上 下
7 / 61
第一幕【火竜の巫女が守る島】

1-7【ロントゥーサ島の出会い(2)】

しおりを挟む
「あっ」

 背後にいた使用人が、手を伸ばそうとする。
 だがそれよりも早く、アデーレの手が棒きれを掴んでいた。

「……は?」

 予想外の抵抗だったのだろう。お嬢様は虚を突かれて目を丸くしている。
 しかしアデーレ……いや、良太からすれば、このようなことは慣れてしまっていた。

 良太はこれまで、フィクションの中のヒーローを演じる為のトレーニングを重ねてきた。
 その経験のおかげだったのか、棒きれを防ぐことに一切の恐怖はなかったのだ。

 長い沈黙が、その場を包み込む。

「エスティラ」

 人だかりの中から、沈黙を破るように落ち着いた男性の声が響く。
 その声は通りがよく、この場にいる全ての人の耳に自然と染み入るように感じられた。
 同時に、呆然としていたお嬢様……おそらくエスティラとは、彼女の名前だろう。
 彼女の表情はなぜか、みるみるうちに青ざめていった。

 お嬢様の見つめる先。
 人だかりがまるで海を割るように割れ、生まれた道から一人の人物がこちらへ歩み寄ってくる。

「感心しないな。このような行いは」

 先ほども聞こえた声。
 そこに立っていたのは、襟が大きめのコートを着た、身なりのいい男性だった。
 お嬢様と同じ金髪で、角ばった小顔と鋭い目が印象的だ。

「おとう、さま……」

 やはり彼は、お嬢様の父親だったようだ。
 先ほどまでの自らの行いを、今更になって後悔しているのだろう。
 声は震え、涙目になっている。それだけでも彼が厳しい人物であることが、アデーレには理解できた。



「皆様、お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」

 群衆に向けて、深々と頭を下げる使用人の女性。
 お嬢様に頭を下げて、更に周囲の人々にまで頭を下げなければならないとは。
 つくづく大変な仕事だと、アデーレは眉をひそめた。

 周囲の人々は、むしろ手助けしてあげられなかったことを詫びたり、使用人に顔を上げるように促したりしている。
 つまるところ、誰も迷惑をこうむったと使用人たちを責めるようなことはしなかった。

「私の方からも謝罪させてくれ。このような往来で、私の娘が迷惑をかけてしまった」
「ドゥラン様っ。そんな滅相もっ!」

 人々がどよめく。
 無理もない。確かに娘に非があろうとも、貴族である父親が謝罪をしたのだから。
 身分の低い側からすれば、どう受け止めればいいのか分からなくなる。

「なに、気にしないでくれ。それより君」

 皆からドゥランと呼ばれている貴族が、アデーレの方に目をやる。

「君はその年齢で、随分と胆力があるようだね。今はいくつだい?」
「はい、十歳です」

 極力失礼にならないよう、アデーレは答える。
 実際はそこに二十一歳の若者が加わるわけだが。

「なるほど、この子の一つ上か。さぞ立派なご両親に育てられたのだろうな」

 顎に手を当てながら、ドゥランは感心するようにうなずく。
 傍らに立つエスティラは、未だにこちらを睨みつけてくる。

(これは、完全に嫌われたな)

 肩をすくめるアデーレ。
 前世の記憶を取り戻したかと思えば、妙なトラブルに巻き込まれたと肩を落とす。
 とはいえ、農家の娘と貴族の娘。身分が違いすぎる故に、お互いの接点もほぼないに等しい。
 今後嫌がらせに来ないとも言い切れないが、今日明日中に逆襲されるということはないだろう。

 だが、自分が悪いことをしたなどとは一切思っていない。
 その辺りはドゥランも理解しているはずだ。後の説教は彼に任せればいい。

「それでは、我々はこれで失礼する。さぁ帰るぞ、エスティラ」
「はい……」

 ドゥランに促され、渋々馬車の方へ向かうエスティラ。
 一体何がしたくてわがままを言っていたのかは分からないが、まぁご愁傷様である。

 そんな二人の後姿に、周囲の人々が頭を下げる。
 そういえば、彼らは一体どういう立場の貴族なのだろうか。

「まさか、執政官様の娘に口を挟むとはなぁ」
「サウダーテさんトコの娘さんだろ? いやぁ、度胸があるなぁ」

 執政官。
 あまり聞き慣れない役職ではあるが、それが政治に関する役職であることくらいはアデーレ(というよりは良太)でも分かる。
 そうなると、ただの領主などという存在では収まらない貴族なのかもしれない。

「……やってしまったのかな?」

 今まで粗野な生活を送ってきた者からすれば、今更権力のある相手に媚びようなどという気はない。
 とはいえ、それは佐伯 良太という悪童の話だ。
 両親が健在で、愛されて育てられてきたであろうアデーレからすれば、余計なことをしてしまったかもしれない。

 徐々に、佐伯 良太の人格がアデーレに影響を及ぼし始めている。
 これは果たして良いことなのか……。

 既に元の生活に戻ることのできない良太には、答えを出すことは出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【TS転生勇者のやり直し】『イデアの黙示録』~魔王を倒せなかったので2度目の人生はすべての選択肢を「逆」に生きて絶対に勇者にはなりません!~

夕姫
ファンタジー
【絶対に『勇者』にならないし、もう『魔王』とは戦わないんだから!】 かつて世界を救うために立ち上がった1人の男。名前はエルク=レヴェントン。勇者だ。  エルクは世界で唯一勇者の試練を乗り越え、レベルも最大の100。つまり人類史上最強の存在だったが魔王の力は強大だった。どうせ死ぬのなら最後に一矢報いてやりたい。その思いから最難関のダンジョンの遺物のアイテムを使う。  すると目の前にいた魔王は消え、そこには1人の女神が。 「ようこそいらっしゃいました私は女神リディアです」  女神リディアの話しなら『もう一度人生をやり直す』ことが出来ると言う。  そんなエルクは思う。『魔王を倒して世界を平和にする』ことがこんなに辛いなら、次の人生はすべての選択肢を逆に生き、このバッドエンドのフラグをすべて回避して人生を楽しむ。もう魔王とは戦いたくない!と  そしてエルクに最初の選択肢が告げられる…… 「性別を選んでください」  と。  しかしこの転生にはある秘密があって……  この物語は『魔王と戦う』『勇者になる』フラグをへし折りながら第2の人生を生き抜く転生ストーリーです。

最強の聖女は恋を知らない

三ツ矢
ファンタジー
救世主として異世界に召喚されたので、チートに頼らずコツコツとステ上げをしてきたマヤ。しかし、国を救うためには運命の相手候補との愛を育まなければならないとか聞いてません!運命の相手候補たちは四人の美少年。腹黒王子に冷徹眼鏡、卑屈な獣人と狡猾な後輩。性格も好感度も最低状態。残された期限は一年!?四人のイケメンたちに愛されながらも、マヤは国を、世界を、大切な人を守るため異世界を奔走する。 この物語は、いずれ最強の聖女となる倉木真弥が本当の恋に落ちるまでの物語である。 小説家になろうにの作品を改稿しております

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

気付いたら異世界の娼館に売られていたけど、なんだかんだ美男子に救われる話。

sorato
恋愛
20歳女、東京出身。親も彼氏もおらずブラック企業で働く日和は、ある日突然異世界へと転移していた。それも、気を失っている内に。 気付いたときには既に娼館に売られた後。娼館の店主にお薦め客候補の姿絵を見せられるが、どの客も生理的に受け付けない男ばかり。そんな中、日和が目をつけたのは絶世の美男子であるヨルクという男で――……。 ※男は太っていて脂ぎっている方がより素晴らしいとされ、女は細く印象の薄い方がより美しいとされる美醜逆転的な概念の異世界でのお話です。 !直接的な行為の描写はありませんが、そういうことを匂わす言葉はたくさん出てきますのでR15指定しています。苦手な方はバックしてください。 ※小説家になろうさんでも投稿しています。

勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎
ファンタジー
VRMMOでネカマをするのが趣味の大学生が新作をプレイしようとしていたが気付けば見知らぬ場所に。それを新作のキャラメイクと勘違いした彼は目の前のハゲたおっさんから転生設定のタブレットを強奪して好き勝手に設定してしまう。「ぼくのかんがえたさいきょうのきゅうけつき」を作成した彼は、詳しい説明も聞かず勝手に転生をしてしまう。こうして勘違いしたまま女吸血鬼フィーネ・アルジェンタータとして転生を果たし、無双するべく活動を開始するが、あまりに滅茶苦茶な設定をしたせいで誰からも吸血鬼だと信じてもらえない。こうして予定調和の失われた世界は否応なしに彼女を数奇な運命へと導いていく。 No とは言えない日本人気質、それなりに善良、そしてゲームの世界と侮って安易な選択を取った彼女(?)が流れ着いた先に見るものとは……? ※小説家になろう様、カクヨム様にも同時投稿しております ※2021/05/09 タイトルを修正しました

神造小娘ヨーコがゆく!

月芝
ファンタジー
ぽっくり逝った親不孝娘に、神さまは告げた。 地獄に落ちて鬼の金棒でグリグリされるのと 実験に協力してハッピーライフを送るのと どっちにする? そんなの、もちろん協力するに決まってる。 さっそく書面にてきっちり契約を交わしたよ。 思った以上の好条件にてホクホクしていたら、いきなり始まる怪しい手術! さぁ、楽しい時間の始まりだ。 ぎらりと光るメス、唸るドリル、ガンガン金槌。 乙女の絶叫が手術室に木霊する。 ヒロインの魂の叫びから始まる異世界ファンタジー。 迫る巨大モンスター、蠢く怪人、暗躍する組織。 人間を辞めて神造小娘となったヒロインが、大暴れする痛快活劇、ここに開幕。 幼女無敵! 居候万歳! 変身もするよ。    

処理中です...