50 / 67
そんなお前が好きだった 50
しおりを挟む
「自分の気持ちにウソつくのもバツです、経験上」
「経験上?」
響はまた元気を見た。
「響さん、酔った時くらいしか、自分のホンネはかないでしょ?」
「でも俺、昨日、井原にお断りしちまったし………酒でも飲まないとって、そしたら、もう井原に会えないって思ったら、こう、断崖絶壁から落ちていくみたいな? 海の中に沈んでいくみたいな? 恐怖感半端なくて、おまけに振り返ると荒川先生の顔した魔法使いのババアみたいなのが、わあって襲ってくるし………」
「魔法使いのババアって」
荒川の顔を思い浮かべて、元気はクククっと笑わずにいられなかった。
「ドイツのどこかで、魔法使いと何たらって子供向けなのにすんげえド迫力の演劇見たことがあってさ、その魔法使いってのが、ほんと、よくあそこまで怖ろし気にってくらい……」
響がポツリポツリ語る話は元気のツボにはまったらしく、しばらく元気は笑いが収まらなかった。
「ほんといって……確かにロクなことなかったんだ……」
やっと笑いが収まった元気がコーヒーを飲み干すと、響が言った。
「俺が高校卒業するとき、井原が四年後にまたここで逢いましょうって勝手に決めて、でも俺、約束反故にした。井原がいるとは思えなくて。好きだとか思ってても結局モラトリアムの中だけのものだろうって。俺、携帯ももたなかったから井原、手紙よこしてさ、毎週毎週、今時手紙だぜ? でも井原、すごいモテ男だったし、井原がこの先ずっと俺のこと好きでいてくれるなんてないって思ってたし、返事もかかなかったから、そのうち手紙もこなくなって」
文通……………。
元気はじっと聞いていた。
かつて情報交換手段としてあった気もするが、なんつうじれったい………恋人同士で文をやりとりって平安朝だったか?
「でも返事も出さなかったくせに、俺、後生大事にそれ持っててさ、結局大学卒業ですぐにウイーンに飛んだ。ピアノに没頭してる時だけがそれこそ周りと隔絶できてよかったんだけど、人付き合いとかあまり考えなしで、最初いい奴と思ってたのに階段から突き落とされて、脚折ってコンクール出られなくなったりとか、俺、急に何もかもがばかばかしくなって、ヨーロッパ中ドサ回りやってた」
響は自嘲しつつ続けた。
「こないだ来たやつ、その酒くれたクラウスなんか、妻子あること隠してやがって、とどのつまり絶交したんだけど……俺が来るもの拒まずでつきあってたのが悪かったのかも………ほんと、ロクなことなかったな」
はああと響がため息をつく。
「そんなこんなで十年………?」
元気が改めて口にした。
「まあ、そんなこんなで、十年………」
あり得ないだろ。
復唱する響の言葉に、元気は心の中で抗議した。
お互い思い合ってんのに、わざわざ十年回り道して、俺が井原に響さんのことを知らせなかったらバカみたいにまた十年とかって。
「だからどうして、井原だと来るもの拒まずにならないんです?!」
「それなんだよな………何で井原だとこう、なっちゃうんだか………」
元気に突っ込まれて響は答えに躊躇する。
こころなしか井原のことを話す響には、まるでお子様かというような、はにかみが伺える。
俺にも少なからず責任があるのなら、とにかくこの中坊でも今時ないぞというバカみたいな恋を何とかしてやらないと。
元気が内心、決意を固めて柱時計をみると、そろそろ七時を過ぎようとしていた。
「そんなボロボロじゃGWに生徒を引率してコンクールとか無理ですよ? もういい加減に、その中坊以下の関係に決着をつけてください。でないとマジ断崖絶壁が迫ってきますよ」
ペットゲートを閉めてから、元気は最後に軽く響を脅して、玄関を出て行った。
「…………中坊以下って、決着って、んなこと言われてもな………」
出がけに釘を刺された響は、にゃー助を抱いてしばしぼーっと突っ立っていた。
その日、二日酔いの薬を飲んで何とか午前の授業を終えて、響が音楽準備室で一人モソモソとコンビニのおにぎりを齧っている時のことだ。
「響さん、キョーセンセ、いるか?」
何やら慌てて音楽室に飛び込んできたのは東だった。
「東? こっち、いるよ」
すると準備室のドアを思い切り開けて東が現れた。
「もう、メシ食った?」
「メシどころの騒ぎじゃないっすよ。ま、メシは食ったけど。話聞いてつい掻き込むように食っちまった」
息せき切ってやってきたようで、東はまだ肩で息をしている。
「やっぱ、東、ちょっと絞った方がいいんちゃう?」
「わかってますよ! てか、そんなことより、今しがた美術部の子が話してるの聞いたんすけどね、なんか、ちょっと由々しき事態が起こったみたいで、荒川先生がえらく取り乱してるって」
「荒川先生が? 何か、あった?」
何だろう、と響は昨日に引き続いて荒川先生というキーワードに嫌な感じがした。
「それが、一年のクラスと三年のクラスで荒川先生の英語の時間、突然ウエーブやらかしたって」
東の言葉に、響は、はあ? と怪訝な顔を向けた。
「経験上?」
響はまた元気を見た。
「響さん、酔った時くらいしか、自分のホンネはかないでしょ?」
「でも俺、昨日、井原にお断りしちまったし………酒でも飲まないとって、そしたら、もう井原に会えないって思ったら、こう、断崖絶壁から落ちていくみたいな? 海の中に沈んでいくみたいな? 恐怖感半端なくて、おまけに振り返ると荒川先生の顔した魔法使いのババアみたいなのが、わあって襲ってくるし………」
「魔法使いのババアって」
荒川の顔を思い浮かべて、元気はクククっと笑わずにいられなかった。
「ドイツのどこかで、魔法使いと何たらって子供向けなのにすんげえド迫力の演劇見たことがあってさ、その魔法使いってのが、ほんと、よくあそこまで怖ろし気にってくらい……」
響がポツリポツリ語る話は元気のツボにはまったらしく、しばらく元気は笑いが収まらなかった。
「ほんといって……確かにロクなことなかったんだ……」
やっと笑いが収まった元気がコーヒーを飲み干すと、響が言った。
「俺が高校卒業するとき、井原が四年後にまたここで逢いましょうって勝手に決めて、でも俺、約束反故にした。井原がいるとは思えなくて。好きだとか思ってても結局モラトリアムの中だけのものだろうって。俺、携帯ももたなかったから井原、手紙よこしてさ、毎週毎週、今時手紙だぜ? でも井原、すごいモテ男だったし、井原がこの先ずっと俺のこと好きでいてくれるなんてないって思ってたし、返事もかかなかったから、そのうち手紙もこなくなって」
文通……………。
元気はじっと聞いていた。
かつて情報交換手段としてあった気もするが、なんつうじれったい………恋人同士で文をやりとりって平安朝だったか?
「でも返事も出さなかったくせに、俺、後生大事にそれ持っててさ、結局大学卒業ですぐにウイーンに飛んだ。ピアノに没頭してる時だけがそれこそ周りと隔絶できてよかったんだけど、人付き合いとかあまり考えなしで、最初いい奴と思ってたのに階段から突き落とされて、脚折ってコンクール出られなくなったりとか、俺、急に何もかもがばかばかしくなって、ヨーロッパ中ドサ回りやってた」
響は自嘲しつつ続けた。
「こないだ来たやつ、その酒くれたクラウスなんか、妻子あること隠してやがって、とどのつまり絶交したんだけど……俺が来るもの拒まずでつきあってたのが悪かったのかも………ほんと、ロクなことなかったな」
はああと響がため息をつく。
「そんなこんなで十年………?」
元気が改めて口にした。
「まあ、そんなこんなで、十年………」
あり得ないだろ。
復唱する響の言葉に、元気は心の中で抗議した。
お互い思い合ってんのに、わざわざ十年回り道して、俺が井原に響さんのことを知らせなかったらバカみたいにまた十年とかって。
「だからどうして、井原だと来るもの拒まずにならないんです?!」
「それなんだよな………何で井原だとこう、なっちゃうんだか………」
元気に突っ込まれて響は答えに躊躇する。
こころなしか井原のことを話す響には、まるでお子様かというような、はにかみが伺える。
俺にも少なからず責任があるのなら、とにかくこの中坊でも今時ないぞというバカみたいな恋を何とかしてやらないと。
元気が内心、決意を固めて柱時計をみると、そろそろ七時を過ぎようとしていた。
「そんなボロボロじゃGWに生徒を引率してコンクールとか無理ですよ? もういい加減に、その中坊以下の関係に決着をつけてください。でないとマジ断崖絶壁が迫ってきますよ」
ペットゲートを閉めてから、元気は最後に軽く響を脅して、玄関を出て行った。
「…………中坊以下って、決着って、んなこと言われてもな………」
出がけに釘を刺された響は、にゃー助を抱いてしばしぼーっと突っ立っていた。
その日、二日酔いの薬を飲んで何とか午前の授業を終えて、響が音楽準備室で一人モソモソとコンビニのおにぎりを齧っている時のことだ。
「響さん、キョーセンセ、いるか?」
何やら慌てて音楽室に飛び込んできたのは東だった。
「東? こっち、いるよ」
すると準備室のドアを思い切り開けて東が現れた。
「もう、メシ食った?」
「メシどころの騒ぎじゃないっすよ。ま、メシは食ったけど。話聞いてつい掻き込むように食っちまった」
息せき切ってやってきたようで、東はまだ肩で息をしている。
「やっぱ、東、ちょっと絞った方がいいんちゃう?」
「わかってますよ! てか、そんなことより、今しがた美術部の子が話してるの聞いたんすけどね、なんか、ちょっと由々しき事態が起こったみたいで、荒川先生がえらく取り乱してるって」
「荒川先生が? 何か、あった?」
何だろう、と響は昨日に引き続いて荒川先生というキーワードに嫌な感じがした。
「それが、一年のクラスと三年のクラスで荒川先生の英語の時間、突然ウエーブやらかしたって」
東の言葉に、響は、はあ? と怪訝な顔を向けた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。
ハッピーエンド
藤美りゅう
BL
恋心を抱いた人には、彼女がいましたーー。
レンタルショップ『MIMIYA』でアルバイトをする三上凛は、週末の夜に来るカップルの彼氏、堺智樹に恋心を抱いていた。
ある日、凛はそのカップルが雨の中喧嘩をするのを偶然目撃してしまい、雨が降りしきる中、帰れず立ち尽くしている智樹に自分の傘を貸してやる。
それから二人の距離は縮まろうとしていたが、一本のある映画が、凛の心にブレーキをかけてしまう。
※ 他サイトでコンテスト用に執筆した作品です。
【クズ攻寡黙受】なにひとつ残らない
りつ
BL
恋人にもっとあからさまに求めてほしくて浮気を繰り返すクズ攻めと上手に想いを返せなかった受けの薄暗い小話です。「#別れ終わり最後最期バイバイさよならを使わずに別れを表現する」タグで書いたお話でした。少しだけ喘いでいるのでご注意ください。
俺が勝手に好きな幼なじみに好きって十回言うゲームやらされて抱えてたクソでか感情が暴発した挙げ句、十一回目の好きが不発したクソな件。
かたらぎヨシノリ
BL
幼なじみにクソでか感情を抱く三人のアオハル劇場。
────────────────
────────────────
幼なじみ、美形×平凡、年上×年下、兄の親友×弟←兄、近親相姦、創作BL、オリジナルBL、複数攻3P、三角関係、愛撫
※以上の要素と軽度の性描写があります。
受
門脇かのん。もうすぐ16歳。高校生。黒髪平凡顔。ちびなのが気になる。短気で口悪い。最近情緒が乱高下気味ですぐ泣く。兄の親友の三好礼二に激重感情拗らせ10年。
攻
三好礼二。17歳。高校生。かのん弄りたのしい俺様王様三好様。顔がいい。目が死んでる。幼なじみ、しのぶの親友。
門脇しのぶ。17歳。高校生。かのん兄。チャラいイケメン。ブラコン。三好の親友。
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
君がいないと
夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人
大学生『三上蓮』は同棲中の恋人『瀬野晶』がいても女の子との浮気を繰り返していた。
浮気を黙認する晶にいつしか隠す気もなくなり、その日も晶の目の前でセフレとホテルへ……
それでも笑顔でおかえりと迎える晶に謝ることもなく眠った蓮
翌朝彼のもとに残っていたのは、一通の手紙とーーー
* * * * *
こちらは【恋をしたから終わりにしよう】の姉妹作です。
似通ったキャラ設定で2つの話を思い付いたので……笑
なんとなく(?)似てるけど別のお話として読んで頂ければと思います^ ^
2020.05.29
完結しました!
読んでくださった皆さま、反応くださった皆さま
本当にありがとうございます^ ^
2020.06.27
『SS・ふたりの世界』追加
Twitter↓
@rurunovel
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる