そんなお前が好きだった

chatetlune

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そんなお前が好きだった 36

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 ゴールデンウイークが近づく頃になると、新一年生も少しずつ落ち着いてきて高校生の顔になりつつあった。
 音楽を選択している生徒も、最初は緊張気味で真面目に授業を聞いていたはずが、その頃になると後ろの方でふざけ合ったりしている生徒もちらほら出てきて、教師としては注意すべきかどうか迷うところでもある。
 目に余るようなら注意もしようが、他の生徒にとりたてて害がないようならなどと、響がつらつら考えつつ、イタリアの歌曲についての講義を続けていた。
「すみません、後ろの人、静かにしてください」
 響が説明をいったん切ったところで、最前列に座っていた青山という女生徒がきりりとした声で後ろでふざけ合っている男子生徒を注意した。
 一瞬シーンと静まり返ったあと、響は何ごともなかったかのように黒板にイタリア歌曲の有名どころを板書しながら続きを説明したが、何とも小気味よい少女である。
 青山留美は音楽部に入った五人の一年生のうちの一人である。
 はっきり言って美少女だ。
 しかも田舎臭くない、あか抜けた雰囲気というのだろうか、丁寧な言葉遣いでしかしはっきりとした通る声の持ち主である。
 親の仕事関連で中学三年の時に東京から越してきたらしく、ピアノは幼い頃から続けていたというが、新一年生で成績が一番で入学したという法学部志望の秀才だ。
 青山の父親が大手運輸会社の支店長で、ゆくゆくは本社に戻る幹部候補だという噂は、響の耳にまで届いていた。
 お嬢様で美人で秀才、しかも普段は明るく笑顔が可愛いとくれば、早速男子生徒の注目の的になっている。
 そんな青山にびしっとやられたら、首もすくむというものだ。
 ただその青山が音楽部に入ったのは、当初の噂通り、あとの川口麻衣、島田彩乃の二人とともに寛斗目当てだというわけで、部活でも三人一緒になって寛斗がやってくると寛斗を取り囲んでまずおしゃべりだ。
 池田、三輪田の二人の新一年生男子は二人ともピアノを習っていたらしく、ある程度音楽には慣れているようだが、こちらは瀬戸川や志田らにチェロの話を聞きながら、弦楽器にも興味を持っているらしい。
 瀬戸川はそんな新入部員に音楽部の将来を期待しつつ、月末に迫ったコンクールの練習に余念がなかった。
 ピアノの寛斗、チェロの瀬戸川、バイオリンの志田、フルートの榎が演奏を始めると、新入部員の五人も真面目に聞き入っている。
「すんげ、ほんとに音楽部って感じだな」
 後ろで聴きながら、チェックをしていた響の横に、いつの間にか井原が立っていた。
「またお前、天文部はどうしたよ?」
 呆れ顔で響は井原を見た。
「だからエリートたちがやってるから大丈夫ですって」
「やっぱちょっと、フルートが弱いけど、仕方ないよな」
 響はうーんと腕組みをする。
「寛斗、結構やるじゃん、ピアノ」
「新入部員みんな、ピアノ経験者」
「うへ、最近の子は、お稽古事すごいらしいからな。ピアノはもとより、お習字水泳バレエサッカー」
 井原は感心したように並べ立てる。
「最近の子はってお前もピアノやってたんだろ?」
「手慰み程度。ってか、今、軽音部と音楽部に分かれてるのな。俺の時はクラシックもポップスもロックも同じって感じだったけど。ほら、元気とかは部活じゃなくて自分らでバンドやってたし」
 確かに、と響も当時の音楽部を思い起こす。
「軽音部は部員数多いけど、まあ音楽部に新入生五人とか上出来だよな。あとは何とか抜けるの阻止するために、寛斗をたまにサッカー部から埒ってくるって瀬戸川が」
「しっかりタズナ握ってるな、彼女」
 そう言ってから井原は、「あれ、来月半ば、インハイ地区予選じゃなかったか?」と呟いた。
「まあな。寛斗は負ける気がしないとか言ってるぞ」
「だったらいいけどな」
 そろそろ行くかとドアに向かった井原だが、また戻ってきた。
「あ、引っ越し二十四日、十時で、助っ人お願いできる?」
 井原は唐突に響の耳元で囁いた。
「わ、かったよ。早く行け!」
 唐突に耳朶に触れるような井原の言葉に響は思わず身を竦めた。
 いつもの井原だ。
 土曜日、急にクラウスが現れて、しかも井原といる時に、響は内心焦り、イラついた。
 井原は響の説明を額面通り受け取ったわけではないような気がした。
 何か言いたげな顔をしていたが、今日のあのようすではさほど気にもしていないのだろう。
 響は井原の表情が気になっていたので、少し拍子抜けしたものの、まあよかったと胸を撫でおろした。
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