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風そよぐ 64
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「ドラマの撮影始まる前には戻るつもりだったけど、良太ちゃんのこと心配で明日にも帰ろうかと思ったわよ」
「来月まで十分楽しんできてください」
わざわざ海外から連絡をくれるひとみのような人もいるし。
「わ、良太ちゃん、もういいの?」
「直ちゃんがお見舞いに行くっていうんで一緒に来たんだよ」
夕方二人連れはそう言いながらオフィスを訪れた。
直子は両腕一杯のピンクやオレンジや淡い色のバラをメインとした花束を抱えている。
「良太ちゃんの好きなパンナコッタだよ」
藤堂は有名なパティシェリーの袋を掲げた。
「ありがとう! ほんのちょっとした怪我だったんです」
「でも心配したんだから。佐々木ちゃんからようすは聞いたんだけどね」
「まあ、でも、あれはちょっと考えなくちゃだね。ミタさんとこも、本谷くんの対応、なってない気がする」
珍しく藤堂が難しい顔で言った。
「さっき、ミタさんとこの浜野さんがお見舞いに来てくれたんですよ。本谷くんのマネージャーさん」
「ああ、浜野さん? あの人も三田さんとこでもう二十年くらいだって聞いたけど、悪い人じゃないんだが、何ていうか今一つモノが言えない人で、中間管理職的なところもあるから難しいかも知れないけどね」
「さすが藤堂さん、情報網すごいですね。お見舞いはいいんですけど、お見舞い金、どうしようかって。工藤にはまだ話してないんですけど」
良太はまだテーブルに置いたままの紙包みを目で示した。
「くれるっていうもの、もらっちゃえばいいよ」
事も無げに藤堂は言う。
「でもこれ、結構ありますよ?」
「三百万くらい?」
直子が言った。
「すごい、直ちゃんもわかるの?」
「大体、目見当でね」
「事務所側も本谷くんの人気をそろそろ認識して動いた方がいいとは思うんだけど、よその会社のことに首を突っ込むわけにもいかないしね。大体ああいう大手はすぐ金でかたをつけようとするけど、根本的なところを解決しないことにはどうにもならない」
藤堂が頷きながら言った。
「俺もつい、差し出がましいけどって、本谷くん専属マネつけたらとか言ってみたけど、浜野さんではどうにもならないみたいで」
良太は眉を顰めつつ言った。
「所属する事務所によって、俳優さんたちもいろいろ大変ですわね」
鈴木さんが早速大テーブルの上で花瓶に花を活けた。
華やかな明るさで、オフィス内の空気も変わるようだ。
「そうだ!」
藤堂がポンと手を叩く。
「そのお見舞い金で、青山プロ側で本谷くん用のアシスタントバイトをつけるとか」
「うちは直では難しいかもですよ? うーん、バイトならわからないけど」
良太も小首を傾げる。
「じゃ、制作会社経由でお願いするとか?」
直子がそう提案した。
「そうですねぇ、このお見舞い金を使うかどうかは別にしても、ミタさんとこが何の手立てもしなければ、少なくともうちの仕事関連の間はそういうことも考えてもいいかも」
「そうよ、そうすれば、良太ちゃんの仕事も軽減するし」
「俺は別に、工藤さんみたくワーカホリックじゃないよ」
ムキになる良太を、直子は、「十分ワーカホリックよ。だってもう仕事してるし」と軽く睨む。
「まあでも、ミタさんとこもいい加減、本谷くんが人気だけじゃなく実力つけてきてるのわかってると思うし、これからのことを見越して考えるんじゃないのかなあ」
良太の言葉に、藤堂が「わかってるじゃないか、良太ちゃん」とにんまりと笑う。
「そうだ、いざとなれば、本谷くん、青山プロに移籍するとか?」
直子が声を大にして言った。
「いや、それは………」
万が一の時は賛成はしたいものの、良太は複雑な面持ちで言葉を濁す。
「移籍はなかなか難しいよ。小笠原くんとかの場合は、事情が事情だったから納得ってところがあったけど、大手からの離脱には、まだまだ問題がつきものだしね」
「だから業界って嫌い」
直子は途端面白くなさそうな表情をする。
「本谷くん、確かに最初はミタさんとこではアイドル路線で売りだそうとしてたんだけど、ドラマで徐々に評判上げてるからね、彼。少しは路線変更、するんじゃないかな。よその事務所の俳優さんでも、せっかく上向きになってる才能をつぶしたくはないよね」
「ですよね~」
良太も藤堂に同感だった。
「とにかく、もちょっと大事にしてやってほしいですよね」
俳優としての本谷はおそらくこれからもっと飛躍するだろうと思われた。
翌日は早朝からまた『からくれないに』の撮影が始まった。
スタジオでは次の殺人事件が起きて、所轄の刑事が現場に臨場するカットなどが撮影され、アスカの出演するシーンが続いていた。
最初の殺人事件と手口やさらに凶器とされるナイフらしきものの形状が一致したことで、容疑者として拘留されていた本谷は釈放されるが、まだ完全に容疑が晴れたわけではないため、刑事に尾行されている、といったカットが続く。
「来月まで十分楽しんできてください」
わざわざ海外から連絡をくれるひとみのような人もいるし。
「わ、良太ちゃん、もういいの?」
「直ちゃんがお見舞いに行くっていうんで一緒に来たんだよ」
夕方二人連れはそう言いながらオフィスを訪れた。
直子は両腕一杯のピンクやオレンジや淡い色のバラをメインとした花束を抱えている。
「良太ちゃんの好きなパンナコッタだよ」
藤堂は有名なパティシェリーの袋を掲げた。
「ありがとう! ほんのちょっとした怪我だったんです」
「でも心配したんだから。佐々木ちゃんからようすは聞いたんだけどね」
「まあ、でも、あれはちょっと考えなくちゃだね。ミタさんとこも、本谷くんの対応、なってない気がする」
珍しく藤堂が難しい顔で言った。
「さっき、ミタさんとこの浜野さんがお見舞いに来てくれたんですよ。本谷くんのマネージャーさん」
「ああ、浜野さん? あの人も三田さんとこでもう二十年くらいだって聞いたけど、悪い人じゃないんだが、何ていうか今一つモノが言えない人で、中間管理職的なところもあるから難しいかも知れないけどね」
「さすが藤堂さん、情報網すごいですね。お見舞いはいいんですけど、お見舞い金、どうしようかって。工藤にはまだ話してないんですけど」
良太はまだテーブルに置いたままの紙包みを目で示した。
「くれるっていうもの、もらっちゃえばいいよ」
事も無げに藤堂は言う。
「でもこれ、結構ありますよ?」
「三百万くらい?」
直子が言った。
「すごい、直ちゃんもわかるの?」
「大体、目見当でね」
「事務所側も本谷くんの人気をそろそろ認識して動いた方がいいとは思うんだけど、よその会社のことに首を突っ込むわけにもいかないしね。大体ああいう大手はすぐ金でかたをつけようとするけど、根本的なところを解決しないことにはどうにもならない」
藤堂が頷きながら言った。
「俺もつい、差し出がましいけどって、本谷くん専属マネつけたらとか言ってみたけど、浜野さんではどうにもならないみたいで」
良太は眉を顰めつつ言った。
「所属する事務所によって、俳優さんたちもいろいろ大変ですわね」
鈴木さんが早速大テーブルの上で花瓶に花を活けた。
華やかな明るさで、オフィス内の空気も変わるようだ。
「そうだ!」
藤堂がポンと手を叩く。
「そのお見舞い金で、青山プロ側で本谷くん用のアシスタントバイトをつけるとか」
「うちは直では難しいかもですよ? うーん、バイトならわからないけど」
良太も小首を傾げる。
「じゃ、制作会社経由でお願いするとか?」
直子がそう提案した。
「そうですねぇ、このお見舞い金を使うかどうかは別にしても、ミタさんとこが何の手立てもしなければ、少なくともうちの仕事関連の間はそういうことも考えてもいいかも」
「そうよ、そうすれば、良太ちゃんの仕事も軽減するし」
「俺は別に、工藤さんみたくワーカホリックじゃないよ」
ムキになる良太を、直子は、「十分ワーカホリックよ。だってもう仕事してるし」と軽く睨む。
「まあでも、ミタさんとこもいい加減、本谷くんが人気だけじゃなく実力つけてきてるのわかってると思うし、これからのことを見越して考えるんじゃないのかなあ」
良太の言葉に、藤堂が「わかってるじゃないか、良太ちゃん」とにんまりと笑う。
「そうだ、いざとなれば、本谷くん、青山プロに移籍するとか?」
直子が声を大にして言った。
「いや、それは………」
万が一の時は賛成はしたいものの、良太は複雑な面持ちで言葉を濁す。
「移籍はなかなか難しいよ。小笠原くんとかの場合は、事情が事情だったから納得ってところがあったけど、大手からの離脱には、まだまだ問題がつきものだしね」
「だから業界って嫌い」
直子は途端面白くなさそうな表情をする。
「本谷くん、確かに最初はミタさんとこではアイドル路線で売りだそうとしてたんだけど、ドラマで徐々に評判上げてるからね、彼。少しは路線変更、するんじゃないかな。よその事務所の俳優さんでも、せっかく上向きになってる才能をつぶしたくはないよね」
「ですよね~」
良太も藤堂に同感だった。
「とにかく、もちょっと大事にしてやってほしいですよね」
俳優としての本谷はおそらくこれからもっと飛躍するだろうと思われた。
翌日は早朝からまた『からくれないに』の撮影が始まった。
スタジオでは次の殺人事件が起きて、所轄の刑事が現場に臨場するカットなどが撮影され、アスカの出演するシーンが続いていた。
最初の殺人事件と手口やさらに凶器とされるナイフらしきものの形状が一致したことで、容疑者として拘留されていた本谷は釈放されるが、まだ完全に容疑が晴れたわけではないため、刑事に尾行されている、といったカットが続く。
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