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第3章:紡績街ナイングラッツ編

第084話 『その日、大人買いした』

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 森を出たら、真っ直ぐに街へと向かった。
 ママが途中、『探査』で『リト草』などの素材を見つけていたけど、これらの素材は今後彼らが発展して成長するために必要となるので、見逃すことにした。そう伝えると皆笑顔で賛同してくれて嬉しかったわ。

 街へと向かうということは、実質川沿いに進むのと大差ない。なので念の為、毒の『浄化』漏れが無いかのチェックをしたけど、特に問題なく綺麗なままだったわ。
 ただ、綺麗ではあるけれど……。

「お魚さんいないの……」
「そうね、根本から丸々毒でやられちゃったから……。この川が完全に元の状態に戻るには、長い年月が必要でしょうね」
「悲しいことですが、これも自然の摂理でしょう」

 イングリットちゃんが祈りを捧げている。
 今更だけどイングリットちゃんの祈りのポーズは、堂に入ってるなぁ。

「でもこれは、人の手によって起きた事象だわ。だから自然の力だけじゃなく、人の手も使って元に戻すべきだと思うわ」

 本来そこに居たはずの生物がいないというのは、何だか物悲しいもの。養殖を始めるなり、他から同様の魚を捕まえてきて放つなり、色々とやりようはあると思うわ。
 その辺はエルフ達や子爵閣下の頑張りに任せるしか無いわね。

「シラユキ様……。わかりました、子爵閣下には私の方からお話しさせて頂きます」
「よろしくね」

 そのまま何事もなく街へと辿り着く。エルフの森もそうだったけど、魔物が全く現れないわね。毒が流れた影響なのか、元々あの森に魔物が少ないのか……。魔力に食料。餌は豊富のはずなのに。
 それとも、それが神樹の効果なのかもしれないわね。精霊ちゃんパワー舐めてたわ。

「それでは、私はここで失礼します。御用がありましたら、教会までお越し下さい」

 そう言ってイングリットちゃんは深々とお辞儀をして去っていった。『神官』というお堅い職業のはずなのに、イングリットちゃんのシスター服は普通の物とは異なり、なぜか腰元からスリットが伸びていたわ。
 あれは非常に蠱惑的で、素晴らしいものだわ。誰よあんなの入れるように指示したのは。グッジョブよ!

 彼女のスタイルの良さも合わさって、風に揺れるたび何度手を入れてしまおうか迷ったくらい。結局我慢出来なくて手を入れちゃったけど……。
 イングリットちゃんは驚くことなく、慈悲深い笑みで私の行動を受け入れてくれたわ。懐が深いのか好感度が振り切っているのか……。
 うんまあ、とりあえずの感想としては、とっても神秘的だったわ。シスター服、全員分作りたくなってきたわね。

「それじゃあ私は、紡績店に行ってくるわ!」
「お嬢様、その前に報告が」
「あえっ?」

 もう、なによう。お裁縫する気満々だったのに。

「申し訳ありません。ですがお嬢様が完全にお忘れのようなので、お伝えさせて下さい」
「えっ? 何を忘れてたの!?」

 え? またやらかした?

「先日お嬢様が大暴れした洞窟、覚えておいでですね?」
「あっはい」

 洞窟というか、アリシアの事だし忘れる訳ないわ。

「お嬢様の事ですから、洞窟が、というより私のことを主題に捉えてくださっているのはわかります。ですが忘れているのはそこではありません。討伐結果の提出をギルドにしたまま、受け取りに行っていないのでは?」
「……はっ!」

 そう言えば完全に忘れていた。というか記憶が飛んでた。
 ……あれ? 私アリシアにギルドに提出した事話したっけ?

「お嬢様のお荷物から、マジックバッグが1つ減っておりましたので」
「な、なるほど」
「あとはお嬢様が討伐の証拠を提示せず、報告もなしに素材だけを持ち帰るというのは違和感がありましたので」

 あー、一応討伐して得た素材が増えてることは確認したんだ。そして今までの経験を基にそう判断をしたと。
 アリシアは優秀だなぁ。

「ありがとアリシア。完全に忘れていたわ」
「紡績店にはギルドの後で必ず寄りましょう。お供いたします」
「あ、ママも一緒に行って良いかしら。紡績街の織物は憧れだったのよね」
「リリも行くー!」
「ふふ、じゃあ皆で行きましょうか。あとママ、場合によっては紡績店で高級素材は買い占めるかもしれないから、覚悟しててね」
「ええっ、そ、そうなの?」

 ママは私の言葉に戦々恐々とした様子だわ。正直カワイイがすぎる。
 それにこれから買い占めた織物で作るのは、以前にも話したようにママのメイド服だったりするのよね。それを思い出させたらどうなるかしら?


◇◇◇◇◇◇◇◇

 ギルドで受付嬢から愚痴られたりしたけど、ついでにギルドで出来る諸々の所用を済ませることにした。たぶんもう訪れる事はないと思うのよね。
 というわけでシャルラさんに挨拶をすると、ギルド本部への手紙を見せてほしいと言われた。なにやら、アリシアからそんなものがあるという話を聞いたみたいで、自分も仲間に入れてほしいんだそう。
 なんだかカワイらしい理由だったし、シェリーとメルクの2枚を喜んで見せてあげたわ。あの2人も許してくれるでしょう。
 そうしたらシャルラさんは手紙を読み込んだ後、自分の分の手紙をくれた。どうやら準備していたみたいね。
 来て良かったわ。

 その後、ギルドの人達にも挨拶を済ませ、件の紡績店へとやってきた。

「いらっしゃいませ、シラユキ様。並びにパーティー『白雪一家』の皆様。ようこそいらっしゃいました。ナイングラッツが誇る最大の紡績店『アラクネの御手』へ」

 入店一番、熱烈に歓迎された。
 行く時間までは告げていなかったのに、すごいわね、この店。

「この店にある全ての織物、それから各種毛糸や合成糸、魔獣の糸なんかもあるなら見せてもらいたいのだけど」
「どうぞこちらへ。準備は済んでおります」
「あと服も自作したいわ。作業場も貸してくださるかしら」
「構いません。良ければ職人達に勉強させて頂いても構いませんか?」
「良いわ、好きなだけ見て良いと伝えて」
「ありがとうございます」

 うーん、話が早くて助かるわね。でも、プロには技量で負けると思うわ。
 私のはネットで調べた動画を参考にした程度の趣味の域だし、ステータスの暴力で起こす超高速作業で、職人さん達の目がついていかない可能性が……まあいっか。
 お金はアリシアに渡してあるし、気に入ったものは好きに買って良いとママやリリちゃんにも伝えてある。ママは色々遠慮しちゃうだろうけど、リリちゃんやアリシアが付いてるから、大丈夫でしょ。

 さて、良さそうなものが結構あるわね。中にはゲーム時代、入手場所の少なさから高騰したものまで揃っているわ。多分、正史では滅ぶ予定の国がまだ存在してるからかしらね。
 中々いい感じの装備が作れそうだけど、今の私は錬金術スキルが0なのよね。装飾品は鍛冶のスキルが40ほどあれば何とかなると思うけど……。
 錬金術で作るような特殊加工した布や革、特殊な液体なんかが使えないから、素材そのままの味わいしか出せそうに無いわ。

 ま、最初から強いものを装備したってしょうがないし、今はこのレベルで我慢しますか。

「オーナー、今から言うものを購入するわ」
「はい、仰せのままに」

 店内を見まわしながら、欲しい物を指さしていく。

「マムール虫の玉糸の塊を40個、カリフラの毛糸30本、白光布びゃっこうふ40枚、ダルメシアン織物とダルメシアンの糸はあるだけ全部。それから原色塗料5セット、花木かぼくの蔓30本、糸巻き10本、カラーテープ3本。そんなところね」

 糸切りバサミや裁ちバサミの事を考えたけど、このレベルの素材なら魔法で切ってしまえばいい。
 魔法すら弾くレベルの硬度を持つ強靭な糸や布なんかもあるけれど、それを使うときには自分で専用の裁ちバサミを作った方がいい。どうせ市販の裁ちバサミなんて、何の効果もない銅や鉄製だろうし。

「……計算いたします。マムール虫の玉糸の塊、大金貨1枚。カリフラの毛糸、金貨5枚。白光布、大金貨12枚。ダルメシアン織物及びダルメシアンの糸は……当店の在庫をすべて含めると白金貨12枚になって参ります。あとの物はサービス致しましょう。締めて白金貨13枚、大金貨3枚、金貨5枚になります」
「ふむ……」

 改めて貨幣価値のおさらいをしておこう。
 1E:鉄貨。
 10E:銅貨。
 100E:大銅貨。
 1000E:銀貨。
 1万E:大銀貨。
 10万E:金貨。
 100万E:大金貨。
 1000万E:白金貨。
 現在の所持金は、白金貨が300枚。金貨がたぶん500枚くらい。ママやリリちゃんにもお金は渡してるし、正直総額はわかんない。それに金貨未満の端金は知らないや。

 そしてそんな状態で、白金貨13枚、大金貨3枚、金貨5枚と言われても、何の痛手でもないわね。
 それでもダルメシアンシリーズはそれなりにするわね。滅んでないとしても、ダルメシアン国の素材は高級品という事がわかる。それでもゲーム時代で考えたら断然安いけど。何ならゲーム時代はこれの100倍高いわ!
 でもこの中で、予想外の値段がしてあるのが1つあるわね。

「白光布は想定より高いわね。白光糸100本でいくら?」
「白光布は作成難易度が高いため手間賃が含まれています。それでも素材の入手しにくさもありますから、白光糸100本でも大金貨4枚です」

 ぼろ儲けじゃない。いつぞやの回復ポーションを思い出すわ。
 まぁでも白光素材は加工時に魔力を使う。魔力を使うからか知らないけれど、鉱石のように嵩増しが出来てしまう。何でかは知らないけど、出来ちゃうんだから仕方がない。
 その上私が作れば品質の高い白光布が作れるし、多少手間だけど糸の方で買ってしまいましょうか。

「なら白光糸100本に変更で」
「畏まりました。では改めて白金貨12枚、大金貨5枚、金貨5枚になります」
「買ったわ。アリシア、支払いよろしく」
「はい」
「おお……本当に購入していただけるのですね」

 オーナーは驚いているわね。まあ物価価値から鑑みて、これだけのお金があれば、この街の一等地に家が建つのかもしれないわね。そんなお金ですらはした金に思えるほどのお金を、懐に秘めていたシェルリックスの領主が凄いと考えるべきかしら。

「大量に購入していただきましたので、金貨は切り捨てさせていただきましょう。白金貨12枚と大金貨5枚で結構です」
「あら、ありがとう」

 アリシアが支払いを済ませている間に、私は購入した素材を1つ1つチェックする。
 ……うんうん、全部良い品質だわ。

 えーっとママは……あ、フリーズしてる。
 お人形さんというか、マネキンのように固まっちゃってるし、今のうちに採寸しちゃおっと。

「お姉ちゃん、すっごくいっぱい買ったね!」
「そうねー、久々に良い買い物をしたわ」

 さわさわ。ママのウエスト細いなぁ。リリちゃんと変わらなくない?
 ちゃんと食べて……は、いるのよね。
 
「えっと、お姉ちゃんさっきからなにしてるの?」
「ん? 採寸と、イタズラかなぁ」

 採寸しながらお触りするけど反応が無い。もしかしてママ、立ったまま気絶してない?
 なんて器用な。

「採寸? あ、もしかしてお姉ちゃん、前に言ってたあれなの?」
「そうよ。今日はママのメイド服を作るためにいっぱい買ったわ」
「……ええっ!?」

 あ、再起動した。

「シ、シラユキちゃん? ママのメイド服って……」
「そうよ。今日買った素材を使うわ」
「え、えええ……」

 あ、またフリーズした。
 まあいっか。採寸は終わったし、ママの事はリリちゃんに任せて私は作業に入ろう。

「シラユキ様、手織り機は使われますか?」
「そうね、構造を確認したいわ」
「はい、こちらでございます」

 職人さんに案内されたのは、この工房で使われている普通の手織り機ね。
 ……魔力を流す機構も、魔力を流せば自動で反復作業をする機構も、高速作業に耐えうる耐性も、何一つない普通の手織り機だわ。私が全力で使えば1分もせず部品が壊れるわね。
 期待はしていなかったけど、これは使えないわね。
 王都の錬金釜で作るものがまた増えたわね。

「申し訳ないけど、壊してしまいそうだからこれは使えないわ。白光糸を全て作業テーブルにお願いするわ。それとまち針はあるかしら」
「は、はい。こちらに」

 今回は必要になる分だけ作っちゃいましょうか。さすがに糸全部を布にするのを、手作業で行うのはしんどいし。念のため時間を測っておきましょうか。

「『時刻表示機能』」

 えーっと、11時34分22秒、と。そろそろお昼時だし、それまでには終わらせたいわね。

 早速作業に取り掛かる。
 久々の布作りだったけど、身体は覚えていたみたい。ステータスの影響で高速で完成した。
 必要分の布作りを風魔法を織り交ぜながら手作業で済ませ、縫い終わった布もどきに締めの魔力コーティングを行う。
 すると糸と糸の間がスカスカだったはずなのに、白光糸が魔力を得て光り輝き、隙間が無くなり1枚の布になった。
 本当によくわかんないんだけど、何でこれで布が出来ちゃうの?? まあ出来ちゃうんだから仕方ない。魔力コーティングしたらこうなるんだから、そういうものなんでしょ。

 次は型紙作り。メアやシェリ―の時は既存の服で作ったからそんなものは要らなかったけど、今回作るメイド服はオリジナルだ。作成中にボヤけるといけないし、描いておかないと。
 うーん、レースの部分は手編みでするとして、ママのメイド服だものね。出来るだけヒラヒラ成分を多めにして、普通なら主人より目立ちかねないレベルで、ひたすらカワイさを追求したものにしましょうか。
 ママの小ささを生かしたちっちゃカワイイタイプのメイドさん。なのに母性はあるし、甘えたくなるような……フフ。
 爆速で描き上げ、ママと見比べる。

 ママはリリちゃんに介抱され、正気にもどったみたいだけど、煙を噴いているように見える。
 まあ金貨で困り果てるのに、100倍の価値のある白金貨を複数枚使ってママの服を作るんだし、その事実は重いみたいね。あれは重症だわ。
 仕方ない、ママに見せるのは完成品までにして、アリシアに聞いてみよう。

「アリシア、完成予想図としてはこうなるんだけど、どうかしら」
「とても可愛らしいと思います。ただ、メイドはかなり動き回るものですから、動きやすさや通気性が気になるところですね」
「動きやすさは付与で解決するわ。通気性も特殊素材を使うから、たぶん大丈夫ね」
「流石お嬢様です」

 ……ふむ、少し懸念がありそうな顔をしているわね。

「そんな心配そうな顔をしなくても、アリシアの分も作るわよ」
「あ、いえ。それはとても嬉しいのですが、お嬢様は何をさせても素晴らしい腕前をお持ちだなと……」
「そんなことないわ。私にだって苦手なことくらいあるもの」
「……例えばなんです?」
「……それはまぁ、ここで言う事じゃないわね」

 周りの目もあるし。

「あっ、失礼しました!」

 アリシアが慌てて謝る。本当に苦手な事はある。例えば料理とか。
 繊細な味を出すのが苦手で、どう作ろうとしてもレシピを放り投げて豪快な味付けになる。こればっかりは感性というか、サガというか。元々1人暮らしだったし、不味くなければそれで……という感じだった。
 料理が出来るシラユキちゃんも、お料理をする姿のシラユキちゃんも最高にカワイイと思うけれど、ゲーム時代はお鍋の前でコトコトすることって、中々無かったというか……。
 というか料理の効果は現れても、ゲームに繊細な味覚が存在しなかったし、あれが美味しくできていたかどうかは正直バッドステータスが出てないから不味くはないだろう。くらいしかわからなかったのよね。結局どんな味だったんだろ。
 それにアリシアが作ってくれるから、ますます機会が無いわ。

 そんなことを考えながらも作業は進む。さあ頑張るわよ!

『俗にいう男の料理ね。マスターが作ったご飯、食べてみたいわ』
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