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風そよぐ 11
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「ああ、それ、うちの社長も質のいいドラマだから、ありがたいと思って頑張りなさいって」
「それはありがたいです、こちらとしても。原作も結構好きなんですよ」
「すみません、俺まだ原作読んでなくて」
やっぱ、バカ正直だ、本谷は。
「いや、撮影までに読んでいただければ。今はこちらの撮影に集中してください。あ、それで近々、打ち合わせの予定ですので、また連絡させてもらいます」
そんなことをぼそぼそと二人で話していると、「何、二人でこそこそ!」と後ろを通りかかった竹野が言った。
「わかった、あたしの悪口言ってるんでしょ?」
少しだけまた本谷の表情が強張った。
「言ってませんよ。言うんなら面と向かって言いますから」
良太が言い返すと、竹野はハハハと笑って控室に向かった。
竹野の姿が消えると、本谷が「やっぱ広瀬さんって、すごい」と言う。
「へ?」
「あの竹野さんに、ビシバシ言ってるって、周りでもこないだから広瀬さんのことすごいって話になってました」
今度は良太がハハハと空笑いをする。
「いやそれ、俺のは、虎の威をかるキツネってやつですから。鬼の工藤がいてこそってやつ?」
良太はまた本谷の表情を見て、あ、また余計なこと言っちまった、と思ったところで後の祭りだ。
「いいな、広瀬さん、工藤さんと一緒にいられて羨ましいです」
う、と本谷の思いに良太は言葉をなくす。
「は? へ、いや、あの、工藤なんて、オフィスにいればいたでさんざんっぱら怒鳴り散らすし、無理難題平気で押し付けるし、この仕事だって、いない時はお前が何とかしろとか、丸投げですよ丸投げ! ほんと冗談じゃないクソオヤジなんですから」
良太はそれこそ、さんざんっぱら工藤の悪口雑言を捲し立てた。
「でもそれって、広瀬さんを信頼してるってことでしょ? どうせなら俺、青山プロダクションに入りたかったな……」
「え、いや、あの………」
言葉がストレートなだけ、本谷の本気度が増している気がした。
「えっと、工藤、明後日には京都から戻るから、そのうちまたスタジオにも顔出すんじゃないかな」
口にしてから、おい、俺、何言ってんだよ! と良太は一人突っ込みをする。
「あ、じゃあ、俺はこの辺で。打ち合わせ、連絡しますね」
これ以上何だかいたたまれず、良太は早々にスタジオを後にした。
出る時、案外近くにいたアスカが何やらもの言いたげな顔をしたが、そのまま駐車場へと向かう。
ったく、どうしろっってんだよ!
自分だけ本谷の思いを知っているのが、何だか反則技のような気がして、しっくりこないまま、良太はジャガーのエンジンをかけた。
工藤は京都から戻ってきても、局やスタジオ、スポンサーとの会食や接待と、相も変わらずデスクにふんぞり返ることなく動いていたし、良太は良太で、レッドデータの制作で時間を取られ、なおかつメインスポンサーである東洋商事のCMの進行、加えて『パワスポ』と、いつものように工藤の送り迎えまでは手が回らない状況だった。
「『田園』の方は時々顔を出してくれ。俺も時間があれば覗く。あとはよほどのことがない限り俺の判断を待つ必要はない」
そうのたまうと、良太の返事を背中に聞いて工藤はさっさと出かけてしまった。
へえへえ、俺に丸投げするから適当にやれってことね。
良太は心の中で憎まれ口をたたく。
海外にいても日本にいても、どうやら工藤は東奔西走するのが当たり前らしく、結局良太はジャガーを、工藤はベンツを使ってそれぞれ別に移動することになった。
工藤が出かけると、良太もオフィスを出た。
東洋商事のCM打ち合わせには代理店プラグインの藤堂と良太、それにクリエイターの佐々木、それに音楽を担当するロックバンド『ドラゴンテイル』のボーカル、水野あきらの四人が出向くことになっている。
良太が車でプラグインに寄り、藤堂と佐々木を乗せて、大企業の本社ビルが立ち並ぶ日本橋へとハンドルを切った。
水野あきらとは現地で落ち合うことになっていた。
「なんか、良太ちゃん、やつれてへん?」
後ろに座った佐々木が声をかけた。
「わかります? はあ、うちは万年人手不足ですからね。ここんとこ、工藤も俺もそれぞれの車で動いてるんですよ。工藤の顔なんかオフィスでろくにみたことないくらい」
「ああ、ヤギさんとスタジオに籠って、ひたすら画面を追ってるって?」
藤堂が言った。
「はあ。それだけじゃなく、『田園』の方も工藤がいない時はほぼ俺に丸投げ状態」
藤堂も佐々木も、無理しないように、と良太に憐憫の視線を向けてくれた。
「あ、良太ちゃん、久しぶり!」
東洋商事本社ビルのだだっ広いロビーで三人を待っていた水野はにっこり笑って声をかけてきた。
「水野さん、今日はよろしくお願いします」
「どう? おかしくない? スーツとか持ってないから一応ジャケット着てきたんだけど、ほら、お偉いさんと会議だって聞いたから」
今日は黒い皮のパンツとタンクトップに、黒のジャケットを羽織っている。
化粧っけはないが、整った顔立ちで、やはりそこは人気アーティストの只者じゃないぞオーラを放っている。
「それはありがたいです、こちらとしても。原作も結構好きなんですよ」
「すみません、俺まだ原作読んでなくて」
やっぱ、バカ正直だ、本谷は。
「いや、撮影までに読んでいただければ。今はこちらの撮影に集中してください。あ、それで近々、打ち合わせの予定ですので、また連絡させてもらいます」
そんなことをぼそぼそと二人で話していると、「何、二人でこそこそ!」と後ろを通りかかった竹野が言った。
「わかった、あたしの悪口言ってるんでしょ?」
少しだけまた本谷の表情が強張った。
「言ってませんよ。言うんなら面と向かって言いますから」
良太が言い返すと、竹野はハハハと笑って控室に向かった。
竹野の姿が消えると、本谷が「やっぱ広瀬さんって、すごい」と言う。
「へ?」
「あの竹野さんに、ビシバシ言ってるって、周りでもこないだから広瀬さんのことすごいって話になってました」
今度は良太がハハハと空笑いをする。
「いやそれ、俺のは、虎の威をかるキツネってやつですから。鬼の工藤がいてこそってやつ?」
良太はまた本谷の表情を見て、あ、また余計なこと言っちまった、と思ったところで後の祭りだ。
「いいな、広瀬さん、工藤さんと一緒にいられて羨ましいです」
う、と本谷の思いに良太は言葉をなくす。
「は? へ、いや、あの、工藤なんて、オフィスにいればいたでさんざんっぱら怒鳴り散らすし、無理難題平気で押し付けるし、この仕事だって、いない時はお前が何とかしろとか、丸投げですよ丸投げ! ほんと冗談じゃないクソオヤジなんですから」
良太はそれこそ、さんざんっぱら工藤の悪口雑言を捲し立てた。
「でもそれって、広瀬さんを信頼してるってことでしょ? どうせなら俺、青山プロダクションに入りたかったな……」
「え、いや、あの………」
言葉がストレートなだけ、本谷の本気度が増している気がした。
「えっと、工藤、明後日には京都から戻るから、そのうちまたスタジオにも顔出すんじゃないかな」
口にしてから、おい、俺、何言ってんだよ! と良太は一人突っ込みをする。
「あ、じゃあ、俺はこの辺で。打ち合わせ、連絡しますね」
これ以上何だかいたたまれず、良太は早々にスタジオを後にした。
出る時、案外近くにいたアスカが何やらもの言いたげな顔をしたが、そのまま駐車場へと向かう。
ったく、どうしろっってんだよ!
自分だけ本谷の思いを知っているのが、何だか反則技のような気がして、しっくりこないまま、良太はジャガーのエンジンをかけた。
工藤は京都から戻ってきても、局やスタジオ、スポンサーとの会食や接待と、相も変わらずデスクにふんぞり返ることなく動いていたし、良太は良太で、レッドデータの制作で時間を取られ、なおかつメインスポンサーである東洋商事のCMの進行、加えて『パワスポ』と、いつものように工藤の送り迎えまでは手が回らない状況だった。
「『田園』の方は時々顔を出してくれ。俺も時間があれば覗く。あとはよほどのことがない限り俺の判断を待つ必要はない」
そうのたまうと、良太の返事を背中に聞いて工藤はさっさと出かけてしまった。
へえへえ、俺に丸投げするから適当にやれってことね。
良太は心の中で憎まれ口をたたく。
海外にいても日本にいても、どうやら工藤は東奔西走するのが当たり前らしく、結局良太はジャガーを、工藤はベンツを使ってそれぞれ別に移動することになった。
工藤が出かけると、良太もオフィスを出た。
東洋商事のCM打ち合わせには代理店プラグインの藤堂と良太、それにクリエイターの佐々木、それに音楽を担当するロックバンド『ドラゴンテイル』のボーカル、水野あきらの四人が出向くことになっている。
良太が車でプラグインに寄り、藤堂と佐々木を乗せて、大企業の本社ビルが立ち並ぶ日本橋へとハンドルを切った。
水野あきらとは現地で落ち合うことになっていた。
「なんか、良太ちゃん、やつれてへん?」
後ろに座った佐々木が声をかけた。
「わかります? はあ、うちは万年人手不足ですからね。ここんとこ、工藤も俺もそれぞれの車で動いてるんですよ。工藤の顔なんかオフィスでろくにみたことないくらい」
「ああ、ヤギさんとスタジオに籠って、ひたすら画面を追ってるって?」
藤堂が言った。
「はあ。それだけじゃなく、『田園』の方も工藤がいない時はほぼ俺に丸投げ状態」
藤堂も佐々木も、無理しないように、と良太に憐憫の視線を向けてくれた。
「あ、良太ちゃん、久しぶり!」
東洋商事本社ビルのだだっ広いロビーで三人を待っていた水野はにっこり笑って声をかけてきた。
「水野さん、今日はよろしくお願いします」
「どう? おかしくない? スーツとか持ってないから一応ジャケット着てきたんだけど、ほら、お偉いさんと会議だって聞いたから」
今日は黒い皮のパンツとタンクトップに、黒のジャケットを羽織っている。
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