風そよぐ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
37 / 75

風そよぐ 37

しおりを挟む
 いくらしっかりしてるっつったって、この業界じゃ新人なんだから、そこをフォローしなくてどうするのよ、とアスカも思っていたくらいだから、工藤も何かにつけ本谷を気遣っているのだろう。
 にしたって、この良太の後ろ向き加減は尋常ではない。
 それこそ本谷を攻撃していた竹野を良太が直球でやり込めたのは、見ていたアスカとしてもすかっとしたのだ。
 周りには目が行くのに、自分のことになると、直球良太がちっとも出て来やしない。
「にしたって、ちょっとアラサー、とか言うのやめてよね、あたしの方が一つ上なんだから」
「だって事実ですし」
 ほら。
 人のことははっきり言うくせに。
 このままだと、良太、ほんとに宇都宮の放った蜘蛛の巣に引っかかっちゃう。
 それにしたって、工藤さんも工藤さんだわ、良太のこと大事ならいくら忙しくてももちょっと考えてやってもいいんじゃない?
 ドラマ『田園』の中で、主人公の宇都宮と竹野の不倫を知ったいつも強気でいるはずの妻のひとみが、「もう私には愛なんてないのよ」と言うのに対して、後輩のアスカが、「何言ってるのよ、先輩がそんなんじゃ、ホントにダメになっちゃうわよ」と言うシーンを、アスカはふいに思い出した。
 それってまるで私よね。
 坂口がアスカがこの役にのってると勘違いをしたのか、シーンを増やされたのだ。
 まあ、ひとみ本人はそんな弱音を吐く人じゃないけど。
「大丈夫ですよ。何があったって、俺、会社はやめたりしませんから」
 良太はあれこれ考えてくれたのだろうアスカのことを改めていい人だなと思い、かろうじて笑みを浮かべた。
 今のところ、工藤に借りている金を返さなければならないからには、おいそれと会社を辞めるわけにはいかないのだ。
 大体、万年人手不足のあの会社に、俺が辞めて入ってくる人間がいるとは思えない。
 それにこれまでの恩義を考えれば、あんな疲労困憊で黄昏てる工藤を放りだして辞めるなんてできないじゃんね。
「もう、十時になるし、俺そろそろ部屋戻りますね。今夜はごちそうさまでした」
「とにかく今夜は何も考えずに寝なさいよ。それ以上やつれたら良太じゃなくなっちゃうじゃない」
「おやすみなさい」
 良太が部屋を出ていくと、アスカは残っている酒をグラスに注いでももどかしさとともに飲み干した。
「ああ、もう、すぐにも飛んで行って工藤さんに怒鳴ってやりたい!」
 声に出しても、イライラは収まらない。
「しょうがない、とりあえず、ひとみさん待ちか」
 一方、わざわざ高雄までやってきて工藤を捕まえたひとみは、ホテルに入っている日本料理の老舗で、工藤が良太に食わせてやろうと考えた特上の膳を前に鮎の塩焼きにかじりついていた。
「ちょっと、高広、ちゃんと食べなさいよ、まとめ役がそんなにやつれててどうするのよ」
「目の前でがっつくお前を見ていると、食欲も萎えるんだ」
 いきなり現れて難癖をつけるひとみを一瞥した工藤は熱燗をぐい飲みに注いで飲んでいる。
「やっぱりこっちは涼しいっていうか、寒いわ」
「こんなところへ何しに来たんだ」
「高雄っていえばここの料理、一度食べたかったのよ。せっかく京都まで来てるんだし」
「明日も朝から撮影だろうが」
「タクシーでちょっとじゃない、平気よ」
 この大女優に対して苦言など今更だ。
 最近では新しい男を探すことにも興味を失ったのか、ストを起こして周りを振り回すようなこともない。
 前の晩にどれだけ飲んでも、撮影はきっちりこなすのが彼女の信条だ。
 まあ、寄る年波で撮影がある前の晩に飲み明かすようなことはしなくなったというのが正しいかもしれないが。
「ちょっと飲みが足りない」
 そう言ってひとみは、今度は上の階にあるバーラウンジに工藤を引っ張ってきた。
 最近、それこそあまり飲んでもいない工藤だが、悪友のようなひとみとサシ飲みも今の心境ならいいかも知れないと腕を組まれたまま店に入った。
「撮影はどうだ?」
 久しぶりにラム酒を口にしながら、工藤は言った。
「そうねぇ、終わってから山根さんが良太ちゃんと何か話してたけど」
 ひとみは上等のコニャックのいい香りを楽しんだ。
「本谷か」
「まあ、新人なんてあんなもんよ」
「お前から見て、どうだ? 本谷は」
「そうね、『田園』の方は思いのほかよかったわ。でも今のはドラマのジャンルが違うしね。それに、あの子がキーマンだから、本人も苦心してるんじゃない?」
 切り抜けられるかどうかで、本谷の今後にも影響するだろう。
「にしたって、あの子のマネージャー、いくら何でも放りっぱなし過ぎない? いくら大手だっていってもあの事務所、何考えてるんだか」
 ひとみは文句を言いながらグラスを空けると、お代わりを頼んだ。
「思いのほか今までの仕事が順調だったんで、本人に任せてれば何とかなると思ってるんだろう。あの事務所は人手不足というより、手を抜きすぎだ」
「ふーん、それで高広が本谷の面倒を見てるってわけ?」
 何やら意味ありげなセリフに、工藤はひとみを見た。
「でもさ、本谷ばっかにかまけてないで、気にかけるべき相手は他にいるんじゃない?」
 誰のことを言っているのかすぐにわかって、工藤は眉根を寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バレンタインバトル

chatetlune
BL
工藤×良太、限りなく傲慢なキスの後エピソードです。 万年人手不足で少ない社員で東奔西走している青山プロダクションだが、2月になれば今年もバレンタインデーなるものがやってくる。相変わらず世の中のアニバサリーなどには我関せずの工藤だが、所属俳優宛の多量なプレゼントだけでなく、業界で鬼と言われようが何故か工藤宛のプレゼントも毎年届いている。仕分けをするのは所属俳優のマネージャーや鈴木さんとオフィスにいる時は良太も手伝うのだが、工藤宛のものをどうするか本人に聞いたところ、以前、工藤の部屋のクローゼットに押し込んであったプレゼントの中に腐るものがあったらしく、中を見て適当にみんなで分けろという。しかし義理ならまだしも、関わりのあった女性たちからのプレゼントを勝手に開けるのは良太も少し気が引けるのだが。それにアニバサリーに無頓着なはずの工藤が、クリスマスに勝手に良太の部屋の模様替えをしてくれたりしたお返しに良太も何か工藤に渡してみたい衝動に駆られていた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

花びらながれ

chatetlune
BL
工藤×良太 夢のつづきの後エピソードです。やらなくてはならないことが山積みな良太のところに、脚本家の坂口から電話が入り、ドラマのキャスティングで問題があったと言ってきた。結局良太がその穴埋めをすることになった。しかもそんな良太に悪友の沢村から相談事が舞い込んだり。そろそろお花見かななんて思っていたのに何だって俺のとこばっかに面倒ごとが集まるんだ、良太はひとり文句を並べ立てるのだが。

夢のつづき

chatetlune
BL
工藤×良太 月の光が静かにそそぐ の後エピソードです。 ただでさえ仕事中毒のように国内国外飛び回っている工藤が、ここのところ一段と忙しない。その上、山野辺がまた妙に工藤に絡むのだが、どうも様子が普通ではないし、工藤もこそこそ誰かに会っている。不穏な空気を感じて良太は心配が絶えないのだが………

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...