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第二章 蠅、付きまとう

4.突然の予言

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 店内は、入ってすぐに空間が広がっている。左手に会計機があるが、縦長の店と言って良いカウンター席が全て。中の客は、昼食の時間と言うこともあって、席が数個を残して埋まっていた。
「いらっしゃい」

 割烹着を着た、三十後半から四十前半くらいの女性。肥満型というわけでもなく、かといってやせ型というわけでもない。中肉中背の健康体といったところか。髪を後ろに結わい、カウンターに身を乗り出していた店主は、活気ある声で言い放った。

「あれ、見ない客だね」
「観光です」
「いいの? 旅館なら振る舞ってくれるんじゃない?」

「予約してないんですよ……」
 霧神村をネットで検索をかけたものの、出たものと言えば、温泉やら長閑(のどか)な森、歴史記念館などのもの。後は、村興しをしている議員の意見などが見られたが、旅館のホームページは立ち上げられてなかったのだ。

 最悪、車で寝ることも考えて置かなければならない。
「あら、ほんと。全くもう……ホームページくらい作ればいいのにね。最近、観光客も増えてるんだけど」
「村興しでしたっけ? されてるんですよね」

「そう。あとで電話しとこうか?」
「さすがに申し訳ないですよ……」
「遠慮しなさんな。せっかく来てくれたんだしね」

 このまま断るのも、気が引ける。
「じゃ、じゃあ、遠慮なく」
「はい……でも、なんでこんな田舎町に?」
「まぁ、落ち着きたかったんで」
「なにジジ臭いこと言って。ささ、そこに座って」

 と、手の平を使って示された場所は、右端の席。しかし、席が一個しか空いて無かったため、示した場所を浅霧に譲り、帆野は遠くにある席に移動しようと体を向けた。
「田尻のおっちゃん、お二人さんなんだからどいてあげて」
「えぇ?」
「えぇ、じゃないよ。ほらほら」

「気を遣わなくてもいいですよ」
 と、帆野が言う。
「なに言ってんの」
 微笑んでそう答えると、半ば強引に男を他の席に移動させた。前を通り過ぎるときに、軽く謝ってから席に座る。スポーツドリンクは、傍のテーブルの上に置いた。

「ごめんねぇ、こんなむさ苦しい場所で。他のところに行けばよかったのに」
「丁度、そばが食べたかったもので」

「ほんと? 教えてほしいなら案内するけど」
「本当ですよ」
「デートなのに、こんな場所じゃねぇ」

「いえ、大学のサークル仲間で」
「照れなくていいのよ」
 元々、大学のサークル仲間と一緒に来た、ということを考えていたのだが……二人という自体はまずかったようだ。仲の良い者同士なら、するものじゃないのだろうか?

 しかし、食い下がって否定しようとしても、逆に不自然だろう。探偵でここであった事件のことについて調べている、などとさすがに言えないので、致し方なくカップルで田舎に来たということせざるを得ない。

「かつ丼が食べたかったので」
 と、浅霧が言う。
「うーん、いいの? 本当に」

 浅霧と目が合う。少しばかりドキっとしたが、もしやという考えが頭に過った。否定して、正直に話してしまうのではないかと。

「デートなら、いつでも出来ますので。今日は、二人でゆっくりしたいと思います」
「まぁ、そういうならいいけど。彼はどうするの?」
 呼ばれたので顔を向けると、店主と目が合った。

「私は、肉そばで」
「おっけー」
 注文を受けた店主はまず、水を用意して帆野と浅霧の前に置こうとする。

「あ、いらない? 彼はいるよね。彼女は?」
 スポーツドリンクを見て、察したのだろう。
「ほしいです」
 水を二人の前に置く。
「名前教えて? 予約に必要でしょ?」
 帆野と浅霧は、自身の名前を伝えた後、厨房にある奥の壁についた受話器を取った。

(デート、デートか……)
 実際のところは、デートではないのだが、そう他の人から意識されると、変に気にしてしまった。近しい年齢同士で、かつ顔付きが似ているわけではない。そのため、兄弟のようにも見えない。

 確かに、カップルに見えなくもない、と改めて認識すると、平静にというわけにはいかない。カラカラな口で、ありもしない唾をぐっと飲み込む。

 段々、どんな話をふればいいのかと考えている最中、普段であれば感じないであろう、尿意を催してしまう。
「すみません、トイレどこですか?」
 失礼を承知で店主に聞く。反応して、左の手の人差し指で左を刺した。入って正面に見えた、青いのれんが掛かったところらしい。

 席を立って、右に曲がった突き当たり。のれんを潜ると、洗面所になっていて、トイレは正面にある。用を足して戻り、手を洗った。リフレッシュのために顔を水で軽く洗うと、鏡に反射した帆野自身を見て、イケてない面だなと心底思う。

 そもそも、自分自身を見て、イケメンだなと思う人間がいようものか。ナルシストと言っても過言ではない。自身にしかわからない、コンプレックスも当然ながら……

 そんな時であった。鏡に写る自分をふと眺めていたら、自身と重なるように薄く、そして凄惨に事実を彩る。誰かに首を絞められ、悶える様子。

 カッと見開かれた目。必死に抵抗する手。よだれが垂れるまでをも鮮明に。相も変わらず、どこで殺されるかはわからないものの、こうして自分自身に回ってくるという事実に、どぎまぎなんか壊すくらいの、真逆の不安を煽られる。

 これから死ぬ。殺される。誰かを助けるわけでもない、当事者であり、被害者になる。

 捜査をしている最中、儀式に参加した誰かに気付かれ、口封じという流れだろう。ここで捜査を止めれば、そんな考えが頭を過った。警察に頼ればいい。身近にいるではないか。浅霧の家に、捜査に来た刑事――小萱が。あの人にお願いすれば、きっとうまく対応してくれるはずだ。憑依という現象を目にしているのだから。

 ガラスに反射して、この洗面所に入ってくる男が映ったことに驚き、体を大きくびくつかせてしまう。相手も変に思ったのだろうか、こちらを訝しげな目で見た後、トイレの中へと入っていってしまった。とりあえず、戻らなければ。

 店内は、入った時と洗面所から出た時とで、同じ風景なはずなのに、全く違うように感じてしまう。蛍光灯の明かりさえも痛々しく、周りの風景でさえ白く光るくらい、感覚が鋭敏になっている。周りにぶつからないようにと、必要以上に気を配って、浅霧の隣の席へと座った。

「大丈夫ですか?」
「え? あぁ、大丈夫ですよ」
 こんな食事は早海以来。不謹慎ながらにも、最後の晩餐にもなりえる。昼食など、もう迎えられない。
 頭に過る不安。会話も進むことなく、かつ丼を持って浅霧の前にお椀を誘導する。
「はい、どうぞー。こっちは、肉そばねー」
 店主から頼んだ肉そばが届いても、早海の時以上に喉が通らない。

「どうしたの?」
 店主が心配して、声を掛けてきたみたいだ。
「顔色悪いけど……邪魔しない方がよかったね」
「いえ、そういうわけじゃないんです」

「ほんと?」
「えぇ、全然」
 無理にでもそばをすすり、腹に押し込んだ。
「めっちゃおいしいです」
 答えて微笑んでくれたが、笑っていたのは口元だけだった。
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