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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
鎮魂の慈雨《レクイエムレイン》8
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信じられない……といった様子でアイリスはポツリと呟いた。
「正確には、もう狙撃ができないほどに負傷していたらしい……だから、ボブ・スミスは辛うじて生きていた私に「部下になれ」と告げてきたんだ……もし断れば、娘を殺すという条件付きでな……」
俺達はその言葉に息を呑んだ。
チャップリンは失ったスナイパーの代わりとして、当時凄腕だったルーカスを強引に雇ったということか……
「それから私は……ボブ・スミスが命じるままに、この工場に近づく人間を始末してきた……何度も何度も奴を撃とうとしたが、投獄された娘を死刑にするぞという言葉に、私はどうしても引き金を引くことができなかった……」
二年間の苦悩を思い出すかのように、ジリジリと燃える煙草の先を見つめるルーカス。口調こそ静かだが、彼の内心はずっとこの煙草の火種のように燃え続けていたのだろう。
来る日来る日も犯罪に加担し、愛国心と共に人を殺しながら終わりのない任務に就く。俺はその事実に例えようのない、激しい憤怒の感情が押し寄せてくるのを感じた。
「だが、それも今日でようやく終わりだ……こうして娘が私に引導を渡してくれたのだ、もう杭はない……」
「そんな……まだ父さんは助かるよ……!!それに、これまでのことが明るみに出れば、父さんの罪だって……」
折角再会できた亡き父に、アイリスは涙の粒を眦に貯めながら感情を露わにする。
魔力で眠くなるといった身体への配慮を忘れてしまうほどに。
「ダメだ……例え私が脅されていたからだとしても、罪であることに変わりない。悪人であれ善人であれ、私の事情で人を殺めたことに変わりはないのだからな……だから私はボブ・スミスがアイリス達に捕まったと知っていても抵抗した。今更ノコノコと出ていくことなど……私が殺めてきた人達に対する冒涜でしかないからな……そしてお前は私に勝った。ただそれだけのことだ……私への救済など、神が認めるはずがない」
神……これまで散々その「神の力」とやらに振り回されてきた俺は、神とは人にとってどういう存在なのか……ということを真剣に考えた。
必ずしも、信じる者に神が微笑むとは限らない……だとしても、この親子の結末は本当に神、運命が望んだことなのか?
だとしたら神は残酷だ……救済するのが神なら、天罰を下すのも神ではある。確かにルーカスのしてきたことは許されないにしても、こんな罰……あんまりじゃないか。
「でもボクが勝てたのは、まさか父さんだとは思っていなかったからで……もしそうだと知っていたら────」
「アイリス……」
ルーカスは真っ赤な左手で、愛娘の白い肌をそっと撫でる。
「むかし、私がここで言った言葉を覚えているか?」
「むかし言った言葉……?」
「あぁ……『相手が例え誰であろうと命令されたら迷わず撃つのが狙撃手だ』、つまり私は余計な感情に流されたスナイパー……欠陥品なのだ。アイリスのように感情を殺すことのできなかった、愚かな存在なのだ……」
「そんな……そんなことない!父さんはボクにとっての憧れの存在なんだ……!!欠陥品なんてことない!それならボクの方が欠陥品だ!父さんは二年間耐え続けてきたのに、ボクは半日と持たなかった……ボクの方が……」
言葉が続かなくなったアイリスが幼子のように泣きじゃくる姿に、ルーカスは片腕で優しく抱きしめた。
娘をあやす様に。
「自分のことを顧みず、私のなんかのために怒りを示してくれたお前が欠陥品なものか、その証拠に私に勝った。魔力だって、うまく使いこなせていたじゃないか……」
「全然上手くなんかないよ……あの日以来、ボクはナルコレプシーで自分の身体の魔力を制御することができないんだ……使いこなせているとは言えないよ……」
感情の起伏ですら眠気の要因になってしまうくらい、アイリスの魔力状態は決して良いとは言えない。今もこうして普通に話せているのも、限りなく奇跡に近い。
するとルーカスは不思議そうな顔で首を傾げた。
それから少しして、「あぁ、そういうことか……」と何かに気づいて納得したかのような声を上げた。
「アイリス……お前のそれはナルコレプシーなんかじゃない。それは身体の内に秘められた魔力引き出すために、お前の身体が休息を取っている状態。供給魔力を行っているんだ……」
「供給魔力……?」
聞き覚えない単語に、俺とアイリスは顔を顰めた。
「そうだ……人間というのは自分が思っている魔力量に対し、その倍以上は必ず魔力を持っているものだ。しかしそれは本来制限が掛かっているため使うことができないのだが、訓練や経験次第でそれを扱うことができるようになるのだ……限界近くまで使ったとしても、少し睡眠時間が増える程度だが……アイリス、お前はブースタードラッグで無理矢理魔力上げていただろ?そのせいで魔力を貯めることのできる量が常人よりも大幅に増え、逆にそれを失った際、回復しようと身体が何度も供給魔力を行おうとして、頻繁に眠くなってしまっているのだ……お前が気づいていないだけでな……」
「じゃあ、ボクのこれは病気じゃないということ?」
自分の身体に問いかけるようにアイリスは呟き、ルーカスは首肯する。
知らなかった……未だ謎の多い魔力による知識、長年生きてきた俺ですら舌を巻く話だ。
「そうだ、私の仇を討つために大量に使っていたのかもしれないが、それさえ止めれば多少はマシになる……私はお前ほど魔力が無い上、上手く使いこなすことができないがために義手を使うだけで魔力を大量に消費してしまい、人よりも長い眠りについてしまうがな……母さんに似たお前なら、それで問題は無いはずだ……」
なるほど、仮とはいえチャップリンのピンチにすぐ駆け付けなかったのは、アイリスとの戦闘からルーカスも長い休養を取っていたからなのだろう。
「……さぁ……これでお前に伝えることは何もない……もうすぐそこの工場のお得意さんが、血眼になってやってくるころだ、早く逃げなさい」
ルーカスはどこか満足したよう、短くなった煙草の火を消した。
お得意様……さっきロナが言っていた中国政府のことか。
「何言ってるんだ……そんなことできるわけないだろ……!」
負傷している上に、この密林からルーカスを担いで逃げることは不可能に等しい……置いて行くことが最善と分かっていても、親子であるアイリスは父親を見捨てるなんてことはできない。
ブンブンと首を振る動作と共に、自分の意志を誇張するように甘栗色の三つ編みが揺れる。
そんな娘の様子に、短時間で説得することは無理だと判断したルーカスが俺の方を見た。
「……フォルテ、君なら分かるはずだ……!この状況で何が正しいか……!私を連れて行けば、敵に追いつかれて絶対殺されるぞ……!」
「フォルテ……」
「……」
親子で訴えかけるように視線を向けられた俺は、正直迷っていた。
軍人としての経験を取るなら、有無を言わさずルーカスの指示に従う。
だが、本当にそれでいいのか?
今の俺は軍人なんかではない……
じゃあ今の自分は何者なのか?
そう考えると、身体は勝手に動いていた。
「なにをしているんだ……フォルテ……」
無言のままの俺が左肩に身体を貸す姿に、ルーカスは琥珀色の瞳を丸くした。
アイリスも軍人であるが故に、思いもしなかった俺の行動をただただ驚嘆した様子で見つめてた。
「俺はな……あーだこーだと理由をつけて諦める主義じゃねーんだ……」
倒れた身体を起き上がらさせ、ゆっくりと歩き出す。
「……それは君の考えだろ……軍人として最善の策を考えるなら私を置いて行くことが……」
「今の俺は軍人でも何でもねーよ、強いて言うならな────」
元SEVEN TRIGGER隊長、月下の鬼人、そのどれでもない……今の俺は────
「ただのアイリスの友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして友人として、これが俺にとっての最善の策だと思っただけだ」
「フォルテ……!」
俺の言葉に、アイリスは何故か感激した様子で駆け寄り、羽織っていた八咫烏を掴んだ。
そんな嬉しそうな表情で見てくるんじゃねーよ……こっちが気恥ずかしくなっちまうだろ……
「ありがとう……ありがとう……」
手術を成功させた医者にお礼を言うくらいの勢いで何度もそう告げるアイリスに、俺はその普段のクールさとは真逆の可愛らしい顔を直視することができず、視線を逸らした。
「礼はいいから……お前も逆側を支えてやってくれッ……!喜ぶのはみんなが助かってからだ」
「うん……!うん……!」
上目遣いのまま、それに何度も頷くアイリス。
ここまで人が変わるとちょっと驚きを通り越して怖いレベルだぞ。
ギャップ的には……まあ、アリかもしれないが……ロナの二重人格と同じレベルだそ?この変わりようは……
「本当に、これでいいんだな……追いつかれても私は戦うことはできないぞ……」
右腕側に回ったアイリスが腰を支える中、ルーカスがしつこくそう聞いてきたので、
「しつこいなぁ……良いんだよこれで!それに……アンタは確かにアイリスには伝えたいことを告げたかもしれないが、俺はまだ聞きたい情報がたくさんあるんだ!工場のことについての話しとかな!」
助かるかどうかはまだ分からない以上、やけくそ気味にそう告げた俺の言葉に、ルーカスは苦笑を漏らした。
「生憎……工場についての詳しい内容は聞かされていなかったと言ったら、君はどうする?」
「本国で治療してから、工場について思い出すまでぶん殴る……これで満足か?」
やれやれ……これ以上説得しても聞いてくれそうにない……ということを察したのか、ルーカスは頭を振った。
ふん、俺は昔から諦めは比較的に悪い方なんでな。それにルーカス、お前は俺が大っ嫌いな「絶対」という言葉を使ったからには、俺も全力抵抗してやるよ。
「それに情報が無いってのは嘘だな。少なくとも密輸現場の取引場所なら知っているはずだ。数日前、港区で俺達を撃ったアンタなら……」
俺は意地悪く嫌みっぽい口調でそう言ってやると、ルーカスは────
「ミナトク?一体何の話だ……?」
さっきの冗談めかした感じでは無く、本気で知らないといった様子で眉を顰めた。
「はぁ?日本での魔術弾密輸を阻止しに来た俺達に、アンタは東京タワーから狙撃してきただろ?」
港区という地名が分からなかったのだと思った俺は、日本に言い換えて言い直してやるが、ルーカスはさらに顔全体を寄せて不審顔を作る。
「日本……?何を言っているんだ?私はこの二年間、ベトナムから出たことは一日も無いぞ?」
「……なんだって?」
衝撃の事実に足が止まる。
その様子に、アイリスが心配そうな瞳でこっちを見上げてきた。
ルーカスはたぶん冗談抜きで本当のことを言っている。だとすれば、ここまでの情報を基に組み上げたパズルが上手く纏まらない。
何か……俺は見落としているのか……?
急にバラバラになってしまったパズルのピースを頭の中で再構築し直すと、俺はあることに気が付いた。
アイリスとの戦闘でルーカスは魔術弾を使わなかったことと、最後に見た緋色の銃弾……今思い返して見ればあれは確か、この中国大陸ではなくベトナムから飛んできた銃弾……
まさか────
パリィィィィン!!!!
想像していたパズルとは異なる完成図に思い至った俺が身体を動かすよりも先に、ガラスが砕けるような音が耳に届いた。
密林の薄暗闇を駆ける閃光、レーザーのような光が眼の前で細かい粒子となって弾けた。
「……グゥ……!?」
その光に当てられ、大量の流血と共にルーカスがその場で膝を着いた。
「正確には、もう狙撃ができないほどに負傷していたらしい……だから、ボブ・スミスは辛うじて生きていた私に「部下になれ」と告げてきたんだ……もし断れば、娘を殺すという条件付きでな……」
俺達はその言葉に息を呑んだ。
チャップリンは失ったスナイパーの代わりとして、当時凄腕だったルーカスを強引に雇ったということか……
「それから私は……ボブ・スミスが命じるままに、この工場に近づく人間を始末してきた……何度も何度も奴を撃とうとしたが、投獄された娘を死刑にするぞという言葉に、私はどうしても引き金を引くことができなかった……」
二年間の苦悩を思い出すかのように、ジリジリと燃える煙草の先を見つめるルーカス。口調こそ静かだが、彼の内心はずっとこの煙草の火種のように燃え続けていたのだろう。
来る日来る日も犯罪に加担し、愛国心と共に人を殺しながら終わりのない任務に就く。俺はその事実に例えようのない、激しい憤怒の感情が押し寄せてくるのを感じた。
「だが、それも今日でようやく終わりだ……こうして娘が私に引導を渡してくれたのだ、もう杭はない……」
「そんな……まだ父さんは助かるよ……!!それに、これまでのことが明るみに出れば、父さんの罪だって……」
折角再会できた亡き父に、アイリスは涙の粒を眦に貯めながら感情を露わにする。
魔力で眠くなるといった身体への配慮を忘れてしまうほどに。
「ダメだ……例え私が脅されていたからだとしても、罪であることに変わりない。悪人であれ善人であれ、私の事情で人を殺めたことに変わりはないのだからな……だから私はボブ・スミスがアイリス達に捕まったと知っていても抵抗した。今更ノコノコと出ていくことなど……私が殺めてきた人達に対する冒涜でしかないからな……そしてお前は私に勝った。ただそれだけのことだ……私への救済など、神が認めるはずがない」
神……これまで散々その「神の力」とやらに振り回されてきた俺は、神とは人にとってどういう存在なのか……ということを真剣に考えた。
必ずしも、信じる者に神が微笑むとは限らない……だとしても、この親子の結末は本当に神、運命が望んだことなのか?
だとしたら神は残酷だ……救済するのが神なら、天罰を下すのも神ではある。確かにルーカスのしてきたことは許されないにしても、こんな罰……あんまりじゃないか。
「でもボクが勝てたのは、まさか父さんだとは思っていなかったからで……もしそうだと知っていたら────」
「アイリス……」
ルーカスは真っ赤な左手で、愛娘の白い肌をそっと撫でる。
「むかし、私がここで言った言葉を覚えているか?」
「むかし言った言葉……?」
「あぁ……『相手が例え誰であろうと命令されたら迷わず撃つのが狙撃手だ』、つまり私は余計な感情に流されたスナイパー……欠陥品なのだ。アイリスのように感情を殺すことのできなかった、愚かな存在なのだ……」
「そんな……そんなことない!父さんはボクにとっての憧れの存在なんだ……!!欠陥品なんてことない!それならボクの方が欠陥品だ!父さんは二年間耐え続けてきたのに、ボクは半日と持たなかった……ボクの方が……」
言葉が続かなくなったアイリスが幼子のように泣きじゃくる姿に、ルーカスは片腕で優しく抱きしめた。
娘をあやす様に。
「自分のことを顧みず、私のなんかのために怒りを示してくれたお前が欠陥品なものか、その証拠に私に勝った。魔力だって、うまく使いこなせていたじゃないか……」
「全然上手くなんかないよ……あの日以来、ボクはナルコレプシーで自分の身体の魔力を制御することができないんだ……使いこなせているとは言えないよ……」
感情の起伏ですら眠気の要因になってしまうくらい、アイリスの魔力状態は決して良いとは言えない。今もこうして普通に話せているのも、限りなく奇跡に近い。
するとルーカスは不思議そうな顔で首を傾げた。
それから少しして、「あぁ、そういうことか……」と何かに気づいて納得したかのような声を上げた。
「アイリス……お前のそれはナルコレプシーなんかじゃない。それは身体の内に秘められた魔力引き出すために、お前の身体が休息を取っている状態。供給魔力を行っているんだ……」
「供給魔力……?」
聞き覚えない単語に、俺とアイリスは顔を顰めた。
「そうだ……人間というのは自分が思っている魔力量に対し、その倍以上は必ず魔力を持っているものだ。しかしそれは本来制限が掛かっているため使うことができないのだが、訓練や経験次第でそれを扱うことができるようになるのだ……限界近くまで使ったとしても、少し睡眠時間が増える程度だが……アイリス、お前はブースタードラッグで無理矢理魔力上げていただろ?そのせいで魔力を貯めることのできる量が常人よりも大幅に増え、逆にそれを失った際、回復しようと身体が何度も供給魔力を行おうとして、頻繁に眠くなってしまっているのだ……お前が気づいていないだけでな……」
「じゃあ、ボクのこれは病気じゃないということ?」
自分の身体に問いかけるようにアイリスは呟き、ルーカスは首肯する。
知らなかった……未だ謎の多い魔力による知識、長年生きてきた俺ですら舌を巻く話だ。
「そうだ、私の仇を討つために大量に使っていたのかもしれないが、それさえ止めれば多少はマシになる……私はお前ほど魔力が無い上、上手く使いこなすことができないがために義手を使うだけで魔力を大量に消費してしまい、人よりも長い眠りについてしまうがな……母さんに似たお前なら、それで問題は無いはずだ……」
なるほど、仮とはいえチャップリンのピンチにすぐ駆け付けなかったのは、アイリスとの戦闘からルーカスも長い休養を取っていたからなのだろう。
「……さぁ……これでお前に伝えることは何もない……もうすぐそこの工場のお得意さんが、血眼になってやってくるころだ、早く逃げなさい」
ルーカスはどこか満足したよう、短くなった煙草の火を消した。
お得意様……さっきロナが言っていた中国政府のことか。
「何言ってるんだ……そんなことできるわけないだろ……!」
負傷している上に、この密林からルーカスを担いで逃げることは不可能に等しい……置いて行くことが最善と分かっていても、親子であるアイリスは父親を見捨てるなんてことはできない。
ブンブンと首を振る動作と共に、自分の意志を誇張するように甘栗色の三つ編みが揺れる。
そんな娘の様子に、短時間で説得することは無理だと判断したルーカスが俺の方を見た。
「……フォルテ、君なら分かるはずだ……!この状況で何が正しいか……!私を連れて行けば、敵に追いつかれて絶対殺されるぞ……!」
「フォルテ……」
「……」
親子で訴えかけるように視線を向けられた俺は、正直迷っていた。
軍人としての経験を取るなら、有無を言わさずルーカスの指示に従う。
だが、本当にそれでいいのか?
今の俺は軍人なんかではない……
じゃあ今の自分は何者なのか?
そう考えると、身体は勝手に動いていた。
「なにをしているんだ……フォルテ……」
無言のままの俺が左肩に身体を貸す姿に、ルーカスは琥珀色の瞳を丸くした。
アイリスも軍人であるが故に、思いもしなかった俺の行動をただただ驚嘆した様子で見つめてた。
「俺はな……あーだこーだと理由をつけて諦める主義じゃねーんだ……」
倒れた身体を起き上がらさせ、ゆっくりと歩き出す。
「……それは君の考えだろ……軍人として最善の策を考えるなら私を置いて行くことが……」
「今の俺は軍人でも何でもねーよ、強いて言うならな────」
元SEVEN TRIGGER隊長、月下の鬼人、そのどれでもない……今の俺は────
「ただのアイリスの友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして友人として、これが俺にとっての最善の策だと思っただけだ」
「フォルテ……!」
俺の言葉に、アイリスは何故か感激した様子で駆け寄り、羽織っていた八咫烏を掴んだ。
そんな嬉しそうな表情で見てくるんじゃねーよ……こっちが気恥ずかしくなっちまうだろ……
「ありがとう……ありがとう……」
手術を成功させた医者にお礼を言うくらいの勢いで何度もそう告げるアイリスに、俺はその普段のクールさとは真逆の可愛らしい顔を直視することができず、視線を逸らした。
「礼はいいから……お前も逆側を支えてやってくれッ……!喜ぶのはみんなが助かってからだ」
「うん……!うん……!」
上目遣いのまま、それに何度も頷くアイリス。
ここまで人が変わるとちょっと驚きを通り越して怖いレベルだぞ。
ギャップ的には……まあ、アリかもしれないが……ロナの二重人格と同じレベルだそ?この変わりようは……
「本当に、これでいいんだな……追いつかれても私は戦うことはできないぞ……」
右腕側に回ったアイリスが腰を支える中、ルーカスがしつこくそう聞いてきたので、
「しつこいなぁ……良いんだよこれで!それに……アンタは確かにアイリスには伝えたいことを告げたかもしれないが、俺はまだ聞きたい情報がたくさんあるんだ!工場のことについての話しとかな!」
助かるかどうかはまだ分からない以上、やけくそ気味にそう告げた俺の言葉に、ルーカスは苦笑を漏らした。
「生憎……工場についての詳しい内容は聞かされていなかったと言ったら、君はどうする?」
「本国で治療してから、工場について思い出すまでぶん殴る……これで満足か?」
やれやれ……これ以上説得しても聞いてくれそうにない……ということを察したのか、ルーカスは頭を振った。
ふん、俺は昔から諦めは比較的に悪い方なんでな。それにルーカス、お前は俺が大っ嫌いな「絶対」という言葉を使ったからには、俺も全力抵抗してやるよ。
「それに情報が無いってのは嘘だな。少なくとも密輸現場の取引場所なら知っているはずだ。数日前、港区で俺達を撃ったアンタなら……」
俺は意地悪く嫌みっぽい口調でそう言ってやると、ルーカスは────
「ミナトク?一体何の話だ……?」
さっきの冗談めかした感じでは無く、本気で知らないといった様子で眉を顰めた。
「はぁ?日本での魔術弾密輸を阻止しに来た俺達に、アンタは東京タワーから狙撃してきただろ?」
港区という地名が分からなかったのだと思った俺は、日本に言い換えて言い直してやるが、ルーカスはさらに顔全体を寄せて不審顔を作る。
「日本……?何を言っているんだ?私はこの二年間、ベトナムから出たことは一日も無いぞ?」
「……なんだって?」
衝撃の事実に足が止まる。
その様子に、アイリスが心配そうな瞳でこっちを見上げてきた。
ルーカスはたぶん冗談抜きで本当のことを言っている。だとすれば、ここまでの情報を基に組み上げたパズルが上手く纏まらない。
何か……俺は見落としているのか……?
急にバラバラになってしまったパズルのピースを頭の中で再構築し直すと、俺はあることに気が付いた。
アイリスとの戦闘でルーカスは魔術弾を使わなかったことと、最後に見た緋色の銃弾……今思い返して見ればあれは確か、この中国大陸ではなくベトナムから飛んできた銃弾……
まさか────
パリィィィィン!!!!
想像していたパズルとは異なる完成図に思い至った俺が身体を動かすよりも先に、ガラスが砕けるような音が耳に届いた。
密林の薄暗闇を駆ける閃光、レーザーのような光が眼の前で細かい粒子となって弾けた。
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