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レア・アルファ 6
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「ふたりきりの家族だから。あいつは俺にとっては、いちばん大事な守ってやらなきゃならない存在。光斗が幸せになることが俺の望みでもあるんだ」
だから、早く運命の番を見つけて、落ち着いた生活をさせてやりたい。
光斗には将来翻訳家になりたいという夢がある。番さえ見つかれば、弟は滞りなく大学に通うことができるようになるし、不埒なアルファに目をつけられることもなくなるだろう。
ふたりには両親がいない。父親は誰かわからず、母は兄弟が高校生の時に病気で死んでいる。今住んでいる家は亡くなった祖父母が残してくれたものだ。そして彼らが残してくれた遺産で学費をまかない、今日まで何とか生きてきた。
陽斗の母はオメガだった。父親は多分、アルファだったのではないかと思う。確証はない。けれど彼女の言動から、陽斗はそう察していた。
つらいことだけど、オメガには時折こういう不幸な事態が発生する。
オメガは月に一度、一週間ほどの発情期がある。その間、オメガは始終アルファを誘うフェロモンを身体から発生させ続け、アルファの身体を求めてやまなくなる。それにあてられたアルファは、オメガと身体をつなげたくて仕方がなくなる。
母は若いころ、旅行先で発情期に陥り、運悪くそのとき持っていた発情抑制剤と相性がよくなかったせいで見知らぬアルファと関係してしまったのだった。
彼女はそのことを気に病み、生まれてきたオメガの双子の行く末をことのほか案じた。自分と同じ道は歩ませたくないからと、兄弟は幼いころから、発情に関しては過剰なほどの注意と教育を受けて育てられた。『発情は恐ろしいもの』『間違いがあってからでは遅い』そう言い含められて、事件に巻きこまれた不幸なオメガの動画を散々見せられた。母にしてみれば子供の将来を心配してのことだったのだろうが、陽斗と光斗にはすっかりそれがトラウマになってしまった。
発情はストレスに大きく左右される。これが原因で陽斗には発情がこなくなり、反対に光斗は過剰な発情に悩まされるようになった。今でも発情は怖いものと、陽斗の中には刷りこまれている。
自分の両親の事情を高梨に話すつもりはないが、多分この男のことだ。いくらかはもう調べているだろう。
「弟は、俺より大変なんだ。不自由な生活を強いられてるし、体調管理も面倒だし。俺はまだ動けるから、そこんとこは支えてやらないと」
「なるほど。僕は兄弟がいないからその感覚はよくわからないけど、君にそれだけ大切にされているのは羨ましいね」
高梨は陽斗が弟を気にかけているのを知って、わずかに苦く微笑んだ。
「あんたは、大切な人はいないの? 家族とかの」
「いないよ。僕は家族はない」
ふと、瞳を伏せるようにして告白する。その顔つきからさっきまでの明るさが消えていく。陽斗はまずいことをきいてしまったのかと狼狽えた。しかし聡い高梨は、陽斗の小さな変化にも敏感に反応した。
「ああ、ごめん。気にしないで。君を困らせるつもりはない。僕はひとりの生活には慣れている」
そうは言っても、孤独に慣れることのできる人間などいるのだろうか。レア・アルファはそこのところは一般人とは違うのか。
「もう一杯どう?」
「ああ、じゃあ」
勧められて、陽斗は同じものを注文した。口あたりがよくて芳醇な香りのウイスキーに、いつの間にかほろ酔い気分になる。
「あんたの話も教えてよ」
陽斗はなめらかになった舌で、そう話していた。
「俺のこと、一杯、調べて知ってんだろ。俺はあんたのこと何も知らない。レア・アルファってどんな人種なのか、知りたいな」
「僕に興味が出てきた?」
優しげな表情に戻って高梨が言う。陽斗は相手を機嫌のいいままにしたくて「うん」と頷いた。
結局自分は、この男に惹かれ始めている。だから会話するこの時間を心地よく感じ、長引かせてもいいと思っている。相手にもそれが伝わっているのだろう。高梨は静かに話し出した。
「レア・アルファの定義は知っているかい?」
「ああ、まあ、世間一般に言われている程度は」
あいまいに答えると、高梨は魅惑的な目を細めた。
だから、早く運命の番を見つけて、落ち着いた生活をさせてやりたい。
光斗には将来翻訳家になりたいという夢がある。番さえ見つかれば、弟は滞りなく大学に通うことができるようになるし、不埒なアルファに目をつけられることもなくなるだろう。
ふたりには両親がいない。父親は誰かわからず、母は兄弟が高校生の時に病気で死んでいる。今住んでいる家は亡くなった祖父母が残してくれたものだ。そして彼らが残してくれた遺産で学費をまかない、今日まで何とか生きてきた。
陽斗の母はオメガだった。父親は多分、アルファだったのではないかと思う。確証はない。けれど彼女の言動から、陽斗はそう察していた。
つらいことだけど、オメガには時折こういう不幸な事態が発生する。
オメガは月に一度、一週間ほどの発情期がある。その間、オメガは始終アルファを誘うフェロモンを身体から発生させ続け、アルファの身体を求めてやまなくなる。それにあてられたアルファは、オメガと身体をつなげたくて仕方がなくなる。
母は若いころ、旅行先で発情期に陥り、運悪くそのとき持っていた発情抑制剤と相性がよくなかったせいで見知らぬアルファと関係してしまったのだった。
彼女はそのことを気に病み、生まれてきたオメガの双子の行く末をことのほか案じた。自分と同じ道は歩ませたくないからと、兄弟は幼いころから、発情に関しては過剰なほどの注意と教育を受けて育てられた。『発情は恐ろしいもの』『間違いがあってからでは遅い』そう言い含められて、事件に巻きこまれた不幸なオメガの動画を散々見せられた。母にしてみれば子供の将来を心配してのことだったのだろうが、陽斗と光斗にはすっかりそれがトラウマになってしまった。
発情はストレスに大きく左右される。これが原因で陽斗には発情がこなくなり、反対に光斗は過剰な発情に悩まされるようになった。今でも発情は怖いものと、陽斗の中には刷りこまれている。
自分の両親の事情を高梨に話すつもりはないが、多分この男のことだ。いくらかはもう調べているだろう。
「弟は、俺より大変なんだ。不自由な生活を強いられてるし、体調管理も面倒だし。俺はまだ動けるから、そこんとこは支えてやらないと」
「なるほど。僕は兄弟がいないからその感覚はよくわからないけど、君にそれだけ大切にされているのは羨ましいね」
高梨は陽斗が弟を気にかけているのを知って、わずかに苦く微笑んだ。
「あんたは、大切な人はいないの? 家族とかの」
「いないよ。僕は家族はない」
ふと、瞳を伏せるようにして告白する。その顔つきからさっきまでの明るさが消えていく。陽斗はまずいことをきいてしまったのかと狼狽えた。しかし聡い高梨は、陽斗の小さな変化にも敏感に反応した。
「ああ、ごめん。気にしないで。君を困らせるつもりはない。僕はひとりの生活には慣れている」
そうは言っても、孤独に慣れることのできる人間などいるのだろうか。レア・アルファはそこのところは一般人とは違うのか。
「もう一杯どう?」
「ああ、じゃあ」
勧められて、陽斗は同じものを注文した。口あたりがよくて芳醇な香りのウイスキーに、いつの間にかほろ酔い気分になる。
「あんたの話も教えてよ」
陽斗はなめらかになった舌で、そう話していた。
「俺のこと、一杯、調べて知ってんだろ。俺はあんたのこと何も知らない。レア・アルファってどんな人種なのか、知りたいな」
「僕に興味が出てきた?」
優しげな表情に戻って高梨が言う。陽斗は相手を機嫌のいいままにしたくて「うん」と頷いた。
結局自分は、この男に惹かれ始めている。だから会話するこの時間を心地よく感じ、長引かせてもいいと思っている。相手にもそれが伝わっているのだろう。高梨は静かに話し出した。
「レア・アルファの定義は知っているかい?」
「ああ、まあ、世間一般に言われている程度は」
あいまいに答えると、高梨は魅惑的な目を細めた。
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