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月下の鬼人(ワールドエネミー)下
at gunpoint (セブントリガー)18
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アキラを救ったからにはもう俺達には戦う理由はない。
それでもこうして建物の奥へと足を進めているのは、ひとえにケジメを付けるためだ。
「ここだ、アキラ」
最上階の最奥部。
通路の突き当りにある西側の部屋。
両開きの古風な木扉が、どこかベアードのオフィスを連想させる。
オオカミが教えてくれた通り、奴の執務室にあった武器を回収した俺達はその両サイドに。
分けてもらった弾薬を装填したコルト・カスタムを構えた俺の合図で、アキラが手にした愛剣で扉を×時に切り裂いた。
年季の入った古扉を蹴散らし部屋に突入すると、アンティークな調度品達に彩られた手広な部屋が目に映る。
アナログチックな古時計、おそらく本物である著名画家の絵画が壁面を飾り、それらに合わせるように室調を暗くしているらしい。
だが、日の出の見えないことも相まって、モダンというよりどこか沈鬱さを醸し出していた部屋の奥、ワシントンの街を映す大きなスクリーンのような特殊強化ガラス、両手を広げても届かないほど巨大な執務机に両肘を立て、組んだ両手の上に顎を乗せる壮年の男がこっちを見る。
FBI長官、ミチェル・ベアード。
今回の主犯であり、彼と会うのはこれで二度目だ。
「兄弟っていうのは部屋の趣味まで似るものなのか?」
軽口を交えつつ銃口を向けるも、ミチェルは一片の動揺も見せない。
代わりに漏らした溜息が、部屋の中で小さく木霊する。
「一緒にするな。それに、あんな腰抜けな男は私の兄ではない」
改めて聞くと本当によく似ているその声で否定したミチェル。
白髪交じりの頭に皺の入った顔は、双子かと思うほどに似ているが、雰囲気はベアードと比べて正反対。
その中でも特に印象的なのは眼だ。
陰惨な瞳は俺達をというよりも、この世界に対して向けられているようで、まるでゴミでも見るかのように荒んでいる。
多少の喜怒哀楽があるにしても、ベアードがここまで凄惨な表情を見せることは無い。
「全く……思っていた通りあの男はしくじったか……だから早く殺せと告げたのに……」
────やはり……切り捨てて正解だったな。
視界の中にアキラを捉えてミチェルは独り言ちる。
銃を本当に向けているのか不安いなるほど落ち着いた様子に、言い知れぬ不気味さが漂う。
必死に平静を装っている訳でもない。
何か罠が仕掛けられているのか?
辺りを視線だけで見渡すも、特に引っかかるものは無い。
一体……どういうつもりだ?
拭えない疑念を抱えたまま接近していくうちに、結局何も無いままあっさりとミチェルの前まで到達する。
拍子抜けの感覚が、不気味さをより一層濃くさせた。
「貴様のように、てめえの手は汚さずに何でも人任せにしているから、こういうことになるんだ」
そう告げるアキラが、手にしたいたMP7A1を向ける。
「お前の悪事はうちの優秀なハッカーが大方情報を掴んでいる。金の流れ、武器の密売、紛争誘発、もう終わりだ。大人しく投降を────」
「下らん」
俺の言葉をミチェルがたった一言で遮った。
向けられた二つの銃口に臆することなく、武器を何も持たない代わりにミチェルはその陰惨な瞳で睨め上げてくる。
「何を勘違いしているのか知らないが、お前達は断じてここに辿り着いたのではない。私がそれを許しただけであり、部下のどうこうも関係ない。あの男を含め、私の部下が何人死のうが生きようが結果は変わらなかった」
圧倒的に有利なはずの俺達に対して、一切引けを取らないその傲慢な態度に、嫌な汗が背を撫でる。
ベアードの言葉と同じように、この男にも人を畏怖させ風格、抑圧感という名の武器が備わっているらしい。
「それに、この私が何の策も講じずに暇を持て余していたと本気で思っているのか?」
「何だと?」
執務机の上、他の調度品と不釣り合いなPCを軽く操作したミチェルは、「これは数分前の情報だ」と、少々乱暴にモニターを反転させて俺たちへと見せつける。
画面内には、FBI本部半径一00以内の建物や道を詳細に写した平面デジタルマップ。
その上に表示されているのは無数のブリップだ。
最初対峙した職員の数とは比にならない数量が、この建物を中心として取り囲むように配置されていた。
数え切れないほどの赤いブリップが重なり合って、歪なドーナツ型を形成しているそれは、どうやらオオカミの言っていた援軍の分布図らしい。
「これは、この建物外にいた私の部下達。総勢千ちょっとの軍勢だ……」
千……!
あまりの数に息を呑む。
たかが七人に差し向ける数ではない。
「外のお仲間がくたばるのも時間の問題だ」
嘲笑の混じった一言に、隣で画面を見ていたアキラの眦と口の端が同時に跳ね上がる。
「てめぇ……なんでそうまでしてッ……!」
「貴様達が邪魔だからだ……」
激しい恫喝にも動じることなく、低く少ししゃがれた声でミチェルは言う。
獲物を射る鷲のように鋭利な瞳には、僅かに怒りの炎が見え隠れしていた。
「いいか、人間が何故、食物連鎖の頂点に立つことができたか分かるか?優れた頭脳を持ち合わせていたから?違う。それは数だ。勿論ただの数ではない。他の生物と比べて人間は『集団統制』できる数量が突出している。それが人の一番の強みだ」
画面に映し出された現実を突きつけるように語るミチェル。
数という脅威に晒された俺達に、返せる言葉はない。
「だからこそ、貴様達やオオカミのような正義の英雄気取りの連中が一番困るんだ。正しいことならばたとえルールを破ろうが、周りに迷惑を掛けようが構わない。それをかっこいいと勘違いした馬鹿どもが、能力もないのに同じように輪を乱す」
「だったらアンタはどうなんだ?仮にも数万規模の警察組織のトップであるアンタも充分英雄的存在だろ。それを自分以外は気に食わないから始末しようだなんて、神でも気取りたいのか?」
神と聞いてミチェルは顔の皺を歪ませて失笑を漏らす。
兄弟揃って無神論者らしい。
「この世に何故、戦争が起こるのか分かるか鬼よ?それは英雄気取りの神様がたくさんいるからだ。馬鹿な信者が各々の思想を通そうとして、小さな火種から大きな争いになる。人類に必要な神は、どんなものであれ一つあれば十分だ。それに私がなれというなら喜んでこの身を捧げてやる。だが勘違いするな。私は決して神を気取っているつもりはない。あくまで組織の統括として必要最低限の指示を出し、その上で君達や奴のような出る杭を排除しているだけだ……組織にも人類にも不必要な存在をな……」
「てめぇ……ッ!」
いつまでも強気な様子に痺れを切らしたアキラが引き金に指を掛けた。
ダンッ!
その様子に、突然執務机に両手を突いてミチェルは立ち上がり、あろうことかアキラが向けた銃口へと額を押し付け返す。
「撃ってみろよ!なあ!脅しじゃないんだろ!?」
ミチェルの煽り立てる口調が嫌に三半規管を刺激する。
その瞳に僅かな戸惑いを見せるアキラが映っているも、焦点は合っていなかった。
本当に狂っているのか?それとも演じているのか?
不気味であることに変わりない所作に、脅しのつもりだったはずのアキラが引き金に力を込めてしまう。
バコンッ!!
重い破裂音が飾られた調度品を微かに揺らした。
眼の前で突然起きた光景に、アキラは眼を見開く。
持っていた銃を口に咥えた俺が二人の間に割り込み、空いた左腕で痛快な左ストレートを放つ。
文字通りの鉄拳が、狂気を宿したミチェルの顔面に直撃し、壮年の男性は見事なまでに座っていた椅子へと叩き戻された。
色々と思うところはあったが、仲間を傷つけられたことで腸が煮えくり返っていた俺の気持ちを乗せた一撃。
頬骨を砕く手ごたえはあった。
「……今更……ここで私を撃ち殺そうが殴り殺そうが……貴様達の結末は変わらない……数という人類最大の武器を前に、蹂躙されるだけだ……」
見た目は初老だが、意外にも頑強だったミチェルが椅子の背もたれに身体を預けたまま、誰にともなく呟いたと同時、摩天楼であるこの部屋へと極光が差し込んだ。
そのあまりの眩しさに当てられて、俺とアキラが同時に顔を覆う。
複合構造で音を遮断している特殊強化ガラスの向こう、死を運ぶ怪鳥が姿を見せる。
EC665 ティーガー
装備を見るにレクスが撃ち落したものとは別の機体。
操縦席下に装備された20mmガトリング砲が、獲物を威圧するよう三砲身の銃口を回転させていた。
火力も、精度も、地の利も、何をとっても相手の方が完全有利。
おまけにズタボロである俺達では、もう太刀打ちできる術も気力も残っていなかった。
「結局……人は数には勝てない……私が軍でそうであったようにな……一人で頑張ったところで世界を変えることはできない……だから……無駄な抵抗は止めて……大人しく死ね」
人形のような、感情のない嗤い声が部屋の静寂を支配する中で、円形に旋廻する銃口達が火を噴いた。
それでもこうして建物の奥へと足を進めているのは、ひとえにケジメを付けるためだ。
「ここだ、アキラ」
最上階の最奥部。
通路の突き当りにある西側の部屋。
両開きの古風な木扉が、どこかベアードのオフィスを連想させる。
オオカミが教えてくれた通り、奴の執務室にあった武器を回収した俺達はその両サイドに。
分けてもらった弾薬を装填したコルト・カスタムを構えた俺の合図で、アキラが手にした愛剣で扉を×時に切り裂いた。
年季の入った古扉を蹴散らし部屋に突入すると、アンティークな調度品達に彩られた手広な部屋が目に映る。
アナログチックな古時計、おそらく本物である著名画家の絵画が壁面を飾り、それらに合わせるように室調を暗くしているらしい。
だが、日の出の見えないことも相まって、モダンというよりどこか沈鬱さを醸し出していた部屋の奥、ワシントンの街を映す大きなスクリーンのような特殊強化ガラス、両手を広げても届かないほど巨大な執務机に両肘を立て、組んだ両手の上に顎を乗せる壮年の男がこっちを見る。
FBI長官、ミチェル・ベアード。
今回の主犯であり、彼と会うのはこれで二度目だ。
「兄弟っていうのは部屋の趣味まで似るものなのか?」
軽口を交えつつ銃口を向けるも、ミチェルは一片の動揺も見せない。
代わりに漏らした溜息が、部屋の中で小さく木霊する。
「一緒にするな。それに、あんな腰抜けな男は私の兄ではない」
改めて聞くと本当によく似ているその声で否定したミチェル。
白髪交じりの頭に皺の入った顔は、双子かと思うほどに似ているが、雰囲気はベアードと比べて正反対。
その中でも特に印象的なのは眼だ。
陰惨な瞳は俺達をというよりも、この世界に対して向けられているようで、まるでゴミでも見るかのように荒んでいる。
多少の喜怒哀楽があるにしても、ベアードがここまで凄惨な表情を見せることは無い。
「全く……思っていた通りあの男はしくじったか……だから早く殺せと告げたのに……」
────やはり……切り捨てて正解だったな。
視界の中にアキラを捉えてミチェルは独り言ちる。
銃を本当に向けているのか不安いなるほど落ち着いた様子に、言い知れぬ不気味さが漂う。
必死に平静を装っている訳でもない。
何か罠が仕掛けられているのか?
辺りを視線だけで見渡すも、特に引っかかるものは無い。
一体……どういうつもりだ?
拭えない疑念を抱えたまま接近していくうちに、結局何も無いままあっさりとミチェルの前まで到達する。
拍子抜けの感覚が、不気味さをより一層濃くさせた。
「貴様のように、てめえの手は汚さずに何でも人任せにしているから、こういうことになるんだ」
そう告げるアキラが、手にしたいたMP7A1を向ける。
「お前の悪事はうちの優秀なハッカーが大方情報を掴んでいる。金の流れ、武器の密売、紛争誘発、もう終わりだ。大人しく投降を────」
「下らん」
俺の言葉をミチェルがたった一言で遮った。
向けられた二つの銃口に臆することなく、武器を何も持たない代わりにミチェルはその陰惨な瞳で睨め上げてくる。
「何を勘違いしているのか知らないが、お前達は断じてここに辿り着いたのではない。私がそれを許しただけであり、部下のどうこうも関係ない。あの男を含め、私の部下が何人死のうが生きようが結果は変わらなかった」
圧倒的に有利なはずの俺達に対して、一切引けを取らないその傲慢な態度に、嫌な汗が背を撫でる。
ベアードの言葉と同じように、この男にも人を畏怖させ風格、抑圧感という名の武器が備わっているらしい。
「それに、この私が何の策も講じずに暇を持て余していたと本気で思っているのか?」
「何だと?」
執務机の上、他の調度品と不釣り合いなPCを軽く操作したミチェルは、「これは数分前の情報だ」と、少々乱暴にモニターを反転させて俺たちへと見せつける。
画面内には、FBI本部半径一00以内の建物や道を詳細に写した平面デジタルマップ。
その上に表示されているのは無数のブリップだ。
最初対峙した職員の数とは比にならない数量が、この建物を中心として取り囲むように配置されていた。
数え切れないほどの赤いブリップが重なり合って、歪なドーナツ型を形成しているそれは、どうやらオオカミの言っていた援軍の分布図らしい。
「これは、この建物外にいた私の部下達。総勢千ちょっとの軍勢だ……」
千……!
あまりの数に息を呑む。
たかが七人に差し向ける数ではない。
「外のお仲間がくたばるのも時間の問題だ」
嘲笑の混じった一言に、隣で画面を見ていたアキラの眦と口の端が同時に跳ね上がる。
「てめぇ……なんでそうまでしてッ……!」
「貴様達が邪魔だからだ……」
激しい恫喝にも動じることなく、低く少ししゃがれた声でミチェルは言う。
獲物を射る鷲のように鋭利な瞳には、僅かに怒りの炎が見え隠れしていた。
「いいか、人間が何故、食物連鎖の頂点に立つことができたか分かるか?優れた頭脳を持ち合わせていたから?違う。それは数だ。勿論ただの数ではない。他の生物と比べて人間は『集団統制』できる数量が突出している。それが人の一番の強みだ」
画面に映し出された現実を突きつけるように語るミチェル。
数という脅威に晒された俺達に、返せる言葉はない。
「だからこそ、貴様達やオオカミのような正義の英雄気取りの連中が一番困るんだ。正しいことならばたとえルールを破ろうが、周りに迷惑を掛けようが構わない。それをかっこいいと勘違いした馬鹿どもが、能力もないのに同じように輪を乱す」
「だったらアンタはどうなんだ?仮にも数万規模の警察組織のトップであるアンタも充分英雄的存在だろ。それを自分以外は気に食わないから始末しようだなんて、神でも気取りたいのか?」
神と聞いてミチェルは顔の皺を歪ませて失笑を漏らす。
兄弟揃って無神論者らしい。
「この世に何故、戦争が起こるのか分かるか鬼よ?それは英雄気取りの神様がたくさんいるからだ。馬鹿な信者が各々の思想を通そうとして、小さな火種から大きな争いになる。人類に必要な神は、どんなものであれ一つあれば十分だ。それに私がなれというなら喜んでこの身を捧げてやる。だが勘違いするな。私は決して神を気取っているつもりはない。あくまで組織の統括として必要最低限の指示を出し、その上で君達や奴のような出る杭を排除しているだけだ……組織にも人類にも不必要な存在をな……」
「てめぇ……ッ!」
いつまでも強気な様子に痺れを切らしたアキラが引き金に指を掛けた。
ダンッ!
その様子に、突然執務机に両手を突いてミチェルは立ち上がり、あろうことかアキラが向けた銃口へと額を押し付け返す。
「撃ってみろよ!なあ!脅しじゃないんだろ!?」
ミチェルの煽り立てる口調が嫌に三半規管を刺激する。
その瞳に僅かな戸惑いを見せるアキラが映っているも、焦点は合っていなかった。
本当に狂っているのか?それとも演じているのか?
不気味であることに変わりない所作に、脅しのつもりだったはずのアキラが引き金に力を込めてしまう。
バコンッ!!
重い破裂音が飾られた調度品を微かに揺らした。
眼の前で突然起きた光景に、アキラは眼を見開く。
持っていた銃を口に咥えた俺が二人の間に割り込み、空いた左腕で痛快な左ストレートを放つ。
文字通りの鉄拳が、狂気を宿したミチェルの顔面に直撃し、壮年の男性は見事なまでに座っていた椅子へと叩き戻された。
色々と思うところはあったが、仲間を傷つけられたことで腸が煮えくり返っていた俺の気持ちを乗せた一撃。
頬骨を砕く手ごたえはあった。
「……今更……ここで私を撃ち殺そうが殴り殺そうが……貴様達の結末は変わらない……数という人類最大の武器を前に、蹂躙されるだけだ……」
見た目は初老だが、意外にも頑強だったミチェルが椅子の背もたれに身体を預けたまま、誰にともなく呟いたと同時、摩天楼であるこの部屋へと極光が差し込んだ。
そのあまりの眩しさに当てられて、俺とアキラが同時に顔を覆う。
複合構造で音を遮断している特殊強化ガラスの向こう、死を運ぶ怪鳥が姿を見せる。
EC665 ティーガー
装備を見るにレクスが撃ち落したものとは別の機体。
操縦席下に装備された20mmガトリング砲が、獲物を威圧するよう三砲身の銃口を回転させていた。
火力も、精度も、地の利も、何をとっても相手の方が完全有利。
おまけにズタボロである俺達では、もう太刀打ちできる術も気力も残っていなかった。
「結局……人は数には勝てない……私が軍でそうであったようにな……一人で頑張ったところで世界を変えることはできない……だから……無駄な抵抗は止めて……大人しく死ね」
人形のような、感情のない嗤い声が部屋の静寂を支配する中で、円形に旋廻する銃口達が火を噴いた。
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