40 / 75
風そよぐ 40
しおりを挟む
撮影はスムースなやり取りで進み、いくつかのシーンが撮り終わった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
ホテルは既にチェックアウトしていたので、良太はそのまま電車を乗り継いで甲子園球場へと向かった。
電話はたまにかかってくるが、沢村と顔を合わせるのは久しぶりだ。
十時くらいには向こうに着けるだろう。
『パワスポ』のクルーや局アナの市川美由と合流して、沢村の取材をさせてもらう手はずになっている。
午後一時くらいには球場入りするはずなので、今チームがリーグ二位に浮上したことや、交流戦真っ最中の成績を踏まえて今夜のゲームへの意気込みなどをインタビューする手はずだ。
しかし夕べ四の一で、ヤジも飛んだから、沢村のヤツいつにも増して不機嫌だよな、きっと。
十二時四十五分、現れた沢村に市川がインタビューを始めた。
「もちろん目標は優勝です。チームの調子も上がりつつありますし、自分の調子も大体安定してきているので、極端に落ちることなくいければいいかと思っています」
良太の危惧に反して、沢村はよどみなく答え、「三冠王を狙っているか」という市川の問いにも「狙うことでチームへの貢献になればもちろん」と締めくくった。
インタビューが終わって、お疲れ様をした直後、「良太、ちょっと」と良太の腕を掴んでクルーや周りの人の群れから離れたところまで移動すると、沢村が言った。
「お前、こないだ、佐々木さんと温泉に行ったって? 藤堂のやつも一緒だったんだってな」
何かと思えば、意識はそっちにいってるのか。
佐々木が話したらしい。
佐々木にしてみれば、最近のできごとくらいな感覚で話したのだろう。
「何で俺に言わねえんだよ!」
「お前、仕事だぞ? お前にイチイチお伺い立てる必要あるかよ。それに、うっかり言って、またタイムテーブルを駆使してお前がトラベルミステリーもどきを決行しないとも限らないからな」
「うっせーよ」
二月に知り合いが集まって軽井沢でスキー合宿となった時、佐々木に会いたいがために電車のコンコースを走りまくって、キャンプ地の宮崎から飛んでくるという荒業をやってみせた沢村は、当然佐々木に怒られて、一時はゲーム中は合わないなどと宣言されてしまったのだ。
とりあえずその宣言は撤回させたようだが。
「今月は交流戦で目いっぱいで、いくら俺でもそんな余裕はない」
「あたりまえだ」
「にしたって、温泉に行こうって何度も言ってるのに、なんでお前と温泉なんだよ」
「仕事だぞ。まあ、温泉もホテルも食事もこの上なしだったけどな」
ちょっと沢村を羨ましがらせてやる。
「くっそ! シーズン終わったらぜってぇ温泉だ!」
「お前、よく一緒に箱根行ってたんじゃないのかよ?」
「箱根じゃ地元過ぎて行った気にならねぇ」
「贅沢モノめ!」
「次会えるのって、そのアディノのCM撮影ン時くらいなんだよ」
そう言われると良太もちょっと沢村が可哀そうにもなる。
「ああ、オールスターの前? 大阪のスタジオか」
七月中旬、前々から決まっていたスポーツウエアブランド『アディノ』のCM撮影は、沢村のスケジュールの都合でその日くらいしかないのだ。
秋には放映予定となっている。
「しょうがないだろ、佐々木さんも忙しいんだし」
良太が言うと、やんちゃ坊主が愚図っているような顔で沢村は、「わかってる。じゃあな」とムスッとしたままウォーミングアップに向かった。
とりあえずはまあ、昨日は四の一でも調子は良さそうだ。
久々沢村の顔を見たら、負けてられないという気にもなる。
「何か、広瀬さんと沢村さんってすっごく仲いいんですね」
帰りは市川と一緒の新幹線で帰ったのだが、しばらく野球談議をしていて名古屋を過ぎた頃、隣りに座る市川が思い出したように言った。
「ああ、まあ、子供の頃からリトルリーグとかで顔合わせてたからね」
「何か、あたしと奏ちゃんみたいな感じですね」
この頃市川はすごく表情が明るく生き生きとしていた。
それが、彼女の言う奏ちゃんと再度付き合いだしてからだろうことは、良太にもよくわかった。
有吉奏は良太にしてみれば口の悪い不愛想で嫌味なカメラマンでしかないのだが。
『レッドデータアニマルズ』のカメラマンとしてもうずっと仕事では顔を合わせているが、とても奏ちゃん、なんてシロモノではない。
まあ。蓼食う虫もっていうし………。
子供の頃からの付き合いというように、市川は有吉のそういう性格も込みで付き合っているらしいし。
うまくいっているようで何よりだって。
東京に戻ったら、また、その有吉や下柳と顔を突き合わせる仕事が待っている。
工藤とはほんのちょっと話しただけだったけど、ま、話せただけいいか。
本谷も今朝の撮影見てたら、何とかこれからも行けそうな感じになってきたし。
オフィスの留守番をかねてネコの面倒を見てくれていた鈴木さんには、京都の定番、おたべを買った。
静岡を通過する頃、市川も良太もうとうとと眠り込んでいて、雨が降らなければ見られるかななどと言っていた富士山も見損なった。
「いいよいいよ、本谷くん、それそれ、そんな感じで次もお願いしますよ」
満面の笑みを浮かべている山根を見て、良太はそっとロケ現場を離れた。
ホテルは既にチェックアウトしていたので、良太はそのまま電車を乗り継いで甲子園球場へと向かった。
電話はたまにかかってくるが、沢村と顔を合わせるのは久しぶりだ。
十時くらいには向こうに着けるだろう。
『パワスポ』のクルーや局アナの市川美由と合流して、沢村の取材をさせてもらう手はずになっている。
午後一時くらいには球場入りするはずなので、今チームがリーグ二位に浮上したことや、交流戦真っ最中の成績を踏まえて今夜のゲームへの意気込みなどをインタビューする手はずだ。
しかし夕べ四の一で、ヤジも飛んだから、沢村のヤツいつにも増して不機嫌だよな、きっと。
十二時四十五分、現れた沢村に市川がインタビューを始めた。
「もちろん目標は優勝です。チームの調子も上がりつつありますし、自分の調子も大体安定してきているので、極端に落ちることなくいければいいかと思っています」
良太の危惧に反して、沢村はよどみなく答え、「三冠王を狙っているか」という市川の問いにも「狙うことでチームへの貢献になればもちろん」と締めくくった。
インタビューが終わって、お疲れ様をした直後、「良太、ちょっと」と良太の腕を掴んでクルーや周りの人の群れから離れたところまで移動すると、沢村が言った。
「お前、こないだ、佐々木さんと温泉に行ったって? 藤堂のやつも一緒だったんだってな」
何かと思えば、意識はそっちにいってるのか。
佐々木が話したらしい。
佐々木にしてみれば、最近のできごとくらいな感覚で話したのだろう。
「何で俺に言わねえんだよ!」
「お前、仕事だぞ? お前にイチイチお伺い立てる必要あるかよ。それに、うっかり言って、またタイムテーブルを駆使してお前がトラベルミステリーもどきを決行しないとも限らないからな」
「うっせーよ」
二月に知り合いが集まって軽井沢でスキー合宿となった時、佐々木に会いたいがために電車のコンコースを走りまくって、キャンプ地の宮崎から飛んでくるという荒業をやってみせた沢村は、当然佐々木に怒られて、一時はゲーム中は合わないなどと宣言されてしまったのだ。
とりあえずその宣言は撤回させたようだが。
「今月は交流戦で目いっぱいで、いくら俺でもそんな余裕はない」
「あたりまえだ」
「にしたって、温泉に行こうって何度も言ってるのに、なんでお前と温泉なんだよ」
「仕事だぞ。まあ、温泉もホテルも食事もこの上なしだったけどな」
ちょっと沢村を羨ましがらせてやる。
「くっそ! シーズン終わったらぜってぇ温泉だ!」
「お前、よく一緒に箱根行ってたんじゃないのかよ?」
「箱根じゃ地元過ぎて行った気にならねぇ」
「贅沢モノめ!」
「次会えるのって、そのアディノのCM撮影ン時くらいなんだよ」
そう言われると良太もちょっと沢村が可哀そうにもなる。
「ああ、オールスターの前? 大阪のスタジオか」
七月中旬、前々から決まっていたスポーツウエアブランド『アディノ』のCM撮影は、沢村のスケジュールの都合でその日くらいしかないのだ。
秋には放映予定となっている。
「しょうがないだろ、佐々木さんも忙しいんだし」
良太が言うと、やんちゃ坊主が愚図っているような顔で沢村は、「わかってる。じゃあな」とムスッとしたままウォーミングアップに向かった。
とりあえずはまあ、昨日は四の一でも調子は良さそうだ。
久々沢村の顔を見たら、負けてられないという気にもなる。
「何か、広瀬さんと沢村さんってすっごく仲いいんですね」
帰りは市川と一緒の新幹線で帰ったのだが、しばらく野球談議をしていて名古屋を過ぎた頃、隣りに座る市川が思い出したように言った。
「ああ、まあ、子供の頃からリトルリーグとかで顔合わせてたからね」
「何か、あたしと奏ちゃんみたいな感じですね」
この頃市川はすごく表情が明るく生き生きとしていた。
それが、彼女の言う奏ちゃんと再度付き合いだしてからだろうことは、良太にもよくわかった。
有吉奏は良太にしてみれば口の悪い不愛想で嫌味なカメラマンでしかないのだが。
『レッドデータアニマルズ』のカメラマンとしてもうずっと仕事では顔を合わせているが、とても奏ちゃん、なんてシロモノではない。
まあ。蓼食う虫もっていうし………。
子供の頃からの付き合いというように、市川は有吉のそういう性格も込みで付き合っているらしいし。
うまくいっているようで何よりだって。
東京に戻ったら、また、その有吉や下柳と顔を突き合わせる仕事が待っている。
工藤とはほんのちょっと話しただけだったけど、ま、話せただけいいか。
本谷も今朝の撮影見てたら、何とかこれからも行けそうな感じになってきたし。
オフィスの留守番をかねてネコの面倒を見てくれていた鈴木さんには、京都の定番、おたべを買った。
静岡を通過する頃、市川も良太もうとうとと眠り込んでいて、雨が降らなければ見られるかななどと言っていた富士山も見損なった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
保育士だっておしっこするもん!
こじらせた処女
BL
男性保育士さんが漏らしている話。ただただ頭悪い小説です。
保育士の道に進み、とある保育園に勤めている尾北和樹は、新人で戸惑いながらも、やりがいを感じながら仕事をこなしていた。
しかし、男性保育士というものはまだまだ珍しく浸透していない。それでも和樹が通う園にはもう一人、男性保育士がいた。名前は多田木遼、2つ年上。
園児と一緒に用を足すな。ある日の朝礼で受けた注意は、尾北和樹に向けられたものだった。他の女性職員の前で言われて顔を真っ赤にする和樹に、気にしないように、と多田木はいうが、保護者からのクレームだ。信用問題に関わり、同性職員の多田木にも迷惑をかけてしまう、そう思い、その日から3階の隅にある職員トイレを使うようになった。
しかし、尾北は一日中トイレに行かなくても平気な多田木とは違い、3時間に一回行かないと限界を迎えてしまう体質。加えて激務だ。園児と一緒に済ませるから、今までなんとかやってこれたのだ。それからというものの、限界ギリギリで間に合う、なんて危ない状況が何度か見受けられた。
ある日の紅葉が色づく頃、事件は起こる。その日は何かとタイミングが掴めなくて、いつもよりさらに忙しかった。やっとトイレにいける、そう思ったところで、前を押さえた幼児に捕まってしまい…?
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
逢いたい
chatetlune
BL
工藤×良太、いつかそんな夜が明けても、の後エピソードです。
厳寒の二月の小樽へ撮影に同行してきていた良太に、工藤から急遽札幌に来るという連絡を受ける。撮影が思いのほか早く終わり、時間が空いたため、準主役の青山プロダクション所属俳優志村とマネージャー小杉が温泉へ行く算段をしている横で、良太は札幌に行こうかどうしようか迷っていた。猫の面倒を見てくれている鈴木さんに土産を買った良太は、意を決して札幌に行こうとJRに乗った。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
おっさんにミューズはないだろ!~中年塗師は英国青年に純恋を捧ぐ~
天岸 あおい
BL
英国の若き青年×職人気質のおっさん塗師。
「カツミさん、アナタはワタシのミューズです!」
「おっさんにミューズはないだろ……っ!」
愛などいらぬ!が信条の中年塗師が英国青年と出会って仲を深めていくコメディBL。男前おっさん×伝統工芸×田舎ライフ物語。
第10回BL小説大賞エントリー作品。よろしくお願い致します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる