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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
神々の領域《ヨトゥンヘイム》18
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艦橋内に響く火薬の轟音。
押し寄せてくる触手の海に抵抗するロナの鼻には、何十発と放った硝煙弾雨の臭いがこびり付いていた。
「……ちっ」
愛銃のベネリM4を撃ち尽くしたことに気づいてロナが悪態をついた途端、待ってましたとばかりに辺りの触手達が襲いかかってくる。
「今だ捕らえろ!!」
部屋の中央で指揮を執る主の指示に従い、波濤《はとう》が押し寄せるが如く地を打つ触手達。
一本一本は大した脅威を持たないけど、それが三百六十四本ともなれば話しは別だ。
(五百本からかなり削ったと思ってたけど、まだこんなにあるのっ!?)
ロナらしくない悲観的心情に浸る暇もなく、高波がこちらを飲み込みよりも先に横っ飛びで避ける。
ぐにゃぐにゃと気色悪いそれらが地面にぶつかって壊れないかと何度願ったことだろう。
しかし、先端が注射針となっているそれら(あまりその中身は想像したくないな)は、地面へと突き刺さる寸でのところ動きをピタリと止める。
こっちも何度も試行錯誤して分かったけど、やっぱりこの触手達は勢い任せの単純設計という訳ではないらしい。
それを証明するように、自損を防いだ触手達が指示を聞くよりも先にロナに向かって迫る。
最初に銃弾を防いだ時もそうだったけど、コイツらは無能指揮官の指示以外も柔軟に対応し、最適な行動パターンでロナのことをジワジワと追い詰めてきていた。
(ホント、厄介なものを作ってくれたよ……っ)
悪態をついている間にも触手の波は執拗にこちらを追いかけてきている。
脚を止めたら一瞬で捕まってしまうけど、かといって艦橋の中はいつまでも逃げられるほど広くは無い。
「くっ……!」
背中に当たる硬い電子機材の壁。
あっと言う間に部屋の隅まで追いやられてしまった。
ただでさえ小体育館程のサイズしかないのに、障害物等設置された三十六×十八×六メートルの中をいつまでも逃げれるはずがない。
ましてや相手は三百六十四本の触手。
スポーツ鬼ごっこだって一人相手に二十秒前後が限界だというのに、これを十五分近く耐え抜いているロナちゃん。
「本来だったら賞賛ものなんだけどなぁ」
持っていた空のショットガンを背部の銀髪の尾の間に回し、両手を交差するようにして宙を握る。
眼前を流星群の軌跡が駆けるように、手の甲に装着した指抜きグローブから射出された隕石の糸が張力を張った。
束となれば怖いけど、一本一本ならそれほどの脅威は無い。
計算された位置に張り巡らせた蜘蛛の巣に、襲い掛かる触手の一部を絡めることで動きを鈍らせる。
ザルにぶつかる麺よろしく、前が詰まったことで玉突き事故のようにそれらはぶつかり合い、濁流のような猛攻がほんの僅かだけ緩和された。
「っ……!」
服内に仕込ませた糸が伝える衝撃に、流石のロナも苦悶の表情が漏れる。
できる限り衝撃が緩和されるよう計算しているとはいえ、全ての触手を抑え続ける力を持ち合わせている訳もない。ご覧のとおり数舜抑え付けただけで全身を八つ裂きにされるような締め付けががキシキシと柔肌に食い込んでくる。
本当なら糸の径をもっと絞ることで攻撃として扱うこともできなくはない。
しかし、攻防一体の隕石の糸は言うなれば諸刃の剣。
安直に扱えば自身の身までズタズタに引き裂いてしまうだろう。
こればかりはどれだけ計算していたとしても無理。
だって身体がそのミクロ単位の動きについていけないもの。
ロナがロナである限りは……ね。
それが理解っているからこそ、ロナは自身の身体の中で渦巻くモヤモヤしたものがずっと心の中で引っかかっていた。
どうして彼が現れないのか?
ロナの気持ちは本物で、胸の内に宿した感情は確かに存在するのに。
羽織っていたICコートの内側からショットガン用スピードローダーを取り出す。
あの日からそうだ。数か月前のアメリカでの事件以来、彼をどれだけ渇望しても姿を現してはくれなかった。
前はあんなにも簡単に呼び出すことができたのに。
縦長のローダーを銃下部のローディングゲートへ押し当てて一気に装填。
わざわざ自損覚悟で間隙を生み出したのは思考を巡らせるためではない。
形容し難いもどかしさを唇に滲ませながらも、手だけはしっかりことを成していた。
最後に放り捨てたプラスチックの軽い音を合図に、止まっていた影が再びうねり始める。
「ふんっ」
糸を服内に取り込みつつ、ロナは余裕を表すように軽く鼻を鳴らした。
だって本当は壁際に追い詰められたんじゃない。
追い詰められた振りをしていただけなのだから。
迫りくる大波がこちらを飲み込むよりも先に、部屋の角を利用した壁蹴りで宙へと躍り出る。
ひらりと舞う銀髪の尾が新体操のリボンのように弧を描く月面宙返りを決めつつ、一瞬で位置関係を逆転させたロナは、眼下で蠢く大蛇達目掛けて引き金に指を乗せる。
さっき弾かれた散弾とはわけが違う。
怒雷のように降り注ぐ装填した単発弾が、触手の大海を蹂躙していく。
いくら防弾加工しているとはいえ破壊力に重きを置いた単発弾まで防ぐことは出来なかったらしく、触手達の金属の被覆を抉り、体内に組み込まれていたコード類を食い破る。
パチチッ!と立ち昇る焼け焦げた電極の臭い。
いま放った七発の銃弾で三十本を仕留めたから……これであとは三百三十四。
(ぜんっぜん足りないんだけど……)
沈黙した本数の結果に嘆息しつつ、触手の支配の届かない安全地帯へ着地。
人体なら大穴すら開ける威力を誇る単発弾。
それにターゲットは目を瞑っても当てれるほど密集していた。
にもかかわらず、その数はあまりに少ないと言える。
おまけにロナちゃん。いまめっちゃ計算して銃弾を放ったつもりだった。
ニュートンやデカルトの計算式が誤りでない限り、本当なら六十三本は今の七発で削れていたはず……
原因を探る合間にも触手達の猛攻は止まらない。
一部失われた程度では怯むはずも無く、再びロナ目掛けて襲い掛かる。
「さっきの威勢はどうしたぁ!別に諦めても良いんだぞ?」
艦橋の中央でとんだチャップのヤジに、触手から逃げるロナは片耳だけで受け流す。
正確に言うと反応どころかチラ見する余裕さえ今のロナには無かった。
想定よりも目標を仕留めそこなった原因究明。
・金属と推定していた被膜が知識に無い特殊合金だった。耐衝撃数値の修正。
・想定していた敵の運動性能が二十一パーセント増加。敵対装備の性能認識を修正。
・演算結果を基にはじき出した答えに、身体が対応することが出来なかった。スタミナ不足によるものが八割。距離を取って回復。残りの二割は……
機械的に算出した結果を早急に修正しつつ、こっちに飛び掛かってきた触手へとナイフを放る。
あまり稚拙で悪あがきとも取れるそれを、触手は難なく弾き飛ばしてしまう。
一、二、三、四……
湖に小石を放るのと同じ、数本数十本程度では漣一つ立てることもできない猛襲。それを前にロナは、たとえ何本弾かれようとも恐怖する心をおくびにも出さず、冷静に一本一本を投擲する。
七本目が弾かれた時、ようやくその変化が訪れた。
バチィィィィン!!!!
蠢く手々の中から眼を覆うような激しい光が漏れ出した。
それに当てられたモノ達は、途端に動きを鈍らせて勢いを殺していく。
何が起こったのか!?と眩い閃光に眼を眇めたチャップは、数百の死骸に突き刺さった一本の刃が認めた。
内部機構を剥き出しに停止した触手同士へ、弾き飛んだナイフが突き刺さっている。
一見するとそれだけだが、視線を凝らすと刃とは逆の持ち手部分。クナイに似た円形の頭からは、雷鳴の残光が迸っていた。
「小賢しい真似を……っ」
晴天の雷鳴の正体に気づいてチャップは毒づく。
やっぱそういうところの頭の回転は侮れない。と、ロナちゃん舌を巻く。
ヤケクソ気味と見せかけていたナイフによる攻撃には勿論色々と意味があった。
威力調査、挙動確認、頭脳テスト……etc
未だ未知数の多い敵を丸裸にするための情報収集に加え、どうせならと放ったナイフ。
六度目と七度目で計算が成立したことにより、弾かれたナイフは予想通り既に死に絶えた触手の腹へと突き刺さった。導線となる隕石の糸付きでね。
そうすればあとは簡単。
放電している箇所同士を糸で繋げて過電流させれば、その電気回路に付随している他の触手も合わせてダウンさせることができる。
それに即座にチャップも気づいたらしく、艦橋の中央で歯噛みしているのをチラ見で確認済。
しかし、ポーカーフェイスを知らない奴がそれ以上動揺を見せていないことから、やっぱりその辺りは対策済らしい。
概ね回路を小分けにすることで一つのショートで落ちる触手の本数を最小限に留めているのだろう。その証拠に大層な大技にしてはたったの十七本しかダウンしておらず、残りはまだまだ三百四十七本もある。
当然、それだけ残っていれば濁流の勢いは収まるはずもない。
「よっと!」
予め展開して置いた逃走用の隕石の糸を一気に巻き上げることで空中に躍り出し、部屋側面に配置された電子制御盤の腹上を三角飛びで走り抜ける。
常人には到底真似できない三次元的動きで、追いかける触手から一気に距離を取り、糸を切り離しつつ滞空中にショットガンをリロード、着地と同時に隙だらけのチャップを狙い撃つ。
「全く……さっきから単調な攻撃ばかりだな」
小太りのフォルムを更に窄めながら、チャップはこちらに背を向けたまま幻滅の声を漏らした。
その姿すら遮る様に、十数メートル離れた場所へと放たれた銃弾は、ロナを追い回していた触手達が庇うことで防がれてしまう。
代償として何本か破壊することが出来たが、見返りとして憎たらしいその姿もまた健在だ。
「ちょっとそれチート過ぎないかなぁ」
追加の弾薬を込めつつ、おどけるような口調で呟いた頬を冷や汗がなぞる。
強引な力押しも計算された戦略も、今のロナの技量ではそのどちらもがまるで歯が立っていない。
何とか拮抗こそさせてはいるが、このまま物量差でモノ言わされたらロナの敗北は必然。
一番威力を誇る単発弾だってあと数十発も無い。
肩口に掛けたICコートが軽くなりつつあることを自認して、ロナは内心舌打ちした、
「よーく分かったろ。この部屋に居る限り私は無敵なんだ」
そんな心の内を舐め回すような眼つきで見透かしたチャップが、勝ち誇ったようににんまりと嗤う。
「こいつらは対人用に特化した拠点防衛機構だ。銃弾も斬撃も魔術も、人が出せる性能限界までの攻撃においてコイツが防げない類いは無い。一度この部屋に入ったが最期。拠点防衛機構は敵対勢力の情報を吸収、学習を重ねて必ず獲物を仕留める。ロナ。お前はそうやって蜘蛛のように動いて攪乱しているつもりかもしれないが、この部屋においてはお前こそが獲物。蜘蛛の巣に掛かったこいつらの餌食に過ぎないんだ」
シュルシュルと蛇のような威嚇音を鳴らしつつ、擦り寄るようにチャップの周りを囲う触手達。
「気づいていないかもしれないから教えてやるが、動きや接地荷重から予備弾薬や残りのナイフの本数も理解している。そこから考えられる演算上お前が勝てる確率はコンマ数パーセント以下だ。ほら、大人しく投降すればこれ以上苦しむことも無い。代わりに極上の快楽だって味わうことができるんだぞ?」
あと少しで手に入りそうなコレクションを前にして、チャップから下卑た嘲笑を浴びせられる。
認めたくないけど、確かにチャップの言っていることは間違ってはいない。
フォルテ達の中でも一番戦闘能力の劣っているロナの力では、この圧倒的戦力差をひっくり返せる程の実力なんて持ち合わせていない。
それに相手は人ではなく機械。
無能なご主人様と違い、連中は躊躇も過信もしない。
感情なんて皆無の残忍な兵器。
付け入る隙なんてそうそう見せてくれるはずが無かった。
おまけにロナはロアじゃないから、ショットガンと近接戦術を同時に扱うような器用な真似も、束ねた糸を撚り解いて攻撃力を特化させることもできない。
触手の猛攻を防ぎつつ攻撃だなんて、今の反射速度ではとてもできる芸当ではなかった。
でもだからこそ、ロナちゃん考えたのです。
どうすればこの相手に一矢報いることが出来るのか。
今のロナにできる最大限の方策はなんであるかをね。
「……餌食が捕食者に勝てないなんて誰が決めたのさ?」
シェルを篭め終わったショットガンを背に回し、軽く一息を一息つく。
「愚かな勘違い野郎のアンタに教えたげる。人って奴は優位に立てば立つほど、その勝利に眼が眩む生き物なんだ」
「何が言いたい?それはこの状況下でも言えるような言葉か?」
余裕すらあるロナの態度に、チャップは怒りを言葉の端に乗せつつこめかみをひくつかせた。
我を忘れた指揮者は、もはや命令を出すことすら念頭から失われている。
これで……勝利の条件は全て出揃った。
「うん、言えるよ。だって────」
両手を後方に伸ばしつつロナは走り出す。
十数メートル離れたチャップに向け、真っ向から仕掛けた。
押し寄せてくる触手の海に抵抗するロナの鼻には、何十発と放った硝煙弾雨の臭いがこびり付いていた。
「……ちっ」
愛銃のベネリM4を撃ち尽くしたことに気づいてロナが悪態をついた途端、待ってましたとばかりに辺りの触手達が襲いかかってくる。
「今だ捕らえろ!!」
部屋の中央で指揮を執る主の指示に従い、波濤《はとう》が押し寄せるが如く地を打つ触手達。
一本一本は大した脅威を持たないけど、それが三百六十四本ともなれば話しは別だ。
(五百本からかなり削ったと思ってたけど、まだこんなにあるのっ!?)
ロナらしくない悲観的心情に浸る暇もなく、高波がこちらを飲み込みよりも先に横っ飛びで避ける。
ぐにゃぐにゃと気色悪いそれらが地面にぶつかって壊れないかと何度願ったことだろう。
しかし、先端が注射針となっているそれら(あまりその中身は想像したくないな)は、地面へと突き刺さる寸でのところ動きをピタリと止める。
こっちも何度も試行錯誤して分かったけど、やっぱりこの触手達は勢い任せの単純設計という訳ではないらしい。
それを証明するように、自損を防いだ触手達が指示を聞くよりも先にロナに向かって迫る。
最初に銃弾を防いだ時もそうだったけど、コイツらは無能指揮官の指示以外も柔軟に対応し、最適な行動パターンでロナのことをジワジワと追い詰めてきていた。
(ホント、厄介なものを作ってくれたよ……っ)
悪態をついている間にも触手の波は執拗にこちらを追いかけてきている。
脚を止めたら一瞬で捕まってしまうけど、かといって艦橋の中はいつまでも逃げられるほど広くは無い。
「くっ……!」
背中に当たる硬い電子機材の壁。
あっと言う間に部屋の隅まで追いやられてしまった。
ただでさえ小体育館程のサイズしかないのに、障害物等設置された三十六×十八×六メートルの中をいつまでも逃げれるはずがない。
ましてや相手は三百六十四本の触手。
スポーツ鬼ごっこだって一人相手に二十秒前後が限界だというのに、これを十五分近く耐え抜いているロナちゃん。
「本来だったら賞賛ものなんだけどなぁ」
持っていた空のショットガンを背部の銀髪の尾の間に回し、両手を交差するようにして宙を握る。
眼前を流星群の軌跡が駆けるように、手の甲に装着した指抜きグローブから射出された隕石の糸が張力を張った。
束となれば怖いけど、一本一本ならそれほどの脅威は無い。
計算された位置に張り巡らせた蜘蛛の巣に、襲い掛かる触手の一部を絡めることで動きを鈍らせる。
ザルにぶつかる麺よろしく、前が詰まったことで玉突き事故のようにそれらはぶつかり合い、濁流のような猛攻がほんの僅かだけ緩和された。
「っ……!」
服内に仕込ませた糸が伝える衝撃に、流石のロナも苦悶の表情が漏れる。
できる限り衝撃が緩和されるよう計算しているとはいえ、全ての触手を抑え続ける力を持ち合わせている訳もない。ご覧のとおり数舜抑え付けただけで全身を八つ裂きにされるような締め付けががキシキシと柔肌に食い込んでくる。
本当なら糸の径をもっと絞ることで攻撃として扱うこともできなくはない。
しかし、攻防一体の隕石の糸は言うなれば諸刃の剣。
安直に扱えば自身の身までズタズタに引き裂いてしまうだろう。
こればかりはどれだけ計算していたとしても無理。
だって身体がそのミクロ単位の動きについていけないもの。
ロナがロナである限りは……ね。
それが理解っているからこそ、ロナは自身の身体の中で渦巻くモヤモヤしたものがずっと心の中で引っかかっていた。
どうして彼が現れないのか?
ロナの気持ちは本物で、胸の内に宿した感情は確かに存在するのに。
羽織っていたICコートの内側からショットガン用スピードローダーを取り出す。
あの日からそうだ。数か月前のアメリカでの事件以来、彼をどれだけ渇望しても姿を現してはくれなかった。
前はあんなにも簡単に呼び出すことができたのに。
縦長のローダーを銃下部のローディングゲートへ押し当てて一気に装填。
わざわざ自損覚悟で間隙を生み出したのは思考を巡らせるためではない。
形容し難いもどかしさを唇に滲ませながらも、手だけはしっかりことを成していた。
最後に放り捨てたプラスチックの軽い音を合図に、止まっていた影が再びうねり始める。
「ふんっ」
糸を服内に取り込みつつ、ロナは余裕を表すように軽く鼻を鳴らした。
だって本当は壁際に追い詰められたんじゃない。
追い詰められた振りをしていただけなのだから。
迫りくる大波がこちらを飲み込むよりも先に、部屋の角を利用した壁蹴りで宙へと躍り出る。
ひらりと舞う銀髪の尾が新体操のリボンのように弧を描く月面宙返りを決めつつ、一瞬で位置関係を逆転させたロナは、眼下で蠢く大蛇達目掛けて引き金に指を乗せる。
さっき弾かれた散弾とはわけが違う。
怒雷のように降り注ぐ装填した単発弾が、触手の大海を蹂躙していく。
いくら防弾加工しているとはいえ破壊力に重きを置いた単発弾まで防ぐことは出来なかったらしく、触手達の金属の被覆を抉り、体内に組み込まれていたコード類を食い破る。
パチチッ!と立ち昇る焼け焦げた電極の臭い。
いま放った七発の銃弾で三十本を仕留めたから……これであとは三百三十四。
(ぜんっぜん足りないんだけど……)
沈黙した本数の結果に嘆息しつつ、触手の支配の届かない安全地帯へ着地。
人体なら大穴すら開ける威力を誇る単発弾。
それにターゲットは目を瞑っても当てれるほど密集していた。
にもかかわらず、その数はあまりに少ないと言える。
おまけにロナちゃん。いまめっちゃ計算して銃弾を放ったつもりだった。
ニュートンやデカルトの計算式が誤りでない限り、本当なら六十三本は今の七発で削れていたはず……
原因を探る合間にも触手達の猛攻は止まらない。
一部失われた程度では怯むはずも無く、再びロナ目掛けて襲い掛かる。
「さっきの威勢はどうしたぁ!別に諦めても良いんだぞ?」
艦橋の中央でとんだチャップのヤジに、触手から逃げるロナは片耳だけで受け流す。
正確に言うと反応どころかチラ見する余裕さえ今のロナには無かった。
想定よりも目標を仕留めそこなった原因究明。
・金属と推定していた被膜が知識に無い特殊合金だった。耐衝撃数値の修正。
・想定していた敵の運動性能が二十一パーセント増加。敵対装備の性能認識を修正。
・演算結果を基にはじき出した答えに、身体が対応することが出来なかった。スタミナ不足によるものが八割。距離を取って回復。残りの二割は……
機械的に算出した結果を早急に修正しつつ、こっちに飛び掛かってきた触手へとナイフを放る。
あまり稚拙で悪あがきとも取れるそれを、触手は難なく弾き飛ばしてしまう。
一、二、三、四……
湖に小石を放るのと同じ、数本数十本程度では漣一つ立てることもできない猛襲。それを前にロナは、たとえ何本弾かれようとも恐怖する心をおくびにも出さず、冷静に一本一本を投擲する。
七本目が弾かれた時、ようやくその変化が訪れた。
バチィィィィン!!!!
蠢く手々の中から眼を覆うような激しい光が漏れ出した。
それに当てられたモノ達は、途端に動きを鈍らせて勢いを殺していく。
何が起こったのか!?と眩い閃光に眼を眇めたチャップは、数百の死骸に突き刺さった一本の刃が認めた。
内部機構を剥き出しに停止した触手同士へ、弾き飛んだナイフが突き刺さっている。
一見するとそれだけだが、視線を凝らすと刃とは逆の持ち手部分。クナイに似た円形の頭からは、雷鳴の残光が迸っていた。
「小賢しい真似を……っ」
晴天の雷鳴の正体に気づいてチャップは毒づく。
やっぱそういうところの頭の回転は侮れない。と、ロナちゃん舌を巻く。
ヤケクソ気味と見せかけていたナイフによる攻撃には勿論色々と意味があった。
威力調査、挙動確認、頭脳テスト……etc
未だ未知数の多い敵を丸裸にするための情報収集に加え、どうせならと放ったナイフ。
六度目と七度目で計算が成立したことにより、弾かれたナイフは予想通り既に死に絶えた触手の腹へと突き刺さった。導線となる隕石の糸付きでね。
そうすればあとは簡単。
放電している箇所同士を糸で繋げて過電流させれば、その電気回路に付随している他の触手も合わせてダウンさせることができる。
それに即座にチャップも気づいたらしく、艦橋の中央で歯噛みしているのをチラ見で確認済。
しかし、ポーカーフェイスを知らない奴がそれ以上動揺を見せていないことから、やっぱりその辺りは対策済らしい。
概ね回路を小分けにすることで一つのショートで落ちる触手の本数を最小限に留めているのだろう。その証拠に大層な大技にしてはたったの十七本しかダウンしておらず、残りはまだまだ三百四十七本もある。
当然、それだけ残っていれば濁流の勢いは収まるはずもない。
「よっと!」
予め展開して置いた逃走用の隕石の糸を一気に巻き上げることで空中に躍り出し、部屋側面に配置された電子制御盤の腹上を三角飛びで走り抜ける。
常人には到底真似できない三次元的動きで、追いかける触手から一気に距離を取り、糸を切り離しつつ滞空中にショットガンをリロード、着地と同時に隙だらけのチャップを狙い撃つ。
「全く……さっきから単調な攻撃ばかりだな」
小太りのフォルムを更に窄めながら、チャップはこちらに背を向けたまま幻滅の声を漏らした。
その姿すら遮る様に、十数メートル離れた場所へと放たれた銃弾は、ロナを追い回していた触手達が庇うことで防がれてしまう。
代償として何本か破壊することが出来たが、見返りとして憎たらしいその姿もまた健在だ。
「ちょっとそれチート過ぎないかなぁ」
追加の弾薬を込めつつ、おどけるような口調で呟いた頬を冷や汗がなぞる。
強引な力押しも計算された戦略も、今のロナの技量ではそのどちらもがまるで歯が立っていない。
何とか拮抗こそさせてはいるが、このまま物量差でモノ言わされたらロナの敗北は必然。
一番威力を誇る単発弾だってあと数十発も無い。
肩口に掛けたICコートが軽くなりつつあることを自認して、ロナは内心舌打ちした、
「よーく分かったろ。この部屋に居る限り私は無敵なんだ」
そんな心の内を舐め回すような眼つきで見透かしたチャップが、勝ち誇ったようににんまりと嗤う。
「こいつらは対人用に特化した拠点防衛機構だ。銃弾も斬撃も魔術も、人が出せる性能限界までの攻撃においてコイツが防げない類いは無い。一度この部屋に入ったが最期。拠点防衛機構は敵対勢力の情報を吸収、学習を重ねて必ず獲物を仕留める。ロナ。お前はそうやって蜘蛛のように動いて攪乱しているつもりかもしれないが、この部屋においてはお前こそが獲物。蜘蛛の巣に掛かったこいつらの餌食に過ぎないんだ」
シュルシュルと蛇のような威嚇音を鳴らしつつ、擦り寄るようにチャップの周りを囲う触手達。
「気づいていないかもしれないから教えてやるが、動きや接地荷重から予備弾薬や残りのナイフの本数も理解している。そこから考えられる演算上お前が勝てる確率はコンマ数パーセント以下だ。ほら、大人しく投降すればこれ以上苦しむことも無い。代わりに極上の快楽だって味わうことができるんだぞ?」
あと少しで手に入りそうなコレクションを前にして、チャップから下卑た嘲笑を浴びせられる。
認めたくないけど、確かにチャップの言っていることは間違ってはいない。
フォルテ達の中でも一番戦闘能力の劣っているロナの力では、この圧倒的戦力差をひっくり返せる程の実力なんて持ち合わせていない。
それに相手は人ではなく機械。
無能なご主人様と違い、連中は躊躇も過信もしない。
感情なんて皆無の残忍な兵器。
付け入る隙なんてそうそう見せてくれるはずが無かった。
おまけにロナはロアじゃないから、ショットガンと近接戦術を同時に扱うような器用な真似も、束ねた糸を撚り解いて攻撃力を特化させることもできない。
触手の猛攻を防ぎつつ攻撃だなんて、今の反射速度ではとてもできる芸当ではなかった。
でもだからこそ、ロナちゃん考えたのです。
どうすればこの相手に一矢報いることが出来るのか。
今のロナにできる最大限の方策はなんであるかをね。
「……餌食が捕食者に勝てないなんて誰が決めたのさ?」
シェルを篭め終わったショットガンを背に回し、軽く一息を一息つく。
「愚かな勘違い野郎のアンタに教えたげる。人って奴は優位に立てば立つほど、その勝利に眼が眩む生き物なんだ」
「何が言いたい?それはこの状況下でも言えるような言葉か?」
余裕すらあるロナの態度に、チャップは怒りを言葉の端に乗せつつこめかみをひくつかせた。
我を忘れた指揮者は、もはや命令を出すことすら念頭から失われている。
これで……勝利の条件は全て出揃った。
「うん、言えるよ。だって────」
両手を後方に伸ばしつつロナは走り出す。
十数メートル離れたチャップに向け、真っ向から仕掛けた。
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