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第五幕【ヒーローの夢】
5-8【人の心を踏みにじる者(3)】
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場の空気が明らかに変わった。
ヴェスティリアの名を忌々しそうにつぶやくアメリア。
その様子に怖気づいたか、メリナの顔色がみるみるうちに悪くなる。
そして……。
「……アメリア?」
傍らに立つアメリアを、不安げに見上げるエスティラ。
その瞬間、アデーレの緊張が一気に張り詰めた。
怒り、悲しみ、絶望、落胆。
あって欲しくはなかった。信じたくはなかった。
しかし、これが現実なのだ。
「お、お嬢様っ、こちらにっ!」
ソファに座るメリナが、エスティラの手を取る。
そして、二人でアデーレの側に立ち、相変わらず様子のおかしいアメリアから距離を取る。
これまで見たことのない、エスティラの不安げな表情。
気を持ち直したメリナの、到底尊敬する相手に向けるものではない、警戒に満ちた瞳。
胸に手を当て、悲痛な表情を浮かべるアデーレ。
そんな三人の様子を、アメリアは全く意に介していなかった。
「忌々しい……お嬢様の心の支えになって……ヴェスティリア……忌々しいねぇ」
右手で目元を覆い、うつむくアメリア。
そして再び顔を上げたとき……。
――その瞬間は、ついに訪れてしまった。
「ヒッ……」
耳に入ったのは、エスティラの引きつった悲鳴。
彼女の前にいるアメリアの身体が、異様な動きを始めていた。
モスグリーンのドレスの下が激しく脈動し、背中や腹部が時折跳ね上がる。
顔や手といった肌をさらけ出した部分では、その皮膚の下で無数の細長いものがうごめいているのが確認できた。
その様子を見て、アデーレにはアメリアの内にいる【それ】が容易く予想出来てしまった。
強烈な吐き気を堪え、少しずつエスティラ達の前に立つ。
その瞳は潤み、今にも泣きそうだった。
「スィニョーラ……?」
震える声で、メリナが呼びかける。
しかし目の前にいるのは、彼女達が尊敬する敏腕家政婦ではない。
既にその体は人の形を成しておらず、肌色の何かが無秩序な変形を続けているだけ。
その肌色は、人間の皮膚か。
動きは激しくなり、到底人間の皮膚では耐えられるようなものではない。
肌色のそれは無残に引き裂かれ、その内から忌まわしき触手の塊が現れる。
アデーレは、それを一瞬たりとも忘れはしなかった。
ミウチャと自分に襲い掛かった、魔女の腕を構成する虫の集合体。
いよいよ正体を現した怪物は、すぐさま人の形を形成し、近くにあった赤いカーテンをローブのように纏う。
顔を隠すローブを羽織った、人型のそれ。
まさしく、魔女そのものと言える姿であった。
「あ、ああ……」
その場にへたり込むエスティラ。
彼女の手を固く握るメリナもまた、合わせてその場にひざまずいた。
アデーレはただ一人、涙を溜めた目で、因縁の相手を睨みつけた。
「もっと都合よく動いてくれればねぇ、怖い思いをせずに済んだというものを。ああ、かわいそう。かわいそう」
対する魔女は、この場にいる無力な三人を見下すかのように語り掛ける。
何がおかしいのか。時折笑い声のようなものも上げている。
「まぁ、いいさね。ところでお前さん」
魔女の手がアデーレの方を指差す。
「生意気に立ち往生かい……ちょっと下がってな」
その一瞬の変化に、アデーレの目が見開かれる。
(ッ!! まずいっ!!!)
叫ぶアンロックン。
直後、太く長大な芋虫が魔女の身体から現れ、アデーレに向けてその巨体を薙ぐ。
ヴェスティリアの姿ならば回避も容易な攻撃。
しかし今はただの人。エスティラやメリナもいるため、変身は不可能だ。
――何も、抵抗することが出来なかった。
強靭な虫の身体が、アデーレを打つ。
その衝撃はすさまじく、アデーレの身体は部屋の壁を突き破り、廊下の壁まで弾き飛ばされてしまった。
「アデーレェ!!!!」
その悲鳴はメリナか。それともエスティラだったのか。
壁の残骸に覆われたそこに、アデーレの姿を確認することは出来なかった。
ヴェスティリアの名を忌々しそうにつぶやくアメリア。
その様子に怖気づいたか、メリナの顔色がみるみるうちに悪くなる。
そして……。
「……アメリア?」
傍らに立つアメリアを、不安げに見上げるエスティラ。
その瞬間、アデーレの緊張が一気に張り詰めた。
怒り、悲しみ、絶望、落胆。
あって欲しくはなかった。信じたくはなかった。
しかし、これが現実なのだ。
「お、お嬢様っ、こちらにっ!」
ソファに座るメリナが、エスティラの手を取る。
そして、二人でアデーレの側に立ち、相変わらず様子のおかしいアメリアから距離を取る。
これまで見たことのない、エスティラの不安げな表情。
気を持ち直したメリナの、到底尊敬する相手に向けるものではない、警戒に満ちた瞳。
胸に手を当て、悲痛な表情を浮かべるアデーレ。
そんな三人の様子を、アメリアは全く意に介していなかった。
「忌々しい……お嬢様の心の支えになって……ヴェスティリア……忌々しいねぇ」
右手で目元を覆い、うつむくアメリア。
そして再び顔を上げたとき……。
――その瞬間は、ついに訪れてしまった。
「ヒッ……」
耳に入ったのは、エスティラの引きつった悲鳴。
彼女の前にいるアメリアの身体が、異様な動きを始めていた。
モスグリーンのドレスの下が激しく脈動し、背中や腹部が時折跳ね上がる。
顔や手といった肌をさらけ出した部分では、その皮膚の下で無数の細長いものがうごめいているのが確認できた。
その様子を見て、アデーレにはアメリアの内にいる【それ】が容易く予想出来てしまった。
強烈な吐き気を堪え、少しずつエスティラ達の前に立つ。
その瞳は潤み、今にも泣きそうだった。
「スィニョーラ……?」
震える声で、メリナが呼びかける。
しかし目の前にいるのは、彼女達が尊敬する敏腕家政婦ではない。
既にその体は人の形を成しておらず、肌色の何かが無秩序な変形を続けているだけ。
その肌色は、人間の皮膚か。
動きは激しくなり、到底人間の皮膚では耐えられるようなものではない。
肌色のそれは無残に引き裂かれ、その内から忌まわしき触手の塊が現れる。
アデーレは、それを一瞬たりとも忘れはしなかった。
ミウチャと自分に襲い掛かった、魔女の腕を構成する虫の集合体。
いよいよ正体を現した怪物は、すぐさま人の形を形成し、近くにあった赤いカーテンをローブのように纏う。
顔を隠すローブを羽織った、人型のそれ。
まさしく、魔女そのものと言える姿であった。
「あ、ああ……」
その場にへたり込むエスティラ。
彼女の手を固く握るメリナもまた、合わせてその場にひざまずいた。
アデーレはただ一人、涙を溜めた目で、因縁の相手を睨みつけた。
「もっと都合よく動いてくれればねぇ、怖い思いをせずに済んだというものを。ああ、かわいそう。かわいそう」
対する魔女は、この場にいる無力な三人を見下すかのように語り掛ける。
何がおかしいのか。時折笑い声のようなものも上げている。
「まぁ、いいさね。ところでお前さん」
魔女の手がアデーレの方を指差す。
「生意気に立ち往生かい……ちょっと下がってな」
その一瞬の変化に、アデーレの目が見開かれる。
(ッ!! まずいっ!!!)
叫ぶアンロックン。
直後、太く長大な芋虫が魔女の身体から現れ、アデーレに向けてその巨体を薙ぐ。
ヴェスティリアの姿ならば回避も容易な攻撃。
しかし今はただの人。エスティラやメリナもいるため、変身は不可能だ。
――何も、抵抗することが出来なかった。
強靭な虫の身体が、アデーレを打つ。
その衝撃はすさまじく、アデーレの身体は部屋の壁を突き破り、廊下の壁まで弾き飛ばされてしまった。
「アデーレェ!!!!」
その悲鳴はメリナか。それともエスティラだったのか。
壁の残骸に覆われたそこに、アデーレの姿を確認することは出来なかった。
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