上 下
8 / 18

8 王と司教

しおりを挟む
◇◇◇


「王様は目が悪いのかなあ」
 回廊を歩きながら、ララレルがぼやく。

「まさか」
「じゃあ、運命の番効果で、視界が歪んでるんだな。だって、お前のことだって、いっつも可愛い可愛いって連発してるし。この僕を前にしてあり得ないよ」
「そうだねえ」
 ロンロは納得して頷いた。

「お前さ、毎日、王様とガッツリエッチしてるけどさ、勘ちがいしちゃいけないんだぞ」
「何が?」
 ロンロが小さな頭を傾げてきく。

「王様がお前を可愛がるのは、お前が運命の番だからなんだ。だから、貧相で不細工でも結婚したいと思っちゃうんだぞ。もしも、俺が運命の番だったら、王様は俺にメロメロなんだからな」
「うん、……そうだね」
 ララレルの言葉に、ちょっと傷つく。

「お前なんて、運命のオメガじゃなかったら、すぐに捨てられちゃうんだからな」
「うん、ちゃんとわかってるよ」
「ならよし」

 今日はあいた時間に暇をもてあまし、ふたりで城内の散歩に出ていた。部屋の中だけにとじこもっていると息がつまる。犬とはいつも、どこかを走り回って遊びたいという欲求を抱えているものだ。

 中庭をひとしきりふたりで駆け回って、満足して部屋に戻ろうとしていたら、離れた場所から大きな声が聞こえてきた。

「そんな馬鹿げた要求など、のめるはずがないだろう!」
 怒鳴っているのは、グラングのようだった。ふたりはとっさに大きな石造りの柱の陰に隠れた。横からそっと、声のするほうを見渡す。
 回廊の先で、大広間の扉があいて中から王と家臣らが出てきた。

「陛下。落ち着いて下さい。これは、陛下のための提案なのです。そして、この王国のための最善策なのです」
「王妃はロンロだ。それ以外は認めん」
「運命の番が、妃にならねばならないという決まりはありません」

 グラングと言い争っているのは、禿げかけた薄い銀髪に銀色の耳の、恰幅のよい壮年の狼族だった。贅沢に刺繍のほどこされた上衣と、その下に長衣を着ている。首からは玉石のたくさんついた首飾りをさげていた。先端に女神像のついた杖を手にしている。

「司教であるお前が、決めることではない」
 グラングが歯を剥く。すると怒りからか、顔だけ狼に変化した。王の獣化に、周囲にいた家臣らが後ずさる。いきなりの変身は彼の怒りの大きさを表していた。

「教会は、あの雑種犬を妃と認めることはできません」
 しかし司教と呼ばれた男も、一歩も引かない。耳の銀毛を逆立たせて、王を睨み返す。
「私に、命令するな。いいな、結婚式は予定どおり執り行う。一日たりとも遅らせるな」

 グラングは司教の怒りに構わず冷たく命令すると、くるりと踵を返してその場を離れた。
 残された司教らは、王の後ろ姿を見送りつつ大きく落胆のため息をついた。

「困ったものだ」
「あの犬をどうにかしないと、教会の威信が揺らぎます」
「教会どころか、国家存続の危機だ。犬など娶ったら、近隣諸国のいい笑いものになってしまう。国民も、奴隷だった雑種犬が王妃になるなど絶対に認めんだろう。暴動がおきたらどうする」

 狼族の話し声に、ロンロは震えあがった。ここで見つかったら八つ裂きにでもされそうで、ロンロとララレルは狼たちに見つからないよう、そっとその場を離れた。

 翌日、耳聡いララレルが、ことの詳細を調べてきた。

「どうやら、虹色狼を信仰する教会が、お前のことを絶対に認めないらしくて、お前を地下牢につないで好きなだけ王に犯させて子供を産ませ、王妃は別に隣国から姫君を迎えればいいと、王に進言したらしい」
「……ええっ」 
「で、王様がブチギレた」

 ロンロは事の次第に頭を抱えた。自分がこの国にきたため、大混乱になってしまっている。
「そんな、僕はどうしたらいいの」
「どうしようもないだろ」
 ララレルは肩をすくめた。

「王様がどうにかしてくれるさ。だって、ここは彼の国なんだから。教会がどれだけ力を持ってるのか知らないけど、普通は王様のほうが偉いだろ」
 そういって、ソファにぽすんと腰かける。

「つか、運命の番になっても、犬族だとこの扱いなのかよ。だったら、お妃狙いもちょっと考えちゃうな」
「え? 何? ララレル?」
「何でもないよ」
「もしかしてララレル、……僕の代わりにお妃の座を狙ってたの?」
 ロンロの指摘に、ララレルはもう一度肩をすくめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蜘蛛の巣

猫丸
BL
オメガバース作品/R18/全10話(7/23まで毎日20時公開)/真面目α✕不憫受け(Ω) 世木伊吹(Ω)は、孤独な少年時代を過ごし、自衛のためにβのフリをして生きてきた。だが、井雲知朱(α)に運命の番と認定されたことによって、取り繕っていた仮面が剥がれていく。必死に抗うが、逃げようとしても逃げられない忌まわしいΩという性。 混乱に陥る伊吹だったが、井雲や友人から無条件に与えられる優しさによって、張り詰めていた気持ちが緩み、徐々に心を許していく。 やっと自分も相手も受け入れられるようになって起こった伊吹と井雲を襲う悲劇と古い因縁。 伊吹も知らなかった、両親の本当の真実とは? ※ところどころ差別的発言・暴力的行為が出てくるので、そういった描写に不快感を持たれる方はご遠慮ください。

幸せな日々 ~若頭補佐のアルファが家出少年オメガの養育係になりました~

大波小波
BL
 藤川 露希(ふじかわ ろき)は、オメガの家出少年だ。  金銭を得るため、その体を売り物にしながらさまよっていたが、このところ何も食べていない。  そんな折に出会ったヤクザの若衆・反田(はんだ)に拾われ、若頭の外山(とやま)に紹介される。  露希を気に入った外山は、彼を組長へのギフトにしようと考えた。  そこで呼ばれたのは、アルファであり若頭補佐の、神崎 誠(かんざき まこと)だった。  彼は露希の養育係に任命され、二人の同棲生活が始まった。  触れ合い、やがて惹かれ合う彼らだったが、期限が来れば露希は組長の元へ贈られる。  これは、刹那の恋に終わってしまう運命なのか……?

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

生意気オメガは年上アルファに監禁される

神谷レイン
BL
芸能事務所に所属するオメガの彰(あきら)は、一カ月前からアルファの蘇芳(すおう)に監禁されていた。 でも快適な部屋に、発情期の時も蘇芳が相手をしてくれて。 俺ってペットか何かか? と思い始めていた頃、ある事件が起きてしまう! それがきっかけに蘇芳が彰を監禁していた理由が明らかになり、二人は……。 甘々オメガバース。全七話のお話です。 ※少しだけオメガバース独自設定が入っています。

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...