SEVEN TRIGGER

匿名BB

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月下の鬼人(ワールドエネミー)上

Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》9

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 カチカチ音がピタリッと止まる。

「……」

 何を思っているのか、固まったまま動かないボロ布を被った人物。
 性別は分からなかったが……小柄だ。
 ────子供、それとも老人か?

「────どうして分かった……」

 ボロ布を被った人物は、しがれた老爺の声でそう訊ねてきた。
 まだ何も言っていないのに、何で俺がここに来たのかを知っているような口ぶり。
 つまり────この老爺がシリコンバレーの亡霊か。

「────酷く単純な理由だ。金を欲していたお前が、の金額に、高額な戦闘人形オートマタをあれだけぶつけてきたことに、俺は疑問を抱いたんだ」

 輸送車に積んであるお金。あれは本当は隊全体の給料ではなく、だけが入っている。
 アイツらいま、俺の安月給を守るために奮闘しているのだ。
 そして、街の電力を落とせるほど高度なハッキング技術を持ったコイツは、少なからずそのことに気づいていたはずだ。
 それでも数体で俺の給料に相当する戦闘人形オートマタを、数十体も仕向けるのは割に合わない。
 つまり、そんな非合理的なことをしてまで、他人の視線をあそこに釘付けにしたい理由があったんだ。

「アイツらには言ってなかったが、あの輸送車とは他に、お前を誘き出す策を考えていた……それがいまお前が盗もうとしていた「ダブルヘキサグラム」社の隠し口座だ、周辺の混乱にじょうじてお前はそれをハッキングしようと奮闘していたようだが、実はそれも俺が用意した偽物フェイクなんだ……」

 カメラに映らない、それは直訳すると監視データや装置を無効化していること。
 ハッキング。それがコイツらの最大の武器であり、天才的頭脳を持っているらしいコイツは、裏金のみに眼を付けてはその能力を活かし、何も傷つけることなく盗む行為を繰り返していた。

「……」

 種を明かされたボロ布は何も言わない。
 それどころか、焦りすら見せない老爺。
 でも、おかげで確信が持てた。

「で?はどこにいる?」

「……ッ!?」

 俺の問いに、老爺がピクリッ……と身体を震わせた。
 図星か。
 天は二物にぶつを与えず。
 大型企業の口座を乗っ取れる優れたハッキング能力、強盗時に相手の記憶に残らないほど俊敏に動ける身体能力。
 それを同時に行うことなど不可能に近い。
 とすれば答えは簡単。
 亡霊はいるんだ。
 元々複数人の犯行と踏んでいたおかげで、その辺はなんとなく予測できてはいたが……
 いる。俺達とは別にもう一人誰かの気配を感じる……
 カメラやデータをハッキングする老爺コイツとは別に、もう一人、金庫に直接近づき、敵を無力化するための亡霊。
 そいつがまだ、この建造物のどこかに隠れている……


「フフフフ……クククク……」


 突然────肩を震わせて笑い始めた老爺

「────こりゃあ……ダメだな……」

 口調が変わった。
 声質は老爺のままだが、さっきの物静かな雰囲気とは正反対……男勝りな強気なしゃべりになる。

「だって隙がねぇんだもん。なあいいだろ?こいつは俺にやらせろよ……」

 独り言でありながら、まるで誰かとしゃべっているかのような口調で老爺は続ける。
 コイツは一体────!?

「に……げて……」

「え……?」

 か弱い少女の声。
 どこからか俺にそう告げた瞬間────

 ダァァァン!!!!

 ボロ布の背中が破裂した!

「ッ!?」

 咄嗟に身体を逸らした俺の頭上、コンクリートの天井が砕けたのが右眼に映る。
 パラパラと落ちてくる砂埃に眼を凝らすと、天井には無数の凹凸ができていた。
 ショットガンか……!
 逸らした勢いのままバク宙ムーンサルとに移行し、俺はボロ布から距離を取る。
 亡霊がふところに隠していた散弾銃ショットガンを使い、ボロ布越しに俺を撃ってきたのだ。
 誰のものか知らないが、さっきの警告が無ければ避け切れなかったかもしれない……
 でも、一体誰が……?
 ぬるりとボロ布が立ち上がる。
 小柄な身長。リズよりも少し高いくらいで、身体だけではなく、顔までフードのようにしたボロ布を被っている。
 その手にはBenelliベネリ M3────装弾数七発の軍用ショットガンが装備されていた。

「……ッ!」

 ダァァァン!!!!ダァァァン!!!!

 助けてくれた人物については後だ……!
 俺はショットガンの追撃を右側方────ボロ布を囲んでいた背丈ほどある大きなPC機材、その裏へと回り込む。

Is it a tagごっこかぁ!?」

 戦闘狂を思わせる叫びと共に、ボロ布は機材越しにBenelliベネリ M3をセミオートで連射してくる。
 俺はその散弾を躱しつつ、巨大な古びた冷却器の裏で立ち止まった。

「そこかぁ!!」

 ダァァァン!!!!

 散弾でバラバラになった冷却器の部品が俺へと降り注いだ。
 あれだけの大掛かりなハッキングをしていた割には随分雑な性格らしく、ボロ布が感覚で放った胸の高さの散弾を、しゃがんで躱していた俺はくるりとその場で一回転。

 ダァンッ!!

 左廻し蹴りで真ん中に穴の開いた冷却器を押し倒した。
 数百キロはある長方体の塊が、ボロ布へと倒れていく────

「へぇ……?」

 焦るどころか、感心するような声を上げたボロ布は逃げない。

 ピタ────!

 倒れかけていた冷却器が動きを止めた。
 ────魔術か……!?
 マイケルジャクソンの斜め立ちゼログラビティのように、途中で倒れるのを止めた冷却器。
 俺は右手に持っていたコルト・ガバメントを、冷却器の穴目構えて放つ。

「チッ!」

 肩を狙った弾丸を、身体を逸らしながら後方に逃げるボロ布。
 だが、完全に避け切ることができず、頭に被っていたフードだけが弾き飛ばされた。

 ズシンッ────!

 斜めに傾いたままの冷却器が倒れ────フロア全体を揺るがす衝撃破が俺達を襲う。

「────やるじゃねえか……」

 衝撃で舞い上がった砂埃の波から姿を現したボロ布の亡霊。
 十メートル先に見えたその顔に、俺は衝撃のあまり眼を見開く。

 ────少女……だと?

 声は完全に老爺のものだった。
 しかし、目の前でボロ布を被った亡霊の姿は、紛れもない少女そのものだ。
 変声術……正体を隠すために声を変えてたってことか……!
 ガサツな性格を表すように、暗闇の中でも煌めくセミロングの銀髪は少し傷んでおり、少女と言うよりも少年のようにも見える。
 切れるような鋭いハニーイエローの瞳。歳はリズやアキラと同じくらいの印象だが、吊り上がった頬と口元からは、大人顔負けの威圧感を放っている。
 だが────俺が一番驚いたのは、砂塵の向こうに見えた彼女の頬から、ほろり……と何かが光ってた。

 ────泣いているのか?

 ハニーイエローの瞳から零れた涙の痕が、差し込んだ日差しでキラキラと瞬いていた。
 亡霊は泣いてた。
 笑い泣きながら泣い笑ってた。
 それが良くなかった。

「オラァ!!」

「ッ!?」

 銀髪の亡霊が何も持ってない左腕をこっちに振るってきた。
 少女の声に我に返るも、その逡巡の隙を突かれ、腰周辺に何かが巻きついた。
 そのままグググッ……と見えない何かが身体を縛り上げていく。
 これはッ……ピアノ線……!?
 銀髪の亡霊の左手から、俺の身体にかけて伸びる透明な糸。
 倒れこそしなかったが、防弾防刃性の戦闘服の上からどんどん糸が食い込んでくる。

「クソ……ッ!」

 左右後方に逃げることのできなくなった俺は、亡霊に向かって駆ける。

 ダァァァン!!!!

 片手で放った散弾をスライディングで躱す。
 ギリギリまで逸らしていた顔の上、前髪が銃弾の風圧で跳ね上がった。

 ダァァァン!!!!

 続く二発目を最大限の力を両脚に込めてジャンプ!
 地面を穿つ銃弾を全宙ウェブスターで避けつつ、さらに緩んだピアノ線に掠らせる。

 ピシッ────!

 無数の散弾で傷ついたピアノ線が切れ、身体が自由になるも俺は空中。
 身動きを取ることができない。

「あーあ……そこで飛んだらお終いだ」

 亡霊が黒い散弾銃を向ける。
 残りの僅か三メートル。だがそれはショットガンにとって最高の殺傷距離キリングレンジ
 これ以上躱すことは不可能。
 抵抗することはできる。右手にはハンドガンがある。
 だが、ボロ布に隠れて全身の見えない少女。彼女の致命的部位バイタルゾーンがどこまでかが分からない。
 銃を撃ち抜こうにも、散弾銃が暴発すれば殺しかねない。
 以前なら、即座に頭部を撃ち抜いただろう。
 しかし、チョーカーこいつででそれができない今、俺はどこを撃てばいいのか戸惑ってしまう。

「あばよッ!」 

 ペロリと舌を出した亡霊が引き金を絞る。
 やるしか……ないのか……
 もう二度と使いたくなかった右眼を……この呪われた魔眼を使うことを真剣に考えた。この期に及んで。
 でも、それでも、例え命と天秤にかけられても、俺はこの過ぎた力を使う気にはなれなかった……
 こんな力を使うくらいなら……俺は……

 ドゥンッ!!

 聞きなれない銃声。
 死を覚悟した俺の眼前を、遠方から何かが横切り────

 ダァァァン!!!!

 眼の前が散弾銃の火薬光で真っ白になった。

「あぁッ!?」

 声を上げたのは亡霊だった。
 それも不平の声。
 三メートルの至近距離にもかかわらず、撃ち抜いたのは俺の真隣の天井。
 何かが、彼女の銃口を僅かに反らしたのだ。

 カチッ!カチッ!

 亡霊は銃口を修正して再度引き金を絞るも、七発目を外した彼女に撃てる残弾は残っていなかった。
 俺は何が起こっているのか理解できていなかったが、持っていた銃を捨て、腰から太刀「村正」を鞘ごと引っこ抜き────

「うぉぉぉぉおッ!!!!」

 逆手に持った太刀を、真上から振り落とし亡霊の脳天をぶっ叩く。
 滞空していた勢いと体重も乗った強烈な一撃が、亡霊の頭部を直撃し、綺麗な銀髪が跳ね上がる。

「……ゥ……ク……ソ……がぁ……」

 そのまま前のめりに倒れた亡霊は気絶したのか、そのまま動かなくなった。
 ガシャンッ────と地面に落ちるハンドガン。
 すぐさま俺は亡霊の銃口を逸らした人物へと、納刀状態の太刀を構えるも、そこには誰もいなかった。
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