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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
グッバイフォルテ《Dead is equal》9
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「フォルテ?フォルテェッ!!」
黒々とした瞳がこちらに焦点を合わせ、聞き慣れた自身の名を耳にした瞬間、我慢の限界だった。
「お、おい……どうしたんだよセイナ?」
ホントはそんな柄じゃないのに抱きついたまま離れないアタシに、倒れたままのフォルテは鬱陶しがるように眉間に皺を寄せる。
「痛っつつ、身体もだるいし、なんかお前の電撃くらった時みたいにビリビリしてるし。何なんだよこの状況は……」
「なんだよじゃないわよ、この馬鹿……ッ」
呑気な様子に思わず声を張り上げてしまうアタシ。
密着させていた身体を離して睨むその様子を視て、フォルテも飄々とした面立ちに難色を示す。
血の擦れた彼の頬へと零れる一滴の感情。
口を引き結んでいても流れてしまうその雫に、一体どれだけアタシの思いが込められているのか。そのことの重大さにようやく理解できたからだ。
「一体どれだけ心配したと思ってんのよ。どれだけ苦労したと思ってんのよ。一体どれだけアンタのことを想ったと……」
絶対に他人になんて見せたくないアタシの本心が瞳から流れ落ちる。
堪えようとすればするほど、止まらない二つの泉。
きっと今のアタシは、誰にも見せたことの無いような酷い顔をしているに違いない。
でも彼なら、フォルテにだけならそれを見せてもいいと思った。
不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「…………」
咽び泣く背へとゆっくりと暖かい右手が添えられる。
フォルテは最初こそ戸惑いはしたものの、アタシの気持ちを察してただただ無言のままその身の自由を委ねてくれた。
─────あぁ、もう最悪よ。
こんな弱弱しい姿なんて教えたくなかったのに、その暖かさはズルいわ。
このモール街と同じ、見栄えだけ良くしていたアタシの心は、ほんの僅かなその優しさに呆気なく崩壊していた。
王家の人間として生まれ、あれほど自分自身というものが空っぽだと思っていたはずなのに、そんなアタシにもまだ、誰かを想う心が残っていたことに今はちょっとだけ嬉しい。
例えそれがティースプーン一杯にも満たなかったとしても、今だけはこの気持ちに正直でありたい。
「─────よー……お楽しみの最中に水差すようで悪いんだが……」
耳に入った言葉がスイッチであるかの如く、アタシは思わずその場で跳ね起きた。
いつの間にそこに居たのか、球粒の汗を滲ませながらもにやけ面を晒しているのは、さっきまで共闘していたベルゼだった。
「その様子を視る限りだと……どうやら直ったらしいなぁ、フォルテ・S・エルフィー」
「ベルゼ・ラング?どうして貴様がここに?それにその傷は……」
全身青く腫れあがった重度の打撲、幾つかは骨折しているだろう。体表も痛ましい切傷の絶えない身体は無傷な場所を探す方が難儀だ。
その中でも一際目立つのが、さっき刺された腹部への一撃。
ベルゼは抑えている片手で何とか抑えているものの、流れる血量はアタシの涙などでは到底敵わないほど溢れていた。
「別に大したことねえよ。ただの瀕死の重傷だ」
まるで決壊したダムのように、どれだけせき止めても溢れてくる紅い血は、さきのフォルテの瞳に勝るとも劣らない色をしていた、
それが今のアタシにどれだけの罪の意識や責任の念を芽生えさせたか言うまでもない。
「そんな顔すんじゃねーよ嬢ちゃん。誰もてめぇの差し金でなんて動いたつもりなんざねえし。これは俺が望んだ結果だ。それよりもそいつに教えてやってくれ。これまで何があったか」
「……分かったわ」
短くそれだけ返してアタシは事の成り行きを話した。
掻い摘んだ内容にフォルテは終始驚いていたものの黙って聞いてくれたおかげで、意識を喪失する前までの状況を思い出すところまで記憶の補完に成功する。
「大体理解したぜ……迷惑かけたなセイナ」
ベルゼに勝にも劣らない傷だらけの身体を起こしたフォルテは、アタシの頭へポンっと右手を乗せる。
礼としてはすごく簡素と感じたけれど。
いつも通りの朝の挨拶を躱すような、そんな普段となんら変わらぬ姿が今は何よりも嬉しかった。
これこそがアタシが求めた彼の元の姿だから。
いつも厚かましいと感じるこの右手も、今は払う気にはなれなかった。
「─────世話になったなベルゼ」
「けっ……別に俺様はてめぇを助けたつもりはねぇ」
フォルテが声を向けた先、瓦礫に腰掛けたまま浅い呼吸を繰り返していたベルゼが強がるように口元の犬歯をぎらつかせる。
しかし、どれだけ意地を張ろうとそれも風前の灯。
話している合間にも流れる血はあっと言う間に紅い水たまりを作っていた。
もう助からない。
それは誰の眼にも明らかな、決して変わることの無い運命。
チラリと覗き見たフォルテの横顔にも、ほんの僅かだけ憂うような思いが翳差している。
「そうか……じゃあなんでそんなになるまで俺のことを?ほっとけば死んでいただろうに。なぜそんな傷を負うまでのリスクが必要だったのか?」
「さっきもその嬢ちゃんが言っただろ。てめぇを治せばてめぇと殺り放題。それに俺様は別にてめぇを殺すことが目的じゃねぇ、てめぇを俺様の力で打ち負かしてぶっ殺すことが最大の目的。そこを履き違えんじゃねーよ」
あまり違いが無いように感じるのはアタシだけだろうか?
「あと勘違いすんな。これはお前の勝ちじゃねぇ……引き分けだ」
力無く震える指先が示したのは、背後で残骸と化したフォルテの左腕だったもの。
何の因果か。二度にわたってベルゼに破壊された左腕は、バラバラに砕かれて融解し、最早腕の形すら取っていない鉄屑となっていた。
「たまったま嬢ちゃんがてめぇを治せるっつーから生かしてやっただけでよぉ、本当は殺ろうと思えば殺れたってことを忘れんな」
「……そうだな……」
じゃあなぜその時に殺らなかったのか。
それ以上の言葉をフォルテは野暮と判断して引っ込め、アタシと共に踵を返した。
「ちょっとそこで休んでおけ。全部終わらせたら拾いに戻ってきてやるからよ」
「余計なお世話だバーカ。それと、最後に嬢ちゃん」
「なによ?」
呼び止められたアタシが僅かに振り返ると、ベルゼは右腕を掲げて見せる。
さっきまで血でひたひたになっていたアタシが治療した布当ては、今では乾いて凝固し更なる流血を抑え込んでいた。
「コイツの礼だ。餞別だと思って聞いていけ」
ベルゼはにやけ面を僅かに引き結び、彼にしては珍しいシリアス調の表情を作って見せる。
普段の様子からは想像もつかない厳格なそれは、これから話すことがどれほど重要であるかを雄弁に物語っていた。
「こっから先、ソイツに付いていくなら覚悟を決めておけ。でないと嬢ちゃんじゃー耐えられないからな」
「どういうこと?耐えられないって一体何の話しよ?」
「行けばわかる。だが、その勇気が無いのなら大人しくソイツに任せて引き返した方が無難だぜ?それに最初の一回目で嬢ちゃんは既に─────いや、これ以上は流石に組織のことを裏切り過ぎちまうか……ま、引くも地獄、引かぬも地獄って奴さ」
意味深にそう言い残しつつ嗤い声を上げたのを最後に、ベルゼはそれ以上何も語ることなく地面へと力尽きた。
口元に笑みを残したまま。
黒々とした瞳がこちらに焦点を合わせ、聞き慣れた自身の名を耳にした瞬間、我慢の限界だった。
「お、おい……どうしたんだよセイナ?」
ホントはそんな柄じゃないのに抱きついたまま離れないアタシに、倒れたままのフォルテは鬱陶しがるように眉間に皺を寄せる。
「痛っつつ、身体もだるいし、なんかお前の電撃くらった時みたいにビリビリしてるし。何なんだよこの状況は……」
「なんだよじゃないわよ、この馬鹿……ッ」
呑気な様子に思わず声を張り上げてしまうアタシ。
密着させていた身体を離して睨むその様子を視て、フォルテも飄々とした面立ちに難色を示す。
血の擦れた彼の頬へと零れる一滴の感情。
口を引き結んでいても流れてしまうその雫に、一体どれだけアタシの思いが込められているのか。そのことの重大さにようやく理解できたからだ。
「一体どれだけ心配したと思ってんのよ。どれだけ苦労したと思ってんのよ。一体どれだけアンタのことを想ったと……」
絶対に他人になんて見せたくないアタシの本心が瞳から流れ落ちる。
堪えようとすればするほど、止まらない二つの泉。
きっと今のアタシは、誰にも見せたことの無いような酷い顔をしているに違いない。
でも彼なら、フォルテにだけならそれを見せてもいいと思った。
不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「…………」
咽び泣く背へとゆっくりと暖かい右手が添えられる。
フォルテは最初こそ戸惑いはしたものの、アタシの気持ちを察してただただ無言のままその身の自由を委ねてくれた。
─────あぁ、もう最悪よ。
こんな弱弱しい姿なんて教えたくなかったのに、その暖かさはズルいわ。
このモール街と同じ、見栄えだけ良くしていたアタシの心は、ほんの僅かなその優しさに呆気なく崩壊していた。
王家の人間として生まれ、あれほど自分自身というものが空っぽだと思っていたはずなのに、そんなアタシにもまだ、誰かを想う心が残っていたことに今はちょっとだけ嬉しい。
例えそれがティースプーン一杯にも満たなかったとしても、今だけはこの気持ちに正直でありたい。
「─────よー……お楽しみの最中に水差すようで悪いんだが……」
耳に入った言葉がスイッチであるかの如く、アタシは思わずその場で跳ね起きた。
いつの間にそこに居たのか、球粒の汗を滲ませながらもにやけ面を晒しているのは、さっきまで共闘していたベルゼだった。
「その様子を視る限りだと……どうやら直ったらしいなぁ、フォルテ・S・エルフィー」
「ベルゼ・ラング?どうして貴様がここに?それにその傷は……」
全身青く腫れあがった重度の打撲、幾つかは骨折しているだろう。体表も痛ましい切傷の絶えない身体は無傷な場所を探す方が難儀だ。
その中でも一際目立つのが、さっき刺された腹部への一撃。
ベルゼは抑えている片手で何とか抑えているものの、流れる血量はアタシの涙などでは到底敵わないほど溢れていた。
「別に大したことねえよ。ただの瀕死の重傷だ」
まるで決壊したダムのように、どれだけせき止めても溢れてくる紅い血は、さきのフォルテの瞳に勝るとも劣らない色をしていた、
それが今のアタシにどれだけの罪の意識や責任の念を芽生えさせたか言うまでもない。
「そんな顔すんじゃねーよ嬢ちゃん。誰もてめぇの差し金でなんて動いたつもりなんざねえし。これは俺が望んだ結果だ。それよりもそいつに教えてやってくれ。これまで何があったか」
「……分かったわ」
短くそれだけ返してアタシは事の成り行きを話した。
掻い摘んだ内容にフォルテは終始驚いていたものの黙って聞いてくれたおかげで、意識を喪失する前までの状況を思い出すところまで記憶の補完に成功する。
「大体理解したぜ……迷惑かけたなセイナ」
ベルゼに勝にも劣らない傷だらけの身体を起こしたフォルテは、アタシの頭へポンっと右手を乗せる。
礼としてはすごく簡素と感じたけれど。
いつも通りの朝の挨拶を躱すような、そんな普段となんら変わらぬ姿が今は何よりも嬉しかった。
これこそがアタシが求めた彼の元の姿だから。
いつも厚かましいと感じるこの右手も、今は払う気にはなれなかった。
「─────世話になったなベルゼ」
「けっ……別に俺様はてめぇを助けたつもりはねぇ」
フォルテが声を向けた先、瓦礫に腰掛けたまま浅い呼吸を繰り返していたベルゼが強がるように口元の犬歯をぎらつかせる。
しかし、どれだけ意地を張ろうとそれも風前の灯。
話している合間にも流れる血はあっと言う間に紅い水たまりを作っていた。
もう助からない。
それは誰の眼にも明らかな、決して変わることの無い運命。
チラリと覗き見たフォルテの横顔にも、ほんの僅かだけ憂うような思いが翳差している。
「そうか……じゃあなんでそんなになるまで俺のことを?ほっとけば死んでいただろうに。なぜそんな傷を負うまでのリスクが必要だったのか?」
「さっきもその嬢ちゃんが言っただろ。てめぇを治せばてめぇと殺り放題。それに俺様は別にてめぇを殺すことが目的じゃねぇ、てめぇを俺様の力で打ち負かしてぶっ殺すことが最大の目的。そこを履き違えんじゃねーよ」
あまり違いが無いように感じるのはアタシだけだろうか?
「あと勘違いすんな。これはお前の勝ちじゃねぇ……引き分けだ」
力無く震える指先が示したのは、背後で残骸と化したフォルテの左腕だったもの。
何の因果か。二度にわたってベルゼに破壊された左腕は、バラバラに砕かれて融解し、最早腕の形すら取っていない鉄屑となっていた。
「たまったま嬢ちゃんがてめぇを治せるっつーから生かしてやっただけでよぉ、本当は殺ろうと思えば殺れたってことを忘れんな」
「……そうだな……」
じゃあなぜその時に殺らなかったのか。
それ以上の言葉をフォルテは野暮と判断して引っ込め、アタシと共に踵を返した。
「ちょっとそこで休んでおけ。全部終わらせたら拾いに戻ってきてやるからよ」
「余計なお世話だバーカ。それと、最後に嬢ちゃん」
「なによ?」
呼び止められたアタシが僅かに振り返ると、ベルゼは右腕を掲げて見せる。
さっきまで血でひたひたになっていたアタシが治療した布当ては、今では乾いて凝固し更なる流血を抑え込んでいた。
「コイツの礼だ。餞別だと思って聞いていけ」
ベルゼはにやけ面を僅かに引き結び、彼にしては珍しいシリアス調の表情を作って見せる。
普段の様子からは想像もつかない厳格なそれは、これから話すことがどれほど重要であるかを雄弁に物語っていた。
「こっから先、ソイツに付いていくなら覚悟を決めておけ。でないと嬢ちゃんじゃー耐えられないからな」
「どういうこと?耐えられないって一体何の話しよ?」
「行けばわかる。だが、その勇気が無いのなら大人しくソイツに任せて引き返した方が無難だぜ?それに最初の一回目で嬢ちゃんは既に─────いや、これ以上は流石に組織のことを裏切り過ぎちまうか……ま、引くも地獄、引かぬも地獄って奴さ」
意味深にそう言い残しつつ嗤い声を上げたのを最後に、ベルゼはそれ以上何も語ることなく地面へと力尽きた。
口元に笑みを残したまま。
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