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第一幕【火竜の巫女が守る島】
1-7【ロントゥーサ島の出会い(2)】
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「あっ」
背後にいた使用人が、手を伸ばそうとする。
だがそれよりも早く、アデーレの手が棒きれを掴んでいた。
「……は?」
予想外の抵抗だったのだろう。お嬢様は虚を突かれて目を丸くしている。
しかしアデーレ……いや、良太からすれば、このようなことは慣れてしまっていた。
良太はこれまで、フィクションの中のヒーローを演じる為のトレーニングを重ねてきた。
その経験のおかげだったのか、棒きれを防ぐことに一切の恐怖はなかったのだ。
長い沈黙が、その場を包み込む。
「エスティラ」
人だかりの中から、沈黙を破るように落ち着いた男性の声が響く。
その声は通りがよく、この場にいる全ての人の耳に自然と染み入るように感じられた。
同時に、呆然としていたお嬢様……おそらくエスティラとは、彼女の名前だろう。
彼女の表情はなぜか、みるみるうちに青ざめていった。
お嬢様の見つめる先。
人だかりがまるで海を割るように割れ、生まれた道から一人の人物がこちらへ歩み寄ってくる。
「感心しないな。このような行いは」
先ほども聞こえた声。
そこに立っていたのは、襟が大きめのコートを着た、身なりのいい男性だった。
お嬢様と同じ金髪で、角ばった小顔と鋭い目が印象的だ。
「おとう、さま……」
やはり彼は、お嬢様の父親だったようだ。
先ほどまでの自らの行いを、今更になって後悔しているのだろう。
声は震え、涙目になっている。それだけでも彼が厳しい人物であることが、アデーレには理解できた。
「皆様、お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」
群衆に向けて、深々と頭を下げる使用人の女性。
お嬢様に頭を下げて、更に周囲の人々にまで頭を下げなければならないとは。
つくづく大変な仕事だと、アデーレは眉をひそめた。
周囲の人々は、むしろ手助けしてあげられなかったことを詫びたり、使用人に顔を上げるように促したりしている。
つまるところ、誰も迷惑を被ったと使用人たちを責めるようなことはしなかった。
「私の方からも謝罪させてくれ。このような往来で、私の娘が迷惑をかけてしまった」
「ドゥラン様っ。そんな滅相もっ!」
人々がどよめく。
無理もない。確かに娘に非があろうとも、貴族である父親が謝罪をしたのだから。
身分の低い側からすれば、どう受け止めればいいのか分からなくなる。
「なに、気にしないでくれ。それより君」
皆からドゥランと呼ばれている貴族が、アデーレの方に目をやる。
「君はその年齢で、随分と胆力があるようだね。今はいくつだい?」
「はい、十歳です」
極力失礼にならないよう、アデーレは答える。
実際はそこに二十一歳の若者が加わるわけだが。
「なるほど、この子の一つ上か。さぞ立派なご両親に育てられたのだろうな」
顎に手を当てながら、ドゥランは感心するようにうなずく。
傍らに立つエスティラは、未だにこちらを睨みつけてくる。
(これは、完全に嫌われたな)
肩をすくめるアデーレ。
前世の記憶を取り戻したかと思えば、妙なトラブルに巻き込まれたと肩を落とす。
とはいえ、農家の娘と貴族の娘。身分が違いすぎる故に、お互いの接点もほぼないに等しい。
今後嫌がらせに来ないとも言い切れないが、今日明日中に逆襲されるということはないだろう。
だが、自分が悪いことをしたなどとは一切思っていない。
その辺りはドゥランも理解しているはずだ。後の説教は彼に任せればいい。
「それでは、我々はこれで失礼する。さぁ帰るぞ、エスティラ」
「はい……」
ドゥランに促され、渋々馬車の方へ向かうエスティラ。
一体何がしたくてわがままを言っていたのかは分からないが、まぁご愁傷様である。
そんな二人の後姿に、周囲の人々が頭を下げる。
そういえば、彼らは一体どういう立場の貴族なのだろうか。
「まさか、執政官様の娘に口を挟むとはなぁ」
「サウダーテさんトコの娘さんだろ? いやぁ、度胸があるなぁ」
執政官。
あまり聞き慣れない役職ではあるが、それが政治に関する役職であることくらいはアデーレ(というよりは良太)でも分かる。
そうなると、ただの領主などという存在では収まらない貴族なのかもしれない。
「……やってしまったのかな?」
今まで粗野な生活を送ってきた者からすれば、今更権力のある相手に媚びようなどという気はない。
とはいえ、それは佐伯 良太という悪童の話だ。
両親が健在で、愛されて育てられてきたであろうアデーレからすれば、余計なことをしてしまったかもしれない。
徐々に、佐伯 良太の人格がアデーレに影響を及ぼし始めている。
これは果たして良いことなのか……。
既に元の生活に戻ることのできない良太には、答えを出すことは出来なかった。
背後にいた使用人が、手を伸ばそうとする。
だがそれよりも早く、アデーレの手が棒きれを掴んでいた。
「……は?」
予想外の抵抗だったのだろう。お嬢様は虚を突かれて目を丸くしている。
しかしアデーレ……いや、良太からすれば、このようなことは慣れてしまっていた。
良太はこれまで、フィクションの中のヒーローを演じる為のトレーニングを重ねてきた。
その経験のおかげだったのか、棒きれを防ぐことに一切の恐怖はなかったのだ。
長い沈黙が、その場を包み込む。
「エスティラ」
人だかりの中から、沈黙を破るように落ち着いた男性の声が響く。
その声は通りがよく、この場にいる全ての人の耳に自然と染み入るように感じられた。
同時に、呆然としていたお嬢様……おそらくエスティラとは、彼女の名前だろう。
彼女の表情はなぜか、みるみるうちに青ざめていった。
お嬢様の見つめる先。
人だかりがまるで海を割るように割れ、生まれた道から一人の人物がこちらへ歩み寄ってくる。
「感心しないな。このような行いは」
先ほども聞こえた声。
そこに立っていたのは、襟が大きめのコートを着た、身なりのいい男性だった。
お嬢様と同じ金髪で、角ばった小顔と鋭い目が印象的だ。
「おとう、さま……」
やはり彼は、お嬢様の父親だったようだ。
先ほどまでの自らの行いを、今更になって後悔しているのだろう。
声は震え、涙目になっている。それだけでも彼が厳しい人物であることが、アデーレには理解できた。
「皆様、お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」
群衆に向けて、深々と頭を下げる使用人の女性。
お嬢様に頭を下げて、更に周囲の人々にまで頭を下げなければならないとは。
つくづく大変な仕事だと、アデーレは眉をひそめた。
周囲の人々は、むしろ手助けしてあげられなかったことを詫びたり、使用人に顔を上げるように促したりしている。
つまるところ、誰も迷惑を被ったと使用人たちを責めるようなことはしなかった。
「私の方からも謝罪させてくれ。このような往来で、私の娘が迷惑をかけてしまった」
「ドゥラン様っ。そんな滅相もっ!」
人々がどよめく。
無理もない。確かに娘に非があろうとも、貴族である父親が謝罪をしたのだから。
身分の低い側からすれば、どう受け止めればいいのか分からなくなる。
「なに、気にしないでくれ。それより君」
皆からドゥランと呼ばれている貴族が、アデーレの方に目をやる。
「君はその年齢で、随分と胆力があるようだね。今はいくつだい?」
「はい、十歳です」
極力失礼にならないよう、アデーレは答える。
実際はそこに二十一歳の若者が加わるわけだが。
「なるほど、この子の一つ上か。さぞ立派なご両親に育てられたのだろうな」
顎に手を当てながら、ドゥランは感心するようにうなずく。
傍らに立つエスティラは、未だにこちらを睨みつけてくる。
(これは、完全に嫌われたな)
肩をすくめるアデーレ。
前世の記憶を取り戻したかと思えば、妙なトラブルに巻き込まれたと肩を落とす。
とはいえ、農家の娘と貴族の娘。身分が違いすぎる故に、お互いの接点もほぼないに等しい。
今後嫌がらせに来ないとも言い切れないが、今日明日中に逆襲されるということはないだろう。
だが、自分が悪いことをしたなどとは一切思っていない。
その辺りはドゥランも理解しているはずだ。後の説教は彼に任せればいい。
「それでは、我々はこれで失礼する。さぁ帰るぞ、エスティラ」
「はい……」
ドゥランに促され、渋々馬車の方へ向かうエスティラ。
一体何がしたくてわがままを言っていたのかは分からないが、まぁご愁傷様である。
そんな二人の後姿に、周囲の人々が頭を下げる。
そういえば、彼らは一体どういう立場の貴族なのだろうか。
「まさか、執政官様の娘に口を挟むとはなぁ」
「サウダーテさんトコの娘さんだろ? いやぁ、度胸があるなぁ」
執政官。
あまり聞き慣れない役職ではあるが、それが政治に関する役職であることくらいはアデーレ(というよりは良太)でも分かる。
そうなると、ただの領主などという存在では収まらない貴族なのかもしれない。
「……やってしまったのかな?」
今まで粗野な生活を送ってきた者からすれば、今更権力のある相手に媚びようなどという気はない。
とはいえ、それは佐伯 良太という悪童の話だ。
両親が健在で、愛されて育てられてきたであろうアデーレからすれば、余計なことをしてしまったかもしれない。
徐々に、佐伯 良太の人格がアデーレに影響を及ぼし始めている。
これは果たして良いことなのか……。
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