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第三幕【お嬢様、推しを見つけました】

3-6【バルダート家のお嬢様(2)】

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 エスティラのアフタヌーンティーを終えた後のこと。
 アデーレは一人、ティーワゴンを押しながら廊下を歩いていた。
 その顔には明らかな疲れが浮かんでいる。

「さすがにお疲れだね、アデーレ」

 そんな彼女に声をかけたのは、取っ手のついた籠を持ったメリナだった。
 ラヴィニア辺りから事情は聞いているのだろう。

「メリナさん……まぁ、はい」

 作り笑いを浮かべるアデーレ。

「ただ、お嬢様が思ってた人と違うというか」
「ん、何かあったの?」
「何かあった、という訳ではないんですけど」

 アデーレは、先ほどまでお世話をしたエスティラのことを思い出す。
 再会した彼女は、ずっと不機嫌な顔を浮かべていた。
 紅茶を嗜んでいた時はリラックスもしていたが、それ以外は変わらずだ。

 だが、周囲に当たり散らしたりなどといった行動は起こさない。
 紅茶に対する評価をする様子などは、特に冷静なものだ。
 過去の様子しか知らないアデーレにとっては、そんな落ち着いたエスティラの姿には違和感を覚えた。

「落ち着いた人だなぁって、お嬢様」

 それが、アデーレの率直な感想だった。
 それを聞いたメリナは、なるほどと納得したように首を縦に振る。

「ああ、そういうこと。それは旦那様に色々指導されてきたからよ」
「指導?」
「うん。お嬢様は長女だから。バルダート家の後継者として色々、ね」

 記憶の中にあるエスティラの父、ドゥランの姿を思い出す。
 これだけの家の主人だ。きっとその指導は厳しいものだったに違いない。
 エスティラのあの落ち着いた雰囲気も、そういった環境で成長してきた証なのだろう。

 そこで、メリナの表情が変わったことに気付く。

「ただ、最近のお嬢様はちょっと……ね」

 それが困惑なのか、それとも同情なのか。
 アデーレには、メリナが何を抱いているのかを知ることは出来なかった。

「何かあったんですか?」
「ん、まぁー……」

 わずかの間、メリナがアデーレから目を逸らす。

「私も詳しい事情までは分からないんだけど」

 少しの間を空けて、ため息をつくメリナ。

「ここに来ることが決まってからのお嬢様、どうも元気がないのよね」

 どうやら、メリナはエスティラの変化を心配していたようだ。
 彼女は使用人としてそれなりのベテランであり、自然とエスティラと関わることも多い立場にあった。
 色々と苦労をかけられたのだろうが、メリナなりにエスティラを思う気持ちはあるということだろう。

 ふと、アデーレは紅茶を口にしたエスティラの様子を思い出す。
 もしかしたら、あの時の落ち着いた物腰のエスティラが、本来の彼女の姿なのかもしれない。

 エスティラが過去を思い出したらどうなるか、それは分からない。
 しかし、今のエスティラは傍に仕える分にはそれほど難しい相手ではないのではないか。
 アデーレは、そんな淡い希望を抱いてしまう。

「ロベルトさんなら何かご存じかも知れないけれど……とりあえず、アデーレも気を付けてね」

 「それじゃ」と言い、廊下の先へ走っていくメリナ。
 その背中を、アデーレは立ち止まって見送っていた。

「気を付けて、か」

 何を気を付ければいいのかは分からなかったが、今は怒らせないことが得策だろう。
 このまま穏便に使用人としての仕事が続けられることは、アデーレの望むところだ。

(……紅茶の淹れ方、ちょっと練習してみようか)

 今ある日常を守るため。
 アデーレは、前よりも少しだけ使用人の仕事に向き合うことを考えるようになった。
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