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月下の鬼人(ワールドエネミー)上
Disassembly《ブレット・トゥゲザァ》7
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車内が一瞬で凍り付き、四人が一斉(レクスはバックミラー越し)にこっちを見た。
あれ、聞こえなかったのか……?
呆気に取られている四人に対し、俺は改めて懇切丁寧な説明をしてやる。
「だから、あれは今月分のお前達の初任給を、どっかの企業が裏金としてせしめたもんだ。しっかり守り抜けばそのままお前達のもんだが、しくじれば全員給料抜きだ、分かりやすくていいだろ?」
すると、いつの間にか拘束を解かれていたリズが、小っこい身体をプルプルと震わせながら、こっちに近づいてきた。
「アンタはッ……!アンタは!!」
前髪に隠していた涙目をキッと睨み上げ、大気を切り裂くノーモーションのショートアッパーが俺の頬を掠める。
あ、あぶねッ!?
「ッ!?」
咄嗟に半身で避けた俺を、リズはもう片方の手で掴んでくる。
グググッ……!
う、嘘だろ……!?
俺より身長差30㎝も小さいリズが、その馬鹿力を使って地面から持ち上げる。
「なんてことしてくれてんのよこのばかぁぁぁぁぁ!!!!!」
ぶんぶんぶんぶん……!
そのまま俺をカクテルシェイカーのごとく上下に振り回すリズ。
痛い痛い!!の、脳が揺れる揺れる!
「や、やめろバカ!!ってベル!!お前も見てないで止めろよ!!」
さっきは止めに入ってくれたベルも、今は明後日の方角を見ながら下手な口笛を吹いている。
お前ぇ……あとで訓練場の修理費の減俸額を跳ね上げてやる……
「もうアンタなんてッ……!このまま車内から放り出してやるわよッ……!!」
激昂するリズが俺をブンブン振り回しながらそう叫ぶ────
ウィーン……
装甲車の後部ハッチがひとりでに空いた。
外から昼の日差しが差し込み、男が女に持ち上げられている絵面を見た後続車の運転手が眼を白黒とさせている。
「レクスも!お前も無言でハッチを開けんじゃねぇ!!」
レクスは何も聞こえてないかのように正面を見たまま運転をしている。
どいつもこいつも容赦ねーなッ!
このままだとまずいッ……!
幾ら鍛えているとはいえ、流石に時速70kmの速度で走る車から放り出されればただでは済まない。
敵どころか味方に殺されかけている状況に焦る俺を、ボウリングの玉のようにリズが振りかぶった時だった────
「おいおいなんだよ……まさかお前ら、亡霊程度に負けるなんて思っているのかよ?」
車内にあったホワイトボードが飛ばないように抑えていたアキラが、そう告げるのと同時に後部ハッチが閉まる。
全員の視線が俺からアキラへと集まると、ニヒルな笑みで頬を吊り上げた。
「要はそこにある俺達の給料を守ればいいだけの話しだろ?そんなギャーギャー騒ぐような事じゃねえ。それともやっぱり怖いのか?亡霊に負けて、おめおめ無給料で帰る羽目になるのが?」
てっきりコイツが一番文句を言うと俺は踏んでいたのだが……
煽るようにそう告げたアキラの言葉に他の三人は────
「いいわよ!やればいいんでしょやればぁ!!」
「やってる、やってやるにゃぁぁぁ!!」
「俺達の給料のために、野郎の頭ぶっ飛ばしてやるぞ!!」
血相を変えて叫ぶ三人。
おいおい、殺しは厳禁だから頭はフッ飛ばさないでくれよ……
「ひとつ貸しだ……」
ようやく地面に降ろしてもらった俺にアキラそう告げた。
日本語で。
「なんでまた、お前らしくもない……」
もっと噛みついて来るかと思ったんだがな。
あとさっきの煽り文句。あれ、一か月前に俺がお前に言ったやつだろ。
眉を寄せる俺に、何故か気恥ずかしそうに視線を逸らしたアキラ。
「アンタ、今朝はベルの書類を修正していて眠れなかったんだろう?」
他の隊員達の叫喚の中でポツリとそう告げた。
「……知っていたのか?」
俺の問いに、コクリと頷くアキラ。
確かに、俺が輸送機に乗っていた時から眠そうにしていたのは、午前三時に提出してきたベルの書類を修正していたからである。
だが、睡眠時間が無くなったのは、初めて書いた始末書を修正するのに手こずった俺の責任であり、決してベルが悪いわけではない。
「昨日、俺達がPCの使い方をベルに教えたが、アイツは覚えが悪かった。それで、その……アイツが書類の提出に遅れたら、お、俺達まで罰を食らうかもしれないからよ……!それで、ちょっと気にしてて……!って、なんで笑うんだお前っ!?」
話しを聞いていく内に、どうもおかしくなって笑いを堪えていた俺を、アキラが睨みつける。
「くくっ……いや、ごめんごめん……別にバカにしてたんじゃない、本当だ。ただ、少しお前のことを俺は勘違いしていたらしいな……」
こいつは心配してたんだ。
初めて書類作成をしていたベルが一人でちゃんとできるかを。
「んだよその言い方?とにかくアイツは書類を出した。それで問題なし。あと、さっきも言った通りこの件は貸し一つだからなぁ!」
若干の幼さ残る童顔のアキラが、狛犬のような表情で睨み上げた。
「あぁ、分かった────」
キキィィィィッッッッ────!!!!!!
突然の金切り声のようなブレーキ音と共に、慣性の力で身体が車内前方に投げ出される。
突然の金切り声のようなブレーキ音と共に、慣性の力で身体が車内前方に投げ出される。
「ッ!!おい、何があった!?……っ!」
何とか踏ん張りつつ、顔を上げた俺がレクスに確認するよりも先に、その光景に息を呑んだ。
首都ワシントンやニューヨークと並び、アメリカでもっとも裕福な都市の一つともされるカリフォルニア州サンフランシスコ、シリコンバレー。
富裕層が蔓延るこの優雅な土地に相応しい、五叉路以上の道路が連なる交差点の手前、信号機の全てが明滅していた。
レクスは咄嗟にその異常事態に気づいてブレーキを踏んだのだ。
だが────こっちが護衛と簡単に見分けられないよう、車間距離を開けていた現金輸送車は交差点のど真ん中を走っている!
プップゥゥゥゥ!!!!
けたたましいクラクションの音と共に、俺達とは別の車線を走っていた車両が一斉に交差点へと突っ込み、衝突し、宙を舞う。
「おいおいおいおいッ!マジかよ……!?」
眼の前の惨劇に息を縫むレクス。
外の天気は清々しい程の快晴。
雷雨どころか雲すらない青空が広がっている。
つまりは自然災害による停電ではない……
俺が視線を素早く装甲車の外、道路脇にあったカフェテリアへと向けると、店内に設置してあったテレビが消えており、まだ外の騒動に気づいていない客が不審顔を浮かべていた。
……これは────意図的に起こされた停電だ。
それも、この周辺一帯全ての電力を落とす大掛かりな……
「レクス!!前にゃ前!!」
眼の前の光景に立ち往生していた数瞬、運転席と助手席の間から身を乗り出していたベルが前方を指差す。
昔、日本の渋谷で見た歩行者天国を歩く人々の如く、縦横無尽に行き交う車の混雑から、一台のポルシェが抜け出してきた。
あろうことか、こっちに向かって突っ込んでくる!
「クソッ……!」
咄嗟にバックにシフトレバーを入れようとしたレクスが毒づく。
後方にはさっきの俺達のことを見て目を丸くしていた後続車、ハンドルを切ろうとしても、もう間に合わない距離までポルシェは迫ってきていた。
あれ、聞こえなかったのか……?
呆気に取られている四人に対し、俺は改めて懇切丁寧な説明をしてやる。
「だから、あれは今月分のお前達の初任給を、どっかの企業が裏金としてせしめたもんだ。しっかり守り抜けばそのままお前達のもんだが、しくじれば全員給料抜きだ、分かりやすくていいだろ?」
すると、いつの間にか拘束を解かれていたリズが、小っこい身体をプルプルと震わせながら、こっちに近づいてきた。
「アンタはッ……!アンタは!!」
前髪に隠していた涙目をキッと睨み上げ、大気を切り裂くノーモーションのショートアッパーが俺の頬を掠める。
あ、あぶねッ!?
「ッ!?」
咄嗟に半身で避けた俺を、リズはもう片方の手で掴んでくる。
グググッ……!
う、嘘だろ……!?
俺より身長差30㎝も小さいリズが、その馬鹿力を使って地面から持ち上げる。
「なんてことしてくれてんのよこのばかぁぁぁぁぁ!!!!!」
ぶんぶんぶんぶん……!
そのまま俺をカクテルシェイカーのごとく上下に振り回すリズ。
痛い痛い!!の、脳が揺れる揺れる!
「や、やめろバカ!!ってベル!!お前も見てないで止めろよ!!」
さっきは止めに入ってくれたベルも、今は明後日の方角を見ながら下手な口笛を吹いている。
お前ぇ……あとで訓練場の修理費の減俸額を跳ね上げてやる……
「もうアンタなんてッ……!このまま車内から放り出してやるわよッ……!!」
激昂するリズが俺をブンブン振り回しながらそう叫ぶ────
ウィーン……
装甲車の後部ハッチがひとりでに空いた。
外から昼の日差しが差し込み、男が女に持ち上げられている絵面を見た後続車の運転手が眼を白黒とさせている。
「レクスも!お前も無言でハッチを開けんじゃねぇ!!」
レクスは何も聞こえてないかのように正面を見たまま運転をしている。
どいつもこいつも容赦ねーなッ!
このままだとまずいッ……!
幾ら鍛えているとはいえ、流石に時速70kmの速度で走る車から放り出されればただでは済まない。
敵どころか味方に殺されかけている状況に焦る俺を、ボウリングの玉のようにリズが振りかぶった時だった────
「おいおいなんだよ……まさかお前ら、亡霊程度に負けるなんて思っているのかよ?」
車内にあったホワイトボードが飛ばないように抑えていたアキラが、そう告げるのと同時に後部ハッチが閉まる。
全員の視線が俺からアキラへと集まると、ニヒルな笑みで頬を吊り上げた。
「要はそこにある俺達の給料を守ればいいだけの話しだろ?そんなギャーギャー騒ぐような事じゃねえ。それともやっぱり怖いのか?亡霊に負けて、おめおめ無給料で帰る羽目になるのが?」
てっきりコイツが一番文句を言うと俺は踏んでいたのだが……
煽るようにそう告げたアキラの言葉に他の三人は────
「いいわよ!やればいいんでしょやればぁ!!」
「やってる、やってやるにゃぁぁぁ!!」
「俺達の給料のために、野郎の頭ぶっ飛ばしてやるぞ!!」
血相を変えて叫ぶ三人。
おいおい、殺しは厳禁だから頭はフッ飛ばさないでくれよ……
「ひとつ貸しだ……」
ようやく地面に降ろしてもらった俺にアキラそう告げた。
日本語で。
「なんでまた、お前らしくもない……」
もっと噛みついて来るかと思ったんだがな。
あとさっきの煽り文句。あれ、一か月前に俺がお前に言ったやつだろ。
眉を寄せる俺に、何故か気恥ずかしそうに視線を逸らしたアキラ。
「アンタ、今朝はベルの書類を修正していて眠れなかったんだろう?」
他の隊員達の叫喚の中でポツリとそう告げた。
「……知っていたのか?」
俺の問いに、コクリと頷くアキラ。
確かに、俺が輸送機に乗っていた時から眠そうにしていたのは、午前三時に提出してきたベルの書類を修正していたからである。
だが、睡眠時間が無くなったのは、初めて書いた始末書を修正するのに手こずった俺の責任であり、決してベルが悪いわけではない。
「昨日、俺達がPCの使い方をベルに教えたが、アイツは覚えが悪かった。それで、その……アイツが書類の提出に遅れたら、お、俺達まで罰を食らうかもしれないからよ……!それで、ちょっと気にしてて……!って、なんで笑うんだお前っ!?」
話しを聞いていく内に、どうもおかしくなって笑いを堪えていた俺を、アキラが睨みつける。
「くくっ……いや、ごめんごめん……別にバカにしてたんじゃない、本当だ。ただ、少しお前のことを俺は勘違いしていたらしいな……」
こいつは心配してたんだ。
初めて書類作成をしていたベルが一人でちゃんとできるかを。
「んだよその言い方?とにかくアイツは書類を出した。それで問題なし。あと、さっきも言った通りこの件は貸し一つだからなぁ!」
若干の幼さ残る童顔のアキラが、狛犬のような表情で睨み上げた。
「あぁ、分かった────」
キキィィィィッッッッ────!!!!!!
突然の金切り声のようなブレーキ音と共に、慣性の力で身体が車内前方に投げ出される。
突然の金切り声のようなブレーキ音と共に、慣性の力で身体が車内前方に投げ出される。
「ッ!!おい、何があった!?……っ!」
何とか踏ん張りつつ、顔を上げた俺がレクスに確認するよりも先に、その光景に息を呑んだ。
首都ワシントンやニューヨークと並び、アメリカでもっとも裕福な都市の一つともされるカリフォルニア州サンフランシスコ、シリコンバレー。
富裕層が蔓延るこの優雅な土地に相応しい、五叉路以上の道路が連なる交差点の手前、信号機の全てが明滅していた。
レクスは咄嗟にその異常事態に気づいてブレーキを踏んだのだ。
だが────こっちが護衛と簡単に見分けられないよう、車間距離を開けていた現金輸送車は交差点のど真ん中を走っている!
プップゥゥゥゥ!!!!
けたたましいクラクションの音と共に、俺達とは別の車線を走っていた車両が一斉に交差点へと突っ込み、衝突し、宙を舞う。
「おいおいおいおいッ!マジかよ……!?」
眼の前の惨劇に息を縫むレクス。
外の天気は清々しい程の快晴。
雷雨どころか雲すらない青空が広がっている。
つまりは自然災害による停電ではない……
俺が視線を素早く装甲車の外、道路脇にあったカフェテリアへと向けると、店内に設置してあったテレビが消えており、まだ外の騒動に気づいていない客が不審顔を浮かべていた。
……これは────意図的に起こされた停電だ。
それも、この周辺一帯全ての電力を落とす大掛かりな……
「レクス!!前にゃ前!!」
眼の前の光景に立ち往生していた数瞬、運転席と助手席の間から身を乗り出していたベルが前方を指差す。
昔、日本の渋谷で見た歩行者天国を歩く人々の如く、縦横無尽に行き交う車の混雑から、一台のポルシェが抜け出してきた。
あろうことか、こっちに向かって突っ込んでくる!
「クソッ……!」
咄嗟にバックにシフトレバーを入れようとしたレクスが毒づく。
後方にはさっきの俺達のことを見て目を丸くしていた後続車、ハンドルを切ろうとしても、もう間に合わない距離までポルシェは迫ってきていた。
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