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風そよぐ 68
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「え、CMですか?」
「今しがた、オファーがあった。小笠原、九月はどうなってる」
大手家電メーカーHIDAKAのテレビのCMだという。
「志村の方はこの辺りに入れられるだろう。『田園』の北海道ロケ俺が行く予定だったが、お前が行くか? あるいはお前がこっちのCMにするなら、最初からお前でいった方がいいな」
どちらかというと北海道ロケの方が、慣れたスタッフと一緒なのでやりやすいだろうけれど、CMを工藤が担当することになると、ただでさえいっぱいいっぱいな工藤のスケジュールがもろタイトになる。
「CMやります」
「だったら、明後日東京に戻ったら、HIDAKAへ行け。広報部長とアポを取ってある。プラグインの河崎には連絡した」
「わかりました」
河崎さんか。
あまり気を抜けない人だよな。
と、いきなり工藤が良太の頭を掻きまわした。
「全力でやらなくていい、肩の力を抜け」
何だ、と思って顔を上げると、工藤がそんなことを言った。
珍しく、目に優しさが宿っていた気がするのは気の迷いだろうか。
「工藤さんなんだって?」
良太が席に戻ると、志村が聞いた。
「HIDAKAのCM、俺、担当になります」
「ああ、さっき聞いた。大丈夫? 結構仕事詰まってるんじゃないの?」
「まあ、工藤さんほどじゃないですし、ただ、プラグイン、河崎さんなんですよね」
「ああ、それこそ元英報堂エリートの?」
「藤堂さんは話しやすいんですけど、河崎さんは………。ほら、前にイタリア行ったじゃないですか、あの時、ビシバシきましたからね」
良太にとっては黒歴史でもある、初めてのCM出演だ。
その後も工藤の代理で一緒に仕事をしたことはあったものの、担当としては初めてということになる。
「ああ、良太が出たカフェラッテのCM?」
「でもあれ、実際評判よかったよね。ドラマも」
隣の小杉が言った。
「やめてくださいよ、俺の黒歴史なんですから」
「良太は俳優もやってるのか?」
向かいの匠からそんな質問が飛んでくる。
「いや、一度ね、ピンチヒッターで。最初で最後」
「そうなんだ。最初見た時、てっきり新人俳優かと思ったけど」
サラリと匠は感想を述べた。
「あの、何でそこで新人、がつくんです?」
「いや、雰囲気新人っぽいってか、可愛いから」
良太は手にしたビールを吹き出しそうになった。
あんたに言われたくないぞ。
そのお人形さんのような可愛いツラして。
「確かに、可愛いよな、良太は」
志村が笑うのにつられるように小杉もハハハと笑う。
「ちょ、やめてくださいよ、俺、もうアラサーで」
「うん、良太ちゃんは可愛いよ」
奈々までが話を聞きつけて断言してくれる。
「奈々ちゃんにまで言われたら俺立つ瀬がないよ」
またどっと笑いが起こる。
天才能楽師なんてどう対応したらいいだろうなどと尻込み気味だった良太だが、匠は最初はちょっと違和感ありだったが、普通に周りと馴染んでいる。
タカヒロ! にはちょっと引っかかるけどさ。
工藤がいない時はおそらくまた良太が顔を出すことになるだろうことはわかっていたが、山之辺芽久や竹野みたいな癖のある俳優と匠は違うようで、良太はほっとしていた。
『大いなる旅人』は小笠原でなくても、良太も気になる映画で、少しでも関われることは嬉しかった。
一行はまた高雄に戻り、やがて撮影が再開された。
匠は日比野の話を聞いて良太が思っていた以上に、舞のシーンにはこだわりをもって臨み、何度もテイクを重ね、時には日比野と言い争うかのように、時に舞の仕草を実際に示しつつ、一つ一つ丁寧に創り上げていく。
ヤギさん並みだな。
そして一つのシーンがこれぞとなった時、カットがかかるまでの舞の優美さは、芸術などにはトンと縁がない良太にも、十二分に伝わってきた。
ホンモノだ。
朗々と謳いあげるように響く声は、さっき話している匠とは全く違って、どこか人間離れしている気がした。
科白はどうなんだろうという疑念も、すぐにどこかへ消し飛んだ。
さすが千雪さんの紹介だけある。
ん? あれ? タカヒロなんて言うから、そっちに気を取られてたけど、千雪さんじゃなくて、研二さんの知り合い?
それでも、予定していたカットの撮影は予定の五時より一時間ほど早く終わり、終わった途端、スタッフ共々固唾をのんで見守っていた俳優陣も、緊張の後の解放感を感じたようだ。
工藤はあまり口を出さず、匠と日比野のやり取りや撮影をじっと見つめていた。
工藤も匠をホンモノだと思っているからだ、と良太は思う。
良太も工藤と何年かのつきあいで何となくわかってきた。
ホンモノと思う相手には文句は言わない。
竹野に対してもそうだった。
竹野は工藤に何か言ってほしかったようだが、工藤はそれだけ竹野を認めていた。
逆に、どんなに人気がある俳優であろうとひどい芝居を見せられた日には、文句を言ってよくなればよしだが、ガンガン言ってそれでもあまりにどうしようもない時は、主役であろうがキャストを降ろしてしまう。
昔、工藤がとある人気女優を降ろしたところに出くわした良太は、工藤にこそっと文句を言ったことがあったが、今ならわかる。
本谷に対しても学芸会以下と最初はひどい言い草だった。
「今しがた、オファーがあった。小笠原、九月はどうなってる」
大手家電メーカーHIDAKAのテレビのCMだという。
「志村の方はこの辺りに入れられるだろう。『田園』の北海道ロケ俺が行く予定だったが、お前が行くか? あるいはお前がこっちのCMにするなら、最初からお前でいった方がいいな」
どちらかというと北海道ロケの方が、慣れたスタッフと一緒なのでやりやすいだろうけれど、CMを工藤が担当することになると、ただでさえいっぱいいっぱいな工藤のスケジュールがもろタイトになる。
「CMやります」
「だったら、明後日東京に戻ったら、HIDAKAへ行け。広報部長とアポを取ってある。プラグインの河崎には連絡した」
「わかりました」
河崎さんか。
あまり気を抜けない人だよな。
と、いきなり工藤が良太の頭を掻きまわした。
「全力でやらなくていい、肩の力を抜け」
何だ、と思って顔を上げると、工藤がそんなことを言った。
珍しく、目に優しさが宿っていた気がするのは気の迷いだろうか。
「工藤さんなんだって?」
良太が席に戻ると、志村が聞いた。
「HIDAKAのCM、俺、担当になります」
「ああ、さっき聞いた。大丈夫? 結構仕事詰まってるんじゃないの?」
「まあ、工藤さんほどじゃないですし、ただ、プラグイン、河崎さんなんですよね」
「ああ、それこそ元英報堂エリートの?」
「藤堂さんは話しやすいんですけど、河崎さんは………。ほら、前にイタリア行ったじゃないですか、あの時、ビシバシきましたからね」
良太にとっては黒歴史でもある、初めてのCM出演だ。
その後も工藤の代理で一緒に仕事をしたことはあったものの、担当としては初めてということになる。
「ああ、良太が出たカフェラッテのCM?」
「でもあれ、実際評判よかったよね。ドラマも」
隣の小杉が言った。
「やめてくださいよ、俺の黒歴史なんですから」
「良太は俳優もやってるのか?」
向かいの匠からそんな質問が飛んでくる。
「いや、一度ね、ピンチヒッターで。最初で最後」
「そうなんだ。最初見た時、てっきり新人俳優かと思ったけど」
サラリと匠は感想を述べた。
「あの、何でそこで新人、がつくんです?」
「いや、雰囲気新人っぽいってか、可愛いから」
良太は手にしたビールを吹き出しそうになった。
あんたに言われたくないぞ。
そのお人形さんのような可愛いツラして。
「確かに、可愛いよな、良太は」
志村が笑うのにつられるように小杉もハハハと笑う。
「ちょ、やめてくださいよ、俺、もうアラサーで」
「うん、良太ちゃんは可愛いよ」
奈々までが話を聞きつけて断言してくれる。
「奈々ちゃんにまで言われたら俺立つ瀬がないよ」
またどっと笑いが起こる。
天才能楽師なんてどう対応したらいいだろうなどと尻込み気味だった良太だが、匠は最初はちょっと違和感ありだったが、普通に周りと馴染んでいる。
タカヒロ! にはちょっと引っかかるけどさ。
工藤がいない時はおそらくまた良太が顔を出すことになるだろうことはわかっていたが、山之辺芽久や竹野みたいな癖のある俳優と匠は違うようで、良太はほっとしていた。
『大いなる旅人』は小笠原でなくても、良太も気になる映画で、少しでも関われることは嬉しかった。
一行はまた高雄に戻り、やがて撮影が再開された。
匠は日比野の話を聞いて良太が思っていた以上に、舞のシーンにはこだわりをもって臨み、何度もテイクを重ね、時には日比野と言い争うかのように、時に舞の仕草を実際に示しつつ、一つ一つ丁寧に創り上げていく。
ヤギさん並みだな。
そして一つのシーンがこれぞとなった時、カットがかかるまでの舞の優美さは、芸術などにはトンと縁がない良太にも、十二分に伝わってきた。
ホンモノだ。
朗々と謳いあげるように響く声は、さっき話している匠とは全く違って、どこか人間離れしている気がした。
科白はどうなんだろうという疑念も、すぐにどこかへ消し飛んだ。
さすが千雪さんの紹介だけある。
ん? あれ? タカヒロなんて言うから、そっちに気を取られてたけど、千雪さんじゃなくて、研二さんの知り合い?
それでも、予定していたカットの撮影は予定の五時より一時間ほど早く終わり、終わった途端、スタッフ共々固唾をのんで見守っていた俳優陣も、緊張の後の解放感を感じたようだ。
工藤はあまり口を出さず、匠と日比野のやり取りや撮影をじっと見つめていた。
工藤も匠をホンモノだと思っているからだ、と良太は思う。
良太も工藤と何年かのつきあいで何となくわかってきた。
ホンモノと思う相手には文句は言わない。
竹野に対してもそうだった。
竹野は工藤に何か言ってほしかったようだが、工藤はそれだけ竹野を認めていた。
逆に、どんなに人気がある俳優であろうとひどい芝居を見せられた日には、文句を言ってよくなればよしだが、ガンガン言ってそれでもあまりにどうしようもない時は、主役であろうがキャストを降ろしてしまう。
昔、工藤がとある人気女優を降ろしたところに出くわした良太は、工藤にこそっと文句を言ったことがあったが、今ならわかる。
本谷に対しても学芸会以下と最初はひどい言い草だった。
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