美味しい契約

熊井けなこ

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三章

7 ポトフ(後編)

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車の後ろに荷物を置いて運転席に座ると、助手席からさっき途中のカフェで買ったホットココアを手渡される。
さっきからニコニコなジン。

「今日はどうした?
買い物ついてくるとか、
僕の買い物してくれるとか…」

「んー?買い物デートを、と思って。」

「ああ…ありがと。…手も繋げたしね。」

「え?ああ、人混みでだけね。」

「けど…凄くデート感。」

人混みじゃないと手を繋いでくれなかったのはジンなのに、人混みで手を繋げたと喜ぶジン。
風邪気味だとキスはしないけど、ハグはしてくるジン。
以前公園でキスしたら怒られるだろうと思って俺からはしなかった時、ジンからしてくれたこともあった。
その分別というか、そういう感覚、分からないような、凄く分かるような。
とにかくジンの臨機応変な感覚には戸惑わされる時もあるけど、愛を感じられるから大好きだ。

出会った当時、自分には恋人がいるというジンの発言だったり、ジンが結婚するなら俺は愛人にでもなるという俺の発言だったり、お互いここからはNGって線に気付かない時もあるけど、それでもジンとなら分かり合える気がする。

「…昨日、僕、鼻水出てたでしょ?」

「ん。」

「自分では鼻水だけだし大丈夫って…
もしかして熱あるかもな、
けどあっても休めないしな、って、
自分を奮い立たせて、出来る限り無理して。
けど、昨日の夜、ジョンがご飯だったり
薬だったり、助けてくれたでしょ?」

「ふふっ、うん。」

「…夜中にタオルで拭いてくれたり…」

「あ、気付いてた?」

「うん。…ちょっと熱出ちゃったし、
調子悪いと、うなされるって程じゃないけど
頭の中とかモヤモヤして嫌な感じで…
そんな時にジョンが僕をみてくれて、
ジョンのおかげでこんなに元気になれた。」

「…そんなに言われると、
看病しがいがあるね。」

「……ほんとに、ありがと。
大人になると、少しの体調不良でなんて
甘えられないけどさ…」

「俺は、ジンに甘えて欲しい。
調子が悪い時は甘えて欲しいし、
機嫌が悪い時は当たって喧嘩してもいいし、
悲しい時は愚痴って発散したり…」

「…そう言ってくれるだけで、
ほんとありがと。」

「ほんと実際、そうして欲しいけど。」

「……僕にもそうしてね。」

車の中も暖まり、ホットコーヒーで温まったジンの手が軽くハンドルに乗せていた俺の左手を包んだ。

「……キス…」

微かなジンの、声と唇の動き。
俺の願望が聞こえたけど…聞き間違いじゃないよな。

薄暗い立体駐車場に停めている車の座席。
フロントガラスからは数台の停車中の車とたまに歩いて通る駐車場の利用者が見える。
…薄暗いけど、外から普通に見られてしまう。
それでも、ジンに見つめられたら……

ゆっくり、唇に唇を重ねた。

数時間ぶりに、ジンの唇の感触を確かめる。
更に舌で奥を弄ると、コーヒーの苦味。
…今じゃこんなにコーヒーを美味しく感じて、もうコーヒーも普通に飲めるかもなんて思う…

「…ッ…ほら、行くよ。」

唇を離したらキスした事を怒られるかも…
なんて思ったけど、ジンは笑顔だった。

ジンを、ホンミさんの事務所へ送った。
…離れ難かったけど、俺も家での仕事が残っているから大人しく帰り…ジンの帰りを待つ事にした。



家で1人でする仕事、スペインやNYの雑誌のコメント、写真のチェック。
次に出すギターソロのメロディ作曲。
仕事はあっという間に終わり、なんとなく絵を描くこと数時間。
夕方には暗くなり、外灯、玄関などの電気を付けて回る。
1人で住んでいたら灯りなんて気にしない。
誰か来た時の為とかいうけど、俺はただジンの帰りを待っているから灯りを付ける。

……早く、ジンに会いたい…
……'元気になったら'が今夜、許される…

リビングのソファに座った瞬間、ジンの声がして立ち上がった。

「ただいまー!」

「おかえり!」

靴を脱いで上がって来たジンに玄関で抱きつく。

「…お腹空いてる?」

「ジンは?」

「軽く食べてたから減ってない。
ジョンはお腹空いてるでしょ?
お昼食べた?
ポトフ残ってる?味変えて食べる?」

「んー…」

ジンの体を離すと、ジンは話しながら洗面所へと進む。手を洗いに行くからだ。
ジンの隣を一緒に歩いて進む。

「けどさ、我慢、したじゃん?」

「……ふっ…うん、昨日ね。……僕もね?」

目を細めて、俺に優しく笑いかけるジン。

……可愛すぎる。
更にカッコ良くて爽やか…で、エッチの時は蕩けてセクシー過多になる。
可愛いと言いたいけど可愛いだけじゃないから言葉が出て来ない。
…お風呂、湯船ためて温めておいて良かった。

洗面所で手を洗うジンの後ろに張り付く。
セーター越しに腰を撫でながらジンの肩に俺の頬を乗せて首筋を間近に見つめる。
そして鏡のジンに視線を移した。

「……ッ…」

まだキスしてないけど、ジンの腰が跳ねる。
鏡越しの視線が重なる。

「……ん?どうした?」

優しいジンの声。
でもこの声が出せないくらい蕩けるジンを知ってるし、早く見たい。
鏡越しにジンと目を合わせたまま、撫でている腰のセーターを捲って素肌を弄る。

「……ッ、」

また、跳ねるジンの体。
ジンをこちらに向かせ、鏡ではなく直接ジンの瞳を見つめると、吸い込まれそうな瞳。
もうすでに瞳は繋がって離れない。
…キスの最中以外は。

お互いの唇が引かれ合うみたいに重なって、舌で奥まで繋がる。
もうこうなったら離さない。
お互い溶けた舌を絡ませたり緩ませたり吸ったり吸われたりで色んな感覚に溺れながら…ジンの服を剥いでいく。
自分の服も剥がされながら。
2人裸になると少しだけ寒かった洗面所から、暖かい浴室へと雪崩れ込むように進む。
浴室の壁にジンを押し付け、おもむろにジンの下半身を咥える。
ジンを見上げると熱が籠る視線と重なって…
ジンの息を整える胸の動きも視界に入り…
たまらず指で後ろも弄ってしまった。

「…ッ…」

沢山の急な刺激に堪えられなかったのか、仰け反り顔を背けてようやく立っているようなジン。
そんなジンの両手を自分の首に回させて、ジンを支えるように立ちながら…
解して熱を持ったジンの奥へと……

「………ッ……ッ…」

お互いの息遣いが浴室で響く。

ジンの蕩ける表情と身体を堪能しつつ、おかしくなるくらい気持ち良くなる動きを繰り返した。
おかしくなる'くらい'というか、おかしくなり過ぎて身体も脳もほんとどうにかなってしまう。
…毎日繰り返しても足りなくて、毎日毎日、満足しながらも足りなくなって求めてしまう。


早急に繋げた身体、すぐに満たされてもまた押し寄せる熱。
続けざまの2度目の行為は、湯船の中。
ゆっくり楽しみ…のぼせない程度に浴室からリビングに移動した。

ソファで2人寝転ぶのは少しだけ狭いけど、膝掛け用の毛布の中で2人絡まれば心地良かった。


だいぶ夜も更けたころ、もう動けないと言い横たわるジンに後ろから重なり腕枕していると俺の腕を指先でくすぐるジン。
そんなジンの指をぼんやり眺めていると、ジンがポツポツと話し始めた。
この、まどろむ時間、とても好きだ。

「…僕とずっとチュウとかエッチ、
出来なかったらどうする?
…他の人と、とか…」

「他の人とはしない。
何もしない。
しなくても欲求不満になったりしないし。
チュウとかエッチは俺にとって
ジンと愛を確認し合うためだけだから。」

「………まぁ…うん、
僕も、他の人とはありえないんだけど…」

「で、こうして抱き合ったり…
チュウ出来なくても、エッチ出来なくても、
愛は確認出来るって思うし。」

「…まぁね……
僕は、…ちょっと心配。
ジョンと会う前なら欲求不満になるとか
そういう心配なかったけど…
僕の身体、ジョン無しじゃ死んじゃうかも…」

消えそうな柔らかい声…いや少し鳴き過ぎたからか掠れ気味だけど、優しい声で伝えられる愛の言葉。
……嬉しくて死ぬ。
たぶん、眠気で何も考えずに思った事を話している。だからこそ嬉しい。
ジンの為に、これから先もずっと生きなければ。

「……心配しないで。1人にしないから。
ジンと生きるから。」

「うん……1人にしないで。
俺もジョン無しじゃ生きれないから、
一緒だね。」

「……一緒。ずっと一緒ね。」

頭を動かし、俺の腕に唇を当ててキスするジン。
そんなジンの頭に俺もキスをした。

「ホントはさ、
誰かの目を気にせずに手を繋いだり、
付き合ってることを隠さずに、
俺はジンを愛してるんだって
宣言したいと思ってたけど、
そんなのどうでも良いって思えるくらい、
ジンとこのまま、こんなふうに、
ずっと過ごせていけたらな、って思う。」

「……うん。」

震えた声で返事するジン。

「……うん。」

返事を繰り返すジンを腕枕していない方の左腕で抱きしめると、返事をするようなタイミングで何度もゆっくり頷くジン。
そして、少しすると寝息が聞こえだした。

俺は、夢でもジンと一緒にいたいと願って
眠りについたから、多分寝息も2人重なっていたと思う。
多分…いや絶対。
2人の重なる寝息を聞けないのが残念。

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