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高梨の働く姿

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◇◇◇


 翌日、陽斗は定期検診もかねて主治医の病院を訪ねた。オメガを専門とする老医師で、幼い頃から世話になっている先生だ。

 フェロモンが少しだけ出たようだと伝えたら、触診とエコー、そして血液検査をされた。
「うーん。どうかなあ」
 診察室で対面に座る白髪頭の医者が、エコーの画面を見ながら首をひねる。

「分泌腺に変化はないようだよ。触った感じもまだ硬かったし、血液検査の結果も数値が低いままだ」
「そうですか」
 では高梨が嘘をついたのだろうか。

「しかしまあ、いつ発情がきてもおかしくない感じではあるかな。数値的には」
 血中成分のオメガに関する項目を陽斗に見せながら説明する。
「どうする? 発情誘発剤を投与してみるかい。前に試したときは効果が出なかったけれど」

 発情誘発剤、と聞いて考えこむ。
 陽斗は二十歳になったときに誘発剤を一度、処方されたことがあった。

 発情は一般的に十歳から十六歳までの間にくるが、その兆候がまったくない陽斗は、『メンタル面で不安があるせいで発情が起きない』と心療内科から診断されていたので、強制的に薬で発情を誘発しようとしたのだ。
 しかし結果的に発情は起きず、代わりに副作用のひどいめまいと吐き気、頭痛に数日間悩まされた。

「……いや。あれはいいです」
 そこまでして発情したいかときかれれば、もう少し様子を見てからでもいいかと考える。
「じゃあ、また三ヶ月後にね」
「はい。わかりました」
 陽斗は医者に挨拶をして、診察室を出た。

 帰り道、駅で電車を待ちながらスマホを取り出す。メール受信表示があったのでひらくと、人材派遣会社の担当女性から一件だけ募集があると連絡がきていた。動物病院のトリマーだという。

「やった」
 陽斗はすぐに、採用試験を受けたいと返事を送った。 
 今回こそは就職を決めたい。そう考えながらやってきた電車に乗り、空いていた席に座った。

 降車駅までは時間があったので今度はアプリを起動する。数種類のSNSをログインせずに巡回して高梨のアカウントを探した。

 彼のアカウントはすぐに見つかった。本名で登録されていたからだ。きっと宣伝も兼ねているのだろう。SNSには仕事で同席した人物や、出向いた先の写真などが投稿されていた。どれもスーツをパシッと着こなし隙のないイケメンぶりを発揮した写真ばかりで、陽斗はつい見入ってしまった。

「……すごいな」
 有名人との会食や、海外への出張、グループが抱える施設の豪華なフォトアルバムなど。

 次々に出てくる情報を辿っていたら、やがてひとつのテレビ番組に行きあたる。それは『獅士たちの道程』という有名な経済ドキュメンタリーだった。毎回、色々な業界で活躍する若い経営者に、密着取材とインタビューをするものだ。陽斗も観たことがあるので知っている。それに高梨が取りあげられていた。番組が配信されていたので、イヤホンをつけて観てみる。

 すると特徴的な主題歌と共に、仕事に向かう高梨が現れた。早朝、まだ日が昇らぬうちに自宅であろう広い洋館を出る彼。車で移動しながらインタビューを受け、仕事に対する意気ごみを語る姿。
 会社に着くと、午前中は打ち合わせや会議に時間を費やし、昼食もそこそこに今度は自社ホテルに移動する。そして従業員や部下に厳しい顔を見せる。その姿は、陽斗が知るものとはまったく異なり、別人のようだ。

 陽斗には優しい喋り方で、少年のように気さくに接していたのに、画面の中の彼は切れ者のリーダーで、甘さなど微塵も感じさせない。
 けれど番組中盤に、部下の失態でトラブルに見舞われると、先陣を切って果敢に難事の対処をし、社員らに尊敬されていた。ドラマ仕立てになったトラブル処理の顛末は、高梨の優秀さを余すところなく魅力的に伝えている。レア・アルファの美しさと明晰な頭脳。普通人とかけ離れた彼の勇姿は神々しいばかりだった。

「……こんな人だったんだ」     
 気づけば、目的の駅を乗り越していた。慌てて下車し、ホームで大きくため息をつく。
「まじかぁ」

 そんな相手が、この都会の片隅に住む、自分というオメガを見つけ出した。まるで葉陰に眠る小さなイモムシを探し出すように。

 しかし陽斗は、自分が彼にふさわしい立派な蝶に変化できるとは、まったく思えないのだった。  
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