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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》19
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「あああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!!!」
言葉にならない少女の慟哭が、蒼白い電撃で光輝く黒曜の中で鳴り響いた。
目の前で相棒の半身が消し飛んだ。
あまりに残酷で、受け入れ難い現実に、アタシはただただ悲鳴をあげた。
悲鳴を……上げることしか出来なかった。
「フン、やはり……初めからこうしておけば良かったのだ」
神の雷を神殿より撃ち落としたお父さまは淡々とした様子で肩を竦める。
人を殺したというのに、まるで虫一匹でもひねり潰したかのような態度に、双頭槍を握っていた両の手に力が入る。
アタシはその時初めて、血の繋がった親族に対し殺意を覚えた。
赤の他人にも抱いたことの無い混じり気すらない明確な殺意。
かつて、これほどまでに人を殺したいと思ったことは、おそらく一度もなかった。
全身で抑えきれないそれを、各部に震えとして体現させ、毛の先まで逆立てる勢いで振り向こうとした。
「─────セイ……ナぁ…………」
我を忘れていたアタシをか細い声が呼び止める。
フォルテの……相棒だった者の声だ。
そう、表現せざる得ないほど、損傷は深刻だった。
腰より半身を無惨に吹き飛ばされ、身体を構成していた血と臓腑の半分を消失している。
普通なら即死していてもおかしくない致死量の傷跡。
まだ息をしていること自体が奇跡といって過言ではない。
にも関わらず、彼は残った最期の力でアタシの名前を口にしたのだ。
「喋らないで!!傷が開く!!」
血走った涙目の瞳に映るその痛ましい姿に、アタシは脇目も振らずに叫ぶ。
それでもフォルテは黙ろうとなんてしてくれない。
自らの終わりを悟り、最期の言葉を告げようと真っ赤な血で溢れる口を開く。
「逃げ……ろ……セイナ……俺のことなんて放っておいて……」
「バカぁっ!!アタシがそんなことできるはずないことなんて、アンタが一番わかってんでしょ?アタシにとってアンタは─────」
ずっとずっと─────好きだったのだから。
人として、一人の異性として、彼のことが好き。
触れあって、抱き合って、キスされたい。
彼に対するアタシの好意はそういう類いのものであると、二度彼を失いようやく気付くことが出来た。
けど、それはあまりに……あまりに気づくのが遅すぎた。
ネイルした爪が割れるほど握りしめた後悔の念。
本当の真意を伝えることができず、そして、その機会を紡いだ実の父に対する怒りが胸の内を埋めつくしていく。
「─────」
煮えたぎった心を覚ます、一雫の優しさが頬を掠める。
フォルテはすっとアタシの頬を指でなぞったのだ。
「─────俺も……好き……だっ─────」
─────えっ?
途切れた思いに瞳を丸くする。
彼は最期、冷たい指先で血の一画をなぞり、その言葉をアタシが聞き終えるよりも先に絶命した。
力なく倒れた上半身は、魔力によって焼かれた部分から次第に灰となって消えていく。
強い魔力を当てられた際、体内の魔力操作ができない者が陥る魔力侵食現象。
要するに死後変化の加速化。
その違いは速さだけではなく、骨まで魔力によって食い尽くされるという点だ。
こうなってしまった者はそもそも助からないというより、自然の摂理に則って土に還るモノでしかなくなるのだ。
気が付けば彼と認識していた部分が、何度掴もうとしても指先から無情に灰となって流れ落ちていく。
何よ……それ……
「アタシだって……アタシだって、大好きよっ!!」
もう届かない思いは無情な哀哭となって散っていく。
自分だけは思いを告げて満足したのか、ボロボロの半身は穏やかな表情を浮かべている。
しかしそれも最期は砂浜模様のように崩れさり、その形や熱を確かめることは……二度と出来なくなってしまった。
「うああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!」
崩れ落ちた彼の遺灰に、咽び泣くアタシの涙が染み込んでいく。
けれど、どれだけ啼泣を押し付けても、舞い散った灰を搔き集めても、もう返事は帰って来ない。
たった数分、数秒だけでもいいと懇願しても刻が戻ることは決してない。
ただただ無情なアタシの泣き声だけが響くだけだった。
ザガァァァァァァァァァンンッッ!!!
そのアタシの願いに水を差すが如く、雷の一撃が側面を掠めた。
神殿で控えるお父さまがフォルテに振るった一撃、それを今度はアタシに向けて放ったらしい。
被弾こそなかったが、着弾した地面は沸々としたマグマのように抉れていた。
「いい加減そんなゴミなど捨てろ。セイナ」
「─────何ですって……?」
お父さまは今なんと言ったのか……?
ゴミと言ったのか?
アタシが愛したこの人のことを?
「分からないか?お前が早く捨てないから私が代わりに断捨離してやったというのに、いつまでそんなモノを大事に抱えているのかと─────」
「─────黙れ」
「……何だと?」
烈度で有無を言わさぬその態度に、お父さまは目を眇めた。
無理もない。
ピシャリと反論の意志を見せた娘の表情は、人生初めての反抗だったからだ。
「聞こえなかったの?黙れと言ったのよお父様……いや、オスカー」
右手に含んだ灰に別れのキスを交わし、下ろした金髪を扇状に広げながら振り返る。
天を睨むブルーサファイアの慧眼にもう涙は無い。
あるのは自らのことを神か何かと錯覚しているオスカーへの憤りだけだった。
「アンタはアンタだけは絶対に赦さない。その踏ん反り返った傲慢な態度、今ここで叩き直してやる」
ピッと指差しながらの宣言に、堪らずオスカーも不愉快さを露わにする。
「それが父親に対する態度か?いいだろう。お前には前々から教育が必要だと思っていたところだ」
オスカーの右手人差し指と親指によって練り込んでいるのは、心臓の弱い者ならば失神してしまう程の禍々しい魔力。
右人差し指の『底なしの蔵』と右親指の『原書の魔導書』。
際限ない魔力の蔵と魔術の祖が刻まれた指輪を用いることにより、オスカーは様々な奇々怪々を巻き起こすことができるのだ。
その二つの神器に練り込まれた魔力、恐らくフォルテに浴びせたもの以上のそれを『泣いて謝るなら今のうちだぞ?』とでも言わんばかりに、まざまざとアタシへと見せ付けてきた。
だからどうした?
身体の内、自らの身体とは異なる場所から力が溢れてくる。
アタシは今まで人形のように生きていた。
隠された王女として、神の加護を扱えるようにと父母の言うことに従うだけの操り人形。
アタシに感情なんて存在しないし、介在していいはずが無い。
ずっとそう思っていた。
けどそれは違うと、フォルテが、仲間達が伝えてくれたんだ。
彼らとの当たり前の日常や命を掛けた死線を共に潜り抜けていくうち、アタシはアタシという存在を初めて認識するきっかけとなった。
いや、アタシはアタシ自身をもっと世界に出していいと初めて気が付かされた。
好きも嫌いも、楽しいも辛いも、全部が全部アタシなんだ。
否定する必要なんてどこにもない。
だったら神だかなんだか知らないけど、このアタシに力を貸せ『トール』。
自らの存在を『個』と認識したことで、それとは異なる別の存在に語り掛ける。
それに呼応する形で暖かく、広大な力が身体を満たしていく。
今なら……世界は救う次いでにあの頑固者くらいどうにかできそうだわ。
「いつまで父親ぶってんの?この頑固ジジイッ!!」
生涯一度も口にしたこともない乱暴な口調に、空気が凍る。
比喩ではなく、オスカーの周囲を覆っていた魔力が感情に呼応し、意志に反して氷の結晶を中空に波紋させたのだ。
そして、ついにはピクリともその硬派な表情が揺らぐことは無くなった。
双肩で羽を休めていた『フギン』と『ムニン』が怯えている。
どうやらアタシは、この男を本気で怒らせたらしい。
「そうかそうか。教育すら受けるつもりは無いと。お前はそう言いたいんだな……」
静かな囁きは怒りを伴って、右手の魔力を濃密に練り上げていく。
さっきのような意図しない魔力を雪と例えるならば、さながら今度の攻撃は氷塊のように分厚く密度の濃縮された一撃となっていた。
おまけにそれは、オスカーの気分次第で灼熱の炎にも、大地を薙ぎ払う雷撃にも、全てを飲み込む洪水にもなり得るのだ。
「ならここで死ね。私の計画に反するものは、たとえ娘であっても容赦はしない─────」
絶縁を言い渡したのを合図に、オスカーが溜め込んだ力を解き放つ。
生み出された隆々たる雷のうねりは、正しく神の怒りそのもので、アタシはおろかこの戦艦でさえタダでは済まない様相を見せていた。
蒼白い閃光はまるで、自分の世界を全てをリセットしてしまうほどの輝き解き放っており、誰しもこれを見てしまえば、自らの人生の終わりを受け入れてしまうほど強大な一撃だ。
それでも、一歩だって引いてやるもんか。
生まれも育ちも、肉親の教えも使命も関係ない。
アタシはアタシの意志で、この男に立ち向かうんだ!!
怯えは無い。
身体の震えも今は皆無だ。
迫りくる光の奔流に向け、握り締めた双頭槍を一閃。
すると、紛うことなくアタシを消失させるはずだったそれは、明後日の方角へと簡単に角度を変え─────
ズシャアアアアアアアンッッッッッ!!!!!!!!!!
崩落の音と共に黒曜の部屋が崩れ、同時にその光景を目の当たりにしたオスカーが、ここへきて初めて岩窟のように硬かった表情に一驚の色を浮かべた。
『アタシがこの攻撃を意図もたやすく防げるとは思っていなかった』と、言わんばかりに見開いたブルーサファイアの眼光は、眼下に映る娘だった者の姿を見て更に驚愕する。
雷撃の熱に引火した彼の灰が火の粉となり、桜吹雪のようにパチパチと命の灯火を舞い散らせる中、佇むその少女の体躯からは同じく蒼白い光が迸っていた。
「まさか……二つの神と『共存』させたというのか?!たった一つの神すら操れなかったはずのお前が」
その意味は分からなかったけど、別にどうだって良かった。
神だろうと悪魔だろうと、今はその力さえあればなんでも良かったんだ。
アタシの、このどうしようもない彼に対する感情を具現化ための力さえあれば……
舞い散る火の粉の花弁に愛した人の残り香を噛み締め、両の脚へと力を込める。
すると、命じることも意識することも無く、淡い灯火が宿った。
この時のアタシは気づいていなかったけど、何とも皮肉な話しだ。
オスカーが娘に求めていたその力を発現させたのは、あろうことか彼が一番忌嫌っていたアタシが愛していたその人であったということだ。
『ありがとう、フォルテ』
口遊んだその言葉に自らの意志と力が繋がりする。
纏った力のまま地面を踏み締め、神殿で神を気取るその男を引きずり落とすためにアタシは跳躍した。
言葉にならない少女の慟哭が、蒼白い電撃で光輝く黒曜の中で鳴り響いた。
目の前で相棒の半身が消し飛んだ。
あまりに残酷で、受け入れ難い現実に、アタシはただただ悲鳴をあげた。
悲鳴を……上げることしか出来なかった。
「フン、やはり……初めからこうしておけば良かったのだ」
神の雷を神殿より撃ち落としたお父さまは淡々とした様子で肩を竦める。
人を殺したというのに、まるで虫一匹でもひねり潰したかのような態度に、双頭槍を握っていた両の手に力が入る。
アタシはその時初めて、血の繋がった親族に対し殺意を覚えた。
赤の他人にも抱いたことの無い混じり気すらない明確な殺意。
かつて、これほどまでに人を殺したいと思ったことは、おそらく一度もなかった。
全身で抑えきれないそれを、各部に震えとして体現させ、毛の先まで逆立てる勢いで振り向こうとした。
「─────セイ……ナぁ…………」
我を忘れていたアタシをか細い声が呼び止める。
フォルテの……相棒だった者の声だ。
そう、表現せざる得ないほど、損傷は深刻だった。
腰より半身を無惨に吹き飛ばされ、身体を構成していた血と臓腑の半分を消失している。
普通なら即死していてもおかしくない致死量の傷跡。
まだ息をしていること自体が奇跡といって過言ではない。
にも関わらず、彼は残った最期の力でアタシの名前を口にしたのだ。
「喋らないで!!傷が開く!!」
血走った涙目の瞳に映るその痛ましい姿に、アタシは脇目も振らずに叫ぶ。
それでもフォルテは黙ろうとなんてしてくれない。
自らの終わりを悟り、最期の言葉を告げようと真っ赤な血で溢れる口を開く。
「逃げ……ろ……セイナ……俺のことなんて放っておいて……」
「バカぁっ!!アタシがそんなことできるはずないことなんて、アンタが一番わかってんでしょ?アタシにとってアンタは─────」
ずっとずっと─────好きだったのだから。
人として、一人の異性として、彼のことが好き。
触れあって、抱き合って、キスされたい。
彼に対するアタシの好意はそういう類いのものであると、二度彼を失いようやく気付くことが出来た。
けど、それはあまりに……あまりに気づくのが遅すぎた。
ネイルした爪が割れるほど握りしめた後悔の念。
本当の真意を伝えることができず、そして、その機会を紡いだ実の父に対する怒りが胸の内を埋めつくしていく。
「─────」
煮えたぎった心を覚ます、一雫の優しさが頬を掠める。
フォルテはすっとアタシの頬を指でなぞったのだ。
「─────俺も……好き……だっ─────」
─────えっ?
途切れた思いに瞳を丸くする。
彼は最期、冷たい指先で血の一画をなぞり、その言葉をアタシが聞き終えるよりも先に絶命した。
力なく倒れた上半身は、魔力によって焼かれた部分から次第に灰となって消えていく。
強い魔力を当てられた際、体内の魔力操作ができない者が陥る魔力侵食現象。
要するに死後変化の加速化。
その違いは速さだけではなく、骨まで魔力によって食い尽くされるという点だ。
こうなってしまった者はそもそも助からないというより、自然の摂理に則って土に還るモノでしかなくなるのだ。
気が付けば彼と認識していた部分が、何度掴もうとしても指先から無情に灰となって流れ落ちていく。
何よ……それ……
「アタシだって……アタシだって、大好きよっ!!」
もう届かない思いは無情な哀哭となって散っていく。
自分だけは思いを告げて満足したのか、ボロボロの半身は穏やかな表情を浮かべている。
しかしそれも最期は砂浜模様のように崩れさり、その形や熱を確かめることは……二度と出来なくなってしまった。
「うああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!」
崩れ落ちた彼の遺灰に、咽び泣くアタシの涙が染み込んでいく。
けれど、どれだけ啼泣を押し付けても、舞い散った灰を搔き集めても、もう返事は帰って来ない。
たった数分、数秒だけでもいいと懇願しても刻が戻ることは決してない。
ただただ無情なアタシの泣き声だけが響くだけだった。
ザガァァァァァァァァァンンッッ!!!
そのアタシの願いに水を差すが如く、雷の一撃が側面を掠めた。
神殿で控えるお父さまがフォルテに振るった一撃、それを今度はアタシに向けて放ったらしい。
被弾こそなかったが、着弾した地面は沸々としたマグマのように抉れていた。
「いい加減そんなゴミなど捨てろ。セイナ」
「─────何ですって……?」
お父さまは今なんと言ったのか……?
ゴミと言ったのか?
アタシが愛したこの人のことを?
「分からないか?お前が早く捨てないから私が代わりに断捨離してやったというのに、いつまでそんなモノを大事に抱えているのかと─────」
「─────黙れ」
「……何だと?」
烈度で有無を言わさぬその態度に、お父さまは目を眇めた。
無理もない。
ピシャリと反論の意志を見せた娘の表情は、人生初めての反抗だったからだ。
「聞こえなかったの?黙れと言ったのよお父様……いや、オスカー」
右手に含んだ灰に別れのキスを交わし、下ろした金髪を扇状に広げながら振り返る。
天を睨むブルーサファイアの慧眼にもう涙は無い。
あるのは自らのことを神か何かと錯覚しているオスカーへの憤りだけだった。
「アンタはアンタだけは絶対に赦さない。その踏ん反り返った傲慢な態度、今ここで叩き直してやる」
ピッと指差しながらの宣言に、堪らずオスカーも不愉快さを露わにする。
「それが父親に対する態度か?いいだろう。お前には前々から教育が必要だと思っていたところだ」
オスカーの右手人差し指と親指によって練り込んでいるのは、心臓の弱い者ならば失神してしまう程の禍々しい魔力。
右人差し指の『底なしの蔵』と右親指の『原書の魔導書』。
際限ない魔力の蔵と魔術の祖が刻まれた指輪を用いることにより、オスカーは様々な奇々怪々を巻き起こすことができるのだ。
その二つの神器に練り込まれた魔力、恐らくフォルテに浴びせたもの以上のそれを『泣いて謝るなら今のうちだぞ?』とでも言わんばかりに、まざまざとアタシへと見せ付けてきた。
だからどうした?
身体の内、自らの身体とは異なる場所から力が溢れてくる。
アタシは今まで人形のように生きていた。
隠された王女として、神の加護を扱えるようにと父母の言うことに従うだけの操り人形。
アタシに感情なんて存在しないし、介在していいはずが無い。
ずっとそう思っていた。
けどそれは違うと、フォルテが、仲間達が伝えてくれたんだ。
彼らとの当たり前の日常や命を掛けた死線を共に潜り抜けていくうち、アタシはアタシという存在を初めて認識するきっかけとなった。
いや、アタシはアタシ自身をもっと世界に出していいと初めて気が付かされた。
好きも嫌いも、楽しいも辛いも、全部が全部アタシなんだ。
否定する必要なんてどこにもない。
だったら神だかなんだか知らないけど、このアタシに力を貸せ『トール』。
自らの存在を『個』と認識したことで、それとは異なる別の存在に語り掛ける。
それに呼応する形で暖かく、広大な力が身体を満たしていく。
今なら……世界は救う次いでにあの頑固者くらいどうにかできそうだわ。
「いつまで父親ぶってんの?この頑固ジジイッ!!」
生涯一度も口にしたこともない乱暴な口調に、空気が凍る。
比喩ではなく、オスカーの周囲を覆っていた魔力が感情に呼応し、意志に反して氷の結晶を中空に波紋させたのだ。
そして、ついにはピクリともその硬派な表情が揺らぐことは無くなった。
双肩で羽を休めていた『フギン』と『ムニン』が怯えている。
どうやらアタシは、この男を本気で怒らせたらしい。
「そうかそうか。教育すら受けるつもりは無いと。お前はそう言いたいんだな……」
静かな囁きは怒りを伴って、右手の魔力を濃密に練り上げていく。
さっきのような意図しない魔力を雪と例えるならば、さながら今度の攻撃は氷塊のように分厚く密度の濃縮された一撃となっていた。
おまけにそれは、オスカーの気分次第で灼熱の炎にも、大地を薙ぎ払う雷撃にも、全てを飲み込む洪水にもなり得るのだ。
「ならここで死ね。私の計画に反するものは、たとえ娘であっても容赦はしない─────」
絶縁を言い渡したのを合図に、オスカーが溜め込んだ力を解き放つ。
生み出された隆々たる雷のうねりは、正しく神の怒りそのもので、アタシはおろかこの戦艦でさえタダでは済まない様相を見せていた。
蒼白い閃光はまるで、自分の世界を全てをリセットしてしまうほどの輝き解き放っており、誰しもこれを見てしまえば、自らの人生の終わりを受け入れてしまうほど強大な一撃だ。
それでも、一歩だって引いてやるもんか。
生まれも育ちも、肉親の教えも使命も関係ない。
アタシはアタシの意志で、この男に立ち向かうんだ!!
怯えは無い。
身体の震えも今は皆無だ。
迫りくる光の奔流に向け、握り締めた双頭槍を一閃。
すると、紛うことなくアタシを消失させるはずだったそれは、明後日の方角へと簡単に角度を変え─────
ズシャアアアアアアアンッッッッッ!!!!!!!!!!
崩落の音と共に黒曜の部屋が崩れ、同時にその光景を目の当たりにしたオスカーが、ここへきて初めて岩窟のように硬かった表情に一驚の色を浮かべた。
『アタシがこの攻撃を意図もたやすく防げるとは思っていなかった』と、言わんばかりに見開いたブルーサファイアの眼光は、眼下に映る娘だった者の姿を見て更に驚愕する。
雷撃の熱に引火した彼の灰が火の粉となり、桜吹雪のようにパチパチと命の灯火を舞い散らせる中、佇むその少女の体躯からは同じく蒼白い光が迸っていた。
「まさか……二つの神と『共存』させたというのか?!たった一つの神すら操れなかったはずのお前が」
その意味は分からなかったけど、別にどうだって良かった。
神だろうと悪魔だろうと、今はその力さえあればなんでも良かったんだ。
アタシの、このどうしようもない彼に対する感情を具現化ための力さえあれば……
舞い散る火の粉の花弁に愛した人の残り香を噛み締め、両の脚へと力を込める。
すると、命じることも意識することも無く、淡い灯火が宿った。
この時のアタシは気づいていなかったけど、何とも皮肉な話しだ。
オスカーが娘に求めていたその力を発現させたのは、あろうことか彼が一番忌嫌っていたアタシが愛していたその人であったということだ。
『ありがとう、フォルテ』
口遊んだその言葉に自らの意志と力が繋がりする。
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