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風そよぐ 35
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良太は何か嫌な予感がした。
「本谷なんだけどね」
隅の方に引っ張っていかれて、開口一番、あたりだった。
「はあ」
「うーーーーん、いっつもじゃないんだよ。いい味出してるって時もあるし、表情なんかはね、及第点なんだけどさ」
これはほんとに何とかしなければ。
「あの子、ずっとマネージャいなくて一人だろ? なかなか話聞いてやる人もいないじゃない? そういうのも大事だからね~」
「そうですね、実は工藤にも言われてて、俺、ちょっと話してみますから」
とは言ったものの、差し当たってこれという打開策があるわけではない。
とぼとぼと肩を落として良太はタクシーがなかなか捕まらないので地下鉄でホテルへと向かった。
当の本谷は久保田がホテルまで一緒のタクシーで行ったようだった。
久保田も何か考えるところがあるのかもしれない。
流なんぞは、それ見たことかと渋面を良太に向けていた。
うう、責任重大じゃん!
千雪さんに相談してみようか。
いや、あの人、ドラマとか映画とか、自分の手を離れたらもう知らない、って人だしな。
本谷、ホントに適当に選んだつもりはないのだが。
千雪さんにも説明した通り、あの人、最近CMにも何本か出てるし、テレビに映ってる可能性が高いわけで。
とにかく本人と少し話しをしてみないとな~
「わ、もう七時過ぎてる」
ホテルのフロントでカードキーをもらい、予約してある自分の部屋へとまず向かった。
極力荷物は少なくしようと、リュック一つに最低限必要なものを入れてきた。
「はあ、ホントはもうこのままベッドにダイビングしたいとこなんだけどな」
急いでジャージの上下に着替えると、翌日のためにスーツとワイシャツをクリーニングに出し、七時十五分頃、アスカの部屋のチャイムを鳴らした。
「お疲れさま。ご飯もう来てるよ」
リビングのテーブルには和牛の陶板焼きメインの食事が用意されていた。
「お邪魔します~、うわ、美味そ! ああ、いきなり腹減ってきた」
刺身や和え物、それから焼き物、煮物、椀物など彩り豊かに湯気がまだ立ち上る料理の数々が目を刺激する。
「食べよ食べよ。あたしも待ってるうちお腹なっちゃったわよ」
腹が減ってる時、美味いものの前にはどんな悩みも仕事のあれこれも吹っ飛ぶのだ。
いただきますもそこそこに、料理によく合う冷酒をやりながら、しばらくは口数も少なく良太は健啖ぶりを発揮した。
アスカも、毎度のことながら、女優がこんなに食べてもいいのかと良太が心配するほど、一通り平らげる。
「やっぱり、夏はこれに限るわね~」
デザートは見るも涼し気な笹の葉に包まれた水ようかんだ。
熱いお茶を良太の湯飲みにも注いで、アスカは最後の一口まで食べきった。
「はあ、くったくった」
オヤジも真っ青なセリフに良太は眉をひそめて、「それ、俺らくらいの前だけにしといてくださいよ」と窘める。
「けど俺も、能登以来だな、こんなしっかりご飯食べたの。高雄往復してまた烏丸行ってって、結構歩きましたからね」
「高雄、あたしも行きたい~。秋山さんがそんな余裕ないっていうんだけどさ」
「まあ、ちょっと今回は我慢してください。スケジュール結構タイトなんで、アスカさん、NBCのドラマもでしょ?」
コメディタッチのドラマのヒロイン役で、そちらは冬の放映予定なのだが、『からくれないに』が入ったので、何日かオフも込みの余裕のスケジュールがきっちり埋まってしまった。
「まあねぇ。こっちはユキのドラマだし、流のライバルだからキャラはもろあたし本人だからいんだけどさ」
小林千雪の原作のドラマでは、主演の大澤流のライバルの役で既に同じ役で何度か出演しており、その役はまるでアスカ本人かという雰囲気なのだ。
ああ、あれはアスカさんモデルで書いたしな。
当て書きというわけではないのだが、千雪もそう言っているように本人がやればそのままでOKくらいな役なのだ。
さらに言えば、青山プロダクションにワケありではなく入ったのは、映画のオーディションで決まった南澤奈々の他は、小林千雪の原作を映画化したという理由だけでこの会社に移籍したこのアスカ以外いない。
「大体、『田園』なんか、ほんのチョイ役って聞いてたのに、坂口さんメチャあたしのキャラ出番増やしてくれるんだもん」
「はまり役だと思ったんでしょう。坂口さんって、いいと思うとどんどんやらせるっていう人みたいだし」
うん、アスカさん、それこそいい感じだもんな。
「それで、いつ本谷が工藤さんラブだって気づいたのよ、良太」
それはね、ってうっかり言いそうなくらいの自然な展開で、アスカが聞いた。
「は……? 何ですか、それ………」
「しらばっくれるんじゃないよ。ネタはあがってるんだ。とっとと吐け」
はあ、と思わず良太はため息をついた。
「警部役の取り調べじゃないんですから。ネタって何です?」
「だって、聞いちゃったんだもん」
「何を?」
アスカはエレベーターホールのことを簡潔に説明した。
「本谷なんだけどね」
隅の方に引っ張っていかれて、開口一番、あたりだった。
「はあ」
「うーーーーん、いっつもじゃないんだよ。いい味出してるって時もあるし、表情なんかはね、及第点なんだけどさ」
これはほんとに何とかしなければ。
「あの子、ずっとマネージャいなくて一人だろ? なかなか話聞いてやる人もいないじゃない? そういうのも大事だからね~」
「そうですね、実は工藤にも言われてて、俺、ちょっと話してみますから」
とは言ったものの、差し当たってこれという打開策があるわけではない。
とぼとぼと肩を落として良太はタクシーがなかなか捕まらないので地下鉄でホテルへと向かった。
当の本谷は久保田がホテルまで一緒のタクシーで行ったようだった。
久保田も何か考えるところがあるのかもしれない。
流なんぞは、それ見たことかと渋面を良太に向けていた。
うう、責任重大じゃん!
千雪さんに相談してみようか。
いや、あの人、ドラマとか映画とか、自分の手を離れたらもう知らない、って人だしな。
本谷、ホントに適当に選んだつもりはないのだが。
千雪さんにも説明した通り、あの人、最近CMにも何本か出てるし、テレビに映ってる可能性が高いわけで。
とにかく本人と少し話しをしてみないとな~
「わ、もう七時過ぎてる」
ホテルのフロントでカードキーをもらい、予約してある自分の部屋へとまず向かった。
極力荷物は少なくしようと、リュック一つに最低限必要なものを入れてきた。
「はあ、ホントはもうこのままベッドにダイビングしたいとこなんだけどな」
急いでジャージの上下に着替えると、翌日のためにスーツとワイシャツをクリーニングに出し、七時十五分頃、アスカの部屋のチャイムを鳴らした。
「お疲れさま。ご飯もう来てるよ」
リビングのテーブルには和牛の陶板焼きメインの食事が用意されていた。
「お邪魔します~、うわ、美味そ! ああ、いきなり腹減ってきた」
刺身や和え物、それから焼き物、煮物、椀物など彩り豊かに湯気がまだ立ち上る料理の数々が目を刺激する。
「食べよ食べよ。あたしも待ってるうちお腹なっちゃったわよ」
腹が減ってる時、美味いものの前にはどんな悩みも仕事のあれこれも吹っ飛ぶのだ。
いただきますもそこそこに、料理によく合う冷酒をやりながら、しばらくは口数も少なく良太は健啖ぶりを発揮した。
アスカも、毎度のことながら、女優がこんなに食べてもいいのかと良太が心配するほど、一通り平らげる。
「やっぱり、夏はこれに限るわね~」
デザートは見るも涼し気な笹の葉に包まれた水ようかんだ。
熱いお茶を良太の湯飲みにも注いで、アスカは最後の一口まで食べきった。
「はあ、くったくった」
オヤジも真っ青なセリフに良太は眉をひそめて、「それ、俺らくらいの前だけにしといてくださいよ」と窘める。
「けど俺も、能登以来だな、こんなしっかりご飯食べたの。高雄往復してまた烏丸行ってって、結構歩きましたからね」
「高雄、あたしも行きたい~。秋山さんがそんな余裕ないっていうんだけどさ」
「まあ、ちょっと今回は我慢してください。スケジュール結構タイトなんで、アスカさん、NBCのドラマもでしょ?」
コメディタッチのドラマのヒロイン役で、そちらは冬の放映予定なのだが、『からくれないに』が入ったので、何日かオフも込みの余裕のスケジュールがきっちり埋まってしまった。
「まあねぇ。こっちはユキのドラマだし、流のライバルだからキャラはもろあたし本人だからいんだけどさ」
小林千雪の原作のドラマでは、主演の大澤流のライバルの役で既に同じ役で何度か出演しており、その役はまるでアスカ本人かという雰囲気なのだ。
ああ、あれはアスカさんモデルで書いたしな。
当て書きというわけではないのだが、千雪もそう言っているように本人がやればそのままでOKくらいな役なのだ。
さらに言えば、青山プロダクションにワケありではなく入ったのは、映画のオーディションで決まった南澤奈々の他は、小林千雪の原作を映画化したという理由だけでこの会社に移籍したこのアスカ以外いない。
「大体、『田園』なんか、ほんのチョイ役って聞いてたのに、坂口さんメチャあたしのキャラ出番増やしてくれるんだもん」
「はまり役だと思ったんでしょう。坂口さんって、いいと思うとどんどんやらせるっていう人みたいだし」
うん、アスカさん、それこそいい感じだもんな。
「それで、いつ本谷が工藤さんラブだって気づいたのよ、良太」
それはね、ってうっかり言いそうなくらいの自然な展開で、アスカが聞いた。
「は……? 何ですか、それ………」
「しらばっくれるんじゃないよ。ネタはあがってるんだ。とっとと吐け」
はあ、と思わず良太はため息をついた。
「警部役の取り調べじゃないんですから。ネタって何です?」
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