風そよぐ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
41 / 75

風そよぐ 41

しおりを挟む
 東京駅で新幹線を降り、丸の内線国会議事堂前で千代田線に乗り換えて三つ目で乃木坂駅に着く。
 階段を上がって雨がこぼれ始めた歩道を早足に約二分ほど、良太はオフィスのドアを開けた。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。雨、降ってきちゃったわね」
 にこやかに笑って出迎えてくれる鈴木さんの顔を見ると、ほっとする。
「あら、おたべ! 早速お茶をいれましょうね」
 お土産の袋を手渡すと、鈴木さんはいそいそとキッチンに向かった。
「今頃の京都も、雨が降ったりして風情がありそうねぇ」
 鈴木さんと窓側のソファセットでおたべを前にお茶をしながら、良太はしばらくまったりと本格的に振り出した雨の街並みに目をやった。
「娘と今度京都に行きたいって話してるのよ。夏の京都もいいわよね」
「いいですね。七月に連休あるし」
「そうだけど、良太ちゃん、仕事はどうなの? 工藤さんも相変わらずお忙しそうだし」
「俺や工藤さんのことはお気遣いなく。いつも留守番とか、猫のお世話とかお願いしてて、申し訳ないばっかだし」
 鈴木さんはふふふと緩く笑った。
「あら、いいのよ。猫ちゃんたち可愛いし、癒されるわね、あの子たち見てると」
「いつもありがとうございます」
「京都っていえば、そうそう、川床料理、工藤さんにごちそうしていただいた?」
 何気ない鈴木さんの言葉が良太の胸をチクリと刺した。
「…いえ、時間なくて………」
「撮影、また京都でもあるんでしょ? 次はごちそうしていただきなさいな」
 せっかく食事に誘ってくれたのに、工藤。
 アスカさんとの約束を反故にもできなかったしな。
 あーあ、工藤との食事なんて、もう半永久ないかもな。
 オフィスにいる時にとばかり、デスクでしばらくデータ処理やら書類作成をやっていた良太は、夕方五時近くになってオフィスのドアが開いたので顔を上げた。
「千雪さん、どうしたんですか?」
 ジャケットの肩が濡れている。
「いや、ちょっとな」
 勝手知ったるで千雪は窓際のソファに座った。
「今日、傘持ってくるの忘れて、濡れてしもた」
 鈴木さんがタオルを持ってきて千雪に手渡した。
「温かいものお持ちしますね」
「おおきに」
 良太はちょうど書類を作り終えてプリントアウトしているところだった。
「京都行ったんか? 良太は。撮影向こうやったろ?」
 良太が千雪の向かいに座ると、鈴木さんがまたおたべとお茶を持ってきてくれた。
「おたべやんか、何か久しぶりやな」
 いただきます、と千雪は鈴木さんににっこり笑う。
「さっき戻ったんですよ」
「へえ、順調なん?」
 なるほど、と良太は理解した。
「千雪さんも本谷のこと気にしてるんでしょ」
「まあな。大澤がえらい剣幕やったやんか」
「実は、ちょっと大変で………」
「おい、やっぱあいつあかんとか言わんときや」
 良太が難しい顔をして見せると、千雪が本当に焦ったように身を乗り出した。
「とかって、まあ、何とか大丈夫みたいですよ。確かにちょっとまずい時もあったみたいですけど」
「俺を驚かすな!」
 良太はハハと笑い、「ほんと、もう大丈夫みたいでしたよ」と念をおした。
「本谷、前のドラマまでは、科白は今一つでしたけどいい感じで終わったんですが、さすがにドラマのジャンルも違うし、彼、割とメインなんで、四苦八苦してて、工藤も気にかけてたみたいで」
 千雪は渋い表情でお茶をすする。
「でも、今朝、俺が大ヒントを授けたら、もうバッチリよくなったんです」
「なんや大ヒントて。うさんくさい」
「ひどいな、千雪さん。いや、ほんと、本谷、ヒントで途端によくなってたから、もう大丈夫ですって」
 まだ半信半疑のような眼を千雪は良太に向けた。
「あ、でも、こないだ、テレビに最初に出てきた人で、とかで決めたってのは、俺ら二人だけの胸の内に収めといてくださいよ!」
「良太、お前、俺をおちょくってるな?」
「滅相もない!」
「そのセリフからしてお茶らけてるし、まあ、ええわ。その話は墓場まで持ってくで」
 そういうと千雪は、ようやく夏らしいガラスの器を取って、並べられたおたべを黒文字で割って食べる。
「あ、美味いなこれ」
「そのことで来たんですか? わざわざ」
「ああ、いや」
 千雪はお茶を飲んでから続けた。
「一度は撮影にも顔出せとか、工藤さん、言うてたやろ?」
「そうですね、京都は今週末、金曜日に撮影が終わって、日曜日からこっちで収録なんですが」
「日曜もないんやな、撮影て」
「まあ、ね、日曜の早朝ロケがあるんです。あとはスタジオかな」
「親父の法事があるんや、土曜日。そんで金曜日に京都いくつもりやねんけど」
 そういえばこの人も天涯孤独の人だっけ。
 父親って確か、古典文学の権威とか。
 良太は千雪のプロフィールを思い起こした。
「そうなんですか。撮影、結構七時くらいまでやってるはずなんで、顔出していただけるんなら、工藤に連絡しておきますが」
「ほな、伝えといて」
「わかりました。新幹線で行くんですか?」
「京助が車で行くてきかんから、こっちを十時には出なあかん。ワンコ連れやしな」
 やはり京助が一緒なんだな、と良太は改めて思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~

天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。 「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」 「おっさんにミューズはないだろ……っ!」 愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。 第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...