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赤き羽毛の復讐者《スリーピングスナイパー》
バンゾック・フォールズ4
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「……っ……」
火で熱された木が、小さな水蒸気爆発を起こしてパチッパチッと弾ける中、アイリスがうっすらと目を開いた。
「おう、気が付いたか……?」
俺の声に驚いたアイリスが、身体をピクンッと小さく跳ねさせた。目覚めた瞬間に、後ろから声をかけたのがどうやら悪かったらしい……
「……ここは?」
九時間以上の睡眠で覚醒しきっていない思考に、重たく閉じかけた瞼。生気を感じない琥珀色の瞳を、右手でグルグルと猫のように擦りながら、マフラーの下にくぐもらせた小さな声でアイリスはポツリと呟く。
「キーソン川の先にあった滝、そこから大体数キロ南西に歩いたところにあった洞窟だ、外があんな状態だからな……今は一時的に避難している」
「……」
アイリスの視線の先────洞窟の外、昼過ぎから降り始めた大雨は未だ止む気配がない。
それどころか今では真っ暗な空にギラつく雷や、木々を煽る突風も混じり始めて、ベトナムの密林は激しい天災に晒されていた。マジで洞窟見つけといて良かったぁ……
「……ところで、そろそろ聞いてもいいかな……」
「なんだ?」
アイリスは外の天候には特に感想を述べず、代わりにつっけんどんな声で俺にそう訊ねてくる。こっちに振り返ったその瞳からは、何かもの言いたげな様子が伝わってくる。
「どうしてボクは、君に抱きかかえられているのかな?」
言い方は普通なのに、どこか刺々しくも怒気を孕んだその言葉。
これは……感情をあまり表に出さない、アイリス式の怒り方ってことなのか……?
セイナがガミガミ怒るような、ロナがギャーギャー喚くのとはまた違う、酷く冷淡な声が洞窟内に木霊する。
────まあ、気持ちは分からんでもないけどな……
というのも今、俺とアイリスは焚火の前で胡坐をかいているのだが……二人で別々の位置で火を囲っているのではなく、アイリスの後ろに俺が覆いかぶさるような形で暖を取っている。
傍から見たら、確かに男二人が恋人のように抱き合っている姿は、一部のそういった方々を除いて、あまり良い印象は受けないだろう……アイリスが不快感を示すのも無理はない。だがこれは仕方のないことなんだ。
「ずっと目を覚まさないお前が風邪ひかないように、こうして身体を焚火に当てて乾かしてやってたんだ、だからそんな顔すんなって……」
寝ている間、アイリスは基本こっちが何かしても起きることが無かったので、無理矢理服を脱がすこともできなくはなかったのだが……旧知の親友ならまだしも、同性とはいえ、会って間もない間柄、了承も得ずにそんなことするのは、流石の俺も気が引けた。だからこうして身体を起こし、抑えてやることで、前と背中だけでも乾かしてやろうと、まるでケバブを調理しているかのように、くるくると火に当てていたんだが。思っていた通り、本人はあまりお気に召さなかった様子。
でも俺はそれを前もってそうなることは予想ついていたので、しっかりとした弁明を考えていた。それは、
「まぁ、安心しろ。俺にはそっちの気はないからよ」
「……え?それはどういう────」
「だから、俺はちゃんと、お前とは逆の性別の人間のことを愛する純粋な人間だから、別に変なことはしねぇって言ってるんだよ」
得意気な顔で自信満々にそう告げた俺に、目を丸くするアイリス。
どんなに可愛い見た目でも、俺はバイではないので、同性の人間のことを好きになったりはしない。
こういうことは、余計な説明をダラダラ言っても伝わりにくい。だからこうして単刀直入に、俺がホモではないことを証明したのだが……アイリスは何故か、顔を背けて目を白黒とさせながら、
「へ、へぇ~……ボ、ボクは別にそういうこと、き、気にしないけどさ……」
焚き火が近すぎたのか、しどろもどろにそう答えるアイリスの額からは、大量の汗が流れ出していた。回りくどいことは言わずにしっかりと事実を告げたおかげで、さっきのような刺々した怒気は消えていたが、今度は何故か挙動不審に陥っていたアイリス。周囲の敵でも警戒しているのだろうか?
「そ、そう言えば、よ、よくこんな雨の中、火をつけることができたね……」
「何とかな、色々苦戦したけどな……」
メラメラと燃える小さな焚き火を見つめるアイリス。その炎に照らされた美形な横顔を眺めながら、俺は数時間前のことを思い出していた。
火おこしに必要な道具を持ち帰った俺はまず、茶色く乾燥した竹の表面を小太刀で薄く削っていく。鰹節を鉋で削るように、竹を薄くスライスすることで空気を含みやすくなり、通常よりも燃えやすくなる。
火薬は持っていた.45ACP弾から回収するため、本来ならブレットプーラーという専用器具を使うのだが、もちろんそんなもの持っているわけがないので、適当に作った竹割りばしで銃弾の底、薬莢を外に排出する際に引っ掛ける溝に挟み込み、適当な岩に持ち手と銃弾の間の竹割りばし部分を何度も叩きつける。そうすることで、薬莢にねじ込まれた弾頭が徐々にズレいき、外れることで、内部の火薬を回収できるのだが……これがなかなか苦戦した。
もうちょっとまともな道具があれば話は別なのだが、なんせ使っている竹割りばしが脆いこともあり、岩に叩きつけた衝撃割れることで銃弾が宙を舞い、暴発しかけたのが二回。勢い余って弾頭を抜いた瞬間に火薬を砂の地面にぶちまけたのが二回。五回目でようやく弾丸から火薬を取り出した俺は、嬉しさのあまり洞窟で一人ガッツポーズをしていた。今思うとマジで恥ずかしい……まあ裏を返せば、一人で年甲斐もなく喜ぶくらい、この火おこしで一番大きな山場を乗り越えたということだ。
火薬さえ揃ってしまえば後は簡単。下から順番に、外に生えていた若木を薪状に加工したもの、洞窟に散らばっていた乾燥した葉っぱ、そしてさっき作った竹節と、火の付きやすい順番に可燃物を積み重ねていき、その上に火薬をかける。あとはこの火薬に銃弾を撃ち込めば、銃弾の熱で火薬が燃え、竹節に着火するという仕組みだ。火種を大きくするためにフーフーして消えかけた時は、ショックのあまり心臓が止まるかと思ったが、今はもうその心配をする必要が無い程の大きな炎が揺らめいていた。
アイリスは焚き火ではなく、その横にまとめてあった俺が火おこしで使った道具や残骸を一瞥してから、突然その言葉を切り出した。
「……なんで、ボクのマフラーは燃やさなかったの?」
「そ、それは……だって、お前の……」
たぶん、自分のマフラーが良く燃えることについては本人が一番気づいているのだろう……唐突なその切り口に……俺はアイリスの顔を見てしまったことについて触れずに、なんとか誤魔化そうと試みたが、それが災いして、逆に口籠って曖昧な回答をしてしまった。素直に「人の物を燃やすなんてありえないだろう?」くらいに返せば良かったのに……
「顔の傷を見たから……?」
その反応からおおよそを察したのだろう……だが、アイリスが俺に見せたのは、怒りでも辱めの表情でもなく……自嘲じみた苦笑だった。
「……なんで俺が見たって分かったんだ?」
もうこれ以上誤魔化しても仕方ないので正直にそう訊ねた俺に、小さな撫で肩を竦めるアイリス。
「マフラーの巻き方、ちょっと違かったからね……」
どうやら、唐突にマフラーのことを聞いてきたのは。アイリスなりのカマ掛けだったらしい……
確かに滝で目を覚ました時、アイリスの生存確認をするために、俺はマフラーを緩めていた。
その背中にどう言葉を返していいか分からず、俺たち二人は沈黙する────外の豪雨や焚き火の音が酷くうるさく感じた。
自分の心を映し出したかのように、ユラユラと大きく揺れる炎……なんて返答すればいいのか困っていた俺をよそに、アイリスは右手で首元のマフラーを徐に掴み、サラリーマンのネクタイのように、左右に手を振りながら、巻き付けていたマフラーを緩める。
半身にこちらを振り返ったその右頬には……横一文字の銃創が刻み込まれていた。
火で熱された木が、小さな水蒸気爆発を起こしてパチッパチッと弾ける中、アイリスがうっすらと目を開いた。
「おう、気が付いたか……?」
俺の声に驚いたアイリスが、身体をピクンッと小さく跳ねさせた。目覚めた瞬間に、後ろから声をかけたのがどうやら悪かったらしい……
「……ここは?」
九時間以上の睡眠で覚醒しきっていない思考に、重たく閉じかけた瞼。生気を感じない琥珀色の瞳を、右手でグルグルと猫のように擦りながら、マフラーの下にくぐもらせた小さな声でアイリスはポツリと呟く。
「キーソン川の先にあった滝、そこから大体数キロ南西に歩いたところにあった洞窟だ、外があんな状態だからな……今は一時的に避難している」
「……」
アイリスの視線の先────洞窟の外、昼過ぎから降り始めた大雨は未だ止む気配がない。
それどころか今では真っ暗な空にギラつく雷や、木々を煽る突風も混じり始めて、ベトナムの密林は激しい天災に晒されていた。マジで洞窟見つけといて良かったぁ……
「……ところで、そろそろ聞いてもいいかな……」
「なんだ?」
アイリスは外の天候には特に感想を述べず、代わりにつっけんどんな声で俺にそう訊ねてくる。こっちに振り返ったその瞳からは、何かもの言いたげな様子が伝わってくる。
「どうしてボクは、君に抱きかかえられているのかな?」
言い方は普通なのに、どこか刺々しくも怒気を孕んだその言葉。
これは……感情をあまり表に出さない、アイリス式の怒り方ってことなのか……?
セイナがガミガミ怒るような、ロナがギャーギャー喚くのとはまた違う、酷く冷淡な声が洞窟内に木霊する。
────まあ、気持ちは分からんでもないけどな……
というのも今、俺とアイリスは焚火の前で胡坐をかいているのだが……二人で別々の位置で火を囲っているのではなく、アイリスの後ろに俺が覆いかぶさるような形で暖を取っている。
傍から見たら、確かに男二人が恋人のように抱き合っている姿は、一部のそういった方々を除いて、あまり良い印象は受けないだろう……アイリスが不快感を示すのも無理はない。だがこれは仕方のないことなんだ。
「ずっと目を覚まさないお前が風邪ひかないように、こうして身体を焚火に当てて乾かしてやってたんだ、だからそんな顔すんなって……」
寝ている間、アイリスは基本こっちが何かしても起きることが無かったので、無理矢理服を脱がすこともできなくはなかったのだが……旧知の親友ならまだしも、同性とはいえ、会って間もない間柄、了承も得ずにそんなことするのは、流石の俺も気が引けた。だからこうして身体を起こし、抑えてやることで、前と背中だけでも乾かしてやろうと、まるでケバブを調理しているかのように、くるくると火に当てていたんだが。思っていた通り、本人はあまりお気に召さなかった様子。
でも俺はそれを前もってそうなることは予想ついていたので、しっかりとした弁明を考えていた。それは、
「まぁ、安心しろ。俺にはそっちの気はないからよ」
「……え?それはどういう────」
「だから、俺はちゃんと、お前とは逆の性別の人間のことを愛する純粋な人間だから、別に変なことはしねぇって言ってるんだよ」
得意気な顔で自信満々にそう告げた俺に、目を丸くするアイリス。
どんなに可愛い見た目でも、俺はバイではないので、同性の人間のことを好きになったりはしない。
こういうことは、余計な説明をダラダラ言っても伝わりにくい。だからこうして単刀直入に、俺がホモではないことを証明したのだが……アイリスは何故か、顔を背けて目を白黒とさせながら、
「へ、へぇ~……ボ、ボクは別にそういうこと、き、気にしないけどさ……」
焚き火が近すぎたのか、しどろもどろにそう答えるアイリスの額からは、大量の汗が流れ出していた。回りくどいことは言わずにしっかりと事実を告げたおかげで、さっきのような刺々した怒気は消えていたが、今度は何故か挙動不審に陥っていたアイリス。周囲の敵でも警戒しているのだろうか?
「そ、そう言えば、よ、よくこんな雨の中、火をつけることができたね……」
「何とかな、色々苦戦したけどな……」
メラメラと燃える小さな焚き火を見つめるアイリス。その炎に照らされた美形な横顔を眺めながら、俺は数時間前のことを思い出していた。
火おこしに必要な道具を持ち帰った俺はまず、茶色く乾燥した竹の表面を小太刀で薄く削っていく。鰹節を鉋で削るように、竹を薄くスライスすることで空気を含みやすくなり、通常よりも燃えやすくなる。
火薬は持っていた.45ACP弾から回収するため、本来ならブレットプーラーという専用器具を使うのだが、もちろんそんなもの持っているわけがないので、適当に作った竹割りばしで銃弾の底、薬莢を外に排出する際に引っ掛ける溝に挟み込み、適当な岩に持ち手と銃弾の間の竹割りばし部分を何度も叩きつける。そうすることで、薬莢にねじ込まれた弾頭が徐々にズレいき、外れることで、内部の火薬を回収できるのだが……これがなかなか苦戦した。
もうちょっとまともな道具があれば話は別なのだが、なんせ使っている竹割りばしが脆いこともあり、岩に叩きつけた衝撃割れることで銃弾が宙を舞い、暴発しかけたのが二回。勢い余って弾頭を抜いた瞬間に火薬を砂の地面にぶちまけたのが二回。五回目でようやく弾丸から火薬を取り出した俺は、嬉しさのあまり洞窟で一人ガッツポーズをしていた。今思うとマジで恥ずかしい……まあ裏を返せば、一人で年甲斐もなく喜ぶくらい、この火おこしで一番大きな山場を乗り越えたということだ。
火薬さえ揃ってしまえば後は簡単。下から順番に、外に生えていた若木を薪状に加工したもの、洞窟に散らばっていた乾燥した葉っぱ、そしてさっき作った竹節と、火の付きやすい順番に可燃物を積み重ねていき、その上に火薬をかける。あとはこの火薬に銃弾を撃ち込めば、銃弾の熱で火薬が燃え、竹節に着火するという仕組みだ。火種を大きくするためにフーフーして消えかけた時は、ショックのあまり心臓が止まるかと思ったが、今はもうその心配をする必要が無い程の大きな炎が揺らめいていた。
アイリスは焚き火ではなく、その横にまとめてあった俺が火おこしで使った道具や残骸を一瞥してから、突然その言葉を切り出した。
「……なんで、ボクのマフラーは燃やさなかったの?」
「そ、それは……だって、お前の……」
たぶん、自分のマフラーが良く燃えることについては本人が一番気づいているのだろう……唐突なその切り口に……俺はアイリスの顔を見てしまったことについて触れずに、なんとか誤魔化そうと試みたが、それが災いして、逆に口籠って曖昧な回答をしてしまった。素直に「人の物を燃やすなんてありえないだろう?」くらいに返せば良かったのに……
「顔の傷を見たから……?」
その反応からおおよそを察したのだろう……だが、アイリスが俺に見せたのは、怒りでも辱めの表情でもなく……自嘲じみた苦笑だった。
「……なんで俺が見たって分かったんだ?」
もうこれ以上誤魔化しても仕方ないので正直にそう訊ねた俺に、小さな撫で肩を竦めるアイリス。
「マフラーの巻き方、ちょっと違かったからね……」
どうやら、唐突にマフラーのことを聞いてきたのは。アイリスなりのカマ掛けだったらしい……
確かに滝で目を覚ました時、アイリスの生存確認をするために、俺はマフラーを緩めていた。
その背中にどう言葉を返していいか分からず、俺たち二人は沈黙する────外の豪雨や焚き火の音が酷くうるさく感じた。
自分の心を映し出したかのように、ユラユラと大きく揺れる炎……なんて返答すればいいのか困っていた俺をよそに、アイリスは右手で首元のマフラーを徐に掴み、サラリーマンのネクタイのように、左右に手を振りながら、巻き付けていたマフラーを緩める。
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