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そんなお前が好きだった 41
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「一雨きそうだな」
空はどんよりと今にも雨粒がこぼれてきそうな色をしていた。
「傘は予備あるから大丈夫」
井原は笑顔でエンジンをかけた。
車が駐車場を出る時、ちょうど職員玄関から出てきた荒川の顔がこちらを見た。
荒川とはどうなったのか、気にはなっていたが、それを聞く勇気も響にはない。
というより、俺には関係ないことだろう。
自分のことも井原には話していないのだし。
いずれにせよ、そこが線の引きどころなのかも知れない。
「井原先生、響さん、いらっしゃい!」
ドアを開けると、今日は元気よく紀子が出迎えてくれた。
「ここんとこ会ってなかったね」
「うん、ちょっと旅行行ってたんだ、友達と京都」
声をかけた響に、紀子は、はい、と小さな紙包みを響にくれた。
「お土産。こっちは井原センセ」
「え、俺にも?」
カウンターに陣取った井原は喜んで、包みを開ける。
「お、落雁だ! とハンカチ!」
「これ、何?」
井原の横で包みを開けた響は紀子に尋ねた。
「ハンカチとあぶらとり紙。きれいなお肌を保つためにはやっぱりこれ。元気とおそろよ」
「あ、りがとう」
響は黙ってコーヒーをいれている元気を見た。
「ピアノ弾く時にもいいかも」
「それはいいかもね」
「ハンカチは俺とおそろだ!」
井原はそんなことで喜んでいる。
かぐわしい香りのコーヒーが鼻孔をくすぐると響は全身がほっとするような気がした。
「一日の仕事上がりに元気のコーヒーって、ほっとするよなあ」
隣で井原が響が考えたようなことを口にした。
「そういえば元気、相談って何?」
一口温かいコーヒーを飲んでから、響が聞いた。
「相談?」
元気が聞き返した。
「あ、あれ、江藤先生のウエディングパーティのこと、話そうって言ってたじゃん」
井原が慌てて言った。
「ああ、そう、なんだけど」
元気は井原を睨み付けた。
「この店でやるんだって。で、ミニライブやろうってことになって、響さんももちろん参加するよな?」
断言的に井原に言われて、響は答えに詰まる。
「江藤先生のウエディングパーティ? って、先生、誰と結婚すんの?」
「『丸一』の秀喜に決まってるだろ」
「え、そうなんだ? ほんとに二人、続いてたんだ?」
響は昼に会ったばかりの江藤の顔を思い浮かべた。
そういえば、思いのほか幸せそうだったような。
「いや、何か紆余曲折あったみたいだけど、めでたい話じゃん」
「それは確かに」
響も頷いた。
「ここでやるのか?」
「二人もう一緒に住んでて、近々籍入れるっていうんで、じゃあ、仲間うちでウエディングパーティしようって秀喜も江藤先生も喜んでさ。二人とも再婚同士だから、披露宴とかやりたくないって言ってたんだが」
井原に代わって元気が答えた。
「二人とも再婚同士?」
状況がわからない響きは聞き返した。
「あ、まあ、親同士の反対とかで二人とも意に染まぬ結婚して、結局ダメになってみたいな? 俺がこっち戻ってきたころから秀喜も家出て二人また付き合い始めたみたいで」
「そうか、卒業してもう十年だもんな、いろいろあるよな」
元気の説明に、響はしみじみ言った。
「でも、十年経っても、結局二人はお互い好きだったってことだろ? よかったよなあ」
井原がわがことのように言う。
「まあな。それが二人は披露宴なんかやらないって言ったのにまた親がさ、取引先にも紹介する必要があるから披露宴はやるとかって聞かなくて、秋に結局やるらしいけど」
井原の様子に苦笑しつつ元気が言った。
「めんどくさいよな、親って」
響が断言する。
「ほんとですよね、うちもどうするんだってうるさくて。まだ結婚とかって気にはならないって言ってるのに」
それまで黙って聞いていた紀子が口を挟んだ。
「克典くんてフィアンセじゃないの?」
響は紀子に尋ねた。
「えーー、一応、彼氏ではあるけど、フィアンセとかそういうのじゃないし。だってまだやりたいこといっぱいあるし」
テーブルを片付けて戻ってきた紀子はさらっと答える。
「可哀そうな克典」
元気が憐みの言葉を口にする。
「とにかく、披露宴とかはまあ、俺らには関係ないけど、本気で二人を祝福してやろうってパーティだから」
元気は江藤と秀喜の話に戻した。
「いつ?」
「二人の都合がいいのが、六月の十二日の土曜日」
「響さん、予定どう?」
井原が響の顔を覗き込んだ。
「俺はまあ、土曜日なら問題ないけど、ミニライブ?」
響は元気の方を向いた。
「二人が主役だから、二人から好きな曲とかピックアップしてもらって、やろうかと」
「あ、それに、ぜひ、響さんのピアノ、やってもらえたらいいと思わないか?」
井原が元気の説明に口を挟む。
「さっきさ、音楽室でいきなりリサイタルやってたんだぜ? 俺もう涙もんで」
「お前は大袈裟なんだよ。音楽部の女子にリクエストされてちょっと弾いてただけだろ」
響は目を潤ませていた井原を思い出して笑う。
空はどんよりと今にも雨粒がこぼれてきそうな色をしていた。
「傘は予備あるから大丈夫」
井原は笑顔でエンジンをかけた。
車が駐車場を出る時、ちょうど職員玄関から出てきた荒川の顔がこちらを見た。
荒川とはどうなったのか、気にはなっていたが、それを聞く勇気も響にはない。
というより、俺には関係ないことだろう。
自分のことも井原には話していないのだし。
いずれにせよ、そこが線の引きどころなのかも知れない。
「井原先生、響さん、いらっしゃい!」
ドアを開けると、今日は元気よく紀子が出迎えてくれた。
「ここんとこ会ってなかったね」
「うん、ちょっと旅行行ってたんだ、友達と京都」
声をかけた響に、紀子は、はい、と小さな紙包みを響にくれた。
「お土産。こっちは井原センセ」
「え、俺にも?」
カウンターに陣取った井原は喜んで、包みを開ける。
「お、落雁だ! とハンカチ!」
「これ、何?」
井原の横で包みを開けた響は紀子に尋ねた。
「ハンカチとあぶらとり紙。きれいなお肌を保つためにはやっぱりこれ。元気とおそろよ」
「あ、りがとう」
響は黙ってコーヒーをいれている元気を見た。
「ピアノ弾く時にもいいかも」
「それはいいかもね」
「ハンカチは俺とおそろだ!」
井原はそんなことで喜んでいる。
かぐわしい香りのコーヒーが鼻孔をくすぐると響は全身がほっとするような気がした。
「一日の仕事上がりに元気のコーヒーって、ほっとするよなあ」
隣で井原が響が考えたようなことを口にした。
「そういえば元気、相談って何?」
一口温かいコーヒーを飲んでから、響が聞いた。
「相談?」
元気が聞き返した。
「あ、あれ、江藤先生のウエディングパーティのこと、話そうって言ってたじゃん」
井原が慌てて言った。
「ああ、そう、なんだけど」
元気は井原を睨み付けた。
「この店でやるんだって。で、ミニライブやろうってことになって、響さんももちろん参加するよな?」
断言的に井原に言われて、響は答えに詰まる。
「江藤先生のウエディングパーティ? って、先生、誰と結婚すんの?」
「『丸一』の秀喜に決まってるだろ」
「え、そうなんだ? ほんとに二人、続いてたんだ?」
響は昼に会ったばかりの江藤の顔を思い浮かべた。
そういえば、思いのほか幸せそうだったような。
「いや、何か紆余曲折あったみたいだけど、めでたい話じゃん」
「それは確かに」
響も頷いた。
「ここでやるのか?」
「二人もう一緒に住んでて、近々籍入れるっていうんで、じゃあ、仲間うちでウエディングパーティしようって秀喜も江藤先生も喜んでさ。二人とも再婚同士だから、披露宴とかやりたくないって言ってたんだが」
井原に代わって元気が答えた。
「二人とも再婚同士?」
状況がわからない響きは聞き返した。
「あ、まあ、親同士の反対とかで二人とも意に染まぬ結婚して、結局ダメになってみたいな? 俺がこっち戻ってきたころから秀喜も家出て二人また付き合い始めたみたいで」
「そうか、卒業してもう十年だもんな、いろいろあるよな」
元気の説明に、響はしみじみ言った。
「でも、十年経っても、結局二人はお互い好きだったってことだろ? よかったよなあ」
井原がわがことのように言う。
「まあな。それが二人は披露宴なんかやらないって言ったのにまた親がさ、取引先にも紹介する必要があるから披露宴はやるとかって聞かなくて、秋に結局やるらしいけど」
井原の様子に苦笑しつつ元気が言った。
「めんどくさいよな、親って」
響が断言する。
「ほんとですよね、うちもどうするんだってうるさくて。まだ結婚とかって気にはならないって言ってるのに」
それまで黙って聞いていた紀子が口を挟んだ。
「克典くんてフィアンセじゃないの?」
響は紀子に尋ねた。
「えーー、一応、彼氏ではあるけど、フィアンセとかそういうのじゃないし。だってまだやりたいこといっぱいあるし」
テーブルを片付けて戻ってきた紀子はさらっと答える。
「可哀そうな克典」
元気が憐みの言葉を口にする。
「とにかく、披露宴とかはまあ、俺らには関係ないけど、本気で二人を祝福してやろうってパーティだから」
元気は江藤と秀喜の話に戻した。
「いつ?」
「二人の都合がいいのが、六月の十二日の土曜日」
「響さん、予定どう?」
井原が響の顔を覗き込んだ。
「俺はまあ、土曜日なら問題ないけど、ミニライブ?」
響は元気の方を向いた。
「二人が主役だから、二人から好きな曲とかピックアップしてもらって、やろうかと」
「あ、それに、ぜひ、響さんのピアノ、やってもらえたらいいと思わないか?」
井原が元気の説明に口を挟む。
「さっきさ、音楽室でいきなりリサイタルやってたんだぜ? 俺もう涙もんで」
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