SEVEN TRIGGER

匿名BB

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神々に魅入られし淑女《タイムレス ラヴ》

真意の嬌飾《リアマスク》7

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「フォルテ!」

 あらかたの小山との話しを終え、事務室から退去しようとしていた俺のところに、扉を跳ね開けた銀のツインテールが飛び込んでくる。

「ロ、ロナ!?どうしてここに?」

 聞き慣れた仲間の声と、突然抱きつかれたことに戸惑う俺のことを、ロナはウルウルとした涙目で見上げてくる。
 その姿に内心ホッとした。
 良かった。逃がすためとはいえ、東京タワーからぶん投げてしまった彼女の安否がずっと気になっていたのだが、その程度で負傷するほど彼女も軟ではない。

「ロナのことなんかどうでもいいよ、それよりも大丈夫?三日間もずっと拘束されて、ロナはずっと気が気じゃなかったよ」

 折角新調してもらった服に「うわあああああ!」と顔を埋める彼女の頬はずっと泣きじゃくっていたらしい腫れで朱色に染まっていた。

「ごめんな……外にぶん投げるわ、心配まで掛けさせちまって」

 小柄な体躯を優しく包み込むように抱きかかえ、子を落ち着ける時のようにポンポンと背を撫でる。
 これは泣き止むまでに時間が掛かるやつだなと、経験上から思っていた俺のところに、もう一人小柄な人物が姿を見せた。

「ボクもロナも、その人達に保護されたんだ」

 夏でも身に着けているマフラーとそこに差された鮮紅色せんこうしょくの羽。
 まだ真昼間だというのに、三日寝ていない俺よりも眠そうな声でそう告げたのはアイリスだった。

「逃げ場のなかったボク達をここに匿ってくれたおかげで、君と同じ目に合わずに済んだんだ。その上、君のことを救出してくれるとこうして約束も守ってくれた」

「……そうか」

 借りを作ってしまったことへ振り返ると、席に座ったまま小山は『どうってことない』と片手をひらひらと振って見せた。
 この三日間、ずっと仲間の安否だけが心配だったが、こうして無事に再開を果たすことができてよかった。
 けれど……

「フォルテ?」

 僅かに指に力が入った俺の異変に、鼻を啜りながらロナが小首を傾げる。
 死んでしまった大統領や仲間達。
 そして、ついさっき小山に頼まれたこともある以上、ここで安堵の余韻に浸っている暇はない。

「ごめんなロナ、本当はもっとお前に構ってあげたいんだが、今の俺には時間が無いんだ」

 それだけで理解してくれるであろうと思っていた俺の言葉を、ロナは不思議そうに瞳を瞬かせるだけだった。
 ロナの背後に控えていたアイリスも、同様に眼を眇めていた。
 まさか……二人には何も説明していないのか?と、すぐ近くにいた天笠を見やる。

「彼女達にはまだ何も話しておりませんが、頼みごとを達成できるのであればこの後のどうするかは全て貴方に委ねます。それに……上司が信じた以上、部下にもそうする義務があり、そのことに言及する権利は持ち合わせていませんので」

 キリッと黒縁眼鏡を上げ、公安が持つデータをまとめたタブレット差し出してきた天笠のそれを受け取る。
 ターゲットの一人である、彩芽の情報が詰まった物だ。

「二人とも、詳しい話しはあとだ」

 意味深なやり取りにキョトンとしている二人へ、俺は改まってそう告げた。





 俺はセブントリガーに入隊する前から、不測の事態に備えて幾つか隠れ家を持っている。
 とはいっても、ほとんどは師匠からの譲り受けたものばかりで、おまけに今はそのほとんどを借金返済のための資金繰りで賃貸などに使用している。
 そのため東京でも自由に使えるスペースとして残っていたのは、警視庁を出てすぐ近くにある、同じ千代田区の高層ビルの一角。それも一階の角部屋というタワマンという看板に対しては残念な間取りとなっている。
 それでもここを残していたのは単に立地ということもあったが、なんでもこの場所は過去に師匠がここの管理人を救ったことからお礼として譲り受けたものらしく、死んだ今でもそのことに代わりはない。孫として借りている以上、それを金儲けに使う気には到底なれなかったのだ。

「大したものはないが、そこらのホテルに泊まるよりかは安全だろう」

 二人を中に引き入れ俺は日当たりの悪い部屋に明りを灯した。
 初めは命の恩人として最上階をタダで貸してくれるという話しだったようだが、報酬なんて要らないと断り続けた師匠が渋々この部屋を貰ったという。
 とはいえ、そこは高級マンションを謳っているだけあって、内装は港町の自家を遥かに凌ぐ出来となっている。
 中二階の広々とした間取りには高級家具が並べられ、ダイニングキッチンや電化製品も全て最新鋭の物が取り入れられている。
 僅かに生活感が残っているのは、セブントリガーを辞めて日本に来た俺がまず初めに拠点にしたのがここだからだ。
 今にして思えば……師匠に救われて眼を覚ました時もこの場所だったな。
 あの時はまだ小さな借家だったが、中二階の横滑り窓から見える夕暮れだけは何十年前のあの時と何も変わっていない。

「腹減っただろ、適当に作るからちょっと待っててくれ、詳しい話しは飯を食いながらしよう」

 故郷というものの無い俺には珍しい懐旧的な心情を、一度瞬いた瞳の内に大切に終い込む。

「あぁ、それならロナが────」

 消耗する俺のことを気に掛けて、振り返ったロナを片手で制す。

「いや、大丈夫……というよりやらせてくれ、少しでも気を抜いたら今にも気絶しちまいそうなんだ……」

 天笠が突いてくれた経穴のおかげ多少マシではあるが、それで三日間のダメージが完治したわけではない。
 部屋に入るなり、誰よりも先にそこのソファーで小さな寝息を立てているどっかの誰かさんみたいにくつろいでみろ、安心感と疲労で俺も同じことになりかねない。

「そう……」

 スーパーで購入した食材の入った袋を手にダイニングキッチンへと向かう俺の背中を、ロナは心配そうに見つめていた。
 三日間の責め苦に耐え抜いたことを言い訳に、俺はそんな彼女の不安に気づいてやることができていなかった。

「ん?」

 すぐに使わない食材を冷蔵庫に入れようとした時、ふと長期保存できる調味料がやや少なくなっているような気がした。
 それ以外にも、半年以上放置していたにしては部屋の空気は悪くなく、それでもって埃っぽさもあまり感じなかった。
 いや、気のせいだろう。
 長らく地下に閉じ込められていたせいでその辺の感覚がマヒしているに違いないと、俺はさっそく調理に取り掛かった。
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