SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)下

maintenance(クロッシング・アンビション)9

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「……っ!」

 あの時、冗談で俺達のことをテロリスト扱いしていたリズが、ピンキッシュの瞳を丸くする。
 輸送機で聞いていた爆発テロを起こした男女二人、そのうちの一人がアキラだっていうのか……?
 皆が驚きを隠せない中、ロナだけは俯いていた。
 知っていたんだ。様々な分野に関して情報通な彼女にとって、そのことを調べることはさして難しくはない。
 思い返せば、あの時輸送機で見せたロナの反応は、控えめな彼女にしては少々大げさだった……

「記憶を……思い出したのか……?」

 俺の問いに、記憶喪失だと言っていたアキラは黒髪を揺らして首を横に振る。

「いや……でも、なんとなくあの事件について、俺はどこか引っかかる部分があった……」

 初任務時、アキラはギャングの一人を捕まえ、何かの事件について聞き出そうとしていた。
 きっと、何かしらのショックで失っていた記憶が、断片的な形で残っていたのだろう。
 あの自宅裏の林で話してくれた、少女の記憶と同じように……

「そんな時に現れたのがこの二人、ロナとシャドーだった。ロナにあの事件のことを調べさせたら、当時の監視カメラの記録、アメリカ合衆国の国家機密を扱っている情報金庫の中に、起爆スイッチを持った俺の素顔があった……そして、シャドーとの戦闘であの手裏剣を見た時……俺はあれを初めて見るような気がしなかった、使ってみると恐ろしいほどに手に馴染んでいた……」

 忍者。
 そんなものを扱える日本人は、ほんの一握りだ。
 アキラは自分の手の平を見つめる。
 彼の眼には、その手が一体何色に見えているのだろうか……

「自分のルーツがなんとなく分かったことで、余計に確信しちまったんだ。俺はきっと、ろくでもないテロリストだった。アンタのような、誰かのためにではなく、きっと自分勝手な屑だったに違いねえ……あの少女だって……きっと……」

 歯噛みするアキラの黒眼がうっすらと滲む。
 ここ最近、アキラの様子がおかしかったのは、何もシャドーに負けて拗ねていたのではなく。受け入れがたい真実を前に、人知れず苦悩していたんだ。
 俺は……隊長失格だな。
 自分のことばかりで、たった一人の少年の悩みさえ気づくことができないなんて……

「そんなことないッ……!」

 目の覚めるようなそう一声。
 喉を裂けんばかりに声を張り上げたのは、なんとあのロナだった。
 普段物静かで大人しい彼女からは想像できない強い否定が、部屋に立ち込めていた負の空気を一蹴する。

「アキラはあの時、私を助けてくれようとしていた……あれは紛れもなくアキラの意志だった!」

 ロナはアキラの袖を掴むようにして、必死に訴えかけている。
 初めて見せたロナの本当の姿感情
 他者の意見を気にしない、ありのままの彼女の思いは、この場にいる誰よりも説得力があるように感じた。

「アキラが過去にどんな人物だったなんて私は知らない。でも、私だって過去の記憶はないよ?どこでどうして生まれたのか、本当の親の顔だって知らない。でもそんなの関係ないよ!私達は今を生きているんだから……」

 そうだ……そうだよな……
 俺は何一人で落ち込んでいたんだ……
 そんなことする前にやることがあるじゃないか。

「ロナの言うとおりだ、人は誰しも過ちを犯してしまう。でも、だからってそれが人間の全てじゃない……ロナの言う通り、お前は今も生きているんだ。この先ただのテロリストとして死んでいくのも、改心して人のために生きていくことも……幾らでも変わっていくことができるんだ」

「……俺なんかにそんな資格があるのか……?」

 少しだけ……ほんの少しだけ声の和らいだアキラに、俺とロナは微笑んだ。

「あぁ……生半可なもんじゃないがお前なら……いや、俺達ならできるさ。だから、そんな卑屈になるな、アキラはアキラらしく、ロナはロナらしく、これから変わっていけばいいのさ」

 俺の言葉に、皆がそれ以上何も言うことは無かったが、ずっと心の中で抱えていた靄の中で、初めて光のような物を見つけた気がした。






 俺が無事であることの確認が取れ、各々が狭い自室から退去していく中で────

「────シャドー、ちょっと残れ」

 俺は一人の人物を呼び止めた。
 シャドーは特に疑問を抱く様子もなく、いや、寧ろ必然であるといった様子で部屋に残った。
 言語、表情が分からないシャドーを俺はベッドから睨みつける。

「何が言いたいか分かるな?」

 表情の見えないフルフェイスヘルメットがコクリと頷く。

「……なんであんな真似をした?裏切りってわけではないんだろ?」

 シャドーはまた頷く。
 ほんとに裏切っていない確証はなかったが、もしその気なら、あの時俺の背後を取っていた段階で撃っていただろう……
 それに、あの時コイツは『今後のため』と俺に伝えてきていた。

「……お前があの時言っていた『今後のため』というのは、あの二人のことか?」

 シャドーはアキラと戦い、さらには人知れず手裏剣も渡していた。
 ロナに関しても、部隊に入る前からすでに、シリコンバレーの時に干渉してきていた。
 コイツはあの時「二人の今後の成長」という意味でそう告げたのではないか?そう思ったのだが……

 フンフンッ……

 シャドーは無言のまま首を振り、両手が語り始める。

『あいつらだけじゃない、この隊全体の今後のためだ』

「この隊全体の?」

 訝る俺にシャドーは続ける。

『そうだ、この隊は皆がバラバラで持つ己が野心アンビションで成り立っている。私から言わせれば烏合の衆だ。だから皆の思いを一つにするために、私はあのような行動を取ったのだ……』

「つまりお前は、さっきアキラやロナが考えを改めることまで想定して、わざわざ嫌われ役まで演じたってことか?」

 そんなところまで予測できるのだろうか?
 仮に予測できたとしても、わざわざ損な役回りを進んでやるだろうか……
 という俺の気持ちが、目元のミラーフェイスに映ったのだろう。

『私だって、この隊の一員となったのだ、少しでも力になりたいと思うのは不思議なことじゃないだろう?それに……』

 シャドーは手話の途中で一呼吸置くかのように、俺のことを力強く指差した。

『変わるのは彼らだけではない、勿論君のことも含まれている。フォルテ・S・エルフィー』

「俺のこともだと?」

 アキラやロナのように俺にも変わるべき部分がある……と言いたいのか?
 俺の……変えるべき部分。
 今までそんなこと考えたこともなかった……というより、変わる気が無かった。
 まさかこの歳になってそんなこと言われるなんざ、夢にも思わなかったな。
 だが、不思議と悪い気分ではない。

『今はまだ分からずとも、いつかきっと分かる。何はともあれ挨拶が遅れたが、これからもよろしく頼む。隊長殿』

 俺の不安を汲み取ってそう付け加えてから、最後は右手で答礼して締める。
 先刻のロナと同じで、初めてコイツの本当の感情を垣間見た気がした。
 決して裏切り者としてではなく、仲間として信頼の置ける者。彼の言動、行動は、それに値する成果でもあった。

「あぁ……よろしく頼むぜ、頼もし過ぎる新人君」
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