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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》
神々の領域《ヨトゥンヘイム》7
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夏日照り付ける甲板。
熱された黒い船内はホットプレートの上で焼かれている魚の気分を連想させる。
「クッ……!」
その頭上を覆う黒い影。
汗を拭う間も無いまま飛び退いた場所へと巨大なコンテナが落下する。
「ひゃぁぁぁぁっはっはっはっは!!!!オラオラどうした!?さっきから逃げてばかりでぇ!!!!」
自らが蹴り飛ばしたコンテナに張り付き、落下と同時にこちらに肉薄する一体の猛獣。
両手に生やした鋭利な三本爪を器用に操り、戦艦設備を遊具のように扱うベルゼが距離を詰め、地面を這うように右の鉤爪を振り上げる。
「このッ、調子に乗るなぁッ!」
堪らず反撃するように、俺は腰の村正改を抜いた。
甲高い金属音が、生物が住むことの許されない上空で鳴り響く。
既に開眼した右眼のおかげで何とかその一撃を防いだが、ブースターと魔眼に強化された斬撃はネコ科の猛獣を軽々と超えていた。
「なっ!?」
足先に嫌な浮遊感を覚える。
衝撃を受け流そうとした身体は逃れることを許されず、ボーリングの球を放るような豪快なフォームごと中空に打ち上げられていた。
格好の餌食に腹を空かせた獣が嗤う。
強靭な脚力と鉄で構成された地面を磁力で蹴り、さっき俺が切り倒した主砲の残骸を飛び台にした三角飛び。身体に捻りを効かせながら左脚の打ち下ろしが繰り出される寸前、強化された動体視力が有り得ないものを眼にした。-
キーンッ!とやけに耳に残る刃鳴りの音。
ダメージジーンズの下、黒い革靴を割くようにして現れたそれは両手と同じ鉤爪だ。
歩行時の邪魔にならないように足の甲より伸びるそれは、刃の長さこそ腕の鉤爪より短いが、暗器と奇襲という面では絶大な効果を発揮していた。
甘かった。
この相手に手を抜いて勝とうなどと思っていた自分の心は。
「おっ死ねやぁぁッ!!」
振り下ろされた上段空中回し蹴りが炸裂する刹那、左眼が瞬く。
トラックの正面衝突のような破裂音と、散った火花に俺が地面へ叩き落とされた。
二回、三回と跳ねる身体が主砲の残骸から上がる爆炎と黒煙を突き抜け、甲板舷側の淵材である鉄縁へと追いやられる。
「…………」
本来であれば絶対絶命、圧倒的好機にも関わらず、十メートル以上離れた場所に着地したベルゼは直往邁進だった脚をピタリと止める。
説明できない野性の勘が危険であると訴えかける様に、濛々とする黒煙に取り残された獲物へ身構える姿は溜息を漏らす他なかった。
「ったく、この化物がっ……理性ぶっ飛んでやがるのに危機管理能力だけは健在かよ」
羽織っていた八咫烏を靡かせるように腕を振るい、俺は周囲一帯の黒煙を鎧袖一触にする。
その両眼、俺の双眸の輝きにベルゼの口の端が三日月のように吊り上がった。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒッ!!流石だ、流石だよフォルテ。俺がこの日まで取っておいた必殺の一撃を防ぐとは……やはり貴様は俺が追い求める最高の獲物だ」
ドイツ語でそう形容したベルゼが靴をバリバリと紙きれのように破り捨てる。
露わになった四肢を低く小さく地面へ這わせながら、その紫の瞳だけがこっちを見据えている。竜眼を思わせる細められた虹彩は狂気に染まり、ただただじっと獲物を屠らんとするタイミングを見計らっていた。
恐らくは瞬きでもした瞬間、弾丸のように飛び出してくるつもりなのだろう。
「なぁ、どうしてそこまでして俺に固執する」
無駄だと判っていながらそう口に漏らしてしまったのは、猛獣を前にしての弱音か。
甲板上を支配する熱気のような殺意の塊に気圧されない様、どっかりと両脚を付け、対峙するように俺は小太刀を構え直す。
「それはお前が『フォルテ・S・エルフィー』だからだ」
鋭利な歯を見せる口がそう告げる。
抑揚のない呟きはまるで、ギリギリで保っている『ベルゼ』という理性が脊髄反射に反応したようだった。
「お前がお前という存在である限り、俺は何度でも挑み続ける。なぜならお前が俺にとって初めて敗北を与えた男だからな。復讐しなきゃあ収まるもんも収まらねぇよ」
「それが、そんな理由がお前の闘う理由なのか?」
ベルゼが初めて俺に敗けたのなんてそれこそ数十年以上前であり、それがこの男の闘争本能に火を付けているとしたら、とてつもない執着心だ。
「『命も殺っていないのに』てめえはそう言いたいんだろう?だがな、俺にとってあの敗北は俺様という存在を揺るがす人生最大の汚点であり、同時に始まりでもあった。あのままてめえに出会わなければ、俺は遅かれ速かれ井の中の蛙として死んでいただろう。そんな俺を変えたのはてめえなんだよフォルテ。判るか?その眼前に映る化物は、てめえ自身が作り出したものなんだ」
「俺はお前の矜持を殺していた。そう言いたいのか?そんな下らない理由でお前はこんなところまで来たってのか?」
「価値観なんてそれぞれさ。それに俺も大概だが、てめえだってここに来た理由はあの女を取り戻すためなんだろ?本当は国も、人類の未来もどうだっていい。たった一人の男として自分の女を取り戻しに来た獣だ」
「お前と一緒にするんじゃねぇ……」
「じゃあ!!その貌はなんだ!?」
「なに……?」
言われて初めて俺は自身が意図しない恍惚な笑みを浮かべていたことに気づいた。
小さな火種のように冷静だった心が焔の燃え盛んばかりにかき乱される。
自分の意志とは無関係に嗤う顔は、まるで張り付いた仮面のようだった。
「あの女、セイナがここに居ると判った瞬間の貴様がそれだ。同類である貴様に俺を批判する資格はない。なぁ、いつまでも優等生ぶってないでこっち側に来い」
『こ っ ち に 来 い』
心の中で何かが心臓を鷲掴みにする。
本来であれば二つと持つことの許されない魔眼を同時に使用する弊害だろうか。
身体の内か外から聞こえたものか判別できない悪魔の囁きに、くらりと眩暈を覚え、平衡感覚が崩れる。
立っていることすらままならない身体は、このまま意識を手放してしまえば一体どれだけ楽だろうか。
脳を溶かすような甘美なる蜜に、身も心も委ねかけた瀬戸際……
「……ッ!」
何とか踏み止まった俺へとベルゼが怪訝顔を濃くした。
「何故そうまでして人であることに固執する?」
どうやら俺があとちょっと圧せば簡単に倒れてしまいそうな精神を、無理矢理保たせていることが不思議で仕方ないらしい。
だから俺は、コイツでは絶対に分からないであろう答えを面と向かってハッキリ口にしてやった。
「俺とお前では求めるている景色が違うからだ」
「あぁん?」
そうか。そうだったな。
口にしたことで俺は自分の意志を再確認し、ようやくその嗤いを収めることが出来た。
「お前はただ力を求め、それを振るう相手を探しているだけの獣だ。有り余った力の使い方が分からないだけの……ただ振るうことしかできない弱虫だ。昔の俺と同じな」
「…………」
黙って耳を傾けるベルゼの隙に、俺は改めて両眼の支配を試みる。
身体の内より発せられた囁き。
それに抗ったことでようやく、二つの魔眼が使えないという呪いの理由が分かった気がした。
「だが今の俺は違う。自分自身の欲望に力を振るうのではない。俺は大切な人をこの手で護るためにこの力を扱うんだ」
深呼吸と共に煮えたぎっていた精神を落ち着ける。
怒りに呑まれるのではなく受け入れるという行為は、少しでも気が緩めば溢れる力に身体がバラバラになってしまいそうだ。
白昼の下で徐々に煌めきを増していく紅蒼の瞳。
俺は今まで左眼をそもそも使っていなかった。
いや、使いこなせていなかったという方が正しい。
力を恐れるあまり、俺は無意識にそれを抑えつけていただけだったのだ。
だが師匠との戦闘でようやく気付かされた。
力は扱うのでも振るうのでも、ましや身を任せるのではない。受け入れる寛容さが重要だということを。
「そうかよ。何があってもこちら側に来る気は無えのかよ」
ベルゼの双眸が紫に煌めき、身体中に紫電を走らせる。
これ以上会話を長引かせるつもりがないと言わんばかりに、濛々と上がる黒煙を雷雲に見立てながら魔眼の力を顕示させる。
「だったらここでハッキリさせてやる。てめえの力と俺様の力、どっちが正しくて強いかをな……っ!」
その言葉を吐いた瞬間、ベルゼは脱兎の如く仕掛けてきた。
奔るとは違う、低空を滑空する猛禽を連想させる飛翔はまさに人の形をした弾丸だ。
ただ真っ直ぐに、目標目掛けて迫るそれを、俺は避けることなく迎え撃つ。
『絶対斬殺距離』
展開される紅蒼が交じり合った結界。
迎撃最強のその業を発動した俺が、たった一匹の猛獣を討ち取るべく刃を振るおうとした寸前、周囲で燻っていた火種が足元付近に保管してあったドラム缶燃料に引火して爆炎を上げた。
「……っ!」
二人の間を土石流のような爆風が薙ぎ払う。
燃え滾る熱は夏の日差しも涼しいと感じる程の業火の嵐。
普通の人なら足踏みしてしまう光景に、しかしベルゼは躊躇なく飛び込んだ。
身を焦がす炎に臆することなく、纏った焔を軌跡に両手を構えて迫る奴は正しく猛獣と呼ぶに相応しい。
対して俺はというとほんの僅かに躊躇ってしまった。
未だ慣れない魔眼制御に加え、眼前の敵に専心するあまり周囲に対する身構えができていなかったのだ。
その瞬きすら追いつかない寸劇の中、生半可な結界程度で止めることなど出来るはずもなく。
「ヒヒッ……獲ったぁッ!!」
轟く勝利の咆哮と共に振るわれた交差する一撃。
乱れた型で対峙できるはずもなく、迫りくる二つの死に心が折れてしまった。
いや、まだ……ッ!
「まだだぁぁぁぁッッ!!!!」
その叫喚こそ俺の諦めの悪さ。
斬り裂くというよりもぶった斬るという表現が近い二撃の暴力。
その出鱈目な攻撃に我武者羅な防御で対抗すべく、俺は小太刀と左腕を突き出した。
「っ!!」
重く重く叩きつけられた死を、身体に触れる際で何とか防ぐことに成功する。
互いの矜持のぶつかり合いは、周囲に転がっていた残骸を円形上に吹き飛ばした。
濛々と立ち込めていた爆炎すら掻き消すその衝撃波は、人の身では絶対に無しえない威力を物語っている
しかし、交差した衝撃から俺自身逃れることを許されず、猛獣との強制的な競り合いに持ち込まれてしまう。
「くっ……ぐぅ……っ!」
「死ねぇ、死ねぇぇっっ!!!!」
魔眼同士の強化は互角。
互いの意志も互角。
鏡合わせのように拮抗した力の中で、最後の最後にモノを言わせたのは……ベルゼの遥か後方に転がっている空のシリンダーだった。
「死ねぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」
ブースタードラッグにより僅かばかり上回った力を雄叫びに乗せ、ベルゼは両腕を振り抜いた。
俺の脚が再び甲板から離れ、重力の向きが変わったように身体が後方へと引っ張られていく。
その先にあるものは、どこまでも続く蒼穹と白亜が交じり合う場所。
折角、ここまで来たってのに……っ
抗うことを許さない海流のような衝撃に飲み込まれた俺は、弾き飛ばされた甲板の外で右手を伸ばした。
その無常を嘲笑うように指の隙間から雲が流れ、海原へ引きずり込むように身体は堕ちていく。
薄れゆく視界の片隅で、俺の無様な最期をベルゼが甲板越しから覗き込む姿が視えた気がした。
熱された黒い船内はホットプレートの上で焼かれている魚の気分を連想させる。
「クッ……!」
その頭上を覆う黒い影。
汗を拭う間も無いまま飛び退いた場所へと巨大なコンテナが落下する。
「ひゃぁぁぁぁっはっはっはっは!!!!オラオラどうした!?さっきから逃げてばかりでぇ!!!!」
自らが蹴り飛ばしたコンテナに張り付き、落下と同時にこちらに肉薄する一体の猛獣。
両手に生やした鋭利な三本爪を器用に操り、戦艦設備を遊具のように扱うベルゼが距離を詰め、地面を這うように右の鉤爪を振り上げる。
「このッ、調子に乗るなぁッ!」
堪らず反撃するように、俺は腰の村正改を抜いた。
甲高い金属音が、生物が住むことの許されない上空で鳴り響く。
既に開眼した右眼のおかげで何とかその一撃を防いだが、ブースターと魔眼に強化された斬撃はネコ科の猛獣を軽々と超えていた。
「なっ!?」
足先に嫌な浮遊感を覚える。
衝撃を受け流そうとした身体は逃れることを許されず、ボーリングの球を放るような豪快なフォームごと中空に打ち上げられていた。
格好の餌食に腹を空かせた獣が嗤う。
強靭な脚力と鉄で構成された地面を磁力で蹴り、さっき俺が切り倒した主砲の残骸を飛び台にした三角飛び。身体に捻りを効かせながら左脚の打ち下ろしが繰り出される寸前、強化された動体視力が有り得ないものを眼にした。-
キーンッ!とやけに耳に残る刃鳴りの音。
ダメージジーンズの下、黒い革靴を割くようにして現れたそれは両手と同じ鉤爪だ。
歩行時の邪魔にならないように足の甲より伸びるそれは、刃の長さこそ腕の鉤爪より短いが、暗器と奇襲という面では絶大な効果を発揮していた。
甘かった。
この相手に手を抜いて勝とうなどと思っていた自分の心は。
「おっ死ねやぁぁッ!!」
振り下ろされた上段空中回し蹴りが炸裂する刹那、左眼が瞬く。
トラックの正面衝突のような破裂音と、散った火花に俺が地面へ叩き落とされた。
二回、三回と跳ねる身体が主砲の残骸から上がる爆炎と黒煙を突き抜け、甲板舷側の淵材である鉄縁へと追いやられる。
「…………」
本来であれば絶対絶命、圧倒的好機にも関わらず、十メートル以上離れた場所に着地したベルゼは直往邁進だった脚をピタリと止める。
説明できない野性の勘が危険であると訴えかける様に、濛々とする黒煙に取り残された獲物へ身構える姿は溜息を漏らす他なかった。
「ったく、この化物がっ……理性ぶっ飛んでやがるのに危機管理能力だけは健在かよ」
羽織っていた八咫烏を靡かせるように腕を振るい、俺は周囲一帯の黒煙を鎧袖一触にする。
その両眼、俺の双眸の輝きにベルゼの口の端が三日月のように吊り上がった。
「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒヒッ!!流石だ、流石だよフォルテ。俺がこの日まで取っておいた必殺の一撃を防ぐとは……やはり貴様は俺が追い求める最高の獲物だ」
ドイツ語でそう形容したベルゼが靴をバリバリと紙きれのように破り捨てる。
露わになった四肢を低く小さく地面へ這わせながら、その紫の瞳だけがこっちを見据えている。竜眼を思わせる細められた虹彩は狂気に染まり、ただただじっと獲物を屠らんとするタイミングを見計らっていた。
恐らくは瞬きでもした瞬間、弾丸のように飛び出してくるつもりなのだろう。
「なぁ、どうしてそこまでして俺に固執する」
無駄だと判っていながらそう口に漏らしてしまったのは、猛獣を前にしての弱音か。
甲板上を支配する熱気のような殺意の塊に気圧されない様、どっかりと両脚を付け、対峙するように俺は小太刀を構え直す。
「それはお前が『フォルテ・S・エルフィー』だからだ」
鋭利な歯を見せる口がそう告げる。
抑揚のない呟きはまるで、ギリギリで保っている『ベルゼ』という理性が脊髄反射に反応したようだった。
「お前がお前という存在である限り、俺は何度でも挑み続ける。なぜならお前が俺にとって初めて敗北を与えた男だからな。復讐しなきゃあ収まるもんも収まらねぇよ」
「それが、そんな理由がお前の闘う理由なのか?」
ベルゼが初めて俺に敗けたのなんてそれこそ数十年以上前であり、それがこの男の闘争本能に火を付けているとしたら、とてつもない執着心だ。
「『命も殺っていないのに』てめえはそう言いたいんだろう?だがな、俺にとってあの敗北は俺様という存在を揺るがす人生最大の汚点であり、同時に始まりでもあった。あのままてめえに出会わなければ、俺は遅かれ速かれ井の中の蛙として死んでいただろう。そんな俺を変えたのはてめえなんだよフォルテ。判るか?その眼前に映る化物は、てめえ自身が作り出したものなんだ」
「俺はお前の矜持を殺していた。そう言いたいのか?そんな下らない理由でお前はこんなところまで来たってのか?」
「価値観なんてそれぞれさ。それに俺も大概だが、てめえだってここに来た理由はあの女を取り戻すためなんだろ?本当は国も、人類の未来もどうだっていい。たった一人の男として自分の女を取り戻しに来た獣だ」
「お前と一緒にするんじゃねぇ……」
「じゃあ!!その貌はなんだ!?」
「なに……?」
言われて初めて俺は自身が意図しない恍惚な笑みを浮かべていたことに気づいた。
小さな火種のように冷静だった心が焔の燃え盛んばかりにかき乱される。
自分の意志とは無関係に嗤う顔は、まるで張り付いた仮面のようだった。
「あの女、セイナがここに居ると判った瞬間の貴様がそれだ。同類である貴様に俺を批判する資格はない。なぁ、いつまでも優等生ぶってないでこっち側に来い」
『こ っ ち に 来 い』
心の中で何かが心臓を鷲掴みにする。
本来であれば二つと持つことの許されない魔眼を同時に使用する弊害だろうか。
身体の内か外から聞こえたものか判別できない悪魔の囁きに、くらりと眩暈を覚え、平衡感覚が崩れる。
立っていることすらままならない身体は、このまま意識を手放してしまえば一体どれだけ楽だろうか。
脳を溶かすような甘美なる蜜に、身も心も委ねかけた瀬戸際……
「……ッ!」
何とか踏み止まった俺へとベルゼが怪訝顔を濃くした。
「何故そうまでして人であることに固執する?」
どうやら俺があとちょっと圧せば簡単に倒れてしまいそうな精神を、無理矢理保たせていることが不思議で仕方ないらしい。
だから俺は、コイツでは絶対に分からないであろう答えを面と向かってハッキリ口にしてやった。
「俺とお前では求めるている景色が違うからだ」
「あぁん?」
そうか。そうだったな。
口にしたことで俺は自分の意志を再確認し、ようやくその嗤いを収めることが出来た。
「お前はただ力を求め、それを振るう相手を探しているだけの獣だ。有り余った力の使い方が分からないだけの……ただ振るうことしかできない弱虫だ。昔の俺と同じな」
「…………」
黙って耳を傾けるベルゼの隙に、俺は改めて両眼の支配を試みる。
身体の内より発せられた囁き。
それに抗ったことでようやく、二つの魔眼が使えないという呪いの理由が分かった気がした。
「だが今の俺は違う。自分自身の欲望に力を振るうのではない。俺は大切な人をこの手で護るためにこの力を扱うんだ」
深呼吸と共に煮えたぎっていた精神を落ち着ける。
怒りに呑まれるのではなく受け入れるという行為は、少しでも気が緩めば溢れる力に身体がバラバラになってしまいそうだ。
白昼の下で徐々に煌めきを増していく紅蒼の瞳。
俺は今まで左眼をそもそも使っていなかった。
いや、使いこなせていなかったという方が正しい。
力を恐れるあまり、俺は無意識にそれを抑えつけていただけだったのだ。
だが師匠との戦闘でようやく気付かされた。
力は扱うのでも振るうのでも、ましや身を任せるのではない。受け入れる寛容さが重要だということを。
「そうかよ。何があってもこちら側に来る気は無えのかよ」
ベルゼの双眸が紫に煌めき、身体中に紫電を走らせる。
これ以上会話を長引かせるつもりがないと言わんばかりに、濛々と上がる黒煙を雷雲に見立てながら魔眼の力を顕示させる。
「だったらここでハッキリさせてやる。てめえの力と俺様の力、どっちが正しくて強いかをな……っ!」
その言葉を吐いた瞬間、ベルゼは脱兎の如く仕掛けてきた。
奔るとは違う、低空を滑空する猛禽を連想させる飛翔はまさに人の形をした弾丸だ。
ただ真っ直ぐに、目標目掛けて迫るそれを、俺は避けることなく迎え撃つ。
『絶対斬殺距離』
展開される紅蒼が交じり合った結界。
迎撃最強のその業を発動した俺が、たった一匹の猛獣を討ち取るべく刃を振るおうとした寸前、周囲で燻っていた火種が足元付近に保管してあったドラム缶燃料に引火して爆炎を上げた。
「……っ!」
二人の間を土石流のような爆風が薙ぎ払う。
燃え滾る熱は夏の日差しも涼しいと感じる程の業火の嵐。
普通の人なら足踏みしてしまう光景に、しかしベルゼは躊躇なく飛び込んだ。
身を焦がす炎に臆することなく、纏った焔を軌跡に両手を構えて迫る奴は正しく猛獣と呼ぶに相応しい。
対して俺はというとほんの僅かに躊躇ってしまった。
未だ慣れない魔眼制御に加え、眼前の敵に専心するあまり周囲に対する身構えができていなかったのだ。
その瞬きすら追いつかない寸劇の中、生半可な結界程度で止めることなど出来るはずもなく。
「ヒヒッ……獲ったぁッ!!」
轟く勝利の咆哮と共に振るわれた交差する一撃。
乱れた型で対峙できるはずもなく、迫りくる二つの死に心が折れてしまった。
いや、まだ……ッ!
「まだだぁぁぁぁッッ!!!!」
その叫喚こそ俺の諦めの悪さ。
斬り裂くというよりもぶった斬るという表現が近い二撃の暴力。
その出鱈目な攻撃に我武者羅な防御で対抗すべく、俺は小太刀と左腕を突き出した。
「っ!!」
重く重く叩きつけられた死を、身体に触れる際で何とか防ぐことに成功する。
互いの矜持のぶつかり合いは、周囲に転がっていた残骸を円形上に吹き飛ばした。
濛々と立ち込めていた爆炎すら掻き消すその衝撃波は、人の身では絶対に無しえない威力を物語っている
しかし、交差した衝撃から俺自身逃れることを許されず、猛獣との強制的な競り合いに持ち込まれてしまう。
「くっ……ぐぅ……っ!」
「死ねぇ、死ねぇぇっっ!!!!」
魔眼同士の強化は互角。
互いの意志も互角。
鏡合わせのように拮抗した力の中で、最後の最後にモノを言わせたのは……ベルゼの遥か後方に転がっている空のシリンダーだった。
「死ねぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!」
ブースタードラッグにより僅かばかり上回った力を雄叫びに乗せ、ベルゼは両腕を振り抜いた。
俺の脚が再び甲板から離れ、重力の向きが変わったように身体が後方へと引っ張られていく。
その先にあるものは、どこまでも続く蒼穹と白亜が交じり合う場所。
折角、ここまで来たってのに……っ
抗うことを許さない海流のような衝撃に飲み込まれた俺は、弾き飛ばされた甲板の外で右手を伸ばした。
その無常を嘲笑うように指の隙間から雲が流れ、海原へ引きずり込むように身体は堕ちていく。
薄れゆく視界の片隅で、俺の無様な最期をベルゼが甲板越しから覗き込む姿が視えた気がした。
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