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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

混沌が始まる日6

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 笑い声が収まったのはそれから五分。
 俺にとって地獄のような時間だったが、それが終わってからがもっと地獄だった。

「つまり────死んだと思っていた大統領は生きていて、それを知らなかったのはこの中で俺のみだった。つまりはそういうことか?」

「────────」

 真っ赤に火照った顔を俯かせながら問い質すと、皆から無言の肯定が発せられる。
 それを見たジェイクが再び耐え切れなくなって、会議室の机をバンバン叩きだす。

「お前はさっきからうるせえよ!」

 恥辱に声を荒げる俺。
 こんな下らない感情で取り乱すなんて……我ながら不甲斐ないことこの上ない。

「いやだってよ……『俺のことはどうでもいい。どれだけの苦渋も辛酸も、生きているのなら幾らでも耐え抜いてみせる。だがな……死んじまったらそれすら感じることができないんだ……』なんてクサいセリフ……いきなり何言い出すかと思えばずっと一人勘違いしていたなんて……ぶっ!くくくくっっっっ……」

 よし、こいつはあとで殴る。
 込み上げた思い出し笑いを洩らす友人へ向けて決意する。
 ジェイクの鍛え上げられている腹筋は銃弾や刃を防いでも、友人の失態は防いでくれないようだ。
 いや、コイツの例に漏れず、ワザとらしいイケボでリピートした俺のセリフに、心なしか皆がプルプルと肩を震わせている。
 コイツぁ……っ

「つーかロナもアイリスも知っていたのなら、どうしてもっと早く言わなかった?」

 追求すればするほどこちらがさらに恥をかくと、俺は怒りの矛先を変える。

「いやその……ロナた……私達も知ったのはここに保護されてからで……説明するタイミングがなかったというか……」

 普段ならぶりっ子ぶって適当に誤魔化そうとするロナが真面目な口調で頬を掻く。

「本当はボクがここに来るまでに説明すれば良かったのだけど、世間ではまだ死んでいることにしているのもあったから下手に口出せなくて……その、失念してて……ごめん」

 自由気ままな性格のアイリスに至ってはあまり出ない気遣いの言葉。
 彼女達のマジな反応が逆に辛い。
 元を正せば深く考えずその場の感情に身を任せた自分が悪いのだが……なんて言うかこう……腑に落ちない。

「そんなにカリカリしなくてもいいじゃないか、別に誰かに迷惑をかけたわけではあるまいし」

 一部始終を見ていたベアードが悠長にコーヒーを啜りつつぼやいた。

が迷惑してんの!分かる?元凶は死人のように口を閉じておけこの馬鹿ッ!!」

 元凶の態度に爆発したように吠える俺の声が会議室内外問わず響いた。
 さっきの敬意とやらは……もはや微塵もない。

「…………」

 それら一通りの光景を黙って見ていた川野氏が突然立ち上がり、入室から一度も座っていない俺の方へ歩み寄ってくる。
 心象を表すように、カツカツと響く革靴の感覚は短い
 もしかすると、気難しい性格の彼は俺の痴態を快く思わなかったのかもしれない。
 しかし今の俺は、そんな他人の感情を気遣う余裕なんてあるはずもなく。

「んだよ、なんか文句あるのか?」

 小心者にぴったりな虚勢を振りかざす。
 しかし、川野氏は俺の前で仁王立ちしたまま黙っている。

「?」

 しばしの沈黙に皆が見守る中、川野氏の手がゆっくりと伸び────

 ポンッ

 俺の肩を一回叩いた。
 言葉を用いない同情を表す行為。
 まるで『その気持ちよくわかる』とでも言いたげな瞳。
 それを済ませた彼は、何も発することなく自席へと戻っていく。

「なんだよ!?」

 ちまたでは変人うちゅうじん扱いすら受ける川野小太郎エイリアンに同情されなんて……
 今の俺はそれほどまでに惨めということらしい。

「まあまあ、おかげで説明を省くことが出来ましたし、結果オーライということで……」

 伊部が場の空気を持ち直そうと試みるが、ジェイクの笑いが収まるのにはもう少し時間がかかりそうだ。
 もうこれ以上怒っても仕方ない。何より俺の尊厳が汚されるばかりで何も得がない。
 言いたいことを深呼吸と共に飲み込み、何とか体内で消化しようと試みる。
 よし、何とか落ち着いてきた。
 不機嫌な態度のまま、入室から五分以上経ってようやく俺は席に着いた。
 宥めるのに必死になっていたアイリスも、ようやく平静を取り戻しつつある俺へと安堵と心労を織り交ぜた溜息と共に席へ腰掛ける。

 コンコンコン

 タイミングよく響いたノック音を今度は聞き逃さなかった。

「失礼します。こちらフォルテ様に用意したブレンドコーヒーのブラックでございます」

 特徴的な片眼鏡モノクルを掛け、燕尾服モーニングコートを纏う美男性が、俺の前に湯気立つコーヒーカップを一つ置く。

「ちょっと待て、これはどういうことだ?」

 その流麗な仕草に呆れる俺は、その明らか日本とは不釣り合いなイギリス執事を呼び止める。

「申し訳御座いません。やはりコーヒーなどではなく紅茶をご所望だったでしょうか?」

「そういうことを言ってるんじゃねえ」

 人の悪意とは無縁と語る笑顔がそんなズレたことを抜かしてくるのに、折角収まっていた活火山が再び爆発した。

「セバス、どうしてお前まで生きているんだ?」

 秘書の真似事なんて演じているイギリス王女御用達の執事『セバスチャン』への問い掛けに、彼はコクリと首を傾げた。

「それは何かの哲学的な話しでしょうか?」

 さも当たり前のように空席の一つに腰掛ける。

「そうじゃない、お前……撃ち落されたヘリに搭乗してたんじゃなかったのか?」

「?撃ち落されたらどうして死ぬのでしょうか?」

「あぁ……もういい、ベアードが生きていたんだ。お前が生きていても不思議じゃない」

 にっこり笑う執事に項垂れる。
 もうツッコむのにも疲れた。
 きっと、爆発寸前のヘリから搭乗員を連れ出し、脱出でもしていたのだろう。
 俺以外驚いていないことが何よりの証拠だ。

「何だよもう……心配して損した気分だぜ全く……セバスはともかく、ベアードも撃たれていないならとっとと教えろよ……」

「いや、致命傷ではあったが撃たれているよ」

 独り言ちる俺へとベアードはムッと反論の意を示す。
 論より証拠とばかりに彼が捲ったワイシャツの内には、ぐるぐると大げさに巻かれた包帯が姿を現す。
 おいおい、僅かに血が滲んで見えるのは気のせいか?

「別に大したことないさ」

 訝る俺にベアードは苦笑する。

「脇腹を貫通しただけで弾頭も残っていない。縫合も済ませてあるが、まだ完全ないからこうして血が出ることもあるがら問題ないだろう……」

 それに今は呑気に寝ている場合ではないからな。さも当たり前のように笑うベアードに、伊部は血色の良かった顔を青くしている。

「ちょっと待てベアード」

 流石に聞き捨てならないと俺は意義を唱える。

「お前、撃たれたのは確か胸じゃなかったか?」

 いや、そこじゃないだろ。
 という川野氏の視線が飛ぶ。
 その気持ちも分らんでもないが、俺にとってはこっちの方が重要だった。正直言ってこの超人が弾丸程度で死ぬとはあまり思っていなかった。
 しかし、死んだそうと信じてしまった決定的要因はクリストファーの告白もあったが、なにより彼が胸を撃たれるライブ映像を見ていたことが俺の中では大きかった。
 心臓を穿たれれば死ぬ。
 それは人にあらず生物であるのなら覆ることの無い的要素だ。

「なあに簡単な手品さ。あのセレモニーのために用意していた予防策が効いたんだ」

「予防策?」

「うむ、こいつだ」

 手を翳すように見せたのは右の小指に嵌めた銀製の指輪だ。
 無駄な出費である装飾品を好まない彼には珍しいそれは、特になんの変哲もない普通の指輪に見えなくもないが……

「君がこれを知らないのは無理はない。万全を期して……というより本当に効くか確証が持てない代物だったのでな。側近のジェイクかれ以外には誰にも告げなかったのだよ」

 まさか本当に使うことになるとは思いもしなかった。と付け加えるあたり、実践投入したのは初めてのものだったようだが。

「一体何の効果があるんだ?」

「認識の阻害だよ」

 いまいちピンとこない説明にベアードは続ける。

「これはとある企業が作成した『魔具』で、身に着けた者と外界との認識を曲げる指輪だ。原理は理解できないが、こいつを身に付けた者の周辺魔力を屈折させ、偽像を投影するものらしい。これの長所は光の屈折とは違う空気中の魔力屈折であることからズレたという認識を相手に感じさせないことにあり、短所は近くではあまり屈折率が上がらず効果を発揮しないということだ。つまるとここれは遠ければ遠いほど位置認識を曲げる効果がある、スナイパー防止の魔具ということで、この試作品を渡されたのだが、三キロを以てしても胸から脇腹程度しか認識をズラすことが出来ないとことを考えると、お守り程度として考えるのが無難な代物だな」

 魔術に関しては俺もまだ疎い部分が多いため、いまいち理解できていなかったが、つまりは俺の見ていたベアードは偽の姿だったということらしい。凄まじい豪運の持ち主だな。

「だから二射目のエリザベス陛下の被弾は曲げることは叶わなかった……すまないねセバス君」

「いえ、護ること叶わなかった未熟な私が一番の問題です。それに……今でこそ熱で寝込んでいるためこうして私がはせ参じた訳ですが、外傷は軽度で命に別状はありませんから。大統領が気に病む必要はありませんよ」

 なるほど。セバスがここにいることはよく分かった。
 ここまで偽りだらけで疑心暗鬼に陥っていたが、セイナの情報に関して誤りはないようだ。

「さて、だいぶ話が脱線してしまったが、本題に戻ろうか伊部君。彼女もそろそろ戻ってくるころだろう」

「まだ誰かいるのか?」

「あぁ、本件に詳しい。スーパーアドバイザーをね」

 言いながらに思い出す。
 そう言えばまだ机には煙の尾を引くカップが一つ余っている。
 死人が二人も化けて出たんだ。
 今更誰が来ようと何とも思わないが……
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