風そよぐ

chatetlune

文字の大きさ
上 下
30 / 75

風そよぐ 30

しおりを挟む
「スポンサーに頭下げて、スケジュール決めて、スタッフ依頼して、ロケの宿決めて、足を確保して、監督やらADやら、脚本家やらのああだこうだをまとめて、俳優の文句を聞いてやって収めて、良太ちゃんがいなきゃ、ナーンも進まないしできないし終わらないんだぞ? それが良太ちゃんの仕事だろうが。今更何を言ってるんだか」
 下柳の言葉に、良太は一瞬思考を停止した。
 何、結局、俺は使いっパシリってことなわけか。
 良太は下柳の言葉を反芻して自嘲する。
「あのさ、お前さん、工藤の後を追うって前言ってなかったか?」
「え、あんなの、大きなこと言って、俺ごときが、何を身の程知らずなって、工藤さんにせせら笑われたくらいが関の山で」
 良太はへらっと笑って、またホッケをつつく。
「それこそ、大抵のヤツなら聞けば震え上がるような鬼と言われた程の工藤の罵詈雑言だって、へとも思っちゃいないのが良太ちゃんじゃなかったっけ?」
「またまた、そんな恐れ多いこと言わないでくださいよ」
 確かに怒鳴られたってクソミソに言われたってクソと思うくらいで、下手すれば言い返したりするのが良太だが。
 しかし中にはぐさっとくるものがあるのをいじいじ我慢していることだって色々あるのだ。
「ま、とにかくさ、プロデューサーって仕事は、そーゆう雑多なことをやりながら、ことが円滑に進んで仕上がるように仕向けて行くってこったろ?」
「え?」
「だからさ、オーケストラはコンダクターいねぇと音楽になんねぇだろ? それとおんなじで、プロデューサーっつうコンダクターがいてまとめて仕上げねぇと、ドラマも何もできねぇってことさ」
 プロデューサーって………
 俺のやってることは、そんな大それたものじゃない。
「俺はそんな、プロデューサーなんて言われるようなこと何もしてませんよ。工藤が聞いたら鼻で笑われますって。今の仕事だって、会社が万年人手不足で、工藤が手が回らないところを俺に丸投げしてるだけで。大体、あの人、工藤さん、自分が苦手なこととか、大抵俺に丸投げして、自分はやりたいように動いているんですよ」
「何、それが、今の良太ちゃんの不満ってわけ?」
 下柳がくすりと笑う。
「不満なんて言えるような立場じゃないですよ。言われたらきっちりやりますし」
「お前さん、自己評価が低過ぎねぇ? どしちゃったの?」
「いや、会社入ってもう五年になりますし、考えなくちゃいけない時にきてると思うだけです。実際、工藤さんの恩情でここまでやってこれたってのは事実ですから」
 ふーん、と下柳は自分のお猪口に徳利を傾けた。
「やっぱ、なんか、工藤に負い目感じたりしてるわけか」
「負い目っていうか、肩代わりしてもらってる負債もですけど、部屋もほぼタダみたいなもんだし、それでいいわけないって思って」
「だって、月々返済してんだろ? 負債ってのもさ、だったら何の問題もないんじゃね? 部屋なんかどうせ空いてたんだし、お前さんが気に病むことなんざ何もねぇ。堂々と仕事してりゃいんじゃね?」
 確かに、下柳の言う通りかも知れない。
 だけどな。
「なに、ひとみのやつがさ、良太ちゃんが最近変だってさ、どうも仕事に満足してないとか、引っ越そうかとか言い出したって、えらく気にしててさ」
 なんだ、ひとみさんから聞いてたんだ。
 良太はそんな風に自分のことをきにかけてくれる人たちがいることを、有難いと思った。
「すみません、俺なんか、心配させちゃったみたいで。でも大丈夫です。ちゃんと自分で考えますから」
 ちゃんと自分で考えなくては。
 良太は心の中で自分に言い聞かせると、この店特製の塩辛をつついている下柳のお猪口に酒を注いだ。




 良太が京都につくと、空はきれいに晴れあがっていた。
 梅雨の合間の晴天は、鬱々として下を向きがちな気分を上昇させてくれる。
「お疲れ様です~」
 京都の町屋をリノベーションしたカフェを借りて、『からくれないに』の撮影が行われている。
 京都は景観条例に基づいて、コンビニなども元々あった町屋や長屋を利用して営業していたりする。
 宅配会社までもが古い軒並みに暖簾をかけたりして、今にも荷物をかついだ飛脚が飛び出してきそうなたたずまいだ。
「待ってたよ、良太ちゃん」
 ちょうど休憩時間らしく、気さくに声をかけてくれるのは、このドラマのシリーズでずっと監督をやっている山根だ。
 脚本も前回と同じ久保田で、監督とは懇意の間柄だから、こちらも良太とは顔なじみだ。
「『巴鮨』のおいなりさん、早速お昼みんな楽しみにしてるよ」
 今日届けてもらうように数日前に頼んでおいたのだが、『巴鮨』はもう随分前に工藤から教えられた店で、京都で撮影などがある時は、一度はその店を利用することにしている。
「しかし、何か、良太ちゃん、やつれてない?」
 ここでもか、と思う良太だが、確かに頬がこけたような気がしないでもない。
「お疲れ様です」
 スタッフや俳優陣に声をかけると、「ちょっと、良太、こっち」と奥からアスカが手招きした。
 傍を通る良太に、俳優からも声がかけられる。
「お疲れ様です」
 はっとするほど晴れやかな笑顔を向けたのは本谷だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バレンタインバトル

chatetlune
BL
工藤×良太、限りなく傲慢なキスの後エピソードです。 万年人手不足で少ない社員で東奔西走している青山プロダクションだが、2月になれば今年もバレンタインデーなるものがやってくる。相変わらず世の中のアニバサリーなどには我関せずの工藤だが、所属俳優宛の多量なプレゼントだけでなく、業界で鬼と言われようが何故か工藤宛のプレゼントも毎年届いている。仕分けをするのは所属俳優のマネージャーや鈴木さんとオフィスにいる時は良太も手伝うのだが、工藤宛のものをどうするか本人に聞いたところ、以前、工藤の部屋のクローゼットに押し込んであったプレゼントの中に腐るものがあったらしく、中を見て適当にみんなで分けろという。しかし義理ならまだしも、関わりのあった女性たちからのプレゼントを勝手に開けるのは良太も少し気が引けるのだが。それにアニバサリーに無頓着なはずの工藤が、クリスマスに勝手に良太の部屋の模様替えをしてくれたりしたお返しに良太も何か工藤に渡してみたい衝動に駆られていた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

花びらながれ

chatetlune
BL
工藤×良太 夢のつづきの後エピソードです。やらなくてはならないことが山積みな良太のところに、脚本家の坂口から電話が入り、ドラマのキャスティングで問題があったと言ってきた。結局良太がその穴埋めをすることになった。しかもそんな良太に悪友の沢村から相談事が舞い込んだり。そろそろお花見かななんて思っていたのに何だって俺のとこばっかに面倒ごとが集まるんだ、良太はひとり文句を並べ立てるのだが。

夢のつづき

chatetlune
BL
工藤×良太 月の光が静かにそそぐ の後エピソードです。 ただでさえ仕事中毒のように国内国外飛び回っている工藤が、ここのところ一段と忙しない。その上、山野辺がまた妙に工藤に絡むのだが、どうも様子が普通ではないし、工藤もこそこそ誰かに会っている。不穏な空気を感じて良太は心配が絶えないのだが………

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

幸せのカタチ

杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。 拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。

処理中です...