SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)下

at gunpoint (セブントリガー)11

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 画面表示も見ずにスマホを耳に当てる。
 こんな時間。ましてや俺に電話を掛けてくる人物なんて一人しかいない。

『すまない。こちらのジャミングを解除するのに手間取っていた』

 通話口からはドタドタと慌ただしい雰囲気が聞こえてくる。
 ホワイトハウス向こう側も相当苦労していたのだろう。
 それを代弁するかのように、珍しく徒労感の混じった声で電話の主であるベアードは答えた。

アノニマス専門家を以てしても手こずるとは、この国のも伊達ではないということか」

 うちのロナトリガー3が作ったクラッカー軍団でも手を焼くということは、FBIの中にも恐らくそっちの分野に精通した専門家スペシャリストが居るのだろう。

『なるほど……だが、生憎どれだけのクラッカーを有しようとも、君の部下である彼女には劣るということさ……それで、状況は?』

 皆まで言わずとも状況を理解した。というよりも、こうなることを前々から想定していたベアードが問う。

「その前に一つ聞きたい」

『……なんだ?』

「初めからこれが目的だったのか?この部隊が結成された理由は……?」

 静かに問うた俺にベアードは沈黙で答える。
 そもそもずっと疑問だった。
 大統領を守るためならUSSSがいる。
 普通の極秘任務なら第1特殊部隊デルタでも海軍特殊作戦コマンドシールズでも使えばいい。
 それをわざわざ新しい部隊を作る理由。それも、アメリカ軍とは関係のない者達ばかりを集めた複合部隊。
 ベアードは俺達の居場所を作るためとも言っていた。
 それも口実の中には入っていたとしても、昔と違って戦争をしていないアメリカがそんなものを欲する理由。
 それがずっと分からなかった。
 ついさっき襲撃を受けるまでは……

『前にも話したな。愚弟とは意見が合わないと』

「あぁ」

 半年前のあの日。
 戦友を失う前に聞いたそれに電話越しで首肯する。

『私と違い愚かなまでに真っ直ぐな愚弟は、権力という力を手に入れてからというもの、以前よりも輪をかけて力にものを言わせる傾向が強くなっていた』

「その結果がWBIということか?」

『その通りだ』

 魔術によって兵器の使用が当たり前となってしまったこの世界を変えたい。
 その一途な思いがもたらしたのが圧制。
 力には力、抑止力でなければ世界の均衡は保てないと。
 いかにも世界の警察アメリカらしい傲慢な考え方だな。

『何度も私は愚弟の暴挙を止めようともした。だが、奴はもう私ですら抑制できない程の力を身に着けてしまった。世界的ネットワーク。各国にエージェントを置くという数の力を。その力に抗うために同等の兵力を用意すれば、最早それは内戦と変わりない。だからこそ、私にはその強大な力に対抗しえる少数精鋭の部隊が必要だったのだ。君達のような最強の部隊がな……』

 数多あまたの兵士を相手にするために磨かれた七つの銃口。
 それらは決して圧制のために作り上げられたものではない。
 それを証明するためにベアードは、散々俺達に人殺しをさせなかったことに、今更ながら気づく。
 俺達は殺し屋としてではなく。あくまで抑止力のための抑止力として……

「そうか。それが強襲……SEVENセブン TRIGGERトリガーというわけか」

 アノニマスによる情報取集力。
 セブントリガーによる局所的な重要拠点の攻撃。
 確かに効率的ではある。

「でも、そんな大役をどうして俺達みたいな半端者に?アンタだったら、もっとまともな連中を集められたんじゃないのか?」

 後部座席に見える部下達を見やる。
 銀髪にあどけなさ残る天才ハッカー少女。
 赤き運命に抗う高貴な少女。
 失った同胞へ証を立てるために戦う猫耳少女。
 黒き衣に己を閉ざした人物(?)
 弟子のために身を呈すナルシスト。
 そして、元テロリストの青年の影が漂う。
 とてもじゃないが、精鋭とは程遠い魑魅魍魎ちみもうりょう、百鬼夜行。
 我ながらここまでの珍妙な連中を集めるのは、そこらの熟練者を揃えるよりも難しいのではと部隊結成時からずっと思っていた。 

『半端なもんか……』

 ベアードはそれに微笑一つ浮かべなかった。
 たった一言で俺の言葉を、己が誠実な気勢のみで切り捨てて見せる。

『君達は、私がこの世界で見つけ出した原石達だ。それが誤っているなんて有り得ない。他の誰でもない、君達でなければここまで円滑に物事を運ぶことはできなかっただろう』

 嘘偽りを感じない篤行たる言葉。
 よくもそんなことを恥じらい一つなく言えるよな……
 でもその情念の込められた思いに、彼の武器である『言葉』の一端を見た気がした。

『だがもう十分だ。君達のおかげで愚弟に……FBI全体を動かすことに成功した今、この暴挙を表沙汰にして奴ら全体を掌握することも不可能ではない。ことが落ち着くまで君達は身を隠しつつ休暇でも────』

「そういうわけには行かねえんだよ、ベアード」

『……どういうことだ?』

「FBIに襲撃されて、アキラが捕まった」

 筋書き通りなら、多分俺達が全員無事でいると思っていたのだろう。
 ベアードは聞こえるか聞こえないかくらいの小さな唸り声を漏らした。

『連中はなんと言っていた?』

「夜明けまでに連邦捜査局に投降しないと殺すと」

『……やめておけ、確かに君達は少数精鋭ではあるが決して一騎当千というわけではない。行けば皆殺しにされるぞ……』

「そうなれば、俺達はそこまでの部隊だったってことさ」

 肩を竦めた俺に、ギリッと奥歯が軋む音が微かに響く。

『……頼むフォルテ、私に今それを使わせないでくれ……』

 星明りで鴉の濡れ羽のように輝く贖罪の首輪アトンメントリング
 その魔具は、ベアード飼い主の命令に背けば爆発するというもの。
 これから俺のやろうとしていることにベアードが待ったをかけた瞬間、その効力は発動する。
 しかし、俺は電話を切らない。

「どっちにしろ、アキラが殺された瞬間この首輪は爆発するんだ。俺には行くという選択しか残されていない」

『だが、今回はケースがケースだ。君の首輪についてはベル君に言えば数日はどうにかできる。だから止めろ……ッ』

「安心しろ、アンタには絶対迷惑は掛けない」

『そういうことを言っているのではない!私は君の一友人として、馬鹿な真似は止めろと言っているのだ!地位も名誉も力も、物はなんだって替えが利く。だがな、友人の替えは利かないんだ……』

 友人。
 初めて見せる切迫した様子でベアードは力の限り叫ぶ。
 その言葉だけで俺達には十分だった。
 スピーカーをオンにしていなくとも、それが聞こえた隊員達は頬の端を緩ませる。

「ありがとうなベアード」

 気づけば、自然とそう口から零れた。
 一年前では考えられないようなその言葉に、俺の表情に自虐の念が混じる。

「だがもう決心したんだ、俺達は……そのうえで、改めてアンタに言わなきゃならないことがある」

 俺は一つ大きく息を吸う。
 久しく感じたことのなかった緊張が心臓を押し潰す。
 良かった。
 最初こそ押し付けられて嫌々だったが、最後はこうして隊長としての自覚を感じることができて……

「今日を以て、極秘偵察強襲特殊作戦部隊もとい、SEVENセブン TRIGGERトリガーは解散する」

『な、なに……!?本気で言っているのか?』

「あぁ……」

 唐突な宣言に、流石のベアードも面食らったような声を上げた。
 まあ、そういう反応になるよな。
 俺だってまさかこうするとは、さっきまでゆめゆめ考えていなかった。

「半年前、ヨハネが最期に言った言葉を覚えているか?」

『もちろんだ』

 ありがとう。
 ベアードの祖父、ウェルナー・ヨハネ・ベアードは俺にそう告げた。
 その言葉の真偽について、俺はずっと考えていた。

「あの言葉はきっと嘘だったんだ……」

『どういうことだ?』

「本当はアイツも、当時の他の隊員達も、残って俺と共に戦いたかった。だが、俺の覚悟を踏みにじらないためにも奴は、最後の最期で嘘を付いたんだろう」

 俺に呵責の念を感じさせないために、ヨハネが付いたのは酷く優しい嘘。
 それも自分の命を賭したもの。
 危うく俺も騙されていたが、左頬の痛みがそれを否定していた。

「だからもう俺は、仲間を見捨てることも、置き去りにもしない。全員纏めて面倒を見てやる。そのためには必要であれば部隊だって解散するし、アメリカだろうと敵に回す」

 それが、セブントリガーの隊長でも、月下の鬼人でもない。
 この俺自身が下した決断だ。

『なるほど……だがそれで君は、私の手から離れたつもりか?そんな身勝手で話しが通ると本当に思っているのか?』

「まさか、そこまで俺も餓鬼ではない。しっかりと責任は取る。全てが終わったら、アンタのところにしっかり顔を出すさ」

 返答の代わりに大きな溜息が漏れる。
 通話口からでも、アイツが今呆れかえっている姿が目に浮かぶ。

『分かった。私の敗けだ。しかし、自分の発言、及びその行動がどれほどの責務が伴うか、分からない君でもあるまい。その首輪然り、それ相応の責任が生じることを覚悟しておけ……』

 通話が切れる。
 最後の声に温かみは一切無かった。
 一聞するとそれは酷く辛辣に聞こえるが、俺が隊長、友人としてそうしたように。ベアードも友人として、大統領としての筋を通したのだろう。
 奴なりの気遣いのおかげで、もう気にすることは何もない。
 過ぎ去る緑の景色の中に民家が増え始め、右手側にはポトマック川のせせらぎが聞こえてくる。
 その大型河川の地平線の先、星とは違う柔らかな光の群衆が姿を現し、次第にその大きさを増していく。
 目的地を前に、西の空から大地を見下ろす半月が目に映る。
 夜明けは近い。
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