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第3章:紡績街ナイングラッツ編

第072話 『その日、ひとまず合流した』

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「うちのリリがお世話になったようで、ありがとうございます」
「いえいえ、優秀な後輩に奢るのは先輩の役目ですから!」

 ジュースのお替わりを飲んでいたらママがやってきたの。冒険者の人がママの事をリリのお姉さんって言ってるけど、リリ達は慣れっこなの。あのお姉ちゃんでさえ、ママがお姉さんだって最初は思ったみたいなの。
 少し前まではママも困ったような顔で訂正してたけど、最近だと嬉しそうなの。ママが綺麗で可愛く見られるのはリリも嬉しいの。

「リリはどこに行っても人気者ね。そのジュースは大丈夫だと思うけど、平気?」
「うん! 果物を絞った物だって聞いたの!」
「安心してくださいお姉さん、恩人に下手な物は出しません。薬を作ってくださりありがとうございます!」
「あ、顔を上げてください。作ったのは私じゃないですから」
「……え、違うんですか?」

 冒険者の皆が困惑してるの。でも、これからもっと困惑しちゃうの。

「お薬を作ったのは2人のお姉ちゃんなの。この人はリリのママなの」
「ふふっ、リリのママです」
『ママ!?』

 皆びっくりしてるの。でも、お姉ちゃん達の凄さを知ったら卒倒しちゃうの。まずはリリ達で耐性をつけさせるの。

「あ、でも種族はノームじゃないですよ。普通の人族ですからね」
『……』

 冒険者さん達はしばらく戻ってこなさそうなの。これくらいで驚いていたら身が持たないの。心配なの。

「あ、ママ。これママの分のジュースなの。もらっておいたの」
「あら、そうなの? なんだか悪いわね」
「そんなことないの。リリ達もお手伝いしたの。でもお姉ちゃん達も頑張ったから、あとでお姉ちゃん達にも飲ませてあげるの」
「ふふ、そうね。それじゃあありがたく頂こうかしら」

 ママがジュースを飲んで驚いた顔のあとに、とっても幸せそうな顔をしたの。リリも嬉しくなっちゃうの。最近ママはよく笑うようになったの。お姉ちゃんと出会えたおかげなの。

「あら、すごく美味しいわ。でも、冷やせばもっと美味しくなりそう。シラユキちゃんに習ったようにやってみるわね」
「うん!」

 ママが水魔法の応用でジュースを冷やしてくれた。冷たくなっただけなのに、美味しさが増した気がするのがとっても不思議。ママも驚いてるみたい。
 お姉ちゃんとしては元々、リリは雷と土魔法を。ママは水と土と、炎魔法を重視する予定だったみたいだけど、お姉ちゃん曰く氷魔法もママに修得させようと考えているんだとか。
 リリにも、せっかくだからって、その内水魔法も教えてくれるみたい。とっても楽しみ! でもまずは、今の2つをリリが完璧と言えるくらいにマスターしなきゃ。そして、すっごい魔法使いになって、お姉ちゃんにいっぱい褒めてもらうの!

「ママ。リリね、情報を集めたけど、お話しする?」
「ふふ、リリったら。魔法でテンションが上がっちゃったのね? でもまだしなくて良いわ。アリシアちゃんが来てからまとめましょう」
「わかった、ジュース飲んで待ってる」
「そうしましょう。今日は忙しくなると思うし、今のうちにゆっくりしておきましょう」
「うん」

 ママに頭を撫でてもらうと、落ち着くの。胸に集まった熱気が、どんどん萎んでいく感じがするの。
 でも飲んでる最中はやめてほしいの。飲みにくいの。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 グラッツマン子爵に連れられて、冒険者ギルドへと向かう。
 それにしても『氷の乙女』ですか、懐かしい呼び名です。中々熱をもって対応する人が現れないが為に。もしくはどんな熱意に対しても冷めた対応しかしないが為に、私につけられたメイドとしての渾名でしたか。
 今ではお嬢様への熱意で、すっかりトロトロに溶け切ってしまいましたが。いえ、始まりはお嬢様の真摯な対応に、私の氷が溶かされたのでした。あの日の出会いからまだ半月ほどしか経っていないのですね……。なんと濃厚な日々なのでしょうか。

「アリシア君」

 やはりこれまでの私の人生は、お嬢様にお仕えするこのかけがえのない日々の為にあったのですね。ああ、お嬢様……お慕い申しております。

「アリシア君!」
「はっ!?」
「ぼんやりとして、もしや先ほどの疲れが残っているのかね? 冒険者ギルドについたよ」
「これは失礼を、問題ありません子爵。お気遣い痛み入ります」

 グラッツマン子爵に続いてギルドへと入る。そこは街の雰囲気とは異なり、明るく騒々しい場所だった。

「……ふむ、ずいぶんと賑やかだね。これほどの賑わいは、久しく聞かなかったものだが」
「ふふ、騒ぎの中心は私の家族のようです。子爵、紹介しましょう」
「いや、まずはギルドマスターに挨拶してこよう。先ほどの川の件も報告をしなくてはならん。その後、ギルドマスターも同席しても構わないかね?」
「勿論です。お手数お掛け致します」

 子爵と別れ、近づく私に気付いた2人が手を振っているのを見て、自然と笑みが溢れる。
 当初、この2人に対する感情は、些細なものでしかなかった。それはお嬢様の宣言で家族になってからも、大きくは変わらなかった。ただ、お嬢様が気に掛ける人達。という程度の認識だった。
 しかし同じ時を過ごすにつれ、彼女達への認識を改めるようになった。

 リリは才能の塊だ。魔法に対する意識と興味。そしてそのイメージ力と発想には、目を見張るものがあった。お嬢様の手ほどきがあったとはいえ、一際難しいとされる雷魔法をこれほどまでに扱えるとは想像もしていなかった。お嬢様もそうであるように、この子が今後どのように成長するのか、とても楽しみにしている私がいます。
 これからも励んでいけば、いつか必ず、後世に名を残す立派な魔法使いになってくれることでしょう。
 そしてリリは、姉としても、それ以外の意味でも、お嬢様の事を心から慕っている。それだけでも十分に同志と言えよう。今ではリリは、私にとっても大事な妹です。

 お母様は、健気な頑張り屋だ。出会った頃は良くも悪くも普通だった。お嬢様の凄まじさに気絶するのも仕方がない事だったかもしれない。しかし、一度お嬢様を大事な娘と認識してからは、彼女は愛情と慈しみを持ってお嬢様に接している。それはお嬢様やリリに対してだけだと思っていたが、違った。
 私に対しても、同じ様に大事な娘として接して下さった。お嬢様に対する考えを諫めてくれたあの時、そう強く感じた。その時、こういうのも悪くないと思ってしまったことに、自分でも驚いた。
 お嬢様はお母様の愛情に対し、全力で甘える事で返している。しかし私は、今まであのように甘えたことがなかったのでどう接すればいいのか悩んだりもした。だがお母様と話をする機会が自然と増えた事で、甘える機会も増えてきたと思う。このような悩みも、お母様に撫でられるだけで霧散してしまうのだから不思議なものだ。
 兎にも角にも、この人は間違いなく、白雪一家の母だ。

「アリシアちゃん、ご苦労様。少し疲れているみたいだけど大丈夫?」
「お姉ちゃん、このジュース美味しいよ!」
「大丈夫ですお母様。少し無理をしてしまいましたが、昨日お嬢様から頂いたアイテムのおかげで、少しずつ回復しています。リリもありがとう、頂くわね」

 懐かしい味わいのジュースを飲みながらグラッツマン子爵の様子を窺う。子爵の顔は住人達に知れ渡っているのか、ここに来るまでも何人もの人が挨拶をしていた。お母様達と話していた冒険者達も、気さくに挨拶をしている姿が見えた。直接の面識はなかったが、信頼に足る御仁のようだ。

「これは、エルフの集落で採れた果実を搾った物ね? 久しぶりに口にしたけれど、市販の果実と違って魔力濃度が高い分、味もしっかりしているわね」
「リリ、このジュース好きになったの。お姉ちゃんにも飲んでほしいの」

 確かに、この質ならばお嬢様にも是非味わってほしいところですね。でもお嬢様が向かったのは、この果実の特産地。

「お嬢様の事ですから、現地で直接頂いているかも知れません。もしかしたら、お土産に大量の果実をもらってくる可能性も考えられますね」
「わぁ! 楽しみなの!」
「ふふっ、果実だけでも美味しそうね」

 味も濃厚ですし、お料理にも使えたはず。お嬢様がどれほど持ってくるか次第ですね。ただ毎日食べると舌が慣れてしまう物。

「はい、ただこの味に慣れてしまうと、市販の果実では物足りなくなってしまう可能性がありますね」
「あっ、それもそうね。シラユキちゃんが持ってきた量次第になるけど、その時に改めて相談しましょうか」
「はい、お母様」

 ジュースをもう1口飲む。心地よい程度にヒンヤリとしているが、これはお母様が魔法を行使されたのだろう。濃い果実の味が引き締まっているように感じられます。

 先日、主人の喉が渇いた時の対応方法について、メイドとしての確認と勉強をお母様としている時の事でした。その話を隣で聞いていたお嬢様が、この技法を講義という形で教えてくださったのです。
 元々のメイドの優先度としては、
 1:マジックバッグに入れた水筒の水を使う。
 2:近くの飲める水源を事前に把握し、汲んでくる。
 3:1と2が無く魔法の才がある場合は、水魔法で代用する。

 というものでした。しかしお嬢様曰く、3が最優先であるというのです。なぜなら魔法としての精度が高く、魔力が十分に籠められた水は、とても飲みやすい上質な水となるらしいのです。
 その水はそこらの井戸水や名水が流れる川よりも美味しいものになるというのです。
 確かに強い魔力と共に育てられたエルフの果実は、市販の物とは一線を画す。水もそうであると、なぜ発想に至れなかったのか……。非常に悔しい思いをさせられました。
 試しにその場でお嬢様の水魔法を飲ませて頂きましたが、本当に飲みやすく美味でした。私とお母様は、あの味を再現できるよう、水魔法の練度を高めなければと胸に誓いました。

 これまでの旅では、お嬢様の喉が渇いた際は、私が水筒の水を差し上げていました。
 しかしそれが不味いわけではなかったため、お嬢様もとやかく言うつもりはなかったそうです。ただ、知識として教えるべきタイミングが来たため披露したとのこと。
 今後は、お茶をお出しする際でも、水物は魔法でお作りした方が良さそうですね……。ただ、魔力濃度で味も変わるのであれば、お出しするお茶によっては籠める魔力次第で完成度も変わってきそうです。やはり魔法は奥深いですね……。

閑話休題はなしはもどして

 そして水の美味しさの講義から、水の温度に関しても切り込みを入れられました。それは、熱い場所でも寒い場所でも、常温の水を用意するのかというものです。
 王国近辺は極端に暑かったり寒かったりする地域はなく、比較的温厚な地域です。ですが、お嬢様の仰る通り、もしそういった地域で主人が喉を潤したいと思った時、常温では満足感は得られないでしょう。またしても目からウロコでした。しかし対処の方法がないとお伝えしたところ、お嬢様は見惚れるほどの笑みで答えました。

 水魔法である程度の温度調整が出来る、と。

 これも私の知らない知識でした。どんな凄腕の水魔法使いでも、覚えたばかりの子供でも、水魔法の温度はほとんど同じの、ぬるい物だったはずです。しかしお嬢様曰く、水魔法に炎魔法のイメージを少しずつ掛けていく事で温度が上昇し、逆に氷魔法のイメージを掛ければ冷やすことが出来るそうです。
 氷魔法は私もお母様も習得はしていませんでしたから、試しに炎魔法のイメージでゆっくりと水魔法を熱していきました。
 すると『ウォーターボール』から感じられる熱気が増したように思えました。触れれば確かに熱い。冷えた体にはまだ少し物足りないが、感覚は理解出来ました。
 そのままお嬢様には、見本となる氷魔法を教えてもらい、『アイスボール』を習得するまでに至った。その日は結局、メイドの授業から水魔法を使う場面の想定へとシフトしてしまいましたが、とても有意義な時間でした。

 お嬢様の事を思い出していると、グラッツマン子爵が少し顔色の悪い女性を連れてきた。この方がギルドマスターでしょうか、ポルトのギルドマスターほどではないにしろ、若い女性ですね。

「お待たせした。改めて、君のご家族を紹介してくれるかね?」
「初めまして。ナイングラッツのギルドマスター、シャルラでございます。『白雪一家』シラユキファミリーの皆さま、この度は薬の調達、本当にありがとうございました」
「その件については私も先ほど耳にした。街の代表として、お礼を言わせて頂く」

 子爵とギルドマスターが頭を下げる。周りの冒険者たちもそれに倣って頭を下げた。お嬢様と一緒にいると、こういう光景は今後も発生していきそうですね。リリはこの光景にも慣れたものですが、お母様はあわあわしているようです。慣れた方が楽になると思いますが、こんな場面に慣れたお母様というのも想像できませんね。……ええ、お母様はこれで良いような気がします。

「頭をお上げください。元をたどれば我が主人、パーティーのリーダーが決めた方針に従ったまでです。今はこの場にはおりませんが、お二方の言葉は、必ず私どもが伝えておきます」

 お母様の背中をさすりつつ、彼らの顔を上げさせる。このままでは話が進められないし、確かに私達も手伝ったがほとんどの功績はお嬢様の物だ。私たちの功績はあの方の教えの通りにやったに過ぎないのですから。
 まあ、それをお嬢様に伝えれば、皆の功績だと怒られそうですけど。

「では私達も自己紹介を」

 ネコミミフードを取るとギルドに騒めきが広がる。エルフはどこに行っても珍しがられるものですから、慣れたものです。私を人族と認識していたグラッツマン子爵の驚きようは特に強いようですが。

『白雪一家』シラユキファミリーのサブリーダー、Bランク冒険者のアリシアと申します。リーダーに教わった神聖魔法、それから錬金術で薬の調合が可能です。また、水魔法で清潔かつ高品質な水も提供できます」
『白雪一家』シラユキファミリー、Cランク冒険者のリーリエと申します。水魔法が得意です。私は病人たちの介護なら手伝えると思います」
『白雪一家』シラユキファミリー、Cランク冒険者のリリだよ! いっぱいお手伝いするの!」

 最後のリリで、周りの空気がほっこりとした。

「『白雪一家シラユキファミリー』の皆さん、どうかよろしくお願いします。あの、リーダーはご不在とのことでしたが、何かあったのでしょうか……?」
「お嬢様は、川の源流にあるとされる原因の解決に向かいました。また、川の水を私以上に綺麗にしながら上っていきましたので、これ以上川が汚染されることはないでしょう」
「なんと! まるで伝承に伝わる聖女様のような方だ。しかしお一人では危険ではないのかね。今からでも人を遣わせてはいかがだろう」

 私達への助力ならまだしも、お嬢様の行動には誰もついていけないだろう。足手まといになるだけです。

「お構いなく。お嬢様の強さは家族である私達ですら推し量ることは出来ません。心配する必要はないかと思います」
「君が言うほどか……。あいわかった、エルフの森はその御方に任せるとして、この街で起きた事をお伝えしよう」
「お願いします」

 お嬢様になるべく早く合流するためにも、この街を完璧に救わなくては、お嬢様に合わせる顔がありません。一点の漏れも見落としもなくこなしてみせましょう!
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