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風そよぐ 67
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「ありがとうございます。でも社長と一緒みたいな目で見るのはやめてくださいね」
にっこり笑って良太は言った。
「良太はすごいエリートなんだ?」
いきなり信じられないような言葉をぶつけられて、良太は目の前に座るお人形のような顔の主をまじまじと見た。
しかも、初めから良太呼ばわりかよ。
まあ、そんなのは今までも高飛車な女優俳優連中で慣れているというものだが。
「とんでもないです。エリートなんて言葉とは到底かけ離れた存在ですから。うちの会社ではもう運転手からデスクワークから何から何までやってる何でも屋的存在で。檜山さんは東京のご出身なんですよね?」
極力謙遜して自己紹介をしたつもりの良太だったが、檜山は、「匠だ」と、ぽつりと返してきた。
「え?」
「俺は匠でいいっての。あのさ、日本人の謙虚さってのは全面否定するわけじゃないし、時に人間関係を円滑に進めるための手段としては有効だとは思うけど、確かT大出てるって聞いたから、T大出てるなんてエリートじゃないのかって思って」
志村の言う通り、非常にざっくばらんな人らしい。
同時に自分の思ったことをはっきり言うタイプだ。
そうか、ニューヨークにいたんだっけ。
「ああ、いや、どんな大学出てても、仕事ができる人じゃないとエリートとは言わないですよ。俺、大学では野球ばっかやってて卒業もやっと、この仕事もやっと面白いかもって思えるようになったくらいで」
「ふーん。今はドラマのプロデュースとかやってるんだ?」
あまり表情は変わらない。
能楽師だから、能面みたいってことはないよな、と良太は匠を見て思う。
「まあ、ボチボチと。初めてやったのはスポーツ番組で、今も続けてます」
「そうか、野球やってたんだよね。でも野球やっててT大って珍しくないか?」
「野球も残念ながらプロ行けるような力なかったけど、T大なら曲がりなりにも六大学リーグでやれるじゃないですか」
「へえ、それってすごいじゃん」
表情は変わらない分言葉はダイレクトだ。
「何がです?」
「六大学リーグで野球やりたくてT大行くって、すごくない?」
匠は軽くグラスのビールを空けた。
「そうだったんだ」
二つ隣の席から奈々が口を挟む。
「謎だったんだよね、良太ちゃん、T大で野球しかやってなかったとか。でもそれでようやくわかった」
良太はハハハと空笑いするしかなかった。
「ライバルは関西タイガースで四番ですからね~」
つい悔し紛れに良太は、実は面倒くさい男の顔を思い浮かべる。
「え、沢村は良太のライバルだったのか?」
そのまま驚いてくれる匠の反応は新鮮だった。
「俺川崎でリトルリーグに入ってて、沢村のチームとよく対戦したんですよ。高校でもまあ。沢村は甲子園行く組、俺らは三流地区予選敗退組でしたけどね。運よくかどうか、大学でも。あ、でも、三振取ったことだってあるんですよ、あいつから。六割で打たれてましたけどね」
「ピッチャーか、いいなあ。俺、ガキの頃から稽古ばっかで野球とかやらせてもらえなかったから、羨ましい。ガキの頃はテレビとかネットでこっそり野球見てた。ニューヨークの大学行ってからだぜ、本物の野球見たの」
難しい家に生まれたからこその不自由もあったわけだ。
「ヤンキースですか?」
「いんや、ヤンキースってえばってるじゃん、俺はメッツ応援してた」
ちょっと捻くれてるところもあるのか。
「俺こそ羨ましいですよ。MLB見られるとか」
良太はいつの間にか匠と二人で話が弾んでいたことに気づいて苦笑する。
「そういえば、小林先生のお知り合いなんですか?」
しばらく鱧しゃぶを堪能していた良太は、思い出したように匠に聞いた。
「ああ、千雪のことか? まあ、俺は……千雪のダチの研二と知り合いで、それで千雪とも会って、今回の仕事、日本舞踊家を探してるらしいからやってみないかって言われて、それで高広に紹介してもらったんだ」
途端、良太は鱧がのどに詰まりそうになった。
タ・カ・ヒ・ロ!!!???
高広だと?!
工藤をそう呼ぶのはこれまで、工藤と関係のあった女たちだ。
イタリアの加絵、ルクレツィア、それに佳乃さんだ。
佳乃さんは、高広さん、だし、ひとみさんはもう工藤とは戦友みたいな感じだから許すとして、俺だって高広なんて呼んだことないのに!
まあ、工藤、とか呼んだりはしてるけど。
ってか、いくらニューヨーク帰りっつったって、俺を良太とか呼ぶくらいどうってことはないさ、けど、高広ってさあ。
「あ、正明、午後は何時までだっけ?」
「えっと、とりあえず五時ってことになってるね」
正明? って、誰だよって小杉さんか?
名前なんか呼ばないから一瞬わからなかったじゃないかよ。
何? 俺がジャパニーズ過ぎってこと?
でも小杉さんを正明とか、今さら呼べないぞ。
良太がそんなことで頭を悩ませていると、「良太、ちょっと来い」と工藤が呼んだ。
「あ、はい」
良太は箸を置いて立ち上がった。
「何ですか」
工藤のところに出向くと、工藤はタブレットを取り出して、クラウドに置いているスケジュール表を見ていた。
にっこり笑って良太は言った。
「良太はすごいエリートなんだ?」
いきなり信じられないような言葉をぶつけられて、良太は目の前に座るお人形のような顔の主をまじまじと見た。
しかも、初めから良太呼ばわりかよ。
まあ、そんなのは今までも高飛車な女優俳優連中で慣れているというものだが。
「とんでもないです。エリートなんて言葉とは到底かけ離れた存在ですから。うちの会社ではもう運転手からデスクワークから何から何までやってる何でも屋的存在で。檜山さんは東京のご出身なんですよね?」
極力謙遜して自己紹介をしたつもりの良太だったが、檜山は、「匠だ」と、ぽつりと返してきた。
「え?」
「俺は匠でいいっての。あのさ、日本人の謙虚さってのは全面否定するわけじゃないし、時に人間関係を円滑に進めるための手段としては有効だとは思うけど、確かT大出てるって聞いたから、T大出てるなんてエリートじゃないのかって思って」
志村の言う通り、非常にざっくばらんな人らしい。
同時に自分の思ったことをはっきり言うタイプだ。
そうか、ニューヨークにいたんだっけ。
「ああ、いや、どんな大学出てても、仕事ができる人じゃないとエリートとは言わないですよ。俺、大学では野球ばっかやってて卒業もやっと、この仕事もやっと面白いかもって思えるようになったくらいで」
「ふーん。今はドラマのプロデュースとかやってるんだ?」
あまり表情は変わらない。
能楽師だから、能面みたいってことはないよな、と良太は匠を見て思う。
「まあ、ボチボチと。初めてやったのはスポーツ番組で、今も続けてます」
「そうか、野球やってたんだよね。でも野球やっててT大って珍しくないか?」
「野球も残念ながらプロ行けるような力なかったけど、T大なら曲がりなりにも六大学リーグでやれるじゃないですか」
「へえ、それってすごいじゃん」
表情は変わらない分言葉はダイレクトだ。
「何がです?」
「六大学リーグで野球やりたくてT大行くって、すごくない?」
匠は軽くグラスのビールを空けた。
「そうだったんだ」
二つ隣の席から奈々が口を挟む。
「謎だったんだよね、良太ちゃん、T大で野球しかやってなかったとか。でもそれでようやくわかった」
良太はハハハと空笑いするしかなかった。
「ライバルは関西タイガースで四番ですからね~」
つい悔し紛れに良太は、実は面倒くさい男の顔を思い浮かべる。
「え、沢村は良太のライバルだったのか?」
そのまま驚いてくれる匠の反応は新鮮だった。
「俺川崎でリトルリーグに入ってて、沢村のチームとよく対戦したんですよ。高校でもまあ。沢村は甲子園行く組、俺らは三流地区予選敗退組でしたけどね。運よくかどうか、大学でも。あ、でも、三振取ったことだってあるんですよ、あいつから。六割で打たれてましたけどね」
「ピッチャーか、いいなあ。俺、ガキの頃から稽古ばっかで野球とかやらせてもらえなかったから、羨ましい。ガキの頃はテレビとかネットでこっそり野球見てた。ニューヨークの大学行ってからだぜ、本物の野球見たの」
難しい家に生まれたからこその不自由もあったわけだ。
「ヤンキースですか?」
「いんや、ヤンキースってえばってるじゃん、俺はメッツ応援してた」
ちょっと捻くれてるところもあるのか。
「俺こそ羨ましいですよ。MLB見られるとか」
良太はいつの間にか匠と二人で話が弾んでいたことに気づいて苦笑する。
「そういえば、小林先生のお知り合いなんですか?」
しばらく鱧しゃぶを堪能していた良太は、思い出したように匠に聞いた。
「ああ、千雪のことか? まあ、俺は……千雪のダチの研二と知り合いで、それで千雪とも会って、今回の仕事、日本舞踊家を探してるらしいからやってみないかって言われて、それで高広に紹介してもらったんだ」
途端、良太は鱧がのどに詰まりそうになった。
タ・カ・ヒ・ロ!!!???
高広だと?!
工藤をそう呼ぶのはこれまで、工藤と関係のあった女たちだ。
イタリアの加絵、ルクレツィア、それに佳乃さんだ。
佳乃さんは、高広さん、だし、ひとみさんはもう工藤とは戦友みたいな感じだから許すとして、俺だって高広なんて呼んだことないのに!
まあ、工藤、とか呼んだりはしてるけど。
ってか、いくらニューヨーク帰りっつったって、俺を良太とか呼ぶくらいどうってことはないさ、けど、高広ってさあ。
「あ、正明、午後は何時までだっけ?」
「えっと、とりあえず五時ってことになってるね」
正明? って、誰だよって小杉さんか?
名前なんか呼ばないから一瞬わからなかったじゃないかよ。
何? 俺がジャパニーズ過ぎってこと?
でも小杉さんを正明とか、今さら呼べないぞ。
良太がそんなことで頭を悩ませていると、「良太、ちょっと来い」と工藤が呼んだ。
「あ、はい」
良太は箸を置いて立ち上がった。
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