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風そよぐ 4
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「おい、適当にいうたんやで。ほんまにこいつにするわけやないやろ?」
ちょっと考え込んだ良太の顔を千雪はのぞき込む。
「いや、この人、今人気上昇中で、CMも増えてるんですよ。人選としては悪くはないんですけど。確か、原作では人のいいリーマンが事件に巻き込まれて被疑者にされるという設定ですよね?」
「まあ、せやけど」
「本谷もともとリーマンだったみたいだし、悪くはないんですよねえ」
しかしここにきてまた本谷か、という展開だ。
『田園』の時は、ほんとに時間もなく、うっかり頭に浮かんだ本谷の名前を出したら、坂口がOKしたという成り行きだったのだが、ひっかかりは本谷の実力とかには関係のないところにあった。
実は、本谷が主演ドラマの撮影が行われていたスタジオに顔を出していた工藤を迎えに行った際、たまたま聞いてしまったのだ、本谷が工藤に告白するのを。
たまたまそれがトイレで、何故か良太は工藤と本谷が入ってきた時、うっかり個室に隠れてしまったのだ。
そのことは良太の胸の内に収めて工藤にも何も言っていないのだが。
工藤は本谷に対して、「おかしな思い込み」で、「よく男にも告られるがお前の気持ちには応えられない」と返答した。
それは本谷に向けられた言葉だったが、何故か良太の心にもズシリと響いた。
もし工藤が、相手がいるとか好きなやつがいるとか、そんなことを言ってくれていたなら、何となく気分が上昇したかもしれないが。
無論、工藤がそういったところで、それが自分とは限らないのだけど。
何だかまた、あの時のシーンが頭に蘇り、良太はしばし口をつぐんだ。
「良太? お前ちょっと休んだ方がええんちゃう?」
千雪に言われて良太ははたと我に返った。
「あ、いや、本谷、いいかもしれませんね。今、『田園』にも出演してて、そんなに出番は多くないんですが、割といい味出してるんですよ、彼。まあ、『からくれないに』は秋の放映予定ですからね、オファーが入ってなければですけど。スポンサーとかにも打診してみます」
北海道で行われた『田園』の撮影は、問題というほど問題もなく順調に進んだ。
工藤も少し顔を出したが、竹野紗英がいつもとは違って機嫌がよく、工藤にいろいろ話しかけていたのを、本谷がじっと後ろから見つめていたのを、良太が見ていた、ということくらいで。
要は、撮影さえ順調ならいいわけさ。
良太は開き直る。
それに工藤がそんなに撮影に顔を出すとは思えないしさ。
そう自分に言い聞かせて、少しばかり何かが起こりそうな予感を無理やり押し殺した。
何でこうなるんだよ。
とは、良太の心の中の呟きだ。
ゴールデンウイーク明けに、オフィスで千雪とまったり愚痴り合いをしていた時に何となく感じたイヤーな予感。
あれからちょこちょこと『田園』の撮影の時にはいろいろあった。
デビューが十三歳で二十二歳と言っても既に芸歴十年目の竹野にしてみれば、本谷などは駆け出しもいいとこだろう。
主演の宇都宮が在籍する病院に勤務する医学部の後輩という役どころだから、本谷が竹野に絡むことはないと良太は思っていたのだが。
いつの間にか、高校を卒業し大学進学で上京した竹野が、宇都宮を訪ねて勤務する病院にいくという設定の際、宇都宮を探して病院内をうろつく竹野を見とがめて注意する本谷というシーンが入っていた。
ここで竹野が本谷の台詞回しをこき下ろして、数回リテイクということになってしまったのだ。
本谷は懸命に科白を口にするのだが、そのたびごとに、竹野が、「何それ」とか「ちょっとそんな大きな声出されちゃ、あたしまで激高しなくちゃならなくなるでしょ」などと言ってくれるので、撮り直しは必須だ。
「幼稚園のお遊戯会じゃないんだから、しっかりやってくんない?」
挙句は工藤も真っ青なダメ出しをして下さる。
本谷がリテイクするごとに余計に硬くなってしまっていることに気づいた良太は、ディレクターのカットがかかってすぐ、「何か、皆さんお疲れのようですし、中川から美味しい肉まんの差し入れがあるんです。少し休憩取られてはいかがですか」と口を挟んだ。
「ああ、賛成! おなかすいちゃって」
一番に手を挙げたのは、宇都宮の妻役で傍らで撮影を見ていた山内ひとみだった。
「よーし、二十分ほど休憩にしよう」
ディレクターも何やらほっとしている感じである。
ディレクターの溝田は坂口とは顔なじみで、温厚だが、締めるところは締めるという骨太の性格だが、ちょっと竹野には手を焼いているようだった。
竹野の指摘は間違ってはいない。
だが、大物であろうと誰であろうとその物言いがきつすぎるので、一緒にやっている俳優たちは気を遣って緊張するか、下手をすると言い争いにもなりかねないのだ。
「さすが、良太ちゃん、グッドタイミング!」
ひとみが肉まんを手に、良太の肩を叩いて、こそっと耳打ちした。
「本谷がまだまだだってのはわかってても、あの言い草はないよね。竹野とかにもろに言われたら本人気落ちしちゃうだけじゃない」
ちょっとひとみはイラついているようすだ。
ちょっと考え込んだ良太の顔を千雪はのぞき込む。
「いや、この人、今人気上昇中で、CMも増えてるんですよ。人選としては悪くはないんですけど。確か、原作では人のいいリーマンが事件に巻き込まれて被疑者にされるという設定ですよね?」
「まあ、せやけど」
「本谷もともとリーマンだったみたいだし、悪くはないんですよねえ」
しかしここにきてまた本谷か、という展開だ。
『田園』の時は、ほんとに時間もなく、うっかり頭に浮かんだ本谷の名前を出したら、坂口がOKしたという成り行きだったのだが、ひっかかりは本谷の実力とかには関係のないところにあった。
実は、本谷が主演ドラマの撮影が行われていたスタジオに顔を出していた工藤を迎えに行った際、たまたま聞いてしまったのだ、本谷が工藤に告白するのを。
たまたまそれがトイレで、何故か良太は工藤と本谷が入ってきた時、うっかり個室に隠れてしまったのだ。
そのことは良太の胸の内に収めて工藤にも何も言っていないのだが。
工藤は本谷に対して、「おかしな思い込み」で、「よく男にも告られるがお前の気持ちには応えられない」と返答した。
それは本谷に向けられた言葉だったが、何故か良太の心にもズシリと響いた。
もし工藤が、相手がいるとか好きなやつがいるとか、そんなことを言ってくれていたなら、何となく気分が上昇したかもしれないが。
無論、工藤がそういったところで、それが自分とは限らないのだけど。
何だかまた、あの時のシーンが頭に蘇り、良太はしばし口をつぐんだ。
「良太? お前ちょっと休んだ方がええんちゃう?」
千雪に言われて良太ははたと我に返った。
「あ、いや、本谷、いいかもしれませんね。今、『田園』にも出演してて、そんなに出番は多くないんですが、割といい味出してるんですよ、彼。まあ、『からくれないに』は秋の放映予定ですからね、オファーが入ってなければですけど。スポンサーとかにも打診してみます」
北海道で行われた『田園』の撮影は、問題というほど問題もなく順調に進んだ。
工藤も少し顔を出したが、竹野紗英がいつもとは違って機嫌がよく、工藤にいろいろ話しかけていたのを、本谷がじっと後ろから見つめていたのを、良太が見ていた、ということくらいで。
要は、撮影さえ順調ならいいわけさ。
良太は開き直る。
それに工藤がそんなに撮影に顔を出すとは思えないしさ。
そう自分に言い聞かせて、少しばかり何かが起こりそうな予感を無理やり押し殺した。
何でこうなるんだよ。
とは、良太の心の中の呟きだ。
ゴールデンウイーク明けに、オフィスで千雪とまったり愚痴り合いをしていた時に何となく感じたイヤーな予感。
あれからちょこちょこと『田園』の撮影の時にはいろいろあった。
デビューが十三歳で二十二歳と言っても既に芸歴十年目の竹野にしてみれば、本谷などは駆け出しもいいとこだろう。
主演の宇都宮が在籍する病院に勤務する医学部の後輩という役どころだから、本谷が竹野に絡むことはないと良太は思っていたのだが。
いつの間にか、高校を卒業し大学進学で上京した竹野が、宇都宮を訪ねて勤務する病院にいくという設定の際、宇都宮を探して病院内をうろつく竹野を見とがめて注意する本谷というシーンが入っていた。
ここで竹野が本谷の台詞回しをこき下ろして、数回リテイクということになってしまったのだ。
本谷は懸命に科白を口にするのだが、そのたびごとに、竹野が、「何それ」とか「ちょっとそんな大きな声出されちゃ、あたしまで激高しなくちゃならなくなるでしょ」などと言ってくれるので、撮り直しは必須だ。
「幼稚園のお遊戯会じゃないんだから、しっかりやってくんない?」
挙句は工藤も真っ青なダメ出しをして下さる。
本谷がリテイクするごとに余計に硬くなってしまっていることに気づいた良太は、ディレクターのカットがかかってすぐ、「何か、皆さんお疲れのようですし、中川から美味しい肉まんの差し入れがあるんです。少し休憩取られてはいかがですか」と口を挟んだ。
「ああ、賛成! おなかすいちゃって」
一番に手を挙げたのは、宇都宮の妻役で傍らで撮影を見ていた山内ひとみだった。
「よーし、二十分ほど休憩にしよう」
ディレクターも何やらほっとしている感じである。
ディレクターの溝田は坂口とは顔なじみで、温厚だが、締めるところは締めるという骨太の性格だが、ちょっと竹野には手を焼いているようだった。
竹野の指摘は間違ってはいない。
だが、大物であろうと誰であろうとその物言いがきつすぎるので、一緒にやっている俳優たちは気を遣って緊張するか、下手をすると言い争いにもなりかねないのだ。
「さすが、良太ちゃん、グッドタイミング!」
ひとみが肉まんを手に、良太の肩を叩いて、こそっと耳打ちした。
「本谷がまだまだだってのはわかってても、あの言い草はないよね。竹野とかにもろに言われたら本人気落ちしちゃうだけじゃない」
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