呑む気配がした。
「…ニールがそう言うなら、わかったわよ。レオンくんだっけ?あなたのような子が学園にいるのならと思うと、少し安心したわ。…正直、貴族の子供には良い印象がなかったのだけど…、推測で物を語ってはダメってことがよくわかったわ。レオンくんみたいな、親切な子もいるのね」
電話の向こうの女性は安堵したような声色でそう言った。よし、なんとか物語どおりの方向に誘導できた…か?
内心どきどきしていたから、肩の力をこっそり抜いた。
「もしかしてニール、お友達に飲み物も出してないの?急いで入れてきなさい。失礼でしょ」
「あっ、そうだ。ごめんなさい、すぐとってきます」
「いや、もうすぐ退散するし必要ない…って、もう行ってしまったな」
ニールがぱたぱたと足音を立てながらキッチンの方に姿を消してしまう。本当に飲み物とか必要なかったんだけどな。淹れてくれるって言うなら、待っておくけど。でも、電話が終わってからでもよくないか…?
「ねえ、ニールはちゃんと寮生活できているのかしら?家事はちゃんとしてる?ご飯はしっかり食べているのかしら」
友達のお母さんと二人きりという、身の置き場もない状況にそわそわしていると、女性が話しかけてきた。どこか楽しそうな彼女は、ニールのことが気になってしょうがないらしい。
「見たところ、部屋は片付いている様に見えますが…。売店と食堂があるので、食事も大丈夫だと思います」
「そうなの?でも、お店が開いて無いときはどうするの?寮って、台所は備わっているのかしら。あの子は料理が得意だから、自炊できる環境なら安心なんだけど」
「寮室一つ一つに台所が備わっていますよ。生徒共同で使うでっかいキッチンもあるみたいですけど、まあ、料理する備えとしては自室ので十分だと思います」
へえ~と感心する声を聞きながら、俺は内心汗をダラダラ流していた。
やべ、クラスメイトの母親と二人きりって、きまずい。
この場に居づらくて、ソファに座ったまま足を組み替えたり、髪を弄ったりしていた。
気まずく感じているのは俺だけのようで、ニールの母さんはマイペースに話しかけてくる。どう返したものか、と一語一句で悩んでいたその時、頭の中に違和感を感じた。
つらつらと並べられた文が、頭の中に勝手に入ってくる。この感覚は、昨日ニールと初めて会ったときも感じたものだ。
「御婦人、お願いがあるのですが」
口が勝手に動き出す。内心ギョッとするものの、操り人形になったかのように体が動かない。
「ニールくんにあまり連絡を寄越さないで欲しいんです」
「あら、それはどうして?」
「彼、先程あなたのことで思い悩んでいたんです。『無属性だったと言って、お母さんをがっかりさせたらどうしよう』って。ニールは御婦人の目をすごく気にしているようなんです。だから、彼にプレッシャーを与えないように、あなたからの連絡は控えて欲しくて…」
(これって、原作のレオンの台詞?)
母親とニールの連絡を途絶えさせようとするようなこの”お願い”は、原作レオンのいじめの一環なのだろうか。
二人の関係をできるだけ希薄にして、ニールを追い詰めようとした?
(って、待て待て!ニールの手助けをしに来たのに、俺がじゃまをするようなことをしたらダメだろ!)
「せっかくヤドリギ学園に入学させてもらえたんだから、卒業まで頑張りたいって言っていたんです。あなたの期待に報いたいって、…無属性だと言われた身でも諦めずにがんばろうとしているんです。……だから、彼が成長していく様子を、静かに見守ってて欲しいです」
殊勝な態度を崩さず、レオンはそう言い切った。
これが本物のレオンの振る舞い方なのだろうか。手持ち無沙汰に自分の前髪を梳くときの刷り込まれたような優美な仕草は、俺のものではない。生粋のレオンの作法だ。
……いやいや、レオンはニールから一言もそんな話聞いてませんけどね?
捏造、とも断言しにくい言葉がペラペラ出てくる。レオンの勝手な想像を喋っているけど、おそらくニールの思惑に遠からず当たってるんだよな。
「…レオンくんは、本当にニールの事を考えてくれているのね」
「ええ、もちろんです。大切な友達なので」
うさんくさっ。自分で言っちゃうけど、うさんくさいな、俺。
普通に考えて、昨日今日知り合った男がこんなこと言うなんて不審でしか無い。だけど、すっかりレオンの健気な態度に騙された様子の女性は、少しも訝しく思っていないようだった。
とんでもない大事件を起こしてしまってパニックになっているところで、ふっと身体が軽くなる感覚がした。その衝撃に大きく息を吐く。
(お、おわった…?)
あの、身体を支配されているような体感は無くなっていた。
終わってくれたのは良いけど、既に取り返しの付かないことを言ってしまっているから事態は何もよくない。
そうだ、今なら訂正できる。「すいませんさっきのは嘘です」って貴族ジョークだったことにして、何とか今言ったことを撤回しよう…!
「あの、すみません御婦人、さっきのはーーー」
「レオンくん、紅茶で良かった?」
「っ、大丈夫、ありがとう…」
タイミング悪くニールが戻ってきてしまった。
流石に本人の前でしにくい話題だから、もう訂正はできなさそうだ。
ことん、とテーブルに置かれるカップに手を伸ばしながら、半ば投げやりな気持ちになっていた。
も、もうどうにでもなれ。
順当に考えれば、ニール自身のためにも彼はここで学園を去ったほうが良いだろう。この先苦労することしか予想できないし。
だけど、この先の展開を知っているものとしては、彼が学園を辞めることは避けたい事態だった。
このままの状態でニールが別の学校に転校したところで、彼に属性は現れないだろう。そうなれば、彼は一生魔法に関して落ちこぼれのまま、人生を歩むことになる。
ニールは今後ヤドリギの泉に行って、何らかの真実を知る必要がある。
(何を知るのかはわからないけど!)
でも、それを知ることで彼は攻略対象にちやほやされるルートに突入するのだ。すなわち、彼の未来の恋人と出会うということ。
(いじめられるのは辛いだろうけど、学園に通い続ける方が幸せルートに一番近づけるんだよなぁ)
それに、ニールの学園生活を支えるって決めたのは俺だし。
そう考えた俺は、ニールの援護をするようにスマホの方に顔を近づけた。
「はじめまして、御婦人。ニールくんの友達の、レオン=フェレオルと申します」
「あら?ニールだけじゃなかったのね。ごめんなさい、変なところを見せちゃいましたね」
急な第三者の声に戸惑いつつも、女性は平静な声で返してくれる。
「もうお友達ができていたのね。母親としてうれしいわ。ニールと仲良くしてくれてありがとう」
「入学初日に緊張している私に、ニールくんが話しかけてくれたんですよ。ニールくんは優しい子なので、これからの学園生活で友だちができていくと思います。ニールくんは確かに、一連の出来事で目立ってしまいましたが…いずれみんな、彼の魅力に気づいて、受け入れてくれるようになりますよ」
最初は厳しいかもしれないけど、と締めくくる。嘘は言っていない。
女性に話す隙を与えないように言うと、隣から視線を感じたが、それに気づかないふりをした。ニールはどんな表情をしているのだろうか。と思っていたところで、ニールが小さく拳を握りながら追撃してくれた。
「う、うん。僕も、この学校で頑張ってみたいと思ってるんだ。だから…、退学はしないよ」
それを後押しに、女性が息を呑む気配がした。
「…ニールがそう言うなら、わかったわよ。レオンくんだっけ?あなたのような子が学園にいるのならと思うと、少し安心したわ。…正直、貴族の子供には良い印象がなかったのだけど…、推測で物を語ってはダメってことがよくわかったわ。レオンくんみたいな、親切な子もいるのね」
電話の向こうの女性は安堵したような声色でそう言った。よし、なんとか物語どおりの方向に誘導できた…か?
内心どきどきしていたから、肩の力をこっそり抜いた。
「もしかしてニール、お友達に飲み物も出してないの?急いで入れてきなさい。失礼でしょ」
「あっ、そうだ。ごめんなさい、すぐとってきます」
「いや、もうすぐ退散するし必要ない…って、もう行ってしまったな」
ニールがぱたぱたと足音を立てながらキッチンの方に姿を消してしまう。本当に飲み物とか必要なかったんだけどな。淹れてくれるって言うなら、待っておくけど。でも、電話が終わってからでもよくないか…?
「ねえ、ニールはちゃんと寮生活できているのかしら?家事はちゃんとしてる?ご飯はしっかり食べているのかしら」
友達のお母さんと二人きりという、身の置き場もない状況にそわそわしていると、女性が話しかけてきた。どこか楽しそうな彼女は、ニールのことが気になってしょうがないらしい。
「見たところ、部屋は片付いている様に見えますが…。売店と食堂があるので、食事も大丈夫だと思います」
「そうなの?でも、お店が開いて無いときはどうするの?寮って、台所は備わっているのかしら。あの子は料理が得意だから、自炊できる環境なら安心なんだけど」
「寮室一つ一つに台所が備わっていますよ。生徒共同で使うでっかいキッチンもあるみたいですけど、まあ、料理する備えとしては自室ので十分だと思います」
へえ~と感心する声を聞きながら、俺は内心汗をダラダラ流していた。
やべ、クラスメイトの母親と二人きりって、きまずい。
この場に居づらくて、ソファに座ったまま足を組み替えたり、髪を弄ったりしていた。
気まずく感じているのは俺だけのようで、ニールの母さんはマイペースに話しかけてくる。どう返したものか、と一語一句で悩んでいたその時、頭の中に違和感を感じた。
つらつらと並べられた文が、頭の中に勝手に入ってくる。この感覚は、昨日ニールと初めて会ったときも感じたものだ。
「御婦人、お願いがあるのですが」
口が勝手に動き出す。内心ギョッとするものの、操り人形になったかのように体が動かない。
「ニールくんにあまり連絡を寄越さないで欲しいんです」
「あら、それはどうして?」
「彼、先程あなたのことで思い悩んでいたんです。『無属性だったと言って、お母さんをがっかりさせたらどうしよう』って。ニールは御婦人の目をすごく気にしているようなんです。だから、彼にプレッシャーを与えないように、あなたからの連絡は控えて欲しくて…」
(これって、原作のレオンの台詞?)
母親とニールの連絡を途絶えさせようとするようなこの”お願い”は、原作レオンのいじめの一環なのだろうか。
二人の関係をできるだけ希薄にして、ニールを追い詰めようとした?
(って、待て待て!ニールの手助けをしに来たのに、俺がじゃまをするようなことをしたらダメだろ!)
「せっかくヤドリギ学園に入学させてもらえたんだから、卒業まで頑張りたいって言っていたんです。あなたの期待に報いたいって、…無属性だと言われた身でも諦めずにがんばろうとしているんです。……だから、彼が成長していく様子を、静かに見守ってて欲しいです」
殊勝な態度を崩さず、レオンはそう言い切った。
これが本物のレオンの振る舞い方なのだろうか。手持ち無沙汰に自分の前髪を梳くときの刷り込まれたような優美な仕草は、俺のものではない。生粋のレオンの作法だ。
……いやいや、レオンはニールから一言もそんな話聞いてませんけどね?
捏造、とも断言しにくい言葉がペラペラ出てくる。レオンの勝手な想像を喋っているけど、おそらくニールの思惑に遠からず当たってるんだよな。
「…レオンくんは、本当にニールの事を考えてくれているのね」
「ええ、もちろんです。大切な友達なので」
うさんくさっ。自分で言っちゃうけど、うさんくさいな、俺。
普通に考えて、昨日今日知り合った男がこんなこと言うなんて不審でしか無い。だけど、すっかりレオンの健気な態度に騙された様子の女性は、少しも訝しく思っていないようだった。
とんでもない大事件を起こしてしまってパニックになっているところで、ふっと身体が軽くなる感覚がした。その衝撃に大きく息を吐く。
(お、おわった…?)
あの、身体を支配されているような体感は無くなっていた。
終わってくれたのは良いけど、既に取り返しの付かないことを言ってしまっているから事態は何もよくない。
そうだ、今なら訂正できる。「すいませんさっきのは嘘です」って貴族ジョークだったことにして、何とか今言ったことを撤回しよう…!
「あの、すみません御婦人、さっきのはーーー」
「レオンくん、紅茶で良かった?」
「っ、大丈夫、ありがとう…」
タイミング悪くニールが戻ってきてしまった。
流石に本人の前でしにくい話題だから、もう訂正はできなさそうだ。
ことん、とテーブルに置かれるカップに手を伸ばしながら、半ば投げやりな気持ちになっていた。
も、もうどうにでもなれ。
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