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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
仲間と共に《Bet my soul》7
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「────」
けたたましく奔り続ける歯車と、力強く脈打つ油圧の心臓。
真夏の熱気を凝縮したような動力室に現れたその人物は、汗一つ流すことなくゆっくりと歩を進める。
そうして辿りついた先に待っていたのは、力尽きて倒れた二人の人物の姿だった。
どうやら既に勝敗は決しているらしい。
「信じてはいたが……まさか本当に勝てるとは」
娘が父に勝ったことは生みの親として少々複雑な心境だが、それでも賞賛をせずにはいられなかった。
しかし、うつ伏せに倒れた少女からは返事はない。
おそらく死闘の末に体内の魔力をほとんど使い果たしてしまったのだろう。
それで死ぬことこそないが、このまま放っておけば運良くて一か月、悪ければ一年以上は眠り続けてしまう。
男は両腕の義手を器用に操り、懐から一本のシリンダーを取り出した。
昔、自分も使っていたことのある特殊な調合の成されたブースタードラッグ。
それを娘の首元に打ち込んだ。
「っ…………」
ビクッと一度だけ身体を痙攣させたが、再びスヤスヤ心地よい寝息を立てる少女。
これでいい。
即効性が高い薬剤ではないため、あと五分もすればじきに目が覚めるだろう。
動力室の外では遠来してきた戦闘機による爆撃と轟音が押し寄せている。
娘の頑張りを労いたいところではあるが、どうやらその時間は残されていないようだ。
「────何も言わないのかい?」
気配の無い場所から唐突に声を掛けられる。
背後に立っていたのは流麗な黒羽色の長髪を下ろした女性だった。
「聞き覚えのある声だと思えば、アナタもまだここにいたのか」
敵意無いその声の主は『不本意ながら』とばかりに肩を竦める。
自らを不老の化け物と揶揄する彼女だが、その仕草はとても人間らしい愛嬌が感じられた。
「何かやり残したことでもあるのか?」
「まぁそんな感じかな?私も手の掛かる弟子がいるからさ」
君と一緒でね。
そう付け加えた少女はまんざらでもないように溜息をついた。
寡黙な仮面をつけていた頃からは想像もつかないが、これが本来の彼女の姿であるのだろう。
「フォルテ・S・エルフィー。奴はオスカーに勝てるだろうか?」
彼女の弟子であり、そして我が娘の面倒も見ているあの青年。
正直なところ私は一度きりの対面しかなく本当の実力をしらない。
ただ、その心の熱さは本物だ。
勝てるだろうか?
オスカーを前にそんな楽観的な感情を抱けること自体、常人では考えられない。
それほどに私達の元リーダーは強いのだ。
「何とかするさ。フォルテならね」
一ミリも揺るがない自信でそう告げた少女は踵を返す。
「もうすぐ嵐が来る。世界を揺るがす大嵐だ。それに巻き込まれたくなかったら早くそこの二人を連れて脱出することをオススメするよ」
「御忠告感謝するよ」
世界中を敵に回した今回の事件。
その顛末を始まる前からずっと見据えていた少女の勧告は、予測というよりも予知に近い気がした。
「けど────アイリスはここに置いていく」
私は出血多量の父とその両碗を拾い上げつつ立ち上がる。
「彼女には、まだここでやり残したことがあるからな」
「な────!?」
完全に頭上を取っていた俺が村正改を振るおうとしたその時だった。
オスカーの肩口に触れたはずの刃が急にピタリと動きを止めたのだ。
いや、それどころかこれは────
「────本当に、本当に惜しかったな。フォルテ・S・エルフィー」
憐れむようにゆっくりと立ち上がるオスカー。
その右手残っていた唯一一度も光を発していなかった金指輪が神々しく煌めいていた。
「その転移こそ貴様が残した最後の切り札ったようだが…… 奥の手とは最後の最後まで取っておくからこそ意味を成すのだ」
なんだこれは……ッ?
刃だけではなく身体全体、それどころか周囲に移る景色が逆さまとなって空へと墜ちていく。
オスカーただ一人だけを残して。
「『ⅩⅢ』この指輪は周囲の重力を逆さにできるものだ。天井がある部屋ではあまり意味を成さないが、こと貴様のいる場所だけは違う」
俺が今いる位置はちょうどオスカーの上部。
そこは唯一天井に大穴の空いた場所。
さっきセイナの雷撃によって粉砕され、風通しの良くなっていた場所だ。
宇宙へと引き込まれていく身体の周囲に遮るものは何も無い。
どれだけ力や能力がある人間でも重力には逆らうことはできない。のだ。
この最後の切り札でもある『ⅩⅢ』を、保険として残して起きたかったからこそ、どんな攻撃を浴びせられてもオスカーは頑なに神殿から逃げようとしなかったのだろう。
「私が手を下さなくとも貴様達は上空まで堕ちていく。流石の貴様も宇宙まで行けば、もう化けて出てくることもできまい」
さらばだ。
その言葉すら耳から遠ざかっていく、空への自由落下。
完敗だ。
一度ならず二度までもそう思わされてしまった俺はその事実を受け入れる他なかった。
そう。俺だけは……な。
空に飲み込まれていく瓦礫の中で一筋の光が瞬いた。
遥か悠久より飛来した流れ星のように、地上へと舞い降りる一等星。
すれ違い様に視えたその表情には『あとは任せて』という朗らかな笑みが映っていた。
「『雷伸トール』よ────」
小さく祈る様に呟いた少女の身体が白光の雷撃に包まれる。
太陽よりも美しく輝く滑らかな肢体。
見惚れてしまうほどの光景、だが度肝を抜かれたのはその後のことだった。
「アンタが本当に神であるのならば、このアタシに力を貸せ!!」
纏った光源が鱗粉となって霧散する。
その下から現れたのは、雷神トールの神器全てを装備したセイナの姿だった。
双頭槍を握る手には雷撃を操る鉄籠手『ヤールングレイプル』が装備され、背には生えた二つの猛禽の羽『タングリスニ』と『タングニョースト』を用いて地上に加速飛翔する。
更にその括れた腰部には細い茶帯『メギンギョルズ』が巻かれ、進路を邪魔する瓦礫群をバッタバッタと斬り伏せていく。
「そんなバカな!?それらは全て私が装置に保管していたはず……まさかそこまでセイナに気を赦していたというのか『雷神トール』……ッ!」
勝ち誇っていたオスカーが想像だにしていなかった絶望を噛み締める。
そうこうしている内にセイナは障害全てをなぎ倒し、あっと言う間に地上へと肉薄していた。
周囲の気流すら巻き込んでしまうほど大仰に振りかぶった双頭槍の一撃。
大型隕石に匹敵する神の鉄槌を前にして、オスカーは堪らず氷の障壁を展開。
受け流しつつ躱す算段なのだろう。
だが────
「な、なに────ッ!?」
オスカーが吃驚と共にブルーサファイアの瞳を見開く。
身を翻した先にセイナが飛び込んできたからだ。
逃げることを予測していた彼女は敢えて振りかぶった一撃を囮とし、退路に先回りしていた。
身体が触れるほど接近した両者、これはセイナの距離だ。
槍を使わず片腕一本でセイナがオスカーの胸倉を掴み、変則一本背負いをかます。
「グッ……!!」
神殿の石畳にめり込むほど叩きつけられて苦悶を漏らしたオスカー。
その身体に跨るようマウントポディションを取り、両の手を胸元に押し付けた。
「さようなら、お父さま」
無感動な言葉と共に、セイナは帯電した電撃を放出した。
けたたましく奔り続ける歯車と、力強く脈打つ油圧の心臓。
真夏の熱気を凝縮したような動力室に現れたその人物は、汗一つ流すことなくゆっくりと歩を進める。
そうして辿りついた先に待っていたのは、力尽きて倒れた二人の人物の姿だった。
どうやら既に勝敗は決しているらしい。
「信じてはいたが……まさか本当に勝てるとは」
娘が父に勝ったことは生みの親として少々複雑な心境だが、それでも賞賛をせずにはいられなかった。
しかし、うつ伏せに倒れた少女からは返事はない。
おそらく死闘の末に体内の魔力をほとんど使い果たしてしまったのだろう。
それで死ぬことこそないが、このまま放っておけば運良くて一か月、悪ければ一年以上は眠り続けてしまう。
男は両腕の義手を器用に操り、懐から一本のシリンダーを取り出した。
昔、自分も使っていたことのある特殊な調合の成されたブースタードラッグ。
それを娘の首元に打ち込んだ。
「っ…………」
ビクッと一度だけ身体を痙攣させたが、再びスヤスヤ心地よい寝息を立てる少女。
これでいい。
即効性が高い薬剤ではないため、あと五分もすればじきに目が覚めるだろう。
動力室の外では遠来してきた戦闘機による爆撃と轟音が押し寄せている。
娘の頑張りを労いたいところではあるが、どうやらその時間は残されていないようだ。
「────何も言わないのかい?」
気配の無い場所から唐突に声を掛けられる。
背後に立っていたのは流麗な黒羽色の長髪を下ろした女性だった。
「聞き覚えのある声だと思えば、アナタもまだここにいたのか」
敵意無いその声の主は『不本意ながら』とばかりに肩を竦める。
自らを不老の化け物と揶揄する彼女だが、その仕草はとても人間らしい愛嬌が感じられた。
「何かやり残したことでもあるのか?」
「まぁそんな感じかな?私も手の掛かる弟子がいるからさ」
君と一緒でね。
そう付け加えた少女はまんざらでもないように溜息をついた。
寡黙な仮面をつけていた頃からは想像もつかないが、これが本来の彼女の姿であるのだろう。
「フォルテ・S・エルフィー。奴はオスカーに勝てるだろうか?」
彼女の弟子であり、そして我が娘の面倒も見ているあの青年。
正直なところ私は一度きりの対面しかなく本当の実力をしらない。
ただ、その心の熱さは本物だ。
勝てるだろうか?
オスカーを前にそんな楽観的な感情を抱けること自体、常人では考えられない。
それほどに私達の元リーダーは強いのだ。
「何とかするさ。フォルテならね」
一ミリも揺るがない自信でそう告げた少女は踵を返す。
「もうすぐ嵐が来る。世界を揺るがす大嵐だ。それに巻き込まれたくなかったら早くそこの二人を連れて脱出することをオススメするよ」
「御忠告感謝するよ」
世界中を敵に回した今回の事件。
その顛末を始まる前からずっと見据えていた少女の勧告は、予測というよりも予知に近い気がした。
「けど────アイリスはここに置いていく」
私は出血多量の父とその両碗を拾い上げつつ立ち上がる。
「彼女には、まだここでやり残したことがあるからな」
「な────!?」
完全に頭上を取っていた俺が村正改を振るおうとしたその時だった。
オスカーの肩口に触れたはずの刃が急にピタリと動きを止めたのだ。
いや、それどころかこれは────
「────本当に、本当に惜しかったな。フォルテ・S・エルフィー」
憐れむようにゆっくりと立ち上がるオスカー。
その右手残っていた唯一一度も光を発していなかった金指輪が神々しく煌めいていた。
「その転移こそ貴様が残した最後の切り札ったようだが…… 奥の手とは最後の最後まで取っておくからこそ意味を成すのだ」
なんだこれは……ッ?
刃だけではなく身体全体、それどころか周囲に移る景色が逆さまとなって空へと墜ちていく。
オスカーただ一人だけを残して。
「『ⅩⅢ』この指輪は周囲の重力を逆さにできるものだ。天井がある部屋ではあまり意味を成さないが、こと貴様のいる場所だけは違う」
俺が今いる位置はちょうどオスカーの上部。
そこは唯一天井に大穴の空いた場所。
さっきセイナの雷撃によって粉砕され、風通しの良くなっていた場所だ。
宇宙へと引き込まれていく身体の周囲に遮るものは何も無い。
どれだけ力や能力がある人間でも重力には逆らうことはできない。のだ。
この最後の切り札でもある『ⅩⅢ』を、保険として残して起きたかったからこそ、どんな攻撃を浴びせられてもオスカーは頑なに神殿から逃げようとしなかったのだろう。
「私が手を下さなくとも貴様達は上空まで堕ちていく。流石の貴様も宇宙まで行けば、もう化けて出てくることもできまい」
さらばだ。
その言葉すら耳から遠ざかっていく、空への自由落下。
完敗だ。
一度ならず二度までもそう思わされてしまった俺はその事実を受け入れる他なかった。
そう。俺だけは……な。
空に飲み込まれていく瓦礫の中で一筋の光が瞬いた。
遥か悠久より飛来した流れ星のように、地上へと舞い降りる一等星。
すれ違い様に視えたその表情には『あとは任せて』という朗らかな笑みが映っていた。
「『雷伸トール』よ────」
小さく祈る様に呟いた少女の身体が白光の雷撃に包まれる。
太陽よりも美しく輝く滑らかな肢体。
見惚れてしまうほどの光景、だが度肝を抜かれたのはその後のことだった。
「アンタが本当に神であるのならば、このアタシに力を貸せ!!」
纏った光源が鱗粉となって霧散する。
その下から現れたのは、雷神トールの神器全てを装備したセイナの姿だった。
双頭槍を握る手には雷撃を操る鉄籠手『ヤールングレイプル』が装備され、背には生えた二つの猛禽の羽『タングリスニ』と『タングニョースト』を用いて地上に加速飛翔する。
更にその括れた腰部には細い茶帯『メギンギョルズ』が巻かれ、進路を邪魔する瓦礫群をバッタバッタと斬り伏せていく。
「そんなバカな!?それらは全て私が装置に保管していたはず……まさかそこまでセイナに気を赦していたというのか『雷神トール』……ッ!」
勝ち誇っていたオスカーが想像だにしていなかった絶望を噛み締める。
そうこうしている内にセイナは障害全てをなぎ倒し、あっと言う間に地上へと肉薄していた。
周囲の気流すら巻き込んでしまうほど大仰に振りかぶった双頭槍の一撃。
大型隕石に匹敵する神の鉄槌を前にして、オスカーは堪らず氷の障壁を展開。
受け流しつつ躱す算段なのだろう。
だが────
「な、なに────ッ!?」
オスカーが吃驚と共にブルーサファイアの瞳を見開く。
身を翻した先にセイナが飛び込んできたからだ。
逃げることを予測していた彼女は敢えて振りかぶった一撃を囮とし、退路に先回りしていた。
身体が触れるほど接近した両者、これはセイナの距離だ。
槍を使わず片腕一本でセイナがオスカーの胸倉を掴み、変則一本背負いをかます。
「グッ……!!」
神殿の石畳にめり込むほど叩きつけられて苦悶を漏らしたオスカー。
その身体に跨るようマウントポディションを取り、両の手を胸元に押し付けた。
「さようなら、お父さま」
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