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風そよぐ 30
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「スポンサーに頭下げて、スケジュール決めて、スタッフ依頼して、ロケの宿決めて、足を確保して、監督やらADやら、脚本家やらのああだこうだをまとめて、俳優の文句を聞いてやって収めて、良太ちゃんがいなきゃ、ナーンも進まないしできないし終わらないんだぞ? それが良太ちゃんの仕事だろうが。今更何を言ってるんだか」
下柳の言葉に、良太は一瞬思考を停止した。
何、結局、俺は使いっパシリってことなわけか。
良太は下柳の言葉を反芻して自嘲する。
「あのさ、お前さん、工藤の後を追うって前言ってなかったか?」
「え、あんなの、大きなこと言って、俺ごときが、何を身の程知らずなって、工藤さんにせせら笑われたくらいが関の山で」
良太はへらっと笑って、またホッケをつつく。
「それこそ、大抵のヤツなら聞けば震え上がるような鬼と言われた程の工藤の罵詈雑言だって、へとも思っちゃいないのが良太ちゃんじゃなかったっけ?」
「またまた、そんな恐れ多いこと言わないでくださいよ」
確かに怒鳴られたってクソミソに言われたってクソと思うくらいで、下手すれば言い返したりするのが良太だが。
しかし中にはぐさっとくるものがあるのをいじいじ我慢していることだって色々あるのだ。
「ま、とにかくさ、プロデューサーって仕事は、そーゆう雑多なことをやりながら、ことが円滑に進んで仕上がるように仕向けて行くってこったろ?」
「え?」
「だからさ、オーケストラはコンダクターいねぇと音楽になんねぇだろ? それとおんなじで、プロデューサーっつうコンダクターがいてまとめて仕上げねぇと、ドラマも何もできねぇってことさ」
プロデューサーって………
俺のやってることは、そんな大それたものじゃない。
「俺はそんな、プロデューサーなんて言われるようなこと何もしてませんよ。工藤が聞いたら鼻で笑われますって。今の仕事だって、会社が万年人手不足で、工藤が手が回らないところを俺に丸投げしてるだけで。大体、あの人、工藤さん、自分が苦手なこととか、大抵俺に丸投げして、自分はやりたいように動いているんですよ」
「何、それが、今の良太ちゃんの不満ってわけ?」
下柳がくすりと笑う。
「不満なんて言えるような立場じゃないですよ。言われたらきっちりやりますし」
「お前さん、自己評価が低過ぎねぇ? どしちゃったの?」
「いや、会社入ってもう五年になりますし、考えなくちゃいけない時にきてると思うだけです。実際、工藤さんの恩情でここまでやってこれたってのは事実ですから」
ふーん、と下柳は自分のお猪口に徳利を傾けた。
「やっぱ、なんか、工藤に負い目感じたりしてるわけか」
「負い目っていうか、肩代わりしてもらってる負債もですけど、部屋もほぼタダみたいなもんだし、それでいいわけないって思って」
「だって、月々返済してんだろ? 負債ってのもさ、だったら何の問題もないんじゃね? 部屋なんかどうせ空いてたんだし、お前さんが気に病むことなんざ何もねぇ。堂々と仕事してりゃいんじゃね?」
確かに、下柳の言う通りかも知れない。
だけどな。
「なに、ひとみのやつがさ、良太ちゃんが最近変だってさ、どうも仕事に満足してないとか、引っ越そうかとか言い出したって、えらく気にしててさ」
なんだ、ひとみさんから聞いてたんだ。
良太はそんな風に自分のことをきにかけてくれる人たちがいることを、有難いと思った。
「すみません、俺なんか、心配させちゃったみたいで。でも大丈夫です。ちゃんと自分で考えますから」
ちゃんと自分で考えなくては。
良太は心の中で自分に言い聞かせると、この店特製の塩辛をつついている下柳のお猪口に酒を注いだ。
良太が京都につくと、空はきれいに晴れあがっていた。
梅雨の合間の晴天は、鬱々として下を向きがちな気分を上昇させてくれる。
「お疲れ様です~」
京都の町屋をリノベーションしたカフェを借りて、『からくれないに』の撮影が行われている。
京都は景観条例に基づいて、コンビニなども元々あった町屋や長屋を利用して営業していたりする。
宅配会社までもが古い軒並みに暖簾をかけたりして、今にも荷物をかついだ飛脚が飛び出してきそうなたたずまいだ。
「待ってたよ、良太ちゃん」
ちょうど休憩時間らしく、気さくに声をかけてくれるのは、このドラマのシリーズでずっと監督をやっている山根だ。
脚本も前回と同じ久保田で、監督とは懇意の間柄だから、こちらも良太とは顔なじみだ。
「『巴鮨』のおいなりさん、早速お昼みんな楽しみにしてるよ」
今日届けてもらうように数日前に頼んでおいたのだが、『巴鮨』はもう随分前に工藤から教えられた店で、京都で撮影などがある時は、一度はその店を利用することにしている。
「しかし、何か、良太ちゃん、やつれてない?」
ここでもか、と思う良太だが、確かに頬がこけたような気がしないでもない。
「お疲れ様です」
スタッフや俳優陣に声をかけると、「ちょっと、良太、こっち」と奥からアスカが手招きした。
傍を通る良太に、俳優からも声がかけられる。
「お疲れ様です」
はっとするほど晴れやかな笑顔を向けたのは本谷だった。
下柳の言葉に、良太は一瞬思考を停止した。
何、結局、俺は使いっパシリってことなわけか。
良太は下柳の言葉を反芻して自嘲する。
「あのさ、お前さん、工藤の後を追うって前言ってなかったか?」
「え、あんなの、大きなこと言って、俺ごときが、何を身の程知らずなって、工藤さんにせせら笑われたくらいが関の山で」
良太はへらっと笑って、またホッケをつつく。
「それこそ、大抵のヤツなら聞けば震え上がるような鬼と言われた程の工藤の罵詈雑言だって、へとも思っちゃいないのが良太ちゃんじゃなかったっけ?」
「またまた、そんな恐れ多いこと言わないでくださいよ」
確かに怒鳴られたってクソミソに言われたってクソと思うくらいで、下手すれば言い返したりするのが良太だが。
しかし中にはぐさっとくるものがあるのをいじいじ我慢していることだって色々あるのだ。
「ま、とにかくさ、プロデューサーって仕事は、そーゆう雑多なことをやりながら、ことが円滑に進んで仕上がるように仕向けて行くってこったろ?」
「え?」
「だからさ、オーケストラはコンダクターいねぇと音楽になんねぇだろ? それとおんなじで、プロデューサーっつうコンダクターがいてまとめて仕上げねぇと、ドラマも何もできねぇってことさ」
プロデューサーって………
俺のやってることは、そんな大それたものじゃない。
「俺はそんな、プロデューサーなんて言われるようなこと何もしてませんよ。工藤が聞いたら鼻で笑われますって。今の仕事だって、会社が万年人手不足で、工藤が手が回らないところを俺に丸投げしてるだけで。大体、あの人、工藤さん、自分が苦手なこととか、大抵俺に丸投げして、自分はやりたいように動いているんですよ」
「何、それが、今の良太ちゃんの不満ってわけ?」
下柳がくすりと笑う。
「不満なんて言えるような立場じゃないですよ。言われたらきっちりやりますし」
「お前さん、自己評価が低過ぎねぇ? どしちゃったの?」
「いや、会社入ってもう五年になりますし、考えなくちゃいけない時にきてると思うだけです。実際、工藤さんの恩情でここまでやってこれたってのは事実ですから」
ふーん、と下柳は自分のお猪口に徳利を傾けた。
「やっぱ、なんか、工藤に負い目感じたりしてるわけか」
「負い目っていうか、肩代わりしてもらってる負債もですけど、部屋もほぼタダみたいなもんだし、それでいいわけないって思って」
「だって、月々返済してんだろ? 負債ってのもさ、だったら何の問題もないんじゃね? 部屋なんかどうせ空いてたんだし、お前さんが気に病むことなんざ何もねぇ。堂々と仕事してりゃいんじゃね?」
確かに、下柳の言う通りかも知れない。
だけどな。
「なに、ひとみのやつがさ、良太ちゃんが最近変だってさ、どうも仕事に満足してないとか、引っ越そうかとか言い出したって、えらく気にしててさ」
なんだ、ひとみさんから聞いてたんだ。
良太はそんな風に自分のことをきにかけてくれる人たちがいることを、有難いと思った。
「すみません、俺なんか、心配させちゃったみたいで。でも大丈夫です。ちゃんと自分で考えますから」
ちゃんと自分で考えなくては。
良太は心の中で自分に言い聞かせると、この店特製の塩辛をつついている下柳のお猪口に酒を注いだ。
良太が京都につくと、空はきれいに晴れあがっていた。
梅雨の合間の晴天は、鬱々として下を向きがちな気分を上昇させてくれる。
「お疲れ様です~」
京都の町屋をリノベーションしたカフェを借りて、『からくれないに』の撮影が行われている。
京都は景観条例に基づいて、コンビニなども元々あった町屋や長屋を利用して営業していたりする。
宅配会社までもが古い軒並みに暖簾をかけたりして、今にも荷物をかついだ飛脚が飛び出してきそうなたたずまいだ。
「待ってたよ、良太ちゃん」
ちょうど休憩時間らしく、気さくに声をかけてくれるのは、このドラマのシリーズでずっと監督をやっている山根だ。
脚本も前回と同じ久保田で、監督とは懇意の間柄だから、こちらも良太とは顔なじみだ。
「『巴鮨』のおいなりさん、早速お昼みんな楽しみにしてるよ」
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「しかし、何か、良太ちゃん、やつれてない?」
ここでもか、と思う良太だが、確かに頬がこけたような気がしないでもない。
「お疲れ様です」
スタッフや俳優陣に声をかけると、「ちょっと、良太、こっち」と奥からアスカが手招きした。
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はっとするほど晴れやかな笑顔を向けたのは本谷だった。
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