3 / 75
風そよぐ 3
しおりを挟む
「良太、ヤギの方はどうなってる?」
良太の横に座るなり弁当を開きながら、工藤が聞いた。
「三時から合流する予定です」
「明日だったな、打合せ」
「はい、正午から、Oホテルのカトレアで昼食会になってます」
味わう間もないだろう、工藤はそれでも腹が減っていたのか箸を動かしながら良太に確認した。
ここ数年撮影を続けてきた、年明けに放送予定のMBC制作特別番組「レッドデータアニマルズ‐自然からの警告」のプロモーションビデオはテレビ、SNS等折に触れて配信している。
ナビゲーターには大物芸人で司会者、MCとしても人気が高い林田良和、プロ野球元ホワイトベアーズ監督古谷哲也を迎え、予定されているディスカッションにはパネラーとして番組の音楽を担当した『ドラゴンテイル』のボーカル水野あきらとギターの斎藤幸成、番組の監修を担当した動物行動学者で東京科学大学教授内野孝蔵、そして華を添える目的もあるが、保護犬や保護猫が家に数匹いるという女優の中川アスカの他、保護活動をしている団体『あにまる』代表石岡ひろみ氏を依頼している。
明日はMBCのプロデューサーをはじめ、ディレクターの下柳、カメラマンの有吉とともに工藤と良太も出演者とともに食事会に列席することになっている。
下柳とともに実際の映像制作に立ち会いつつ、会場の手配から各事務所を通して出席確認をし、『田園』のドラマ撮影で北海道ロケにも立ち会い、良太は昨日東京に戻ってきた。
機内で爆睡したものの、それから小笠原の出演するドラマの撮影でスタジオで夜中まで立ち合い、しかも昨夜は夜中やっと帰ってきた矢先、工藤がやってきたというわけで、疲れと睡眠不足は溜まり続けている。
まったく、俺なんか朝やっとの思いで起きたんだからな。
気が付いたらいつものごとく工藤は出かけていた。
ちらっと工藤を睨みつけてやるものの、当然、工藤にも疲れの表情が垣間見える。
にしたって工藤、こんなことずっと続けてて、よく生きてるよ。
ボソリと心の中で呟く良太だが、俺も年くってきたとか、これじゃ言えないじゃんね、と手早く食事を切り上げ、さっそく『からくれないに』の話に入る工藤を見つめた。
「今回は五回くらいの連ドラだ。急なのは、決まってたドラマがぽしゃったからだ。秋ドラマだから局側もちょっとやそっとの番組を入れるわけにはいかずに、実際はもっと先の予定だったが、失敗のないこのシリーズを持ってきたというわけだ。まあ、力入ってるみたいだから、お前もたまには撮影覗けよ」
工藤に言われて、千雪は、はあ、とおざなりな返事をする。
「舞台が京都だからいいだろ」
「まあ、できる限り」
京都が舞台ってことは、映画の撮影も京都メインだし、いいか、って、結局俺のところにいろいろお鉢が回ってくるってことじゃないのか?
心の中でああだこうだと考えて良太は先を思いやる。
「あとのキャストはお前に任せる。千雪、使ってほしいキャストがいたら良太に言ってやれ」
ざっと打合せを済ませると、後は良太に頼んだとばかりに工藤は立ち上がった。
「フジタ自動車行ってくる」
颯爽と出て行った工藤だが、良太はその顔に疲れを読み取って、いつものごとく工藤に言わせれば余計な心配顔でその後姿を見送った。
「あら、もう出かけてしまわれたの? コーヒーお持ちしたのに」
キッチンから出てきた鈴木さんがほうっと息をついた。
「工藤さんもかなりお疲れみたいなのに、ご無理なさらなければいいけど」
鈴木さんの言葉に一つ頷いて、良太は千雪の顔を見た。
「ご要望のキャストはいかがですか?」
「んなもん、わかるわけないやろ、俺が」
にべもない答えに、「もう、ちょっとは俺を助けてくださいよお!」と良太は半泣きで訴えた。
「あ、そうだ、今テレビつけますから、CMに出てきた人を、これ、って言ってください」
「良太、相当切羽詰まってるな?」
呆れる千雪の言葉にも耳を貸さず、良太は壁側に設置してある大型テレビをつけた。
ちょうどやっていた番組は昼のニュースショーだった。
評論家という顔をした数人がデスクに座りああだこうだと持論を述べている。
先頃贈賄の容疑で取り調べを受けた衆議院議員の話題が終わったところで、CMが入った。
「ほな、この人」
まったく適当に千雪は言ったのだろうが、保険のCMで、今人気の若手女優と一緒に出ていたのは、本谷和正だった。
「ああ、本谷さんか………」
ちょっと人気が出てきたところで、事務所の思惑から無理やり連ドラの主演をはらされて、それがたまたま工藤が関わっていたため、最初は学芸会以下だとかクソミソに罵倒されていたのだが、案外打たれ強かったというか、科白はどうでも表情がよくなったと、ドラマの視聴率が微増だが右肩上がりのみならず、ネット配信の状況もまずまずだった。
で、ついこの間も、『田園』に出演が決まっていたスポンサー押しの俳優が、主演の竹野紗英と密かに付き合っていてしかも手ひどくふられた事実が発覚して降板してしまい、脚本家の坂口陽介から良太に誰か探してくれと丸投げされ、つい、うっかり本谷の名前を出したところ、事務所側もGOサインを出したという、今となってはこれからブレイク間違いなしだろう俳優の一人だった。
良太の横に座るなり弁当を開きながら、工藤が聞いた。
「三時から合流する予定です」
「明日だったな、打合せ」
「はい、正午から、Oホテルのカトレアで昼食会になってます」
味わう間もないだろう、工藤はそれでも腹が減っていたのか箸を動かしながら良太に確認した。
ここ数年撮影を続けてきた、年明けに放送予定のMBC制作特別番組「レッドデータアニマルズ‐自然からの警告」のプロモーションビデオはテレビ、SNS等折に触れて配信している。
ナビゲーターには大物芸人で司会者、MCとしても人気が高い林田良和、プロ野球元ホワイトベアーズ監督古谷哲也を迎え、予定されているディスカッションにはパネラーとして番組の音楽を担当した『ドラゴンテイル』のボーカル水野あきらとギターの斎藤幸成、番組の監修を担当した動物行動学者で東京科学大学教授内野孝蔵、そして華を添える目的もあるが、保護犬や保護猫が家に数匹いるという女優の中川アスカの他、保護活動をしている団体『あにまる』代表石岡ひろみ氏を依頼している。
明日はMBCのプロデューサーをはじめ、ディレクターの下柳、カメラマンの有吉とともに工藤と良太も出演者とともに食事会に列席することになっている。
下柳とともに実際の映像制作に立ち会いつつ、会場の手配から各事務所を通して出席確認をし、『田園』のドラマ撮影で北海道ロケにも立ち会い、良太は昨日東京に戻ってきた。
機内で爆睡したものの、それから小笠原の出演するドラマの撮影でスタジオで夜中まで立ち合い、しかも昨夜は夜中やっと帰ってきた矢先、工藤がやってきたというわけで、疲れと睡眠不足は溜まり続けている。
まったく、俺なんか朝やっとの思いで起きたんだからな。
気が付いたらいつものごとく工藤は出かけていた。
ちらっと工藤を睨みつけてやるものの、当然、工藤にも疲れの表情が垣間見える。
にしたって工藤、こんなことずっと続けてて、よく生きてるよ。
ボソリと心の中で呟く良太だが、俺も年くってきたとか、これじゃ言えないじゃんね、と手早く食事を切り上げ、さっそく『からくれないに』の話に入る工藤を見つめた。
「今回は五回くらいの連ドラだ。急なのは、決まってたドラマがぽしゃったからだ。秋ドラマだから局側もちょっとやそっとの番組を入れるわけにはいかずに、実際はもっと先の予定だったが、失敗のないこのシリーズを持ってきたというわけだ。まあ、力入ってるみたいだから、お前もたまには撮影覗けよ」
工藤に言われて、千雪は、はあ、とおざなりな返事をする。
「舞台が京都だからいいだろ」
「まあ、できる限り」
京都が舞台ってことは、映画の撮影も京都メインだし、いいか、って、結局俺のところにいろいろお鉢が回ってくるってことじゃないのか?
心の中でああだこうだと考えて良太は先を思いやる。
「あとのキャストはお前に任せる。千雪、使ってほしいキャストがいたら良太に言ってやれ」
ざっと打合せを済ませると、後は良太に頼んだとばかりに工藤は立ち上がった。
「フジタ自動車行ってくる」
颯爽と出て行った工藤だが、良太はその顔に疲れを読み取って、いつものごとく工藤に言わせれば余計な心配顔でその後姿を見送った。
「あら、もう出かけてしまわれたの? コーヒーお持ちしたのに」
キッチンから出てきた鈴木さんがほうっと息をついた。
「工藤さんもかなりお疲れみたいなのに、ご無理なさらなければいいけど」
鈴木さんの言葉に一つ頷いて、良太は千雪の顔を見た。
「ご要望のキャストはいかがですか?」
「んなもん、わかるわけないやろ、俺が」
にべもない答えに、「もう、ちょっとは俺を助けてくださいよお!」と良太は半泣きで訴えた。
「あ、そうだ、今テレビつけますから、CMに出てきた人を、これ、って言ってください」
「良太、相当切羽詰まってるな?」
呆れる千雪の言葉にも耳を貸さず、良太は壁側に設置してある大型テレビをつけた。
ちょうどやっていた番組は昼のニュースショーだった。
評論家という顔をした数人がデスクに座りああだこうだと持論を述べている。
先頃贈賄の容疑で取り調べを受けた衆議院議員の話題が終わったところで、CMが入った。
「ほな、この人」
まったく適当に千雪は言ったのだろうが、保険のCMで、今人気の若手女優と一緒に出ていたのは、本谷和正だった。
「ああ、本谷さんか………」
ちょっと人気が出てきたところで、事務所の思惑から無理やり連ドラの主演をはらされて、それがたまたま工藤が関わっていたため、最初は学芸会以下だとかクソミソに罵倒されていたのだが、案外打たれ強かったというか、科白はどうでも表情がよくなったと、ドラマの視聴率が微増だが右肩上がりのみならず、ネット配信の状況もまずまずだった。
で、ついこの間も、『田園』に出演が決まっていたスポンサー押しの俳優が、主演の竹野紗英と密かに付き合っていてしかも手ひどくふられた事実が発覚して降板してしまい、脚本家の坂口陽介から良太に誰か探してくれと丸投げされ、つい、うっかり本谷の名前を出したところ、事務所側もGOサインを出したという、今となってはこれからブレイク間違いなしだろう俳優の一人だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
バレンタインバトル
chatetlune
BL
工藤×良太、限りなく傲慢なキスの後エピソードです。
万年人手不足で少ない社員で東奔西走している青山プロダクションだが、2月になれば今年もバレンタインデーなるものがやってくる。相変わらず世の中のアニバサリーなどには我関せずの工藤だが、所属俳優宛の多量なプレゼントだけでなく、業界で鬼と言われようが何故か工藤宛のプレゼントも毎年届いている。仕分けをするのは所属俳優のマネージャーや鈴木さんとオフィスにいる時は良太も手伝うのだが、工藤宛のものをどうするか本人に聞いたところ、以前、工藤の部屋のクローゼットに押し込んであったプレゼントの中に腐るものがあったらしく、中を見て適当にみんなで分けろという。しかし義理ならまだしも、関わりのあった女性たちからのプレゼントを勝手に開けるのは良太も少し気が引けるのだが。それにアニバサリーに無頓着なはずの工藤が、クリスマスに勝手に良太の部屋の模様替えをしてくれたりしたお返しに良太も何か工藤に渡してみたい衝動に駆られていた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
花びらながれ
chatetlune
BL
工藤×良太 夢のつづきの後エピソードです。やらなくてはならないことが山積みな良太のところに、脚本家の坂口から電話が入り、ドラマのキャスティングで問題があったと言ってきた。結局良太がその穴埋めをすることになった。しかもそんな良太に悪友の沢村から相談事が舞い込んだり。そろそろお花見かななんて思っていたのに何だって俺のとこばっかに面倒ごとが集まるんだ、良太はひとり文句を並べ立てるのだが。
夢のつづき
chatetlune
BL
工藤×良太 月の光が静かにそそぐ の後エピソードです。
ただでさえ仕事中毒のように国内国外飛び回っている工藤が、ここのところ一段と忙しない。その上、山野辺がまた妙に工藤に絡むのだが、どうも様子が普通ではないし、工藤もこそこそ誰かに会っている。不穏な空気を感じて良太は心配が絶えないのだが………
年上の恋人は優しい上司
木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。
仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。
基本は受け視点(一人称)です。
一日一花BL企画 参加作品も含まれています。
表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!!
完結済みにいたしました。
6月13日、同人誌を発売しました。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
幸せのカタチ
杏西モジコ
BL
幼馴染の須藤祥太に想いを寄せていた唐木幸介。ある日、祥太に呼び出されると結婚の報告をされ、その長年の想いは告げる前に玉砕する。ショックのあまり、その足でやけ酒に溺れた幸介が翌朝目覚めると、そこは見知らぬ青年、福島律也の自宅だった……。
拗れた片想いになかなか決着をつけられないサラリーマンが、新しい幸せに向かうお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる